昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


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第2章 世界的な貿易収支不均衡-その原因と影響‐

第2節 アメリカの貿易収支の動向と為替レート

アメリカの貿易収支赤字は,85年春以降のドル高是正の下で,このところ縮小のきざしをみせてきてはいるが,そのテンポは非常に緩やかなものであり,根本的な解決の途についたとは言いがたい。貿易収支赤字の縮小に大きな役割を果たすと考えられてきた為替レートの機能については,その効力には自ら限界があるという認識がなされるようになってきた。

一方,アメリカの貿易収支赤字は,長期的にアメリカ経済に根づいた体質であり,種々の経済現象と密接な関連にある,という新たな認識に立って,経済全体の中でこの現象を把握・分析する必要があり,本第2節から第5節まででこれについてやや詳細な分析を行うこととする。

アメリカの貿易収支赤字が長期的に拡大してきたということは,とりもなおさず長期的に国内での需要項目合計(個人消費支出+民間国内総投資+政府支出)の伸びが国内総供給の伸びを上回ってきたということである。したがって,両者のかい離の原因が供給側と需要側の両面から分析されなければならず,①何故,長期的に供給の伸びが十分でなかったのか,また,②何故,需要の伸びが過大であったのかが問われなければならない。

アメリカの貿易収支の悪化は,80年代に入ってそのテンポを加速したが,その背景としては,①80年代に入って大きく悪化した財政収支赤字,②ドル・レートの上昇があげられる(第2-2-1図)。すなわち,アメリカの財政赤字の拡大は,それ自体として需要拡大効果を通じて輸入を拡大させる効果を持ったほか,79年10月以降の緊縮的な金融政策ともあいまって,高金利・ドル高を長期にわたって継続させることとなり,相対価格面を通じて輸出(=国内の生産)を抑制し,輸入(=需要の海外シフトおよび海外の生産)を拡大させる効果を持ち,貿易収支赤字を大きく拡大させる結果となったのである。

その貿易収支赤字もこのところようやく拡大が止まり,やや縮小のきざしが現れてきたわけであるが,そこで,上述した政府の政策の評価や需要・供給両面にわたる分析は次節以降で扱うこととして,まず本節では,アメリカの貿易収支赤字が最近縮小のきざしを示してきている理由をさぐり,貿易収支が数量面ではっきりと改善へと向かっていること,そして,それにはドル安という為替要因が大きく働いていること,しかし,アメリカの貿易収支には常に所得面から赤字化作用が働いておりドル安のみによる貿易赤字削減効果では不十分であること,等を指摘する。

1. 縮小に転じ始めた貿易収支赤字

前節では,アメリカの貿易収支の動向を通関ベースでみたが,本節では,数量面からの分析も行うため,季節調整されており,名目・実質両方の統計が利用できるGNPベースの貿易統計をみることとする。GNPベースでみれば,貿易収支の改善は,名目では87年1~3月期以降であるが,実質(数量面)では,86年10~12月期から始まっている。とりわけ,石油や農産物(食料,飼料及び飲料。以下同じ)といった不規則な動きを除いた基礎的な数量面の動向をみれば,その改善が一層明瞭なものとなっているのがわかる。すなわち,こうした基礎的な数量面での改善の動きは,しばらくの間,①85年末から86年夏にかけての石油価格の大幅な低下,それによる輸入石油需要増大に伴う石油輸入数量の急増,そして,その後の石油価格の上昇,②85年新農業法施行前後の農産物輸出の停滞と農産物価格の低下,③ドル下落に伴う輸入価格の上昇,等に覆い隠されて,名目の貿易収支には現れなかったのである。以下では,貿易収支(GNPベース)の増減(前期比)の動向を石油,農産物,その他基礎的財の価格・数量要因に分解して,それぞれの動向を詳しくみてみよう (第2-2-2図)。

(石油要因)

石油輸入の動きをみると,85年末から86年夏にかけては石油価格の低下の下に石油輸入額は減少しており,アメリカの貿易収支を改善させる方向の効果を持った。ただし,輸入価格の低下に伴い石油輸入数量が増加したことにより,価格低下による貿易収支改善効果はいくぶん減殺されている。その後,87年初にかけては石油輸入数量は減少したものの石油価格が上昇し,輸入額としてはほぼ横ばいであった。しかし,87年4~6月期には,中東情勢の緊迫やOPECの対応の見通し難,更には需要期に向けての在庫積み増し等,多分に一時的な要因の下に輸入数量が増加し,価格の上昇とあいまって石油輸入全体としてアメリカの貿易収支悪化要因となった。

(農産物要因)

農産物輸出はアメリカの輸出全体の中でも比較的高いシェアを占めている(85年10.9%)。この農産物輸出は85年中,①世界的な穀物需給の緩和や,②一次産品価格の下落に伴いアメリカの穀物輸出先として大きなウェイトを占める発展途上国の購買力が低下したこと,等から減少し,貿易収支赤字拡大要因となったが,更に86年上期には新農業法によるローン・レートの引き下げを前にした輸入国側でのアメリカ穀物の買い控えにより輸出は更に減少した。86年後半にはローン・レート引き下げ実施による穀物市場価格の低下や,また,輸出奨励計画(EEP)の実施もあり,数量面では輸出が伸びたが,価格の低下もあって,貿易収支改善への寄与はあまりなかった。

(その他の基礎的動向)

これら石油輸入,農産物輸出といった不規則な動きを示した要因を除き,その他の基礎的な収支をみると,数量面では85年春以降のドル安傾向にもかかわらず,86年7~9月期までは輸出の伸び(前期比)を輸入の伸び(同)が上回り貿易収支赤字拡大効果をもたらした。しかし,86年10~12月期以降は,輸入数量の伸びが鈍化した反面,輸出数量が比較的順調に伸びたことから,数量面からの貿易収支改善の動きがみられている。一方,価格要因はこれまでのところ一貫して貿易収支赤字拡大要因として作用しているが,87年以降赤字効果は縮小してきている。

2. 貿易収支に与える為替と所得の効果

アメリカの貿易収支は,80年代に入り急速に赤字幅を拡大させてきた。しかし,貿易収支赤字拡大の1つの大きな要因といわれてきたドル高は,85年春以降是正されてきており,これまでみてきたように,ドル安による輸入価格の上昇分だけ金額ベースの貿易収支赤字が拡大するというJカーブ効果を発生させながらも,貿易収支改善傾向は86年秋以降,特に石油や農産物を除いてみた数量面で明瞭にみられるようになってきた。従ってここでは,マクロの輸出入関数を推計し,それらをもとに,これまでの為替レートの動きや内外の所得要因がアメリカの輸出入にどのように作用してきたのかをみることとする。

(収支に影響する要因)

為替レートによる輸出入の変化は,①世界市場におけるアメリカの輸出財と他国の財,アメリカの国内市場におけるアメリカの国内財と他国からの輸入財のそれぞれの相対価格が変化することによる数量面での調整,②輸出価格,輸入価格の水準そのものが調整されることによる名目ベースでの変化,により影響を受ける。また,②の変化は,新しい為替レート水準に合わせて行う契約通貨ベースでの価格設定の変更と,為替レートの変化前に契約済の他国通貨建の取引が決済時にドル建で変化しているという単に計算上の変化とに分けられる。最後の計算上の変化は為替レートの変化と同時に発生するが,価格設定の変更,数量の調整はラグを持ち,その結果,アメリカでは当初はドル安による相対価格の変化が輸出入数量に十分反映されない一方で,輸入価格の上昇分だけ金額ベースの貿易収支赤字が拡大するというJカーブ効果がみられることになる。

輸出入数量は,相対価格の変化のみならず,内外の所得要因からも影響を受ける。このような所得面からのアメリカの貿易収支赤字拡大要因としては,①アメリカの成長率が他国の成長率を上回る場合に,輸入の伸びが輸出の伸びを上回る圧力となること,②アメリカの輸入の所得弾性値が高いため,同じ成長率であっても輸入が輸出よりも大きく伸びる傾向にあること,等があげられる。

アメリカでは82年末から84年にかけて大幅減税,金融政策の変化等もあり,急速な景気拡大を示したが,その他の先進国の景気回復は比較的緩やかで,こうした成長率の格差はアメリカの輸出の鈍化と輸入の急増をもたらした。85年以降は,アメリカの景気拡大はやや鈍化して内外成長率格差は縮小し,86年にはアメリカの輸出が順調に伸びたものの,輸入側では,輸入がGNPの伸びを大きく上回って伸びるといった構造的な輸入依存体質があり,輸入は86年秋までは減少しなかった。

(モデルによる試算)

第2-2-3図は,アメリカの輸出入関数,卸売物価関数と世界輸出価格関数(付注2-1)からなるモデルを解いて,輸出入と貿易収支(GNPベース)の増減(85年1~3月期基準)の動向について為替・所得要因を抽出してみたものである。最近の実際の石油や農産物の価格や輸出入量がかなり大幅かつ不規則に変動したため,必ずしも十分にモデルで表現されていない面もあるが,為替要因は実質では常に輸出増加・輸入減少要因として働き,貿易収支を改善させる方向に作用していたのに対し,名目ではドル建で価格の変化が起こりにくい輸出に対しては常に増加要因となったものの,輸入に対しても輸入価格の上昇を反映して増加要因となっていたことが示されている。この輸出と輸入に対する要因の大きさの差が貿易収支にたいする要因となって作用することになるが,為替の効果だけの場合の名目貿易収支に対する影響をみると,86年4~6月期まで赤字拡大要因として働き,86年7~9月期以降は改善要因として働くと試算され,前述のJカーブ効果を確認することができる。一方,所得要因をみると,実質,名目ともに86年1~3月期までは赤字要因として大きく作用したが,それ以降わずかずつではあるが貿易収支の改善方向に働いてきている。その結果,為替要因と所得要因だけからみるならば,86年4~6月期以降は貿易収支改善方向の圧力が作用してきたものの,しかしその改善の程度は依然小さなものにとどまっている。なお,推計値よりも現実値のほうが大幅な赤字を示していたのは,石油の輸入数量がかなり増加していることが大きいと考えられる。

(アメリカの貿易収支赤字は解消するか)

しかしながら,今回試算したアメリカの輸出入関数の所得弾性値を比較すると輸入の所得弾性値は2.Oであり,輸出の1.2を上回るものとなっている。こうした輸出入の所得弾性値の差は,内外の成長率(アメリカの実質GNPの成長率とアメリカ分を除く実質世界輸入の伸び)が同じでも,アメリカの輸入が輸出を上回って伸びることを示しており,所得面からは収支が悪化することを意味する。しかも,現在のように輸入額が輸出額を大きく上回る場合(86年輸出額:輸入額=約1:1.7~通関ベース),不均衡は一層大きなものとなる。ここで87年について,もし内外の成長率が同じと仮定した時(アメリカの実質GNP成長率見込み2.6%,実質世界輸入の所得弾性値1.4),所得面からの貿易収支に対する影響を86年の輸出入額等をもとに試算すると,約93億ドルの赤字拡大要因となる(付注2-2)。アメリカの成長率が鈍化すれば,それは貿易収支を改善する方向に寄与しよう。しかしこれは,アメリカ国内の需要を鈍化させ輸入を減少させることにより,貿易収支の改善を図ることを意味するわけで,このことは,アメリカの世界経済における重要性を考えると,アメリカ以外の国が内需拡大をしなければ世界の景気にも影響しかねず,黒字国の需要拡大の重要性が改めて認識されよう。

一方,ドルの実効レート下落による貿易収支の改善額について,実効レートが1%下回る水準で推移したことと仮定した場合のJカーブ終了後の値を85年水準の輸出入額等をもとに試算すれば,その貿易収支改善額は年間14億ドル強となる(付注2-3)。しかし,所得要因による赤字拡大があるうえ,現在のアメリカの赤字額が巨大なもの(86年1562億ドル~通関ベース)であるので,ドル安の効果のみによってこれらを削減,解消するには長期にわたってかなり大幅なドルの下落が必要となることが容易に想像される。また,ドル安の行き過ぎは,他の先進国等の輸出に打撃を与えることになるばかりでなく,アメリカ自身にとって望ましいものではない。すなわち,①ドル安によるアメリカの輸入物価(ドル建)の上昇を通じて国内物価が上昇することにより生活水準の低下をもたらすこと,②ドル安が一層のドル安期待を引き起こす場合に金利の上昇が生じ,金利の上昇がアメリカの景気に悪影響を及ぼす可能性があること,③日本や西ドイツ等の他の先進国の成長鈍化によりアメリカの輸出が低迷する可能性があること,等であり,ドル安のみによるアメリカの貿易収支赤字削減には大きなデメリットが伴うことになる。

このように,アメリカの貿易収支赤字を単に貿易面のみでとらえ,仮に為替レートや所得面からの効果だけでその解消を図る場合には,種々の困難を伴う。

従って,マクロ面での要因に関する分析とともに,貿易赤字をもたらしているアメリカ経済全体の体質を解明し,それらを踏まえて徐々に是正していくことが不可欠である。次節以降では,そのアメリカ経済の体質についても分析を行っていくこととする。


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