昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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第1章 1985年の世界経済

第3節 回復力の弱い非産油途上国

(回復から鈍化へ)84年の非産油途王国の経済成長率は5.3%と3年連続の低成長から回復に転じた。地域別にみると,中南米諸国,アフリカ諸国が前年のマイナス成長からプラスに転じるなど回復をみせたほか,アジア諸国でも伸び率がやや鈍化したものの引き続き好調であった。しかし,85年に入るとアメリカの景気拡大速度鈍化による対米輸出の不振等から各地域とも拡大ないし回復速度の鈍化が目立ち始めている。

ASEAN諸国や中南米諸国等の一次産品輸出国では,更に一次産品価格の低下が内外需双方の伸び率低下に大きく影響している。

こうしたこともあり,IMFでも年初の見通しを下方修正し,各地域とも前年を下まわる伸びとなるとみている(1985年10月,World Economic Outlook)(第1-3-1図)。

1. 停滞色強めるアジア経済

(84年央以降の拡大速度鈍化)

アジア経済をみると,韓国等NICs(新興工業国・地域,以下同じ)では,83年に引き続き84年も力強い拡大を続けた。台湾,香港,シンガポールではそれぞれ10.9%,9.6%,8.2%と前年を上回る高い成長率をみせたほか,韓国でも,前年の9.5%は下回ったものの,7.5%と高い成長率を達成した。なお,韓国の成長率が前年を下回ったのは,政府が物価安定の維持と輸入抑制の観点から引締めを強化したことも大きな要因である。一方,ASEAN諸国も,アキノ事件後の外貨危機から戦後初のマイナス成長をしたフィリピンを除き,緩やかながらも前年を上回る成長を達成した(第1-3-1表)。

しかし,ICsやASEANの一部の国では年前半と後半とでは大きな変化がみられる。すなわち,84年前半までは前年に引き続き,アメリカの好調な景気拡大を背景とした同国向けの電子・電気機械や繊維・衣料等の輸出の著増から力強い拡大を続けた。しかし,下期に入ると,内需が財政,金融面での緊縮策により総じて冷え込み始めたのに加え,アメリカの景気拡大速度鈍化に伴う同国向け輸出が伸び悩んできたため景気上昇速度の鈍化が目立ち始めてきた(第1-3-2図)。アジア経済の回復は,一般に短期間で終ってしまったといえよう。

(伸び悩んだ輸出)

貿易面をみると,NICsの高成長を支えてきた輸出は,電子・電気製品を中心とした対米輸出の伸びが84年下期に入り鈍化したことにより,全体としても鈍化することとなった。韓国では上半期の前年同期比26.1%増から下半期には同14.4%増へ,台湾でも30.1%増から13.9%増へ,シンガポールでも12.1%増から8.4%増へ等と増加率の鈍化が著しい。ただ,香港では地場輸出の面では他のNICsと同様鈍化したが,対中再輸出の急増で輸出全体では上半期の30.1%増の後,下半期も28.2%増と引き続き好調であった。ASEAN,南アジア諸国では,近年低迷していた一次産品市況が83年から84年春にかけ,アメリカの景気拡大・減反政策の強化や主産地での天候不順による作柄悪化懸念等から一時上昇したため,上期の輸出は大幅に増加した。その後,アメリカの景気拡大速度鈍化や天候回復による豊作予想等から市況が再び悪化したため,下期の輸出は伸び悩んだ。

85年に入ると対米輸出不振がより鮮明化したため,NICsのうち台湾では4~6月期から,その他各国では1~3月期から前年同期比はマイナスとなっている。ただ,韓国では政策的に輸出増大を図っていることもあり,輸出信用状接受高が増加するなど7~9月期以降は持ち直しの兆しもみられる。なお,台湾でも輸出受注が年央には増加となっている。

一方輸入は,石油を始めとした一次産品輸入価格の低下又は安定,為替切下げを含む輸入抑制策,さらには内需の停滞等から多くの国で増勢が鈍化し,84年末には減少に転じ,85年に入っても減少が続いている。こうした輸出を上回る輸入の鈍化ないし減少により各国とも貿易収支は大きく改善した(第1-3-2表)。

累積債務問題はフィリピンを除きさほど深刻化しなかった。主要債務国の84年末現在の残高をみると,韓国では84年中に30億ドル増加して431億ドルとなった。ただ,短期債務は114億ドルと前年末(121億ドル)より若干滅少している。

また,フィリピンでは254億ドルと前年末の248億ドルからやや増加した。インドネシア(公的のみ)では前年末の237億ドルから235億ドルとやや減少した。

(引締め政策の影響)

政策面をみると,NICs,ASEANの各国とも83年に引き続き緊縮財政,金融引締め,輸入抑制策を採った。NICsでは韓国で引き続き物価安定を図るためマネーサプライを,また開発予算を中心に歳出を抑制した。台湾も物価安定等のためマイナス予算となった。ASEANでは,タイで前年が内需拡大から貿易収支が大幅に悪化したことから,金利引き上げや市中貸出規制による金融引締めと信用状開設規制等による輸入抑制を行ったほか,10月には14%にも及ぶ大幅なバーツ切下げを行った。予算もマレーシア,インドネシア,タイなどいずれも緊縮型予算を実施している。

85年に入っても,国際収支の一層の改善等のため引き続き緊縮策を採っている国・地域が多いものの,韓国では,輸出・設備投資促進のため4月以降輸出金融の拡大,臨時投資税額控除等の諸方策を実施している他,9月からは住宅建設促進策も導入した。台湾でも,7月,工業向けの基本電力料金,発電用燃料油の引下げ,機械設備の輸入関税支払猶予等,不況業種に対する短期的救済措置を発表した。また,シンガポールでも賃金凍結や間接税,政府関係機関の料金などの引下げによるコスト減,小企業金融制度の金利引下げ等を内容とした総合景気政策を発表するなど景気鈍化に鑑み内需刺激の動きもみえてきた。

内需は,こうした緊縮財政,金融引締めに加えて,輸出の増勢鈍化の影響等から84年には冷え込んできた。また韓国,台湾では製造業生産が減少しており,インドネシア,シンガポールでも石油生産及び精製の減産が目立っている。シンガポールでは,これまで輸出とともに成長をリードしてきた建設も伸び悩んできた。ただ,こうした中で農業(穀物)生産は各国とも順調であった。タイでは,前年ほど降雨に恵まれなかったものの,生産は前年水準を上回り,インドネシアでも米を中心に比較的好調で前年比7.4%増となった。インドでも米は前年をやや下回ったものの,全体では前年比1.1%増となった(FAO推計)。

85年に入ると,NICsでは冷え込みが更に進行をみせている。ASEAN諸国でも農業生産は前年に引続き各国とも好調とみられているが,鉱工業生産等は減少しているとみられる。

物価面については,NICs,ASEAN諸国とも落ち着いていた。これは,石油を始めとする輸入価格の低下または安定によるところが大きい。ペソ大幅切下げ,輸入制限による物資不足等を背景に高いインフレとなったフィリピンでも,84年10月の前年同月比上昇率63.8%のピークから,85年7月には同18.8%と大幅な鈍化がみられる(第1-3-3表)。

(停滞色強める85年経済)

85年に入ると,対米輸出の不振等から成長率の鈍化傾向はより鮮明になってきた。シンガポールでは4~6月期にマイナス成長を余儀なくされ,年成長見通しも当初の5~7%から年央にはO%~マイナス成長へと大幅に下方修正された。韓国や台湾でもマイナス成長にはなっていないものの,1年前と比べると大幅に鈍化しており,85年成長率見通しは韓国では当初の7.5%から5~6%へ,台湾でも8.5%から6.3%へと下方修正された。

ASEANでは対米輸出の不振に加え農産品,非鉄金属等の一次産品輸出が,世界的な需要不振,生産国の増産に伴う市況暴落の打撃を受け不振となっていること等から経済成長率は鈍化しているとみられる。

米の市況価格(タイ・バンコク)は,生産がタイでは前年をやや下回るとみられるものの豊作であり,アメリカ,中国等他の主要生産国でも増産されている等生産過剰の状況にあり,ここ一年間で20%以上も急落している。このためタイを始め各国とも大幅な輸出の減少のみならず農家所得の減少に伴う個人梢費の減少等経済全体に大きな影響が出始めている。

また,非鉄金属市況価格も85年初以降軟化,低迷している。すず価格は9月以降低下していたがITA(国際すず協定)の緩衝在庫資金不足によりITC(同理事会)の買い支え介入が停止されたため,市場混乱をさけるべく10月末にはLME(ロンドン金属取引所),KLTM(クアラルンプールすず市場)等で相次いで取引が停止された。一方ブラジル等のITC非加盟国では増産を続けており,すず相場は市場が再開されたとしても大幅に下落するとみられる。このすずの取引全面停止による銅,アルミ等その他非金属への影響も懸念されている。このため,マレーシア等の生産国は中南米の生産国とともに大きな打撃を受けることとなった。特にすずの世界生産量の約25%を占めるマレーシアは,すず輸出で年間5億ドルを稼いでいることもあり深刻な問題となろう。

なお,先進国の景気拡大にもかかわらず84年以降のこうした一次産品価格低迷の原因としては,前述の様な穀物の記録的豊作や累積債務国の増産,先進国の新素材開発等に伴う需要減等があげられよう(第1-3-3図)。さらにドル高,高金利が企業の在庫圧縮に働くとともに投機資金の一次産品から金融商品へのシフトを生じさせた。アメリカ商品取引所の金融先物商品取引を見ると,取引量全体に占める割合は83年の37.7%から84年に49.3%と急増,85年上半期には58.6%と更に上昇した。この結果,農産物の割合は相対的急低下した。

2. 厳しさを増す中南米諸国

(高いインフレと低い成長)

中南米諸国は,82年,83年と連続してマイナス成長であった。しかし,84年にはマイナス成長をした国がウルグアイとヴェネズエラなど5か国だけになり,19か国の平均成長率は3.3%となるなど,回復への道をたどり始めた。債務累積問題などで危機的状態にあった中南米諸国も,世界的な景気回復の中で小康状態を保ったといってよい(第1-3-4図,第1-3-4表)。

しかし,85年に入ってからは,高いインフレが続く中で,多くの国で成長率の鈍化がみられるようになっている。84年の成長を支えてきた輸出の増勢が鈍化し始めたためであり,インフレと輸入の増大を抑制しようとする引締め政策が採られているためでもある。

一方,中南米諸国の1人当たり実質国内総生産(1970年価格)は,84年に900ドル弱で,3年連続低下に歯止めがかかったものの,80年の約980ドルと比較すると約9%の低下となっており,84年の成長も所得水準向上にとって十分なものになっていない。しかも84年で500ドル以下の国は6か国あり,80年からの低下率は低所得国のほうが総じて高くなっている。

(成長から停滞へ)

アメリカの景気回復とそれに伴う輸入増から84年には輸出が大きく増加し始め,これが各国経済を成長させた(第1-3-5表)。特に,アメリカへの輸出増は中南米全体の輸出増の実に約85%を占めた。

ブラジルでは,82年に前年比14.6%の大幅減をみせた輸出が,83年央以降次第に増加率を高め,84年中はほぼ一年間にわたって前年同月比20%台の増加をみせた。輸出の増大に伴って,鉱工業生産も増加し,83年の前年比上昇率マイナス5.7%から,84年には6.7%の上昇と,まさに様変りとなった。粗鋼生産も,83年の約1,500万トンから,約1,800万トンへと25.4%の増加となった。

メキシコでも84年上半期には,輸出の急増がみられた。鉱工業生産も83年のマイナス9.0%という沈滞から脱却し,84年には4.8%の増加を示した。

85年に入っても,ブラジル,メキシコ等では生産がかなりな伸びを示すなど,景気は拡大している。しかし,これら両国でも輸出は85年に入ってから前年同月比(ドル建て)で2桁の減少を記録するようになり,鉱工業生産の前年同月比増加率も次第に低下しつつある。

アルゼンチン,コロンビア,ペルー,チリなどは更に厳しい状態にある。インフレや輸入の抑制を目的とする引締め政策もあって生産は減少しつつある(前掲第1-3-4表)。このように,85年に入ってから中南米諸国の成長率は次第に低下してきている。IMFによると,中南米諸国の85年平均成長率予測は2.5%とされている(World Economic Outlook,85年10月)。

(石油生産と外貨準備高)

中南米諸国は,成長率鈍化の中で輸入制限策や引締め策などの経済調整を行うことで国際収支を改善する国が多かった。その中で,石油輸入の高かったブラジルと石油輸出国のメキシコでは,石油価格の動きにより異なった影響がみられた。

メキシコの輸入は,貿易収支赤字,外貨準備減少に対処するため,輸入削減策や国内引締め策による生産減もあって,82年,83年と大幅に低下した。この間石油価格が堅調に推移したこともあって石油輸出は増加し,外貨準備高は82年末の8億ドルから84年末には73億ドルに増加した。しかし,84年以降石油輸出の減少,アメリカ向け輸出の停滞に,国内の景気回復に伴う輸入増が加わって外貨準備高は滅少し始めている(第1-3-5図)。

一方,ブラジルは,国内石油と代替エネルギー開発の努力を反映して,石油輸入は大幅に減少し,輸入総額も減少してきている。このため85年に入って輸出は前年同月に比べ約10%の低下で推移しているが,外貨準備高は依然100億ドル以上の水準を維持できている(第1-3-6図)。

(高水準のインフレの継続)

中南米諸国では,インフレ鎮静化の動きはみられない。もちろん,メキシコのように,消費者物価上昇率が,83年の102%,84年の66%から,85年に入り前年同月比上昇率が50%台で推移するようになるなど,僅かな改善をみせている国もある。しかし,水準は著しく高い。また,ブラジルの総合物価上昇率は83年末以降ほぼ一貫して前年同月比220%台を示しているし,アルゼンチンも84年中の前年比600~800%の上昇率が,さらに加速され,85年6月には同1,129%になるなど,多くの国で依然として高いインフレが続いている。特にボリビアでは85年7月の前年同月比上昇率が14,000%を越え,9月には同24,400%となっている(第1-3-7図)。

高水準のインフレに対処するため,価格凍結や引締め政策を採る国が目立って増えてきている。例えば,85年4月に戦時経済を宣言したアルゼンチンは85年6月にIMF事務局との間で,賃金改定率引下げ,財政赤字縮小などを主内容とする経済調整計画について基本的に合意し,その後,賃金・物価凍結,デノミ・新通貨導入などドラスティックな新経済政策を発表している。しかし,こうした政策は企業活動の制約による失業の増大に結びつく可能性もある。米州開発銀行によれば,中南米の経済規模は80年と84年でほぼ同じであるのに対し,人口は3,300万人の増加,労働人口も1,500万人の増加になっており,インフレと高失業の中で,ゼネストの発生など社会不安の深刻化のみられる国もあり,今後の経済運営は極めて困難な状況におかれているといえよう。

(低下する投資比率)

中南米諸国のGNPに対する投資比率は75年をピークに低下し続けている(第1-3-8図)。特に,累積債務問題もあり83年には前年に比べ総投資は約25%,機械設備は約50%もの低下となった。しかも,ブラジル,メキシコ,アルゼンチンなど,経済規模の大きい国での投資の減退が著しい。

こうした投資比率の低下をもたらした要因の一つが巨額の対外債務の金利支払い(84年,270億ドル)である。中南米全体の財貨・サービス輸出に対する金利支払いの比率は,82年の39%から84年の35%に僅かながら改善をみせているが,水準としては依然として高い(第1-3-9図)。

このような投資の不振に対し,各国とも外国投資の受入れを奨励するよう,政策の変更を検討するようになっている。特に,メキシコでは84年2月にこれまでの外国資本比率49%の規制に例外をもうけ,優先工業分野については外国資本比率100%の工場建設をも認めることとした。84年末までに87件の外国資本100%のプロジュクトが認められ,85年に入っても小型コンピュータ工場建設が認められている。

だが,設備投資を制約するもう一つの要因は,輸入政策にある。既にみたように多くの国で輸入規制や引締め政策を採っているが,そのため工場稼働に必要な中間原材料や資本財の輸入が難しくなっている。事実,輸入額は84年の水準は81年のピークと比較し約40%下回っている(前掲第1-3-5表,第1-3-5図,第1-3-6図)。

(小康状態を保った累積債務問題)

累積債務問題を抱えているのは中南米諸国だけではない。しかし,1,000億ドルを超える債務を抱えるブラジル等,この地域には債務額の多さに加えデット・サービス・レシオの高い国が多い。こうした国にとって,84年は当面の危機を回避し得た年であった。中南米全体の債務・輸出比率は79年以降初めて低下したし,支払利子・輸出比率はピーク時の82年の39%から84年には35%に低下した(前掲第1-3-9図)。

こうした小康状態をもたらしたのは,83年から84年にかけて輸出が大幅に増加し,貿易収支の改善が進んだことであった。既にみたように,ブラジルの84年の輸出は前年比23.3%増であったし,メキシコでも7.8%の伸びを示していた。中南米全体の貿易収支はこれら両国の大幅黒字もあり,83年314億ドル,84年381億ドルと巨額の黒字を計上した。第2の要因はリスケジュールの進展である。84年9月にメキシコと債権銀行団との間で,82年から90年に期限の到来する500億ドル弱の公的債務に関する合意がなされ,85年3月と8月の2回に分けての調印が行われた。金利を下げ,手数料なしで期限を14年間繰り延べるという内容の合意であった。また,エクアドルについては,85年4月,公的債務について初の多年度一括リスケジュールの実施が合意されている。しかし,経済緊縮計画の84年10~12月期目標を達成できなかったブラジルに対し,IMFは拡大融資枠(Extended Fund Facility Arrangement)の実行を延期することとし,ほぼ合意に達したとみられていた債権銀行団のリスケジュールも棚上げになっている。

(累積債務解決の難しさ)

輸出の増大やリスケジュールの進展などによって,債務問題は当面の危機を乗り超えることができた(第1-3-6表)。しかし,債務問題は解決に時間を要する問題であり,次のような問題が残されている。第1に,債務国が経済調整計画の中で経済を立て直し,債務償還をし得る経済にするため自助努力を行なうことは,債務問題解決のための大前提である。債務国の経済調整計画の策定に当たりIMFによる政策助言は,これまで有効な役割を果たしてきた。しかし,節度ある経済政策の中で,経済を立て直し,債務償還をし得る経済にしていくことを目指すIMFのコンディショナリティについて,これを実行する意思決定ができないため,受け入れが困難となっている国もみられる。国際決済銀行によると,ブラジルがそのひとつの例といえよう。第2の要因は,債務を抱えるこうした諸国の輸出が国際競争力の改善によって増加している訳ではない場合が多いことである。したがって84年の改善は,アメリカの高成長による需要の増大によってもたらされた小康状態であるといえよう。また,長期化する国際商品市況の低迷(前掲1-3-3図)や,欧米諸国における保護主義的な動きも,巨額の億務を抱える諸国にとっては負担を増すものになっている。さらに,中南米にとってはアメリカ経済の成長速度の鈍化も,先行き懸念を増大させよう。第3に,ドル金利の下げ渋りという問題がある。金利の低下は,債務が巨額であるだけに,債務国の負担を大きく軽減させる。このところドル金利に低下の傾向はあらわれているものの,先進国のインフレ低下による実質金利の高まりもみられるなど今後の動向が注目される。

(中南米経済の困難性)

84年の中南米経済は,アメリカ向けを中心とする輸出の増大によって支えられた。しかし,こうした輸出増も,相対的に開発が進んだ一部大国によって享受されたにすぎない。一次産品に大きく依存する他の中南米諸国は,国際商品市況の低迷などにより,輸出を大きく伸ばすことはできなかった。しかも,増加したとはいえ,輸出による所得の平均35%は金利として再び外国に流出しているのが実情である。また,累積債務問題の一層の深刻化を避けるため,民間銀行は投融資を渋りはじめ,先にみたように投資活動も沈滞化してしまっている(前掲第1-3-8図,第1-3-9図)。

また,累積債務について84年は小康状態を保ったとはいえ,累積債務総額自体は増加が続いている。国連ラテンアメリカ経済委員会(CEPAL,84年同委員会暫定報告)によれば,84年末で約3,600億ドルにのぼり前年比約6%の増加になっている。

(累積債務に関する最近の動き)

これら中南米諸国は,83年末以降,共同で債務問題解決の道を探り始め,84年1月の「キトー宣言」及び同年6月の「カルタヘナ合意」において,累積債務問題に対する債務国側の基本的立場を表明した。いずれも累積債務問題が債務国,債権国双方の責任であるとの認識のもとに,①債務国自身の経済調整,②先進諸国の高金利是正による債務負担軽減と保護主義の撤廃,③先進諸国の適度の成長による世界貿易拡大,④IMFを中心とした国際機関による流動性確保等の必要性を示したものであった。なお債務交渉は各当事国の責任で行うべきとされ,債務国カルテル結成は提言されなかった。

上記の債務国の基本的立場は85年2月の「サント・ドミンゴ・コミュニケ」などにも引きつがれ,債務国経済状況の好転にも伴い,カルタヘナ・グループも穏健なものになりつつあると見受けられた。しかしながら債務国の経済状況が再び停滞するに伴いカルタヘナ・グループの一員のペルーが債務返済額を輸出所得額の10%以下にするとの態度を表明している。

こうした中南米諸国の動きに加え更に本年のIMF総会(85年10月)に先立ち発展途上国による蔵相会議(G24)が開かれ,発展途上国は,積極的な成長志向的調整をめざすべきであること,世界経済の均衡のとれた発展と発展途上国の速やかな開発のためには国際通貨金融制度の改革が必要であることなどの点を合意した。

また,IMF暫定委員会は第40回世銀IMF総会(85年10月)の際,債務累積問題の根本的解決のため,①先進国の成長維持,②金利の一層の低下,③途上国自身の効果的経済調整,④適切な資金フローの確保及び⑤保護主義圧力への断固たる抵抗等が必要だとした。また,同委員会は,長期的な国際収支上の問題をかかえている低所得国に対し,トラスト・ファンド返済金(27億SDR)を譲許的条件で,追加的な国際収支支援として利用されるべきであること等も示した。

世銀も本年の総会(85年10月)において途上国への民間直接投資を促進するため国際投資保証機溝(MIGA)協定案を各国の署名に付すことを決定した。

また,アメリカ財務長官は民間銀行貸付の減少が借り入れ国の経済再建努力を困難にしているとの考えを示した。そして国際的な債務戦略の強化と主要債務国の成長力改善のため,①IMF等の国際金融機関の政策助言に基づいた債務国の一層の調整努力,②国際開発金融機関の応分の負担,③民間銀行の貸付の増大を骨子とする提案を行った。