昭和61年
年次世界経済報告
定着するディスインフレと世界経済の新たな課題
経済企画庁
第4章 変わる国際収支不均衡の構図
各国ないし各地域間の経常収支は,その時々の各経済の景気循環局面,趨勢的成長率,インフレ率,為替レートといった要因やその発展段階,資源の賦存状況などによって決まる貿易構造に左右されて,常に不均衡を伴いつつ変動してきた。そうした動きを,ここでは,①産油国,一次産品輸出国などの「資源国」と,②先進,発展途上国の別はあるが,資源が乏しく工業品が輸出の中心という共通点を有する国々の「無資源国」とに便宜的に分類してなんらかの傾向があるかをみよう。まず第4-1-1表では,先進国を産油国,非産油国及び一次産品輸出国(オーストラリアのみ)に分け,また発展途上国を,無資源国としてのNICs,資源国としての石油輸出国及び一次産品輸出国に分けた。
(黒字の資源国から無資源国へのシフト)この表から観察される傾向としては,第1に,石油輸出国が二度の波に分かれてはいるものの,1980年にかけて経常収支の黒字を拡大させたこと,そして最近にかけて急速に赤字に落ち込んでいることである。第2には,ちょうどこれと逆の動きが非産油の先進工業国及びNICsの経常収支に現れていることである。
第3に,先進国のなかの産油国も,石油輸出国と同様の傾向を示している。
このうちアメリカについては,80年以来のドル高や経済の拡大という要因もあり,資源の有無によるここでの分類からはずれる面も大きい。しかし2度の石油危機の間に経常収支の悪化傾向を示さなかったことは,資源国の特徴を現している。なお,イギリス,カナダについては86年を含めて考えると,経常収支が悪化している国として分類されよう。
第4に,一次産品輸出国の経常収支をみると,2度の石油危機の影響を受けていることは無資源国と共通しているが,81年,82年の両年の方が経常収支赤字がより深刻であったことが注目される。その後これらの国々(特にラテンアメリカ諸国)が赤字の縮小をみているのは,外貨事情や累積債務の状況が悪化しすぎたための強制的な輸入の削減によるところが大きく,決して輸出面での改善がみられたためではない。第4節でみるように,本質的には資源に依存した貿易構造が不利に作用しているといえる。外貨の資金繰りに悩まなかったオーストラリアにおいて,86年に入って再び赤字の拡大傾向が明確になってきていることからしても,このことがいえよう。
以上のように,1980年代においては,資源国の経常収支が悪化した,ないしは悪化への圧力を受けたのに対し,無資源国のそれは黒字の方向へと進んできた。1970年代の傾向が逆転したともいえよう。
このような黒字の分布の移動の背景として,世界輸出量と世界輸出価格の推移を工業品,農産品,鉱業品(石油を含む)に分けてみると,工業品の輸出量は2度の石油危機の直後の年に減少を示しているものの,それ以外は一貫して増加してきており,農産品の伸びを大きく上回っている。鉱業品は79年をピークに減少しており,最近ではほぼ第1次石油危機前の水準にまで落ち込んでいる( 第4-1-1図)。
また,輸出価格の推移をみると,鉱業品は2度の石油危機によってまだ極めて高い水準にあるものの,80年代に入ってからの工業品,農産品,鉱業品すべての低落傾向のなかでも,鉱業品のそれが最も大きく,農産品がそれに続き,工業品の下がり方が最も小さい(第4-1-2図)。このことが,経常収支黒字の資源国から無資源国への世界的なシフトを説明するものと考えられる。
こうした傾向は,1960年代央にUNCTADのプレビッシュ報告などで指摘されたように,工業品の需要の方が一次産品の需要よりも所得の弾力性が高いため,一次産品国は恒常的に国際収支問題に悩まされるという傾向の延長のように思われる。1970年代のインフレ的な状況と資源の有限性に対する関心の高まりが覆い隠していた1950年代,60年代の問題が再び現れたともいえる。
さらに85年末からの原油価格の急落の影響は,第3章第1節でみたように資源輸入国に有利に働き,この資源国と無資源国との間の不均衡を一段と拡大しつつあるものと思われる。
なお上でもふれたように,アメリカの経常収支不均衡については以上の分析だけでは説明できない構造的,あるいは一時的な要因があるので,第2節でさらに分析することとする。