昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第3章 世界に拡がる構造調整

第6節 自由貿易体制の現状と課題

GATT加盟国はこれまで自由貿易体制の維持・強化に努めてきているが,最近,やや変化がみられる。すなわち,第1にアメリカにおける包括貿易・競争力法の成立に代表される保護主義的な動きであり,第2に上述した米加自由貿易協定,92年EC統合などにみられる地域統合への動きである。このような動きの背景には,既に述べたような各国の構造調整のスピードの違いが各国の経済パフォーマンスの違いとなって現れてきており構造調整の遅い国で保護主義圧力が高まっていることが考えられる。ここでは,GATTウルグアイ・ラウンドの状況,アメリカ包括貿易・競争力法を概観し,自由貿易体制の現状と課題について検討する。

1. GATTウルグアイ・ラウンドの状況

86年9月,ウルグアイのプンタ・デル・エステにおいてGATT閣僚会議が開催され,ウルグアイ・ラウンド(新ラウンド)の交渉開始が宣言された。この宣言においては,①交渉は4年以内の終結を目指すこと,ただし,交渉の早い段階で達成された合意は,交渉の正式な終結を待たずに,合意により暫定的あるいは確定的に実施することができること,②交渉対象項目として,関税・非関税措置など従来からの商品貿易にかかわる項目だけでなく,サービス貿易,知的所有権,貿易関連投資措置などの新分野を加えた15項目とすること等が盛り込まれている。これを受けて,87年1月に交渉グループ,交渉計画等が策定され,これまでのところ基本的考え方の提案・検討,各種データの整備等の作業が行われてきており,88年12月,カナダのモントリオールにおいてこれらを踏まえた中間レビューが実施された。

以下では,サービス貿易,知的所有権,貿易関連投資措置のいわゆる三つの新分野と特に争点となっている農業貿易の四っの分野の問題点について88年11月現在までの状況をみることとする。

(1)サービス貿易等新分野の動向

(サービス貿易)

サービス貿易については,自由化を推進しようとする先進国と,これに反対する発展途上国との間に意見対立が続いてきている。アメリカを中心とした先進国では産業構造のサービス化の進展やサービス業の規制緩和政策を背景としてサービス産業が発展してきており,このような状況を背景としてサービス貿易の自由化のための多角的枠組みづくりの必要性が強く主張されている。一方,発展途上国では,運輸,通信,情報といったサービス産業分野の国際競争力は弱く,サービス貿易の自由化によって得られる利益についても十分な理解が必ずしも得られていない等の状況を背景として自由化には基本的に消極的な姿勢を示している。現在,アメリカ,日本,EC等の先進国からサービス貿易の多角的枠組みに関する提案がなされている一方,発展途上国側からは,開発等の概念を重要とする議論が示されているほかサービス貿易の定義,統計,対象セクター等についてまず検討すべきであるとの立場をとっている国が一部にある。全体としては,サービス貿易の一般的ルールづくりに向けた交渉が進められてきている。

(知的所有権)

アメリカの特許貿易の輸出超過は,80年代前半に落ち込んだもののこのところ増加してきており,アメリカは依然としてこの分野での優位性を維持している(付図3-15)。GATTの知的所有権に関しては,先進国が知的所有権全般についての包括的なコードの作成を目指しているのに対して,発展途上国側は保護規範の問題はGATTのマンデート外であるとして依然としてこの問題に対して消極的であり両者の考え方は大きく隔たっている。特に,アメリカでは自国の知的所有権制度が整備されているとの認識の下に,貿易相手国に対しても自国と同様な知的所有権制度の整備を要求しており,通商政策の重要な柱の一つとなっている。アメリカ,日本,ECがそれぞれ知的所有権保護のための国際的規範の策定等の提案をしており,当面はそうした提案についての討議が継続されることとなろう。

(貿易関連投資措置)

貿易関連投資措置についても,先進国と発展途上国の間には基本的な対立が存在している。先進国は,輸出要求,ローカル・コンテント要求(部品の現地調達)等の有する貿易制限的・歪曲的効果を検討するとともに,このような効果を有する投資措置自体を規制するために,新たなルールの策定を検討することが必要とのスタンスをとっている。一方,発展途上国は,投資措置自体を規制することは本交渉にはなじまず,投資措置が有する貿易制限的・歪曲的効果を既存のGATT条文との関連で検討するにとどめるべきであると主張している。こうした背景には,先進国と,自国産業の育成を図るため一部規制は必要との立場をとっている発展途上国との利害の対立が存在している。こうしたことから,今後は投資措置が有する貿易制限的・歪曲的効果と既存のGATT条文との関連性及びその貿易に与える悪影響を回避するための方策の検討を中心に交渉が進められることとなっている。

(2)農業貿易分野の動向

80年代の農業貿易をめぐる状況をみると,世界的な農産物の過剰状態のなかで,アメリカ, EC間の補助金付き輸出競争をはじめ輸出国間で激しい輸出競争が繰り広げられてきた。農産物輸出国であるアメリカ,ケアンズ・グループ(オーストラリア,カナダ,ニュージーランド等の農産物輸出国グループ)は穀物価格の低下による輸出額の減少に加え,中国,インド,インドネシア等アジア諸国における穀物生産の拡大,ECとの競争等により農産物輸出額を低下させてきた(第3-6-1図)。また,こうした動きを背景に輸入アクセス等に関し農産物輸入国と輸出国の対立も激しくなっている。このため,87年5月のOCD閣僚理事会では,農業政策の基本的方向付けが検討され,各国が,食料の安定供給の確保等農業のもつ純経済的でない要素に配慮しつつ,農業助成の協調的削減等を実施することにより,できるだけ市場原理に即した農業生産を実現していく必要があるという点について合意が成立した。さらに,その後のサミット等においてもこの合意は再確認されている。こうした合意等を踏まえ,新しい農業貿易のルールを策定するため,ウルグアイ・ラウンドでの交渉が進められており,現在,アメリカ,EC,日本,ケアンズ・グループ等がそれぞれ以下のような提案を行っているところである。

このように,各国の考え方には大きな違いがあり,今後はこうした提案を基に,交渉の全体的な枠組み,保護の総合的計量手段,発展途上国に対する優遇措置等の問題について議論が行われることとなっている。

2. アメリカ88年包括貿易・競争力法の成立とその問題点

最近のアメリカの貿易問題をみると,議会とともに行政府の強硬姿勢が一段と鮮明になってきている。具体的な案件をみると,対日本では牛肉・かんきつの自由化,公共事業への参入問題については解決が図られたものの,87年4月から実施されている半導体取極に係る一方的対日関税措置は完全には解除されていない。対ECでの農業問題をめぐっては,ウルグアイ・ラウンド等で依然として大きく対立しており,NIEsに対する貿易赤字の拡大を背景として,関税の引下げ等の対NIEs要求が活発化している(付表3-4)。

こうした動きを背景として,88年包括貿易・競争力法は,88年5月にレーガン大統領の拒否権で一度は廃案となったものの,拒否権行使の理由となった工場閉鎖の事前通告,アラスカ石油輸出規制の二つの条項を削除することによって,同年8月に成立した。同法に対しては日本,ECを始め多くの国から同法の保護主義性に対して強い懸念が表明されているところであるが,ここではその内容についてみてみることにしよう。

(アメリカ88年包括貿易・競争力法の概要)

88年包括貿易・競争力法の主要な点は,①1974年通商法301条を改正し,外国の不公正貿易慣行に関する判断,これに対する報復措置発動の権限を大統領からUSTR(アメリカ通商代表部)に移管したり,一定の措置について発動を義務づける等によってアメリカ政府の裁量の余地を狭め,報復措置をとりやすくすること,②外国の貿易自由化を求めていく上で,個別品目に加えて,市場歪曲慣行(priority practices)を持つとUSTRが判断した国を「市場開放優先国」(priority foreign countries)と指定して,輸入障壁等の撤廃を要求し,合意に達しない場合には一方的に報復措置を発動するというスーパー301条を導入すること,③1974年通商法201条(セーフガード)を改正し,ある品目の輸入急増からアメリカ産業を保護するため,重大な被害の惧れの認定基準の拡大や生鮮農産物に関する暫定救済の導入等を通じ救済措置の発動を容易にすること,④輸入品について特許侵害や商標侵害の不正行為を規制している1930年関税法337条の違法認定要件の二つ(不正な行為と被害の存在)のうち,被害要件を削除し,輸入排除命令をとりやすくするとともに,暫定排除命令までの期間の短縮(原則として7か月を90日に短縮)を図ること,等が盛り込まれている(第3-6-1表)。

また,同法はこうした通商関係の法規の他に,競争力強化のための労働者再訓練プログラムの見直し,国立標準技術研究所(産業競争力改善等のための技術開発を目的とする組織)や競争力政策評議会(産業の生産性向上等を目的とする組織)の設立等の産業政策をも含む広範なものとなっている。ただし,こうした産業政策に加え,企業自身によるこうした分野での一層の努力が必要であることは依然として変わらないであろう。

(88年包括貿易・競争力法の問題点)

今後,アメリカ政府による同法の具体的運用が極めて重要になるものと考えられるが,ここでは,アメリカ政府が同法を運用するに当たっての問題点を指摘しておきたい。

まず,スーパー301条は,「市場開放優先国」を認定することによって一方的かつ対決的に交渉を開始し,合意に至らない場合には報復措置を発動するものであり,GATTの紛争処理手続を経ずにこうした措置を発動すればGATT違反の疑いが強い。このような考え方は,現在進行しているウルグアイ・ラウンドにも悪影響を与えるものと懸念され,同条項の慎重な運用が望まれる。次に,1930年関税法337条の改正による被害要件の削除や暫定排除命令までの期間の短縮は,現在みられている知的所有権侵害ありとして輸入品に対してなされている濫訴を更に助長するおそれがある。337条以外にもこのような被害要件の緩和が実施されることとなっており,その運用に当たっては今まで以上に慎重な取り扱いが必要となってこよう。いずれにしても,アメリカ政府としては,GATT等の国際法との整合性を保ち,決して保護主義に陥らないように運用することが求められる。

3. 自由貿易体制の維持・強化の必要性

(地域主義の拡大とその問題点)

米加自由貿易協定,92年EC統合等の最近の地域経済統合への動きは自由貿易の強化を実現可能な地域から順次拡大していこうとする戦略であり,関税や非関税障壁が撤廃されることによる域内の貿易創出効果がある反面,比較優位のある第三国から域内へ貿易がシフトするなどの貿易歪曲効果も考えられよう。こうしたことから,地域経済統合への動きが域内経済の発展のみならず,第三国の貿易利益にも十分配慮され,世界経済の発展に資するものとなることが重要となろう。

また,日米間でも,85年の「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」決定以降,公共事業市場の開放,牛肉・かんきつの自由化等の市場開放問題の着実な解決を図ってきたところであるが,依然として,経済面,貿易面等にわたって相互の利益の調整が続くことであろう。こうしたことを背景として,日米自由貿易地域構想についての検討が日米それぞれにおいて行われているが,日本としてはこうした構想について,日米関係の中長期的あり方に関する検討の一環として検討を行っていくべきであり,それに当たっては,日・米両国の経済に与える影響に加え,GATTとの関係,第三国に与える影響についても十分な考慮を払う必要がある。

(自由貿易体制の維持・強化)

これまでみてきたような構造調整のスピードの違いが,貿易における各国のパフォーマンスの相違となって現れ,構造調整に伴う困難を避けるため保護主義が台頭しつつあるものと考えられよう。こうした保護主義は世界貿易を縮小させる危険性があり,こうした動きに対抗するためには,問題の根源そのものを是正することが必要である。そのためにも,自由貿易体制を維持・強化し,構造調整を一層進展させることが必要となろう。

日本としては,各国と協調しつつ,ウルグアイ・ラウンドの成功に向けて最大限の努力をしていくことが最も重要な課題であると考えられる。さらに,日本は構造調整の進展によって好パフォーマンスを維持していることから率先して市場アクセスの改善を継続し,自由貿易体制の維持・強化に貢献していくべきである。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]