昭和62年
年次世界経済白書
政策協調と活力ある国際分業を目指して
経済企画庁
第1章 世界経済拡大の持続
世界経済は,おおむね82年を底としてかなり長い回復・拡大を続けてきた。
84年頃に比べてそのペースは鈍化してきているが,石油や一次産品の価格の大幅低下や,為替の大幅変化等の大きな環境変化の中にあった86年にも,その緩やかな拡大は継続しており,87年に入ってもその傾向は続いた。
工業国(IMFベース)全体の86年の実質GNP成長率は,日本の景気後退等もあって85年より鈍化はしたが,2.7%と4年連続して拡大基調が続いていることを示している(第1-1-1表)。87年に入っては西ドイツ・フランス等がやや停滞傾向となっているものの,日本は着実に回復してきており,全体としてみれば,なお緩やかな拡大傾向にあるものとみられる(工業国の87年成長率見通し(IMF)2.4%)。
一方,発展途上国は,86年にはこの石油及び一次産品価格の低下,為替の変動,さらには,金利の低下等の環境変化の影響を大きく受けた。交易条件の大幅悪化の下にマイナス成長となった石油輸出国,環境変化が好影響をもたらした韓国,さらには,石油価格低下や金利低下はメリットであったが,経済が過熱しインフレと対外バランスの悪化に悩んだブラジルとその内容や環境変化の影響の受け方は様々だが,結局,発展途上国全体(IMFベース)の86年の成長率は,交易条件の悪化にもかかわらず,財政赤字の拡大(GNP比率,85年4.5%→86年6.2%,IMF)を伴いつつも,4.0%と85年の3.3%より加速し,87年にも3.3%の成長が見込まれている(IMF)。
86年の世界貿易(IMFベース,実質)は全体では前年比4.8%増と順調に伸びたが,その内容は相対価格変化の影響を強く受けた。石油輸出国の輸出は原油増産の結果11.0%増と大きく伸び,発展途上国全体でも8.5%増となったが,価格低下のため購買力はむしろ大きく低下し石油輸出国の輸入は20.5%減,発展途上国全体でも2.8%減と落ち込んだ。一方,石油・一次産品価格低下の下にこれらに対する需要は伸び,工業国の輸入は8.4%増となったが,輸出は2.6%増と,85年の4.3%増から鈍化した。87年については,石油輸出国の輸出は原油の減産もあって減少するものの,非産油国の輸出の好調等を背景に世界全体の貿易は,3.4%増と緩やかな拡大を続けると見込まれている(IMF)。
しかし,世界経済全体や貿易の拡大基調の一方で,アメリカの貿易収支赤字,日本・西ドイツ等の貿易収支黒字等の国際収支不均衡は,86年後半以降,やや縮小の傾向がみられるものの,依然,大幅な水準で継続しており,中南米等の累積債務問題も継続している。
アメリカ経済は83・4年に,財政赤字の拡大,高金利,ドル高,貿易収支赤字拡大等の問題を伴いつつも,内需中心の急速な拡大を示した後,85年以降も,拡大速度は鈍化したが,緩やかな拡大を続けている(第1-1-2表)。
85年から86年前半にかけては,ドルが反転し(85年春),ドル安傾向となったにもかかわらず,輸出入への効果が遅れ,また金融緩和・金利低下の流れの下に消費等が堅調を続け,外需の減少・貿易収支赤字の拡大・内需中心の拡大という全体の傾向は継続した。86年前半の石油価格の低下は,物価の安定には大きく寄与したが,景気に対しては,石油輸入の増加・国内石油産業の設備投資の減少等の形でむしろマイナスに作用した。なお,86年前半の設備投資の不振には,議会で設備投資減税の一部縮減(投資税額控除廃止)を86年1月に遡及して実施することを議論していたことも影響していたとみられる。
86年後半以降,アメリカ経済拡大の中心は内需から外需へと傾向としては大きく移行してきている。消費はならしてみれば緩やかな拡大を続けているが,その内容は貯蓄率が異常な低水準となるなど,やや伸びきった状態となっており,伸び率も以前に比べれば鈍化した。ただし貯蓄率が低いことについては後述のような駆込み的納税による税収の一時的増加により実質可処分所得が落ち込んだのに,まさに駆込み的納税であったために消費が減らなかったという面にも留意する必要がある。住宅投資は,これまでの高水準の投資の下に空き家率が上昇していることに加え,86年税制改革で節税手段としての魅力が薄れたこと,さらに,87年春以降では,金利も上昇してきたことから不振となってきている。
一方,ドル安の効果がようやく輸出の好調に結びつき,輸出(実質,GNPベース)は86年7~9月期以降,おおむね年率10%以上のペースで拡大している。
また,輸出から輸入を差し引いた純輸出(外需)でみても,87年7~9月期には,再び若干マイナスの寄与度となったものの,86年10~12月期以降,3四半期連続して成長に寄与し,緩やかな景気拡大を支える要因となっている。一方,この輸出好調の下に,鉱工業生産は特に87年春以降,かなりの増勢を示しており,失業率も大きく低下した。なお,設備投資は,86年10~12月期に税制改革(償却年数延長等)を前にした駆込み的な増加がみられたのを除いて不振であったが,87年春以降,輸出好調の下にやや回復の傾向がみられる。
貿易収支赤字は,基本的にはこうした実質面の純輸出の改善を受けて,86年秋以降横ばい,石油外収支赤字では縮小傾向にあると考えられる。しかし,財政赤字の縮小にもかかわらず消費等内需の根強さを背景に輸入額は増加を続け,87年5~7月には石油輸入額の増加や,季節的な輸出の鈍化を受けて赤字が再び拡大する等,その赤字縮小のペースは緩やかであり,高水準の赤字が継続している。
消費者物価上昇率は,86年の石油価格低下による著しい安定の後,87年初にはエネルギー等輸入物価の上昇を受けた卸売物価上昇の下にやや高まったが,依然,比較的低い水準にある。また,賃金上昇率(非農業,時間当たり)もやや高まってはきているものの,87年7~9月期の前年同比2.7%となお消費者物価上昇率を下回っている。
政策面では,87年春からの金利上昇傾向の下に,連邦準備制度は9月4日,インフレの潜在的圧力に対処することを理由として公定歩合を5.5%から6.O%に引き上げた。また,連邦財政収支赤字は,86年度(85年10月~86年9月)に2211億ドルを記録した後,87年度には,税制改革に伴う駆込み的な納税による一時的増収もあって,1480億ドルにまで縮小したが,現88年度については,反動で再び増加する懸念もあり,87年9月にその財政赤字削減目標をより現実的なものに修正した財政収支均衡法(グラム・ラドマン・ホリングズ法)が,どのように実行されるかが注目される。
その後,10月19日には,株式価格が大幅に下落し,並行して市中金利もかなり低下した。この株式価格低下は,株価等の今後の動向にもよるが,消費等国内の需要のマイナス要因となる可能性があり,景気への影響が懸念される。
西ヨーロッパ経済は,82・3年以降,緩慢な景気回復・拡大過程にある(第1-1-1図,第1-1-3表)。当初は,アメリカの急速な拡大や,ドル高の下に相対的に外需にウェイトをおいた拡大だったが,85年央以降はドルの反転に伴い外需は不振となり,成長の中心は交易条件の改善の下に内需へと移行した。特に86年央には,石油価格低下も加わって内需はかなり大きく拡大した。
しかし,86年秋以降,原油価格回復で好調な産油国イギリスを除き,外需の大幅かつ長期にわたる不振の下に,内需にも息切れがみられ,87年初には,厳冬やフランスのストの影響も加わって,西ドイツ・フランスを中心に景気全体としても足踏み状態となった。その後,87年初の停滞からは回復してきているが,86年秋以降を通してみれば,景気の足取りは鈍く,特に西ドイツでは,鉱工業生産が基調としては前年水準を下回って推移しているほか,実質GNPもほぼ前年と同水準(87年4~6月期,前年同期比0.8%増)に止まっている。また,こうした動向を受けて,EC委員会によるECの87年成長率見通しも引き下げられている。(86年10月予測2.8%→87年5月予測2.2%)。なお,イタリア経済は,86年前半には,石油価格低下とスカラ・モビレ(賃金物価スライド制度)の手直しの下に,賃金・物価の安定と国際収支制約の緩和がもたらされ,かなり好調となった。しかし,86年末以降は,再び賃金上昇率が物価上昇率を上回り,石油価格も上昇したことから,内需の過熱と外需の不振・貿易収支赤字拡大が併存する状況となり,87年8月28日には公定歩合の引き上げが行なわれた(11.5%→12.0%)。また,イギリスでも内需の過熱傾向と貿易収支赤字拡大という状況の下に87年8月7日に,貸出基準レートが引き上げられたが(9.0%→10.0%),10月26日及び11月5日には,株式価格低下等を背景に0.5%ずつ引き下げられ,さらに西ドイツでは11月6日,ロンバート・レートが引き下げられた(5.0%→4.5%)。
一方,失業率は,もとより現在の景気回復・拡大が85・6年になってようやく80年初の鉱工業生産の水準を回復するという程度の緩慢なものであったこともあって,85年初まで上昇を続けていたが,86年~87年前半には高水準で横ばいの状況にある。国別には,イギリスで86年秋以降かなり低下しているが,西ドイツでは,86年中かなり低下したものの,87年に入って再び上昇してきている(第1-1-2図)。なお,消費者物価上昇率(EC12か国)は,86年10~12月期の前年同期比2.9%から87年7~9月期には同3.3%とやや上昇したが,なお比較的低い水準にある。
日本では,85年後半に急速な円高等に伴う輸出の低迷を主因に景気の後退が強まり,86年の成長率は2.4%と日本としては低い水準に止まった(第1-1-4表)。しかし,86年後半以降,金利が低水準にあることや,交易条件改善による実質所得流入効果が現実の需要に結びついてきたこと等の下に,もとより相対的に堅調だった内需が一層好調となり,87年に入っては,政策効果もあって景気全体としても回復している。
以上,主要先進国の87年に入ってからの動向をまとめると,西ドイツ・フランスでかなり鈍化がみられるものの,日本は着実に回復しており,アメリカが緩やかな拡大を続けていることから,全体としてみれば緩やかな拡大が継続しているといえよう。
代表的なアジアNICs(中進工業国・地域)である韓国・台湾では,今回のドル安局面で,各々の通貨の対ドル相場の上昇が,日本・西ヨーロッパ諸国の通貨の対ドル相場の上昇に比べがなり小さいことから,相対的に輸出競争力が著しく強化された。この結果,85年末・86年初以降,輸出が大きく伸び,設備投資が誘発される形で,10%以上の高成長が続いている(第1-1-5表)。一方,物価は,韓国で87年央以降やや上昇がみられるが,基本的には石油価格低下もあって落ち着いている。
86年の石油価格と金利の低下は,特に85年まで400億ドルを越える累積債務と貿易収支赤字の下にあった韓国にとっては好影響をもたらし,国際収支制約の緩和と輸出の好調の下に貿易収支が黒字化したほか,金利負担の軽減もあって累積債務残高も次第に減少してきている。しかし,台湾では貿易収支黒字が大きく拡大しており,世界的な国際収支不均衡の一端として問題となってきている。