昭和61年

年次世界経済報告

定着するディスインフレと世界経済の新たな課題

経済企画庁


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第4章  変わる国際収支不均衡の構図

第4節 資源輸出国の国際収支と累積債務問題

70年代に入ってから,特に石油価格の急騰(石油危機)に代表される一次産品価格の上昇は,工業製品価格との間の交易条件の改善を通じ,一次産品輸出に多くを依存する有資源国の国際収支を好転させた。ラテンアメリカ諸国のように,これら有資源国が,一次産品輸出による収入増加や国際的な信用力の高まり等を背景に多額の海外資金を取り入れ,積極的な国内開発や高度成長政策を行った例は少なくない。しかし,80年代に入りレーガン政権によるドル高・高金利(ディスインフレ政策)の下で一次産品価格の下落・金利支払いの急増等が生じた中で,結果的には借り過ぎとなり,いわゆる累積債務問題が発生することとなった。また,こうした70年代の一次産品ブームは,有資源国の工業化への努力にもかかわらず,一次産品部門への一層の特化を促した面も少なくない。

一次産品価格が低迷している現在,多額の債務負担とあいまって,有資源債務国の国際収支改善には困難な点が多いといえよう。

本節では,まず,一次産品ブームと累積債務問題の発生までの動きをまとめた後,最近のディスインフレ下でこうした有資源国の収支の好転が困難であることを検討し,最後に,累積債務問題解決への最近の動きをみることとする。

1. 70年代の一次産品ブームと債務残高の拡大

(オイル・マネーの還流と累積債務の増加)

一次産品価格は,第2章で述べたように70年代に入って上昇に転じ,資源輸出国,特にメキシコやOPEC諸国等石油輸出国は石油危機により多額の外貨収入を獲得した。反面,韓国のようなNICSはもちろん,たとえ資源国であってもブラジル等の石油輸入が多い非産油途上国は大幅な経常収支の赤字を余儀なくされた。

こうした非産油途上国の経常収支の赤字は,民間金融機関によるオイル・マネーの増加を背景にした資金供給によってファイナンスされ(オイル・マネーの還流),これら諸国では比較的高い投資率・国内経済成長が維持されたが,一方で対外債務の大幅な増加を招いた。第4-4-1表によると,OPEC諸国は74~80年の間に先進国の銀行への預金を新たに約830億ドル増加させたが,同期間には,先進国銀行によるほぼ同額(約900億ドル)の非産油途上国向け純貸し付けが行われた。こうした還流資金をもとに多くの発展途上国で経済開発が行われたが,特にラテンアメリカ諸国では海外資金に依存する傾向が強かった。

このため,債務額は次第に増加し,非産油途上国全体の対外債務残高はラテンアメリカを中心に1982年末には73年末に比べ約5倍へと急増,この間の平均増加率は約20%にも達した(第4-4-1図)。の発生と非産油途上国への還流

(一次産品価格の上昇による資源国の国際信用力の高まり)

こうした発展途上国(特にラテンアメリカ)の多額の債務借入については,二つの意味で,70年代に入っての一次産品価格の高騰による影響がある。第1に,石油危機後のオイル・マネーの発生と先進国の不況である。さきに述べたように,石油危機は,多額のオイル・マネーを国際金融市場に供給する一方で,先進工業国の経済成長低迷の原因となった。そのため資金はだぶつき気味となり,先進国以外の有望な投資先が求められていた。そのなかでアジアやラテンアメリカのNICs等中進工業国が比較的高い成長を続けていたことが注目されたのである(第4-4-2図,〈イ〉)。

第2は,資源保有国の外貨獲得能力が高まったことである。一次産品の価格の上昇は,それに輸出の多くを依存する資源国の外貨収入を増やし,その国の借入れに対する返済能力を向上させる。また,現在は十分に開発されていない資源国であっても,その資源国の産出物が将来外貨獲得に有望なものであるならば,その国の将来的な外貨獲得能力に対する信用は高まることになろう。このことが,同じ中進国であってもアジアNICs等に比べてより資源に恵まれ,より交易条件が改善したラテンアメリカ諸国に,より多くの資金借入を可能ならしめた理由と考えられる(第4-4-2図,〈ロ〉)。

こうした有資源国その相対的な信用力をユーロ・マネー誌のカントリー・レーティングの推移でみると,一次産品価格のピークであった80年頃までは,韓国のような無資源国に比ベメキシコのような有資源国が高い評価をうけていたのがわかる(第4-4-2図,〈ハ〉)。しかし,第2章2節でみたようにレーガン政権によるドル高・高金利のなかで一次産品価格が低落し始めると今まで有利であった条件が不利なものに変わり,交易条件は急速に悪化し,いわゆる累積債務問題が表面化したのである(前掲第4-4-2図,〈ロ〉及び〈ハ〉)。

2. ディスインフレと累積債務問題の発生

(累積債務問題とディスインフレ)

このように,累積債務問題とは,本来不安定である一次産品価格の上昇を永続的なものと判断してなされたインフレ期の資金借入が,世界的なディスインフレ期への移行の下で,結果的に返済能力を越えた過大なものとなってしまったところに生じた問題と考えられる。このことは,具体的にみると以下のような三つの側面に分けられよう。すなわち,①一次産品価格下落による外貨獲得能力の低下,②金利の高まりによる借入れコストの増加,③ドル高・高金利に伴う流動性の減少,である。

(一次産品価格下落による外貨獲得能力の低下)

輸出(名目,ドル建て)による外貨獲得能力の推移をみてみると,各国とも70年代半ばまでは,一次産品輸出額の好調な伸びを背景に大きく伸びてきたが,80年代に入ってからは,一次産品輸出額の伸び悩みないし低下とともに,低迷を続けている(第4-4-3図)。

このような一次産品輸出額の伸びの低下には,一次産品価格の下落によるところが大きい。すでに述べたように,この一次産品価格の下落には,ドル高・高金利がかなり影響しており (前掲第2-2-8図),ドル高・高金利は,それによる先進国の経済成長率の低下の影響も考えれば,有資源債務国の外貨獲得能力の低下の大きな要因となったものと考えられる。

(資金借入れコストの増加)

また,80年初頭からの名目金利の上昇は第3章でふれたように,変動金利債務の多い国(ラテンアメリカ諸国)の金利負担の増加に直接つながった(前掲3-5-1表)ばかりでなく,同時期のインフレの鎮静化とあいまって債務償還の実質的なコストを増加させることとなった。前掲第3-5-2図によると,70年代の資金調達コストは,世界的にインフレ率が高かったため,実質金利でみれば,マイナスかまたは極めて低い状況であった。債務者にとっては,債務のインフレによる目減りを通じて債権者から事実上の補助金を受け取っているのと同様な状況が長期間続いていたのであった。しかし,80年代に入ってのディスインフレの下では,70年代と反対のメカニズムが働き実質的な債務償還コストは,急増したのである。

以上の結果,ラテンアメリカ等では80年代に入り利払い等が急増し,貿易収支と経常収支とのかい離が著しくなり,貿易収支の改善にもかかわらず経常収支ではあまり改善しない,または悪化するという事態が発生した(前掲第4-4-3図)。

(ドル高・高金利に伴う流動性の減少)

次に,ドル高・高金利という現象をより幅広くドル資産の供給がその需要に比べ相対的に不足していることととらえ,ドルの流動性の減少が発展途上国に及ぼす影響を考えると,その減少の直接的帰結として発展途上国の資金繰りが悪化することが考えられる。ドル資産が相対的に不足していたドル高・金利高の下では,ドル資産の貸し手は,リスクのより少ない,より高い金利支払いに耐え得る,より優良な借り手(例えば,アメリカ)を求めるため,発展途上国,とりわけデット・サービス・レシオの高いような諸国への資金供給は狭めざるをえなかった。事実,発展途上国向けの資金供給は民間銀行を中心に減少しており(前掲第4-4-1表),世銀によると純資金流入額(毎年の中・長期貸付実行額から利払いと元本返済額を引いたもの)は,80年の282億ドルから83年にはわずか36億ドルになり,84年以降は逆に流出している。特にブラジル,メキシコなどの主要債務国でこの傾向が強い(第4-4-4図)。

一方,発展途上国の累積債務の問題には,以上のようなファイナンスの問題の他に,資金がどのように使われているかという問題がある。借入資金が資本逃避や単なる消費ではなく投資に使われるべきであるのは当然のことであるが,ここで問題になるのは,果たして,いままでになされた多額の資金が経済開発・返済能力増強に結びついていたのかということである。

3. 一次産品ブームと工業の競争力低下

(一次産品輸出と製品輸出の拡大)

豊富な天然資源に恵まれたラテンアメリカ諸国は,一般に一次産品輸出に多くを依存(輸出総額に対する一次産品輸出比率は,1965年66.8%,75年80.6%,83年69.6%)しながら,それによる外貨をもとに輸入代替型の工業化,経済成長を遂げてきた。その後,60年代の終わり頃から70年代にかけて多くの国で輸出促進策が導入され,そうした努力の結果,コロンビア,ペルー,チリ等では,軽工業を中心に非一次産品産業が発展し,それらの品目の輸入依存度を低下させたり,品目別の収支では出超になるといった形で,一応の成果があげられた(第4-4-5図,第4-4-6図)。

(一次産品価格ブームと製造業(非ブーム産業)の圧迫)

1970年代の一次産品価格の急騰(工業製品価格に対する交易条件の改善)は,ラテンアメリカ諸国にとってより競争力の強い貿易財である一次産品の輸出ブームを生むことになった。

しかし,一次産品部門(ブーム産業)の雇用吸収力に限界があることを考えた場合,石油(メキシコ)やコーヒー(コロンビア)からの収入増加によってもたらされた支出の増加は,国内の物価を引き上げ,輸入増加の誘因となる。また,一次産品以外の輸出財にもこれと同様の価格上昇圧力が働くが,こうした財は,他国との競争があるのでその価格上昇はより緩やかになる。この結果,直接的に輸入が拡大するほかに,相対価格からも生産が貿易財から国内財にシフトすることから,製造業等は二重の意味で圧迫される傾向がみられた。例えば,第4-4-6図をみると,メキシコもコロンビアも石油危機やコーヒー価格急騰の後,実質対ドル・レートが切り上がり,メキシコにおける食料,コロンビアにおける繊維など労働集約的工業製品等の非ブーム貿易財産業の貿易構造が輸入特化へと逆戻りしており,その競争力が急速に失われているのが読み取れる。なお,このことは,本来貿易可能な財であっても,輸入禁止や高率関税の賦課等により国内財と同様であった財の貿易自由化を行った場合なども同様な効果が生じ得る。チリ,ペルー等においては,一次産品ブームを背景に為替レートが製造業等にとって割り高となり,貿易構造の一次産品への一層の特化がみられた(第4-4-5図)。

このように,一次産品価格上昇による交易条件の改善は,ラテンアメリカ諸国に対しては工業製品にとって過大な為替レートを生み,その工業化の努力を阻害し,一次産品への特化を一層促す結果に働いたことも否定出来ない。このことは,現在のラテンアメリカの累積債務資源国の国際収支改善を考える場合に,経済・産業構造の変革を必要とすることを意味し,多額な債務負担とあいまって短期的な改善を著しく困難にしているといえる。また,現在オーストラリア等の資源国の苦境も程度の差はあれ同様な理由によるものであると考えられよう。

4. 経済調整と累積債務問題解決への動き

(債務危機発生と経済調整政策)

ラテンアメリカ諸国等は,82年の債務危機発生の後,IMF等の国際金融機関による融資,IMFとの融資交渉妥結後の公的・民間債権者によるリスケジュールや新規融資といった方法で外貨繰り(流動性)を確保する一方,IMFなどの支援の下で,国際収支や財政収支の改善,インフレの抑制等国内経済構造の改善といった緊縮政策を中心とした経済再建計画に基づき,経済調整に取り組んできた。

ラテンアメリカ諸国を例にとると,不効率な公共投資や開発計画の縮小等により財政赤字の削減等が行われ,貿易収支も,80年の15.2億ドルの赤字から84年には368,8億ドル,85年327.2億ドルの黒字へと大幅に改善した(第4-4-7図,〈イ〉)。しかし,こうした貿易収支の改善は輸出の増加よりは,80~85年間で325.6億ドル(同期間の世界輸入減少額の77%)にのぼる大幅な輸入削減によって実現したところが大きい。しかも,このような緊縮策・国際収支改善策の下で,消費財等の輸入が抑制され,過大な消費や投資が抑制されただけではなく,経済開発に必要な資本財・中間財の輸入も減少した面もあり,この間,国内投資が減少し,ラテンアメリカ諸国全体の85年の投資水準は80年の73%にとどまっている(前掲第4-4-7図,〈ロ〉)。

現在のラテンアメリカ諸国にとって一次産品依存体質から脱却するためには新たな投資・開発が必要であり,そのためには,債務国自身が海外逃避資本の還流及び外国投資の増大等を生むような調整政策を実施するのは当然のことと思われるが,いずれにせよ将来の経済開発能力を拡大する必要があろう。

(債務国の累積債務問題についての動き)

ラテンアメリカ諸国は,84年1月の「キト宣言」や同年6月の「カルタヘナ合意」においては,債務問題は債権国と債務国双方の責任であるとし,①高金利是正と貿易保護主義の撤廃,世界貿易拡大の必要性,②IMF等国際金融機関による流動性確保や開発のための資金供給の拡大の必要性を示し,また,③債務交渉は各当事国の責任で行われること等,累積債務問題に対する債務国側の基本的な立場を示した。

しかし,85年以降債務国の経済状況が停滞するに従い,債務返済額を輸出額の10%以下に抑制するとしたペルーなどのように一方的に債務返済を延期するような動きや,ブラジルのように緊縮政策を緩和,経済成長を重視するなど独自の政策スタンスを示す国が現れ始めた。特に,86年に入っての石油価格下落など一次産品価格の急落は,メキシコなど資源債務国の国際収支・経済に大打撃(前掲第3-1-1表)を与え,経済状況の一層の悪化の中で,一次産品価格に連動した債務の返済や債務の株式化等を要望する債務国も出ている。

(ベーカー提案とメキシコの救済)

ラテンアメリカ諸国では,緊縮政策が輸入中間財・資本財の減少や投資の抑制を伴い国内産業の中長期的な国際競争力強化に結びつかなかったとの見方が広がる中で,IMFなど国際金融機関などにおいてもこれまでの経済調整策のあり方を見直し,債務国の成長や構造調整も重視した中長期的な債務問題解決の方針が新たに示されるようになった。

85年10月の第40回世銀・IMF年次総会におけるベーカー提案(第4-4-2表)は,生産性向上のための経済成長の必要性を認め,グローバルな成長を実現する過程で国際収支構造の改善を促進するといった中長期的な展望をもたらすものとしてそのイニシアティブは評価できるものであろう。

ベーカー提案の考え方は,最近のIMF暫定委員会や世銀の開発委員会,東京サミット等でも今後の国際債務戦略のベースとなるべきことが確認されている。また,86年7月にIMFとメキシコ政府との間で基本的に合意された経済再建策とそのために必要な資金調達計画は,①87年に3.5%の経済成長をめざす経済調整策,②IMFの14億SDRのスタンバイ・クレジットの供与,③世銀と国際開発金融機関,民間銀行団,二国間公的信用等による融資の実行などであり,それに従いメキシコ政府は,関係者へ総額約120億ドル(ネットベース)の資金要請を行った。IMF・世銀総会と前後して国際協調の下でIMF,世銀,民間銀行等を含めた関係者による支援の基本的な合意がなされてきている。成長にも配慮したこうした経済調整策は,ベーカー提案の精神を具体化したものといえよう。