昭和61年

年次世界経済報告

定着するディスインフレと世界経済の新たな課題

経済企画庁


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第4章  変わる国際収支不均衡の構図

第2節 アメリカの経常収支赤字はなぜ減少しなかったのか

アメリカの貿易収支は80年代に入り,急速に赤字幅を拡大させてきた。しかも,貿易収支赤字拡大の最大の原因といわれてきたドル高が,85年春以降是正されてきているにもかかわらず,収支改善効果は今のところは明白には現われていない。本節ではアメリカの貿易収支の改善していない理由をマクロ面(価格効果,所得効果),ミクロ面(石油,農業,製造業)の両面にわたって分析するとともに,貿易外収支,特に投資収益収支の動向とその経常収支に与える影響についてもみることにする。

1. マクロ面からの分析

(1) 価格効果

一般にドル安はアメリカの輸出価格(輸出相手国通貨建て)の低下,輸入価格(ドル建て)の上昇を通じて輸出数量を増加させるとともに,輸入数量を減少させ,貿易収支を改善させる効果を持つ。しかし,85年春以降,ドル高修正が進んでいるにもかかわらず,依然として大幅な貿易赤字が継続している。ここではまずドル安が現実にどの程度進展しているか,また,これがどの程度輸出入価格に反映されているかをみた上でドル安の貿易収支に与える総合効果(Jカーブ効果)を考察する。

(ドル安の「現状」)

アメリカの貿易収支は80年から84年のドル高期に869億ドル悪化した。このうち対日本では246億ドル,対西欧は353億ドルであり,両者合わせると悪化幅の半分以上を占め,アメリカとこれらの国の間で貿易摩擦が激化した(第4-2-1表)。85年9月のG5(5か国蔵相・中央銀行総裁会議)以降,アメリカがドル高修正へ政策転換した背景には,貿易赤字拡大に大きく寄与した日欧に対して為替レート調整を行うことがあったとみられる。確かに,ドルは円,マルク等の主要通貨に対しては大幅に調整が進み,この意味ではドル高修正はかなり進展したと評価できよう。しかし,日欧と並んでアメリカの貿易相手国として比重の高いカナダ,韓国・台湾等のアジアNICsの通貨に対してドルはほとんど切り下がっておらず(第4-2-1図),メキシコ・ブラジル等の通貨に対しては逆に大幅に切り上がっている。

ドルの実効レートとして一般に利用されているモルガン・ギャランテイ・トラスト社の実効レートは先進国15か国の通貨のバスケットであるので,アジアNICs,中南米等の発展途上国の通貨は考慮されていない。したがって,貿易面からドル高修正の現状を把握するためにはこれらの国の通貨も含めた上でドルの動向を総合的に捉える必要がある。そこで,アメリカの貿易額(輸出額+輸入額)の上位20か国に占める各国のシェアを用いてドルの実効レートを新たに試算した(第4-2-2図)。

ドル高修正期(85年1~3月期-86年4~6月期)においてドルは,名目でみるとモルガンの実効レートでは21.0%減価したのに対し,今回試算の実効レートでは6.0%減価したのに止まっており,全体としてみればドル高修正はそれほど進んでいないと考えられる。ただし,国際競争力の指標としては実質実効レートの方が更に望ましい。そこで,これも試算すると12.1%の減価となっており,名目の実効レートよりは減価幅は大きいものの,モルガンの実質実効レートの減価幅の22.8%に比べて小幅になっている。

一方,ドル高期(80年10~12月期-85年1~3月期)においては,ドルはモルガンの実効レート(名目)では52.0%増価したのに対し,当庁作成の実効レートでは77.4%の増価と増価幅は逆に大きくなっている。これは,アジアNICsや中南米諸国が,名目の対ドル・レートよりも輸出競争力を左右する実質対ドル・レートの安定化を図るため,内外のインフレ格差を相殺するように対ドル・レートを大幅に引き下げてきたためである。なお,アジアNICsではドル高期に対ドル・レートが実質でみて減価しており(第4-2-1図),アメリカへの輸出もかなり増加した。現在,これらの国の通貨が名目の為替レートで実際上ドルとペッグしているのは,自国のインフレが鎮静化してきていること,ドル高により日欧に対し相対的に輸出競争力を強めていること等から対ドル・レートを切り下げなくても輸出競争力を保持できるためと考えることもできよう。

こうした韓国,台湾など通貨調整の進んでいない国・地域の対米輸出増加に照らしてみれば,円やマルクに対する通貨調整のみによるアメリカの貿易収支の改善には限界があると考えられる。

(ドル安と輸出価格)

アメリカの輸出価格(ドル建て)は,80年代以降国内物価の安定もあって落ち着いた動きを示してきており,ドル高修正後も安定している。これはアメリカの輸出のほとんどすべてがドル建てであること,アメリカの輸出業者が価格戦略において為替レートの動きにあまり敏感でないこと等が影響していると考えられる。ここで,アメリカの輸出競争力をみるために平均的な輸出相手国通貨建ての輸出価格としてドルの実効レート建ての輸出価格をとると( 第4-2-3図 ),ドル高期には輸出相手国の物価上昇を上回る伸びを示しており,アメリカの輸出品の競争力は大幅に低下したことを示している。他方,85年1~3月期以降ではアメリカの輸出価格(実効レート建て)はドル安,ドル建ての輸出価格の安定により低下してきており,輸出競争力は回復に向かっているといえよう。

しかし,輸出競争力の回復を妨げる不安材料はいくつかある。まず,アメリカの輸出業者がドル高期に圧迫を受けた利幅を取り戻すために,ドル建ての輸出価格を引き上げる行動にでればドル安の効果は半減しよう。また,輸出価格(輸出相手国通貨建て)が低下してもその差益が輸出相手国の流通段階で吸収されてしまい,消費者等最終需要者に還元されなければアメリカの財に対する需要増は期待できないことにも留意する必要があろう。

(ドル安と輸入価格)

一般にドル安になれば,外国の輸出業者がドル建ての輸出価格を引き上げるためアメリカの輸入価格(ドル建て)は上昇する。しかし,アメリカの輸入価格(石油製品を除く)はドル安に転じてから3.6%の上昇(86年5月対85年2月比)に止まっている(第4-2-4図)。このように輸入価格の上昇が小幅であるのは以下の理由が考えられる。

第1は,為替レートの変化が輸入価格にフルに反映されるのにかなりタイム・ラグがあることである。

第2は,アジアNICs等の通貨に対してはドルは切り下がっていないため,それらの国からの輸入品の価格は上昇していないことである。例えば,日本,欧州からの輸入の割合の大きい資本財,自動車の輸入価格はそれぞれ同7.6%,同13.7%上昇しているのに対し,NICs諸国からの輸入の割合の比較的大きい消費財の輸入価格は同2.1%下落となっている。

第3には,今回のドル安局面において外国の輸出業者がアメリカ市場でのシェアを維持するために利潤を犠牲にしても輸出価格(ドル建て)をドル安に見合うほど引き上げていない可能性がある。ここで,アメリカの輸入相手国中上位20か国が自国の為替レートと卸売物価の変化を100%輸出価格(ドル建て)に転嫁した場合のアメリカの輸入価格(理論値)を試算し,実績値と比較すると(第4-2-5図),80年~84年のドル高局面では実績値は理論値ほど低下していない。両者の伸びのかい離が外国の輸出業者の利潤の変化を現わすことを考慮すると,ドル高局面では輸入品の価格はアメリカの国内物価と比して相対的に大きく低下しており輸入品の競争力が高まったと考えられるものの,外国の輸出業者の中にはドル高に見合ったほど,価格(ドル建て)を引き下げず,利潤を拡大したものがいたと思われる。

一方,今回のドル安局面では,実績値の上昇は理論値の伸びを大きく下回っており,77年~80年のドル安局面の実績値と比較しても低い伸びとなっている。

これは,前回のドル安局面と比較して,①アメリカ国内のインフレが鎮静化していること,②業種によってはNICsなどの競争力が強まってきていること,③外国の輸出業者によっては,ドル高時代に利潤を拡大し,内部留保がふくらんでいること,等を背景に外国の輸出業者がアメリカ市場でのシェアを確保するねらいもあって,輸入価格(ドル建て)への価格転嫁をある程度抑えている可能性があること,等からと考えられる。

(ドル安の総合効果-Jカーブ効果)

今回のドル安局面では,今までのところアメリカの輸入価格(石油製品を除く)の上昇は小幅であるので,輸入数量(石油製品を除く)は増勢が鈍化したのみで減少に至っていない。また,輸出価格(実効レート建て)はある程度低下しているが輸出数量は目立った増加を示していない。したがって,現在のところドル安による相対価格の変化は輸出入数量に十分に反映されておらず,輸入価格の上昇分だけ金額ベースの貿易収支赤字が拡大する,いわゆるJカーブ効果が発生していると考えられる。

ここでは今回のドル安局面で発生したJカーブ効果をアメリカの輸出入,卸売物価関数(付注3-2)を用いて試算した(第4-2-6図)。ただし,この試算では単純化のため所得面の変化はないものとし,為替レートの変化の価格面を通じた効果のみを計算している。

85年4~6月期以降の為替レートの変化がもたらす四半期毎のJカーブ効果を合成すると,その効果による赤字拡大幅は85年全体では約26億ドル,86年1~3月期には約65億ドル(年率)に達した。しかし,86年4~6月期には貿易赤字拡大効果が縮小しており,今後ドルが一定の水準に定着することを前提とすれば86年後半から87年にかけて本来の数量効果が現われ,為替要因の面からは貿易収支赤字を縮小させる方向に働くものと考えられる。

(2) 所得効果

(内外の成長率格差)

貿易収支は内外の成長により影響を受ける。自国の景気拡大は輸入を増加させ,貿易相手国の景気拡大は輸出を増加させるからである。アメリカは82年末から84年にかけて大幅な減税,金融政策の変化等もあって急速な景気拡大を示したが,その他の先進国の景気回復のテンポは緩やかで,84年のアメリカの成長率はその他の主要先進諸国の成長率と比較すると,2.8%ポイントも高かった(第4-2-2表)。こうした成長率格差はアメリカの先進国への輸出の伸び悩み,輸入の急増の大きな要因となった。特に,輸入の急増には,①今回のアメリカの景気拡大がかなり急速であったので,アメリカ国内の供給力が総需要の急拡大に追い付かなかったこと,②日本等の先進国は自国の景気回復が緩やかであった分,供給力に余裕があったため,アメリカの需要拡大に対応することができたこと,等の影響もあったと考えられる。

他方,アメリカにとって重要な貿易相手国である中南米諸国は82年以降累積債務問題が顕在化し,厳しい緊縮政策を余儀なくされ,この結果,82年,83年とマイナス成長を記録した。このため中南米諸国への輸出は大幅に減少する一方,中南米諸国からの輸入はアメリカの景気拡大とともに増加し,81年から84年までの対中南米貿易収支悪化は234億ドルにのぼった(第4-2-1表)。

85年以降アメリカの景気拡大速度は鈍化し,内外成長率格差は縮小した。しかし,アメリカの輸出相手国として比較的大きなウエイトを占める発展途上国の多くは一次産品・原油価格低下,累積債務等の問題を抱え,景気に力強さがないため,依然としてこれらの国への輸出増は期待できない状況にある。

(アメリカの赤字体質)

では,内外の成長率格差が縮小すればアメリカの貿易収支は改善するであろうか。今回試算したアメリカの輸出入関数の所得弾性値を比較すると,輸入の所得弾性値は2.07であり,輸出の0.85を大幅に上回っている(付注3-2参照)。特に,輸入の所得弾性値は日本のそれ(0.73)(昭和61年度年次経済報告第2-6表参照)と比較してもかなり高いと考えられる。こうした輸出入の所得弾性値の差は内外の成長率が同じでも輸入が輸出を上回って伸びることを示しており,所得面からは収支が悪化することを意味する。その上,現在のように輸入額が輸出額を大きく上回る場合は不均衡拡大効果は更に大きなものとなっている。内外の成長率格差の縮小した85年でさえ,所得面からの貿易収支に対する影響を試算すると,約140億ドルの赤字拡大要因になっており(付注4-5参照),アメリカは所得面から赤字を生み易い体質であると考えられよう。

アメリカの輸入比率をみても50年代から景気後退局面であった75年,80~82年を除き一貫して上昇トレンドにあり,歴史的にも,輸入所得弾性値は高く,アメリカは輸入依存体質を強めてきたことがわかる(第4-2-7図)。

一方,輸出比率は80年以降ドル高等の経済環境の変化の下で大幅な低下をみせている。しかし,それまで上昇トレンドを続けてきたこと,特に,73~74年,77~80年においてはドル安局面であったこともあり輸出比率が急上昇したことを考えると必ずしもアメリカが輸出の増えにくい体質であるとは考え難い。

いずれにせよ,アメリカの構造的な輸入依存体質が所得面からアメリカの貿易収支を長期的に悪化させてきている可能性があり,この体質はかなり根強いものと思われる。

2. ミクロ面からの分析

(1) 石油輸入

アメリカの石油輸入価格(製品含む)は世界的な原油価格低下の下で85年12月の27.59ドル/バーレルから86年8月には11.95ドル/バーレルへと著しく低下し,輸入金額も8月の前年同月比は32.2%の大幅な減少となった(第4-2-8図)。このように石油価格の低下は基本的には石油輸入額の減少を通じてアメリカの貿易収支を改善させる効果がある。しかし,現実には輸入価格の下落により輸入石油に対する需要が増加し,石油輸入数量は急増しており(8月前年同月比53.0%増),価格低下による貿易収支改善効果をかなり相殺している。また,輸入数量の増加は国内の石油生産を圧迫し,景気に対してもマイナス要因として働いている。

中長期的には,86年~90年の間の石油価格が15ドル/バーレルを維持すると,90年には石油輸入は今の約2倍になり,輸入依存度(石油輸入/石油需要)も85年の32.5%から90年には約50%にまで上昇し,大幅な石油輸入国に転ずるとアメリカの議会調査局では試算している(第4-2-3表)。

(2) 農産物輸出

アメリカの輸出全体に占める農産物輸出の割合は13.7%(85年)と比較的大きく,アメリカは大きな農産物輸出国である。80年以降ドル高及び相対的に高い価格支持を主因とする国際競争力の低下からアメリカの農産物輸出は大幅に減少した(81~84年12.7%減)。しかし,その後ドル高が修正されてきているにもかかわらず,農産物輸出は更に落ち込み(86年1~5月前年同期比17.4%減)(付注4-6参照),農産物収支は86年5月には過去20年間で初めて赤字を記録し,その後も6,7月と3か月連続して赤字となった。

現在,アメリカの農産物輸出が低迷している背景としては,

    ①ここ数年世界的に穀物が豊作であること,穀物輸入国が生産性の向上等により自給率を高めていること,アメリカ以外の国の穀物輸出力が増大したことなどから穀物需給が緩和していること,

    ②アメリカの農産物輸出先として大きなウェイトを占める発展途上国(中南米等)の購買力が一次産品価格の下落,累積債務問題の継続により低下している上,これらの国の通貨にはドルにペッグしているものが多く,ドル安の効果が出ていないことなどが考えられる。

ただし,86年の上半期に特に農産物輸出が鈍化したのは,アメリカ農業の国際競争力の強化をめざした85年新農業法の効果が過渡的に裏目に出ている可能性がある。新農業法には輸出競争力回復のための大きな柱として価格支持制度の変更(ローン・レートの大幅引下げ)が盛り込まれている( 第4-2-4表)。

ローン・レートは80年以降生産コストの上昇等もあり,かなり大幅に引き上げられたが, 一方,アメリカの農産物の市場価格は世界的な農産物需給緩和のなかで82年以降ローン・レートに張り付いて推移しており,国際市場の実勢価格に比し,比較的高目に維持された。これがドル高も相俟ってアメリカの農産物輸出競争力を著しく低下させたと考えられる(第4-2-9図)。こうした経緯をふまえて85年新農業法によりローン・レートの引き下げが決定されたのであるが,新農業法によるローン・レートの引下げが適用されるのは86年産の穀物からであるため,実際に価格が低下するのは86年後半以降であり,輸入国が価格の低下を見越し需要者の買い控えが発生したのである。

今後,新農業法が実施に移され,市場価格が低下すればドル安の効果もあって数量ベースでは農産物輸出は回復に向かうことが予想されるが,金額ベースの輸出は価格低下により大幅な増加は期待できないであろう。

(3) 製造業の競争力

アメリカの貿易の中でも大きな比重を占める製造業部門(85年には輸出の68.2%,輸入の71.5%)の収支は81年以降急速に悪化し,これが製造業に大きな打撃を与え,85年以降成長が鈍化する要因になった。現在製造業が依然として生産,雇用等の面で伸び悩んでいるのは貿易収支が改善していないからであるとの見方もされている。

まず,アメリカの製造業の国際的地位をみると,世界の製造業製品の輸出に占めるアメリカの割合は60年代から一貫して低下を続けている(第4-2-5表)。これは戦後,日本,西ヨーロッパ諸国が経済力,輸出競争力を次第に高め,世界的に国際分業・相互依存が進展した結果と考えられる。また,80年代に入り,発展途上国が輸出シェアを大きく伸ばしていることもこの傾向に拍車をかけているといえよう。また,製造業の国内的地位をみても,全産業の付加価値に占める製造業の割合,雇用者全体(非農業)に占める製造業雇用者の割合のいずれも低下してきている(第4-2-6表)。従って,アメリカの製造業の地位は貿易構造,産業構造の両面から長年にわたり低下してきたと思われる。

しかし,製造業を業種別にみると,50年代以降付加価値構成比,雇用者構成比とも,一般機械,電気機械等の割合は高まっているが,一次金属,繊維等の割合は低下している。これをプロダクト・サイクルの観点からみると,一般機械,電気機械等の分野は70年代後半から情報化,エレクトロニクス化,サービス化等の急速な進展に伴い技術革新が目覚ましい勢いで進んだため,技術的優位を背景に輸出を増加することができたものと考えられる。例えば,通信機器,コンピュータ等を含む資本財輸出の対GNP比は同時期に高い伸びを示している(第4-2-10図)。

一方, 一次金属,繊維,衣類等はプロダクト・サイクルの末期に当たると考えられる。つまり,この分野では技術革新が途絶え,技術が標準化されるとともに比較優位を失い,NICsなどの追い上げを受け,アメリカはこれらの製品の輸入国に転換したのである。実際,衣類等比較優位を失った製品の多い消費財の収支は50年代後半から赤字に転じ,消費財輸入の対GNP比そのものも着実に上昇してきている。

このようにアメリカの製造業は全体として地位が低下してきているなかで,比較優位に沿って特化を行い,比較優位財をますます多く輸出するとともに,比較劣位財をますます輸入に依存してきた。

ところが,80年代に入ると製造業は「比較優位産業」(一般機械,電気機械等),「比較劣位産業」(一次金属,繊維,衣類等)ともに輸出の伸びが大きく鈍化するとともに,輸入が急増し,輸入依存度も急上昇した。しかし繊維,衣類等「比較劣位産業」については輸出の減少,輸入依存度の上昇が著しいのに対して,「比較優位産業」では輸入依存度の上昇はみられるものの,輸出の減少はまぬがれることなど,やはり,輸出の下支えの役割を果たしている(第4-2-7表)。結局,比較優位,劣位の双方の産業は異なるトレンドを持っているというべきであるが,80年代に両者ともこのトレンドの屈折をみていることから,この時期にアメリカの製造業の競争力が一段と失われてきたのは,80年代以降同時に起こった経済環境の変化,特にドル高等による影響が大きかったと考えられよう。

さて,次に今後のアメリカ製造業の国際競争力を考える上で重要な要因である研究開発投資と労働コストをみることとする。新たなプロダクト・サイクルを引き起こすためには技術革新が必要であるが,これを生み出す源泉は研究開発投資である。産業全体の研究開発投資は70年代前半に停滞したものの,70年代末から近年まで高い伸びを示しており,特に航空機,電気機械等の「比較優位産業」の研究開発投資は水準,伸びともかなり高い(第4-2-11図)。80年以降の電気機械等の分野における新製品の登場もこの研究開発投資の産物であるといえよう。

また,価格競争力を左右する労働コストをみると,70年代後半には労働生産性がそれまでの研究開発投資の低迷などの下に大きく鈍化するとともに,賃金上昇率も高まったため,単位労働コストは急激に上昇した。しかし,80年代以降,70年代後半からの研究開発投資の伸びが労働生産性の伸びに寄与し,また,3章3節でもみた通りインフレ期待の鎮静化等により賃金も安定してきたことから,単位労働コストも落ち着いてきている(第4-2-8表)。さらに,ドル安により単位労働コストの面では日欧と比較しても相対的に有利化してきていると考えられる。

以上をまとめると,アメリカの製造業の地位は,貿易構造,産業構造の両面にわたり長年の間低下してきたものの,「比較優位産業」を全体としてみれば本来そなえている競争力は依然として強いものと考えられ,ドル安が今後この競争力を顕在化させる方向に働くものと期待される。

3. 投資収益収支の動向とその経常収支に与える影響

これまでは主に貿易収支についてみてきたが,ここでは貿易外収支,特に投資収益の動向に着目することにより,その経常収支全体に与える影響をみることにする。

アメリカの投資収益収支は歴史的に黒字を続けてきた。70年代は対外純資産が累増するとともに,ネットの利子受取が増加し,投資収益収支黒字幅は拡大した。しかし,80年から84年にかけて投資収益収支の黒字幅は縮小した(第4-2-12図)。これは,①経常収支赤字幅拡大のため対外純資産がとりくずされ,投資収益収支の黒字幅が縮小し,これが更に経常収支の赤字幅を拡大するという悪循環に陥りつつあること,②ドル高によりネットの利子受取額(ドル建て)が減少したこと,等が影響を与えたものと思われる。

一方,85年以降は投資収益収支は,ドル安によるネットの利子受取額(ドル建て)の増加により再びその黒字幅を拡大させたものの,対外純資産は経常収支赤字の継続のために,85年末にはマイナス1,074億ドルと,1919年に同統計を取り始めて以来初めてマイナスとなり,アメリカは世界最大の債務国に転落した。アメリカの債務国化自体はこれまで懸念されていたような世界経済の攪乱要因とはなっていないが,アメリカの投資収益収支は86年に入って減少に転じている。

アメリカが今後とも債務国であり続けるとすると,投資収益収支は更に悪化し,経常収支赤字改善のマイナス要因となろう。