昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


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第2章 世界的な貿易収支不均衡-その原因と影響‐

第1節 各国の貿易収支,経常収支の最近の変化

本節では,アメリカの貿易収支,経常収支について比較的長期にわたってみた後,最近の日本,西ドイツ,アジアNICs,中南米,更にはOPECの収支の動向についてみることとする。アメリカの貿易収支赤字は,最近では赤字幅の拡大が止まり,やや縮小傾向に転じてきている。一方,日本や西ドイツの黒字幅は縮小しているが,アジアNICsでは逆に拡大している。

1. アメリカの貿易収支,経常収支

(長期的推移)

始めに,アメリカの貿易収支,経常収支を比較的長期にわたってみてみよう。第2-1-1図は1950年以降の貿易収支,石油を除く貿易収支,経常収支の名目GNPに対する比率を示したものである。貿易収支は60年代半ばから既に長期的な黒字幅の縮小を示し始め,70年代に入り赤字が恒常化したが,これは特に2度にわたる石油危機以降の石油輸入額の急増(70年29億ドル→74年266億ドル→80年793億ドル)が主因となっていた。石油を除いた貿易収支をみてみると,むしろ70年代から80年代初には黒字幅は大きく拡大しており,アメリカの工業製品や農産物の輸出が伸びていたことがうかがえる(輸出額70年425億ドル→75年1071億ドル→80年2243億ドル)。

しかし,80年代に入ると,貿易収支赤字幅が急拡大し(赤字額82年364億ドル→84年1125億ドル→86年1443億ドル(名目GNP比3.41%)),石油外収支でみても赤字に転換した。70年代にアメリカの貿易収支を大きく赤字化させた石油輸入については,むしろその後,80年をピークに少しずつ減少する傾向にあり(82年613億ドル→84年574億ドル→86年339億ドル),この貿易収支全体の大幅な赤字化は,ドル高やアメリカの成長率が相対的に高かったことによるところが大きいと言えよう。

経常収支についても貿易収支と同様,60年代後半から黒字幅の縮小にあったが,投資収益が黒字化方向に寄与し続け,80年代初までは大きく赤字化することはなかった。しかし,83年以降貿易収支赤字が大幅となったのに伴い,経常収支も大幅な赤字となり,86年は1414億ドルの赤字,名目GNP比3.34%と過去最大となっている。

(ドル高是正後の動き)

貿易収支赤字拡大の1つの大きな要因といわれたドル高,85年春以降是正されてきている。ここでは,アメリカの貿易収支について,ドルが上昇から下落に転換した後の動きを詳しくみてみよう(第2-1-2図)。80年代に入って上昇基調を続けてきたドルは,85年2月(実効レート指数,IMF発表,161.3(1980年=100))下旬に反転,これを境にドル高是正が始まり,その後も低下を続けて87年6月時点では実効レート指数は108.7となっている。このドル高是正にもかかわらず,1年半ほどの間,貿易収支改善効果は現れなかったが,これはドル安による相対価格の変化が輸出入数量に十分に反映されず,輸入価格の上昇分だけ金額ベースの貿易収支赤字が拡大するという,いわゆるJカーブ効果が発生したためである。

86年秋以降の貿易収支についてみると,石油収支などの不規則な動きのためにやや分かりにくくなってはいるものの,その赤字拡大は峠を越え,やや縮小の方向に転じてきている。その主因は,輸出がドル安の効果により86年後半以降増加傾向を強め,その伸び率を高めてきていることにある(輸出額,86年7~9月期前年同期比4.1%増→10~12月期同6.5%増→87年1~3月期同9.2%増→4~6月期同12.7%増)。一方,輸入は明確な減少傾向を示していない。なお,石油輸入については,87年春以降は原油価格の高まりとともに中東情勢の緊迫等から輸入量も増加しており,貿易収支の改善にマイナスに作用している。

2. 日本と西ドイツの貿易収支

一方,日本,西ドイツでは,85年春以降自国通貨の対ドル・レートの増価がもたらされた。むしろドル高是正は,アメリカの貿易赤字拡大に大きなシェアを占めた日本,西ドイツなどの通貨に対してアメリカのドルが低下するという形で進んだといってよい(第2-1-1図)。

日本,西ドイツの貿易収支をみると,85年春以降も黒字額が拡大したが,これは,円,マルクの対ドル・レートの増価に伴ってJカーブ効果が発生したことや85年末以降の石油価格の急落によるものと考えられる。石油価格の変動や日本のアメリカからの非貨幣用金の大量輸入等の不規則要因を除去してみれば,日本(石油収支と非貨幣用金輸入除きの貿易収支)では86年夏を境に黒字がかなり明瞭に縮小に転じており,西ドイツ(非エネルギー貿易収支)でも87年入って黒字は拡大から縮小へと転じ始めている。また,貿易収支全体でみても,両国ともほぼ同様のことがいえる(第2-1-3図)。日本と西ドイツについては,今後もこの縮小傾向が続くと見込まれ,ドル高是正は少なくとも両国の貿易収支黒字を縮小させる方向に寄与したと評価できよう。

3. アジアNICsの貿易収支

日本,西ドイツの貿易収支黒字が,86年後半から87年にかけて縮小へと転じているにもかかわらず,アメリカの貿易収支の改善の度合いはなお緩やかなものにとどまっている。その背景には,韓国,台湾,香港等のアジアNICsなどとの間での貿易収支赤字が縮小せず,むしろ拡大してきていることが大きい。第2-1-4図はアメリカの貿易収支赤字に占める地域別シェアの推移である。日本やECでは86年後半より明瞭にその寄与率を低下させてきているが(日本~86年4~6月期42.4%→87年4~6月期35.6%,EC~86年4~6月期19.7%→87年4~6月期15.2%),それは,これらの地域では前述したように,自国通貨のドルに対する為替調整が十分進んだことが大きいと考えられる。それに対し,特に韓国や台湾をはじめとするアジアNICsでは寄与率を上昇させてきている(86年1~3月期16.8%→87年4~6月期21.2%)。

第2-1-5図は韓国と台湾の最近の貿易収支と為替の動きを示したものである。韓国では貿易収支は86年春に黒字に転化した後,大幅な黒字基調を続けている。台湾では70年代から黒字基調にあったが,最近の動向をみると86年春に一段と黒字幅が拡大した。各々の通貨をみれば,対円,対マルク・レートが大幅に切り下がっており (85年1月から87年6月にかけ円に対して韓国ウォンは42.0%,台湾元は28.4%切り下がっている),対ドル・レートの上昇が,円やマルクの対ドル・レートの上昇に比べてかなり小さいことから,相対的に輸出競争力が著しく強化された。このように,韓国や台湾では為替面から来る効果が大きく,アメリカおよび西ヨーロッパ向けを中心に輸出が大きく伸び(86年前年比,韓国~対アメリカ29.1%増,対ヨーロッパ22.4%増,台湾~対アメリ力28.6%増,対ヨーロッパ59.1%増),それゆえにアメリカの貿易収支赤字全体に対する寄与率を上昇させてきたのである。

4. その他の地域の貿易収支,経常収支

その他の地域の貿易収支,経常収支の動向をみると(第2-1-6図),西ヨーロッパ諸国については,イギリス以外の非産油国において,総じていえば,85年以降86年中まではJカーブ効果と石油収支の好転を背景に,貿易収支は黒字化傾向にあったが,その後は自国通貨の対ドル・レートの増価を背景に,黒字幅は大きく減少している。なお,イギリスは原油高修正とその後の内需過熱に伴い,貿易収支,経常収支ともに悪化している。

中南米諸国は,総体としてみれば,貿易収支では黒字化傾向を示しているものの,これは外貨事情や累積債務の状況が悪化したための強制的な輸入削減によるところが大きく,輸出も一次産品や石油の価格低下,需給緩和などの影響を受け減少傾向にあった。なお,87年に入リメキシコなどでは石油価格の回復もあり,輸出は若干増加している。経常収支については,累積債務に対する支払いが巨額にのぼるため(86年のデット・サービス・レシオ50%),大幅な赤字が続いており,累積債務問題の再燃が懸念されている(後述第7節参照)。

OPEC諸国では,非OPECの石油生産の増加や石油価格の下落などにより石油輸出収入が減少したことから,貿易収支が大きく悪化した(貿易収支黒字,80年1730億ドル→86年160億ドル)。経常収支については,貿易収支黒字額が大きく減少したことから82年以降は赤字に転じ,更に86年には石油価格の大幅下落により,320億ドルの赤字と過去最高の赤字幅を記録した。その後,86年末からの石油価格回復でやや戻してはいるものの依然不振となっている。