昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


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第1章 世界経済拡大の持続

第5節 財政政策の新たな展開

主要国の財政政策は,従来からの財政再建路線を継続する中で,景気面への配慮を強める動きもみられる。同時に,主要国では税制体系の見直しに着手しつつある。このほか,民営化による経済の活性化の動きもイギリスなどを中心に活発となっている。

1. 主要国における財政動向

(財政赤字削減の進捗状況)

主要国では,その直接的な意図は若干異なるものの,財政赤字削減が政策の基本的スタンスとされてきた。しかし,アメリカでは財政赤字削減がようやく緒についたばかりであるのに対して,西ヨーロッパでは,財政赤字はほぼ政府目標内に抑制されるようになり,減税や歳出増の余裕が出ている国もみられる等進捗状況には差がみられる(第1-5-1図)。

86,87年度における主要国の財政赤字(連邦・中央政府)の動きをみると,アメリカでは,86年度の2211億ドル(GNP比5.3%)の後,87年度には急減して1480億ドルとなった。しかし,この減少には後述のような,「86年税制改革法」によるキャピタル・ゲイン課税強化の影響を受けた歳入増によるものもあり,88年度以降について財政赤字削減が軌道にのったとは必ずしもみられていない。

85年12月に成立した「財政収支均衡法」(グラム・ラドマン・ホリングズ法)は,強制的な赤字削減の指針を与えるものであるが,当初その均衡目標が短期かつ急速にすぎ,現実の赤字額は目標を上回り続け,実体にあわなくなってきたこと,また,その自動的歳出削減の手続きが違憲であるとされたことを改めるために,87年9月に同法の修正が行われた。これにより赤字削減目標がより現実的なものとされ(88年度1080→1440億ドル),財政均衡達成の時期も当初より2年先おくりされて1993年度となった。

これに対して,西ヨーロッパ主要国では,財政赤字(中央政府)削減はほぼ政府目標にそった動きを示しており,86年度実績の対GDP比でみても,西ドイツ1.2%,イギリス1.5%,フランス3.9%と,80年代初めに比べて大幅に低下している。87,88年度についても,引き続き財政赤字の抑制をいずれも基本としているが,西ドイツでは減税を導入することもあり,財政赤字が若干拡大すると見込まれている。

(政府支出の動向)

政府支出の拡大については,財政再建や小さな政府などの観点から主要国はいずれも慎重であり,86年度実績の前年比伸び率は,アメリカ4.6%,西ドイツ1.7%,イギリス5.7%,フランス5.7%と名目GNPの伸びを下回っている。

この中で,これまで相対的に厳しい支出抑制スタンスをとってきたイギリスが,86年11月のオータム・ステイトメント (財政計画概要)で,引続きインフレ抑制を最優先としながらも,歳出規模をやや緩和の方向で手直しし,87年11月の同ステイトメントでも,88年度,89年度について当初計画をそれぞれ25億ポンド,55億ポンド上向き改定している。これは,景気拡大の持続などから税収が予想以上に伸びたこともあって,財政赤字(PSBR)の縮小が見通しを上回るテンポで進行し,86年度実績がGDP比1%に低下したことを背景としたものとみられる。87年度予算の中期財政金融戦略でも,今後は急速な赤字削減というよりは,赤字比率を一定に保つことが目標とされており,87年度から90年度までの財政赤字のGDP比目標は1%とされている。

また日本では,主要国との政策協調を推進しつつ,内需を中心とした景気の積極的な拡大を図るとともに,対外不均衡の是正,調和ある対外経済関係の形成に努めることが急務であるという観点から,87年5月末,6兆円(87年度政府経済見通しの名目GNP比1.8%)を上回る財政措置(うち公共投資等の事業規模5兆円,年度内支出4兆6300億円)を伴う内需拡大策等の緊急経済対策が決定された。

2. 実施段階に入った主要国の税制改革

アメリカでは,「86年税制改革法」(86年10月成立)により,租税体系が大幅に手直しされ(改正の詳細については「昭和61年度世界経済報告」及び「本報告」2章3節参照),いくつかの税制が変更されており,その影響が需要面に現れている。まず,①投資税額控除(ITC)については,その廃止が86年1月1日に遡及して実施されることが比較的早くから確実視されたこともあり,86年の設備投資に対して抑制的に働いたとみられる。また,②法人税における加速償却制度(ACRS)の縮減,合理化の下に,民間設備投資も適用前の86年10~12月期に増加した反動で87年1~3月期に急減した。一方,③州,地方税における小売売上税の連邦税からの所得控除の廃止及び,消費者信用金利の所得控除の段階的な廃止は,86年末の自動車等の耐久消費財のかけ込み需要や,87年初の反動減等の動きをもたらした。さらに,④キャピタル・ゲイン課税の強化は,86年末に大量の資産売却を招き,それが所得税の納入期限である87年4月に納税額の拡大となって現れ,連邦財政歳入を急増(前年同月比34.4%増)させると同時に,可処分所得の減少から貯蓄率の大幅な低下をもたらした(87年4月1.4%)。⑤同時に,キャピタル・ゲイン課税は,他の税制の変更とも相まって86年央以降,住宅投資には抑制的に働いた。

カナダでも,アメリカの税制改革の影響を受けて,87年6月に,①個人所得税および法人税体系の見直し,②三つの試案からなる売上税制度の改革を内容とする政府案が発表された。

西ドイツでは,所得税の累進度平準化など所得税を中心とする税制改革が進められており,86年1月(109億マルクの減税,GNP比0.6%)についで,88年1月にも総額137億マルクの減税が実施されることになっている(第1-5-1表)。これは,強すぎる累進税率が,賃上げの手取り分にくいこんで勤労意欲を弱め,アングラ経済のはびこる原因ともなっているため,早急に税制を改正する必要があると政府が考えているためである。こうした対内的要請と同時に,88年の減税は国際的不均衡の解消のために貢献するという対外的要請にもこたえることを目的としている。すなわち,ルーブル合意の直後,連立与党は以前から検討されていた1990年税制改革について減税規模(所得税,法人税をあわせて総額約440億マルク,純滅税約250億マルク)など大枠で合意し,うち52億マルクの所得税減税を前倒して,すでに立法化されていた88年度所得税減税(85億マルク)に追加することが決められたという経緯がある。これにより,88年の歳入の伸びは更に鈍化し,財政赤字幅も拡大するが,これは一時的なものであり,減税による経済の成長力強化により,長期的には財政赤字はむしろ減少すると西ドイツ政府はしている。

3. 民営化の進展

主要国では,80年代に入って,市場メカニズムの導入等の観点から,いわゆる民営化の気運が高まり,ここ2年ほどの間に多くの国でかなりの進展がみられた。

民営化の内容は,国有企業を民間経営に移管するものから,政府の出資(持株)比率の引下げなど多岐にわたっている。イギリスでは,サッチャー政権下で,79年以来,積極的な民営化がすすめられており,すでに国有企業のうち15企業が民間に移管され,生産に占める比率も79年の約10%から,85年には約7%に低下し,雇用者数もこの間にほぼ半減して120万人強となっている。政府所有株式の放出も続けられ,その売却額は累計約120億ポンドに達しており,87~89年度にもそれぞれ50億ポンドの売却が予定されている(第1-5-2表)。これにより,民営化された部門の生産性が向上しているばかりでなく,国有企業にとどまっているものも利潤動機が刺激されて,経営の改善がみられるなど,全体としてプラスの効果が出ているとイギリス政府はみている。

西ドイツでは,連邦政府出資会社の政府持株比率の引下げによる民営化がこのところ急テンポで実施されている。84年以来,すでに4社で引下げが実施されたほか,88年中に更に4社の引下げが予定されている。これによる政府収入は,86年10億マルク,87年33億マルク,88年18億マルクであり,歳入に占める比率も87年には1.4%とかなりの高さとなっている。

日本でも,日本専売公社,日本電信電話公社,日本国有鉄道といった国有企業の民営化が進められた。


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