昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第4章 途上国の調整とその困難

第1節 高金利・ドル高と技術革新の途上国への影響

高金利・ドル高は,途上国経済にどのような影響をもたらしているだろうか。本節では,まず,累積債務の現状をみた後,高金利・ドル高が途上国の債務に与えた影響をみる。次に,技術革新による影響として省資源・省エネルギーの進展を示し,またそれによる途上国への影響を分析する。

1. 累積債務の現状

非産油途上国,中でも工業品輸出国は,特に第2次石油危機までは高度成長指向の経済運営を続けたため,対外借入れを増加させ,その結果,対外債務残高も急速に増大した。世銀の統計によると,途上国の債務残高は72年から第2次石油危機後の78年にかけて,年平均で22.4%増加し,78年末には,2,999億ドルになっている。その後も増加を続け,82年末には,5,178億ドルとなり,78~82年の4年間で1.7倍にも膨れ上がっている(後掲第4-1-1表)。

他方,OECDの推計により83年末における対外債務の満期期間別構成をみると長期債務が全体の83.6%を占め,82年末の79.6%に比較すると若干上昇している。これは民間銀行の短期債務の引き揚げとリスケジュールが行われたことによって債務の満期期間が長期化したことを反映している(OEC Dの推計によると,リスケジュールの額は82年央から84年央にかけて800億ドルとしている)。貸出し主体別の債務構成は,74年以降急増した対民間債務の割合が83年末で44.1%と依然として大きなものとなっている。また民間債務の形態では不安定な金利変動を背景として,固定金利貸出しが減少し,変動金利貸出の割合が増加した。83年末の変動金利貸出しのシェアは64.2%まで増大している(78年は29%)。

2. 高金利・ドル高による影響

(高金利による金利負担の増大)

途上国の対外債務残高のうち半分以上がドル建債務であるため(OECDの推計では83年末で56%がドル建てとしている),金融市場におけるドル金利の上昇や為替市場におけるドル相場の上昇は債務国に対して直接的な影響を与えることになる。前にみたとおり,途上国の債務のうち変動利付債務が増加しているが,これによって金利の上昇は新規借入れにおける金利の上昇に加えて,既借入れ分の利払い負担をも増大させる。途上国債務の大宗を占める銀行借入れに適用される金利は,ドル建ての場合通常ユーロ・ダラー市場における代表的金利であるロンドン銀行間市場出し手レート(LIBOR)を基準として(最近ではアメリカのプライム・レート基準も増加した)借り手の信用度,満期期間等に応じて決められるスプレッドが上乗せされる。82年後半にようやく低下したLIBORは84年に入ってアメリカのプライム・レートの上昇を反映して再び上昇した。加えて,累積債務問題の顕在化に伴いスプレッドも上昇し,新規借入れやリスケジュールされた債務に関しては,その分利払い負担が増大することになる。このため83年に減少した利払い負担は84年に再び増加する可能性が強い。

73年以降の途上国の利払い負担増大の様子をみると,第4-1-1図のとおり,79年から82年にかけて金利上昇に伴い急増していることがわかる。また利払い負担額と輸出の比率も上昇している。特に債務残高の多い中南米の利払い負担は,米州開発銀行(以下IDBと略す)によれば,83年の利払い額は391億ドルで,利払い/輸出比率も77年の12.9%から37.8%にまで上昇している。同行の予測によれば84年も411億ドルとなる見込みである。利払い/輸出比率を国別でみるとメキシコが22.5%から42.4%へ,ブラジルが18.7%から40.7%へと極めて大きくなっている。また20%を超すと危険といわれているデット・サービス・レシオ((利払い額+元本返済額)/輸出)も,世銀の統計によると利払い負担の増大を主因として81年では既に30%程度まで上昇した(第4-1-1表)。

次に77年以降の金利上昇がどの程度債務国の利払い額を増加させたかをOECDの統計でみてみよう。77年から82年までで,対外債務に関する事後的な金利は第4-1-1図のように推移しているが,同期間に利払い額は376億ドル増加した。この増加分を金利上昇によるものと,債務残高の増加によるものに分解すると,約90億ドル()が金利上昇による利払い負担の増加となっている(付注4-1)。

(ドル高による債務の実質的増大)

次に,ドル高による影響をみてみよう。途上国の為替レートは,ドル高に伴い大幅に減価している。83年の通貨の減価率は,韓国・ウォン6.1%,フィリピン・ペソ30.1%,ブラジル・クルゼイロ221%,メキシコ・ペソ113%,アルゼン・ペソ306%となっている。

このようなドル高とそれに伴う為替レートの減価が累積債務に与えた影響を考えてみよう。債務国は一般にドル建てで融資を受け,ドル建てで返済する。従って,ドルが上昇すれば債務国は損失を受けることになる。しかし,債務国の輸出価格も同じように上昇すれば,ドルを容易に稼得できることとなり,損失を被らなくてすむ。そこで,債務国の実質為替レートによって,ドル高が実質的な債務の負担増になるか否かが決まることになる。

いま,債務がすべてドル建てであり,各債務国はその債務をすべてアメリカからの輸入にあて,次にその債務を現在のドルで返済するとしよう。すると,過去の債務は,実質為替レートが上昇した分だけ,実質的には増大したことになる。

そこで,70年を基準にしたドルの実質為替レートの上昇によって生じた,70年価格での予期されない累積債務の増加を考えてみると,それは,現在の実質為替レートで年々の債務額を評画したもの(現実の債務)と,年々の債務額をその時々の実質為替レートで評価したもの(予期された債務)との差になっているはずである(付注4-2参照)。

まず,実質為替レートの推移をみてみよう(第4-1-2図)。韓国,メキシコでは,70年代末に,70年基準を下回り,ブラジルでは,70年代中70年基準を下回っている。一方,フィリピンでは,70年基準を上回って推移している。しかし,81年以降の急激なドル高により,実質対ドル・レートは70年基準を大幅に下回っている。

次に,各国の債務額をみてみよう。韓国,フィリピン,メキシコでは,実質対ドル・レートが,70年代央には基準時点を下回っている。このため,現実の債務額は,予期されない債務の増加により,予期された債務を上回っている。また,実質対ドル・レートが,大きく上昇した70年末から80年初にかけては,予期されない債務が減少した結果,現実の債務は,予期された債務を下回った。レかし,実質対ドル・レートが,70年基準を大きく下回った82年には,予期されない債務の大幅増により,現実の債務は予期された債務を大きく上回っている。83年の予期されない債務額の増大は,韓国22億ドル,フィリピン48億ドル,メキシコ118億ドル各々増大している。一方,ブラジルでは,70年代中実質対ドル・レートは,70年基準を上回っており,予期されない債務の減少により,現実の債務は予期された債務を下回っている。しかし,80年以降は,ドルの70年基準を上回る上昇から,予期されない債務は大幅に増加し,現実の債務は,予期された債務を大きく上回っている。83年の予期されない債務の増大は170億ドルとなっている。また,予期されない債務の増大額を累積債務の規模と比べても,韓国10.4%,フィリピン40.3%,ブラジル24.0%,メキシコ23.3%と,ドル高による債務の増大はかなりの規模となっている。

要するに,70年代後半から末にかけて実質対ドル・レートが増価することで,途上国の実質債務が減少した局面が見られたが,81年からの急激なドル高により予期されない債務の増加が生じ現実の債務は増大している。ざらに,80年以降のドル金利の上昇は,金利支払いを増大させ,累積債務問題の解決の道を一層困難なものにしているといえよう。

3. 技術革新による影響

(省資源の世界的な進行)

アメリカを中心に,技術革新が進展している。まず,技術革新により,省資源・省エネルギーが進展しているかどうかを,特に石油,銅を中心にみてみよう。

まず,原単位の推移をみると,石油は70年代の2度にわたる石油危機による価格上昇による効果もあって70年代後半より原単位(OECD諸国の石油消費/先進国の鉱工業生産と仮定する)は低下傾向にある(第4-1-3図)。この価格上昇による省エネルギー効果は,アメリカでは82年で一服したようにみえるが,その他の諸国ではドル高のため,自国通貨建てでは,石油価格が上昇を続けていることもあって,原単位は83年に入って更に低下している。また,銅についてみると,70年代末に原単位(自由世界の銅消費量/先進国の鉱工業生産と仮定する)はやや上昇しているが,82~83年には低下し,78年の水準を下回っている。また,アメリカでの,鉱工業生産と銅,鉛,亜鉛の消費の関係をみたものが,第4-1-4図である。銅,鉛,亜鉛の消費は,78年以降減少しており,83年に鉱工業生産が78年水準を上回ったのに対しこれらの消費は78年水準を大きく下回っている。

このような原単位の低下は,産業構成の変化とともに,技術革新による影響もあるとみられる。例えば銅需要の大半は電線需要であるが,プリント配線の発達,光ファイバー・ケーブルの普及は銅需要の減少要因のーつとなろう。また炭素繊維強化プラスチック等の新素材による代替の進展も,需要減少要因となっている。

次に,消費量の変化を要因別にみたのが,第4-1-5図である。石油消費は,76~79年にかけて,鉱工業生産の増加(以下生産要因と呼ぶ)により増加しているが,80年以降第2次石油危機の影響から原単位が大きく減少したため,消費量は減少に転じている。83年には,世界景気の回復にょる生産要因の増加を上回る原単位の減少により,消費は減少している。また,銅は,78~80年に原単位の減少から減少している。これは,先端技術化が加速した時期と一致している。81年は消費は原単位の小幅増からやや増加したが,82年に再び減少に転じ,83年には生産要因の増加にもかかわらず,大幅な原単位の減少により消費は減少している。

このような省資源・省エネルギーの影響は,メキシコ,チリなど一次産品の輸出に占める割合が高い国では大きい(メキシコ;石油が輸出に占める割合は,82年で77%,チリ;銅のそれは48%)。

一次産品のうち先端技術材料たる希少金属の消費は急速に伸びているが,その他の一次産品の消費は,83年に先進国経済が回復したにもかかわらず,省資源・省エネルギーの進展により増加はみられていない。省資源・省エネルギーの効果は,全地球的に見れば望ましいことではある。しかし,一次産品の輸出に占める割合の高い多くの途上国にとっては,当面需要減,それに伴う供給過剰が価格低迷の原因となることから,マイナス要因として影響しているといえよう。

(一次産品価格低迷と途上国の対応)

このような技術革新の進展は,一次産品輸出国に対し厳しい対応を迫ることになる。一次産品輸出国では,需要減少,それに伴う価格の低迷に対し輸出収入を確保しようとして増産をし,一層の値崩れを招いた例もある。最近の石油と銅の場合についてみてみよう。

石油については第1章第2節でみたように,80年以降,需給緩和状態となっており,価格もスポット価格でみると低下傾向にあった。83年初には,OPECの原油価格が引き下げられ,産油国の石油収入は大幅に減少した(第1章2・5節参照)。こうしたなか,累積債務産油国の中には,石油収入確保のため,増産している国もみられるが,それが供給過剰をもたらし,価格の低下の一つの要因となった。また,銅についても,80年以降価格低下がみられるが,84年に入り一層の低下となっている。これは,累積債務国であるチリ,ペルー等が収入確保のため増産している結果であるとみられている。

(アメリカの景気拡大の途上国への影響)

技術革新の進展は,途上国に対し好影響を与える面もある。第1は,アメリカの景気拡大による効果である。アメリカの景気拡大は,それに伴うドル高もあり途上国の対米輸出を急増させている(第4-1-2表)。第2は,技術の波及による効果である。アジアNICsでは,先端技術製品であるLSI,半導体等の輸出が,特に対米輸出を中心に急増している(本章第3節参照)。

いままで述べたように,途上国は高金利・ドル高と技術革新の進展による省資源化に挟撃されている状況にある。しかし,ドル高とアメリカ景気の持統的拡大は,途上国の輸出を牽引し,途上国の成長力を高める要因でもある。さらに,アメルリにおける技術進歩の恩恵は,先端技術製品の価格の低下と,伝統産業における途上国への技術移転等によって途上国へも広がる可能性がある。

このような状況の中で,途上国はいかなる経済政策を採り,またいかなる経済パフォーマンスを示しただろうか。以下の2節と3節において,累積債務問題を抱える諸国と,アジアNICs及びASEAN諸国に分けてこれら諸国の経済をみていきたい。