昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第3章 世界に拡がる構造調整

おわりに

(世界経済長期拡大の要因)

世界経済は,インフレ,経常収支不均衡,途上国累積債務,金融・資本・為替市場の安定性に関し,種々の懸念をはらみながらも,長期の拡大を続けている。この背景としては政策面と実体面の要因がある。

政策面の第1の要因としては,「インフレなき持続的成長のもとでの経常収支不均衡の縮小」を目的とした各国の政策協調が,大枠としての安定性,予測可能性を保っていることである。各国の財政金融政策,構造調整政策の国別分担は,実行の程度に差はあるが,目指している方向は適切なものとなっている。

日本の内需主導型成長への転換は,財政金融及び構造政策全体が効果をあらわしたものとして,国際的にも高く評価されている。例えば88年5月のOECD閣僚理事会コミュニケでは「日本においては,力強い内需によって導かれ,輸入の急増を伴った最近の成長プロセスが国際的調整に貢献しており,今後とも持続される必要がある」と述べている。アメリカの連邦政府財政赤字削減も緩やかなプロセスではあるが,少なくとも増加ではなく減少の方向に進んでいることは,不安定要因の減少という意味がある。87,88年度の赤字はならしてみればグラム・ラドマン法の削減ペースとなっている。西ドイツの86,88, 90年のネット減税額は合計437億マルク(86年GNP比2.2%)とかなりの規模のものとなっている。各国の金融政策は86年には協調金利引下げにより,世界全体の金利水準の低下から,民間活動を刺激するとともに各国の財政赤字や途上国の債務返済負担の軽減に役立った。物価,成長,為替の3つの観点から,金融政策は常に警戒を怠りないVigilantな姿勢がとられている。87年10月の株価大幅下落時の各国の金融緩和や,88年前半のアメリカ等のインフレ懸念に対する緩やかな抑制等がその適切な例である。

政策面の第2の要因としては,サミットに至るIMF,OECD,G7等の一連の国際的フォーラムにおいて,絶えず主要国間の分析の交換,政策意図の説明,政策方向の明確化が行われていることである。広い意味のサーベイランスは絶えず行われているといってよく,各国相互に相手国経済の現状,見通し,政策,相手国の自国に対する見方,共通の政策課題についての理解度を高めている。

次に実体面の要因としては,第1に世界貿易を通じた世界各国の結びつきは,経常収支不均衡拡大のプロセスでも,縮小のプロセスでも一国の需要の拡大をその他諸国にプラスの方向で伝播させることができたことがあげられる。今回の拡大の前半のアメリカの役割,内需拡大の日本の役割に加え,アジアNIEs等,発展途上国も合計で日本なみの経済規模であり,その需要の拡大は先進国及び途上国相互間にプラスの影響を与えている。

第2にインフレの鎮静化が続いていることである。国内要因としては先進国においては,程度の差はあれ,賃上げよりも雇用確保に労使交渉の重点が移ってきており,また金融政策が慎重なものであることが寄与している。外的要因としては,石油・国際商品市況の低迷がある。これは輸出国にとっては大きな困難をもたらしているが,輸入国にとっては,景気拡大の続く中でインフレ鎮静化が長続きしている要因である。日本は主要国の中で最も物価が安定しておr),インフレ懸念で:国際的に影響を与えることがない点で安定化の役割を演じている。

第3に,金融・資本市場の自由化,国際化が実物経済の不均衡がもたらす悪影響を軽微なものに止め得たということである。保護主義圧力により,自由な国際移動をますます制約されるおそれのある財の貿易と対照的に,資金の国際移動はますます自由になってきている。ここでも日本は最大の資金供給国として,低い金利で世界の資金需給をバランスさせる安定化の役割を演じている。

ただし,国際金融・資本市場に対し過度の圧力がかかると,不安定な動きを引き起こし,実物経済に大きな影響を与える可能性もある。この点からも,実物経済の不均衡は縮小される必要があることはむろんである。

以上のように政策面,実体面において,各種の要因がプラスに働いているが,いずれも注意を怠るとマイナスに転じる恐れがあることは87年10月の株価大幅下落時の状況が示している。アメリカの貿易赤字再拡大のおそれ,財政赤字削減が実行されないおそれ,民間資金の対米流入の減少,各国における金利の上昇,政策協調をめぐる市場筋の思惑等がそれである。貿易における保護主義圧力の高まりも,30年代のアメリカのスムート・ホーレイ保護関税を想起させていた。

(各国の政策課題)

従って,現時点における世界経済の課題はこれらのプラスの要因を継続させ強化させることであると言える。日本は今のところ,政策面,実体而ともよいパフォーマンスを示している。世界からの圧力に受身で反応する,という行動パターンから,世界に対して,日本は世界をどう見ており,どのような政策課題を重視しているか,各国の経済政策についてどう考えるか,を積極的に発言し,働きかける時である。本報告では,サミット等で合意された政策課題を中心に分析してきた。これをまとめると次のようになる。

(1)アメリカ

アメリカは経常収支赤字の縮小を続け,国際金融・資本市場への膨大な需要圧力を引き続き軽減するようにする必要がある。このため,経常収支の各面からそれぞれ赤字縮小につながる政策をとるべきである。支出が所得を上回っている,といラ観点からは,支出の抑制,潜在成長力の上昇が要請される。投資が貯蓄を上回っている,という観点からは,生産的投資はむしろ拡大する必要があり,貯蓄の増強および財政赤字の削減が必要である。輸入が輸出を上回っている,という観点からは,製造業の国内及び海外市場における国際競争力を強化する必要がある。アメリカの景気拡大が,消費主導から輸出・設備投資主導のパターンに移行するためには,金融の緩やかなる引締めによる総需要抑制効果に加えて,財政赤字削減,貯蓄増強を通じた政府支出,個人消費を抑制する効果も重要となろう。

より具体的には次のようになる。第1に,財政赤字削減においては,グラム・ラドマン法に定められた連邦財政の赤字の削減に努めると同時に,将来の社会保障基金黒字のとり崩しも念頭におき,統合予算であるオンバジェット・ベースでの赤字にも留意する必要がある。第2に,貯蓄の増強のためには,借り入れによる消費を刺激している税制上の抜け穴を除去すべきである。これは住宅抵当借り入れについて,2番抵当に関しても,利子税額控除を可能としているものである。第3に製造業の国際競争力の強化については,包括貿易・競争力法の保護主義的運用により強化しよう,という考えをとるのではなく,あくまで市場原理を基本とすべきである。生産性,賃金とも日本と同水準になっており,今後は生産性の伸びを高めない限り,生産性上昇率格差の縮小のため再びドル安に依存する悪循環となる。需要の伸びの高い産業を中心に,技術進歩及び資本蓄積率を高めるため,中長期にわたリアメリカ企業自身が利潤動機を見出し投資を拡大する必要がある。

(2)ヨーロッパ

アメリカはサービス業の拡大により雇用を吸収し,完全雇用に近い状態となっている。しかし,ヨーロッパでは,サービス業による吸収も,イギリス,西ドイツのように女子パートタイムが多く,あるいはフランスのように政府の雇用訓練プログラムで維持している状況である。ヨーロッパにおいては,企業のダイナミズムを回復し,労働市場における柔軟性を増大させる必要がある。

労働市場については,第1に,改善はされてきたものの,イギリス,イタリアでは賃金上昇率が生産性上昇率を大きく上回っている。賃上げよりも雇用確保に労使交渉の重点が移ってきている中で,生産性の向上とこれをふまえた適切な賃金引き上げが肝要である。第2に,若年失業が,技能習得の機会を失うことから長期化する,いわゆるヒステリシス現象を回避することである。このためには,雇用訓練終了後は,実際に雇用されるだけの労働需要が発生している必要があり,そのためにはマタロの潜在成長力を高めることが基本であろう。

また西ドイツでは内需を拡大するために,下水道,道路防音壁,都市再開発等の公共投資の余地がある。これは雇用の増大につながろう。第3にイギリス,西ドイツ,フランスに共通にみられるように,成長産業の立地する地域は失業率が低く,衰退産業の地域では失業率が高い,という状況を緩和するため,労働の地域間モビリティを高めるべきである。

企業については,第1に先端産業における国際競争力を強化することである。ヨーロッパはアメリカ,日本よりも単位労働コストが高く,生産性の向上とこれをふまえた適切な賃金引き上げが肝要である。さらに技術進歩及び資本蓄積率の上昇のため,長期にわたり設備投資を拡大するべきである。第2に産業補助金の削減である。資本移転も含めるとGNPの3~4%に達する産業補助金は,競争力を失いつつある伝統的産業を存続させ,財政赤字を悪化させるとともに成長産業の拡大を阻げる結果となっている。第3に企業の資本収益率の改善である。石油危機後の落ち込みからかなり回復してきているが,日本よりは低い水準にあり,賃金コスト削減,生産性向上の継続がここでも必要である。92年EC市場統合は,このような労働,企業の活性化に役立つべきである。

アメリカ,日本との競争からの保護を強化するものであれば,ヨーロッパ活性化はむしろ後退するおそれもある。

(3)発展途上国

韓国,台湾等のアジアNIEsは,日本への追いつきとASEANからの追い上げの中で,急速に産業構造を高度化させてきている。このような自律的な構造変化はアジア経済の重層的発展に寄与しており,今後とも継続していくことが期待されている。他方,対米貿易収支の黒字は大きく,これを是正するための種々の方策をとることが求められている。

ブラジル,メキシコ等のラテン・アメリカは,一次産品依存度を縮小し,工業の輸入代替策から輸出指向型戦略に移行する必要がある。このためには,財政赤字削減,インフレの抑制,企業補助金の削減,貯蓄の増強,投資の回復等の市場・成長指向型政策をとるべきである。累積債務の重圧を軽減するには,韓国と同様,輸出を拡大して返済能力をつけることが望ましい。

(世界からみた日本)

世界からみた日本は今や巨大でかつ強力なものとなっている。86年の先進国・途上国(中国を含む)計のGNP12兆8千億ドルのうち2兆ドル,15%のシェアを占め,87年の世界輸出2兆3千億ドルのうち,日本の輸出は9.7%のシェアを占める。国内金融・資本市場の規模は87年にアメリカ,イギリス,西ドイツ,日本4か国計9兆5千億ドルであるが,日本は3兆7千億ドル,39%のシェアを占める。国際金融市場は,87年末で規模は4兆2千億ドルに達するが,このうちアメリカを母国とする銀行のシェアは15%,日本のそれは35%強となっている。同時点で日本の対外純資産は2,407億ドル,アメリカの対外純負債は3,682億ドルとなり,日本は世界に対する最大の資金供給国となっている。とくに長期米国債の外人保有分2,600億ドルのうち,日本は西ドイツとならんで各々1/4ずつのシェアを有する。また87年末の外国の対米直接投資残高2,619億ドルのうち,日本はイギリス,オランダに次いで334億ドルとなっている。

日本はこのような生産,貿易,金融の各面で世界経済の拡大・安定要因であり続けることが期待される。

第1は内需拡大の継続である。内需拡大は日本人の生活水準を向上させ,かつ経常収支不均衡縮小に貢献するものであり,日本の国際的信認を高めるための王道であるといえる。日本がこのように急速に需要・供給両面の構造を内需型にシフトし得るということは,世界も予想していない画期的なことであった。

これが一過性のものでないということを今後示していかなければならない。

第2は輸入拡大の継続である。日本の製品輸入比率は急速に高まり,50%を上回るに至っている。アメリカ,EC,途上国からの輸入はそれぞれ拡大している。しかしながら,87年の財輸入のGNP比は,アメリカ9.0%,EC6.9%に対し,日本は6.3%となっているが,日本の輸入依存度は今後上昇すると見込まれている(62年6月,経済企画庁総合計画局資料)。引き続き市場アクセスの改善,内外価格差の縮小のため,規制緩和等を推進する必要がある。途上国からのアメリカ,EC,日本の製品輸入に占めるシェアは,87年でアメリカ55.6%,EC33.1%に対し,日本は11.2%と最近上昇しているものの低い。

第3に,資金の供給に関しては,経常収支不均衡の縮小プロセスは極めて時間を要するものであり,その間は金融・資本・為替市場を不安定化させないような資金のフローが維持される必要がある。このため日本は,先進諸国とともに,これら市場の安定性,健全性維持のための政策協調を続けるべきである。

そのためには,ポートフォリオを十分多様化させ,1市場に過度の圧力がかからないように留意するべきであろう。また途上国に対する資金の供給や累積債務国への資金流入の確保については,総額300億ドル以上の資金還流,LLDC諸国債務約55億ドルの実質的免除,88年からの5か年にODAを総額500億ドル以上にする第4次中期目標,中所得国向け債務問題解決の新たなメニュー項目(宮沢構想)の提案等を行ってきており,日本の積極的な役割が期待される。

以上の3点が実現されれば,財,サービスの自由な国際間移動のメリットを前提とする自由貿易体制の維持・強化に日本は建設的な貢献をすることになる。また世界の金融・資本市場の一体化の波の中で,日本は積極的に安定化の役割を果たし 得ることになる。

アメリカ, ECにとって日本は今や強力なパートナーでありかつ競争者と見なされている。アメリカの包括貿易・競争力法,ECの92年市場統合の両者とも,そのかなりのウェイトは日本にいかに対抗するか,に置かれている。この認識が相互の不信感に発展しないためにも,日本は内需,輸入,資金供給において目に見える貢献を続ける必要がある。構造調整の過程においては,必然的に産業間に明暗が生じ,特定産業地域について相対的に困難な状況が生じており,今後とも,円滑な構造調整を可能にするための政策的配慮が必要である。

今後の政策を考えるにあたっては,我が国が石油危機に対して,市場原理を基本とした積極的調整政策で対応したのに対して,ヨーロッパ諸国では, 一時的との前提で行った政策的配慮が無期限化し,財政赤字の拡大や産業活力の低下につながり,雇用問題も深刻となるなど,構造的困難に陥ったことを想起すべきである。我が国としては,世界全体の観点から,さらに日本自身の構造調整を円滑に進めるという観点から,積極的に内需拡大,規制緩和等を進める必要がある。外国への資金供給についても,そのリスクの拡大,あるいは国内産業の空洞化を懸念する向きもあり,またアメリカでも一部に投資保護主義の動きがあるが,本来これは,日本の資金の効率的運用であり,かつ世界の資金需要の充足に寄与すると考えられる。

アメリカ,ヨーロッパは,世界全体の利益の観点から政策を判断すると同時に,自らの利益の確保にもウエイトを置く傾向があるともいわれ,自由貿易や自由な資金国際移動の利益も,自らの利益を念頭に置いて判断するようになっている,との批判もある。日本は,世界に対する実体的影響力は巨大であるが世界経済全体の運営において,より政策的な貢献をする必要がある。このためには,アメリカ,ヨーロッパ,途上国との間で,双方向のコミュニケーションが一層強化される必要がある。日本は受信型から発信型へと転換しつつあるが,経済面の影響力の大きさに顧み,日本の世界及び日本経済に対する見方や政策判断を一層,明確かつ透明な形で明らがにしていくことが望まれる。


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