昭和62年
年次世界経済白書
政策協調と活力ある国際分業を目指して
経済企画庁
第3章 変化する国際分業体制-米・日・NICs・アセアンの重層構造-
80年代に入り,世界経済が成長速度を緩めている中で,依然目覚しい成長を続けているのが,アジアNICsやアセアンなどのアジア発展途上国である。これらの国・地域は日本,アメリカとの密接な関係の下に,技術・資本の投入を受けながら,安い労働コストを活かし,急速な工業化を遂げており,現在では,日本やアメリカにとっても重要な貿易相手に成長した。本節では,アジアNICs及びアセアンの経済成長を支えた貿易に注目し,その構造と特質を検証する。
なお,以下で用いる「アジアNICs」では,韓国,台湾,香港,シンガポールの4か国・地域を,また「アセアン」では,インドネシア,マレーシア,フィリピン,タイの4か国を念頭におくものとする。
60年代以降,世界貿易は大幅な伸びを続け,世界の経済成長を支えたが,80年代に入ると,原油や一次産品価格の下落等から伸びを鈍化させた(80~86年間年率0.8%増,第3-1-1図)。これに対してアジアNICsは,60年代以降,第1次石油危機の影響を受けた74,75年を除き,一貫して世界輸出の伸びを上回る高成長を続け,80年代に入っても依然高い伸びを維持した(80~86年間年率8.2%増,第3-1-1図)。
この結果,世界貿易に占めるアジアNICsのシェアは着実に高まり,65年の1.5%から86年には6.3%へと拡大した。これは70年代初の日本のシェアと同程度である(第3-1-2図)。またアジアNICsの主要な貿易相手国であるアメリカ,日本の輸入に占めるシェアも大きくなっており,特に80年代に入ってからの急増が目立つ。このような背景には,原油・一次産品価格の低迷によって,中東諸国,中南米諸国,アセアン諸国のシェアが相対的に低下したという要因もあるが,アジアNICsの工業化の推進によるものも大きいとみられる。50年代,60年代から,工業化を推進してきたアジアNICsは,80年代初めにはすでに工業品輸出が8割を越えていた(第3-1-3図)。第2次石油危機後,先進国の貿易構造が高度化する中で,アジアNICsは,日本,アメリカとの密接な関係を保ちつつ,安い労働コストを活かして,工業品輸出を増大させたとみられる。
これに対し,アセアンも,60年代以降比較的良好な輸出パフォーマンスをみせており,70年代からは世界輸出の伸びを上回るようになった(第3-1-1図)。しかし,その輸出品の大部分を一次産品に頼っていることから,84,85年には輸出が低迷し,世界輸出に占めるシェアも縮小した。こうした中で,80年代に入ってからは,輸出品に占める工業品の割合が上昇してきており,工業品の輸出は好調に推移している。特に近年では,韓国,台湾でも,為替や賃金の面から労働コストが徐々に上がっていることから,アセアンに有利となってきており,軽工業品などの価格弾力性が強いものについては今後アセアンの優勢がみられよう。
なお,アセアン4か国のうちでも,インドネシア,マレーシアといった鉱産物輸出国では,輸出に若干の停滞がみられる。マレーシアは戦後早くから工業化に着手し,アセアンの中でも工業化が進んでいるが,鉱産物輸出の割合が依然大きく,その価格低落の影響を受けて輸出全体としては伸び悩んだ。一方,タイ,フィリピンといった農業国では,労働集約的な製品を中心に工業化が進んでいるという二分化もみられる。
アジアNICsの中でも韓国・台湾は,1950年代から輸入代替,輸出振興を目標とした経済計画によって経済発展の推進を試みてきた。そこに盛り込まれた産業政策の目標は,初期段階の消費財の輸入代替化から,中間財の輸入代替化へ,さらに資本財の輸出へと高度化してきており,これらの目標が徐々に達成される形で,アジアNICsの貿易構造も高度化してきている。また近年では,一次産品・原油価格の下落,及び為替レートの対主要国通貨比下落等の追い風を受けて輸出が急増している。一方,アセアンも衣類等の労働集約的な製品が伸びている他,後でみるような要因によって,半導体の組立等を中心とする電機・電子製品の輸出も増加している。
以下では,アジアNICs,アセアンの貿易構造を,特に工業品についてみてみよう (第3-1-4・5・6・7図)。ここでは非耐久消費財(衣類,靴等),耐久消費財(家電製品,自動車,時計,玩具等),資本集約的中間財(化学品,建材,鉄鋼,金属等),労働集約的中間財(皮革,繊維,ガラス等),資本財(一般機械,電気機器,航空機等)という分類を用いる(付注3-1参照,以下これによる)。
アジアNICsの財別の輸出構造をみると(第3-1-3・4図),60年代初期には約5割であった工業製品の割合が86年には約90%に達しており,その中での構造変化も目覚しいものがある。従来アジアNICsの輸出品の中心であった非耐久消費財や労働集約的中間財が70年をピークに徐々にその割合を下げ,替わって耐久消費財や資本財のシェアが拡大している。一方,輸入構造をみると,輸入品の大部分を占める資本財,中間財は一貫して80%程度となっているが,その内訳をみるとシェアの変化が起こっている。資本財が輸入に占めるシェアを増やしている一方で,中間財,特に労働集約的中間財については,国産化の進展により,シェアの減少をみている。
次に,アジアNICsの地域別の貿易構造をみると(第3-1-5図),アジアNICsの輸出相手国として最大なのはアメリカであり,65年時のシェアの18.8%から,85年には34.8%に増加している。一方,輸入先で最大なのは日本であり,常に20~30%のシェアを占めている。アジアNICs内の輸出入もわずかながら増加しているが,ECとの貿易シェアは輸出入とも減少傾向にある。
この地域別の傾向は資本財,中間財においてさらに顕著である。アジアNICsの貿易構造は,資本財,資本集約的中間財の多くを日本からの輸入に依存している(第3-1-4図のグラフの中の白抜き部分)一方で,半導体を中心とする資本財や非耐久・耐久消費財の輸出はアメリカ向けが大きい。これは,アジアNICsの貿易構造が,日本からの資本財,中間財を輸入して加工し,それを完成財としてアメリカに輸出するという一連の貿易関係に組み込まれていることを示している。
アセアンの輸出品目構成をみると(第3-1-3図),80年代まではその輸出の80%以上が一次産品及び鉱物性燃料であることがわかる。しかし,80年以降,原油や一次産品価格の下落もあって,これらのシェアは低くなっており,替わって工業品の輸出シェアが伸びている。
アセアンの工業品の輸出入動向をみてみよう(第3-1-6図)。従来,アセアンの工業品輸出は,石油精製品を中心とする資本集約的中間財が大部分を占めていた。しかし,次第にその割合は減少しており,資本財,労働集約的中間財,非耐久消費財の割合が増加している。工業化の緒についたアセアンの貿易構造の中で,非耐久消費財や労働集約的中間財が伸びてくるのは,発展段階からして当然であるが,中間段階としての鉄鋼等の資本集約的中間財をとばして,資本財のシェアが伸びていることは注目に値する。
まず,労働集約的中間財の代表としては繊維を,非耐久消費財の代表としては衣類をあげることができ,これらの品目はアセアンの安価な労働力を活かして,主にタイなどで発展してきたものである。一方,資本財輸出の増加については,アセアンに対するアメリカ企業の直接投資の果たした役割が大きい。アメリカ企業のアセアンに対する投資は主に電機・電子産業に特化しており(第3節参照),後でみるように電機・電子産業の工程内で労働集約的部分をアセアンに移行したことから,以上のような変化がおこったといえよう。また輸入構造をみると,資本財のシェアが拡大しており,アメリカから電機・電子関係の半製品を輸入して加工するという形の取引が行われていると考えられる。輸出入の地域別シェアをみると(第3-1-7図),やはり日本とアメリカのシェアが大きく,アセアンにおいても両国が重要な役割を果していることがわかる。またアジアNICsからの輸入も拡大している。
アジアNICs,日本,アメリカ間で行われている貿易は以上述べたように,製品を工程ごとに分けて生産し,日本一アジアNICs-アメリカといった物の流れをつくっている,いわゆる水平分業(工程間分業,第3節参照)であった。これに対してアセアン,日本,アメリカの貿易関係をみると,アメリカはアセアンに対して前述のような直接投資を行っていることから,製品の労働集約的な部分をアセアンで生産するという,アジアNICs型の水平分業体制が出来上がっているといえる。しかし日本の場合は,アセアンとの貿易額は大きいものの,アセアンからの輸入品の大部分は原油や一次産品であり,依然垂直的な貿易となっているとみられる。