昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第3章 高金利下でのヨーロッパ経済の調整

第1節 ヨーロッパ経済の回復局面

ヨーロッパでも,供給側面の改善を目指した政策を追求したが,景気の回復力は弱く,失業率はむしろ上昇している。特に今回の景気回復は,アメリカの高金利,ドル高の下で進行しており,それがヨーロッパ経済に影響を与えている。すなわち,アメリカの高金利は,ヨーロッパの金利を引き上げ,ヨーロッパの設備投資を抑制する。一方,ドル高はヨーロッパの対米輸出に有利な条件となるが,物価上昇圧力となる面もある。

アメリカの高金利,ドル高は第2章でみたように,アメリカの財政赤字によるとともに,経済の基礎的諸条件の改善や先端技術産業の進歩に基づく投資の期待収益率の上昇によるところも大きいどみられる。

本節では,まず,このようなアメリカからの影響の下で,ヨーロッパ経済の回復にはどのような特徴がみられるかを概観し,次に79年末から始まったアメリカの高金利,ドル高にヨーロッパ各国がどのように対応してきたかをみる。最後に,今回の回復の中でこれまで以上の中心的な役割を果たしている設備投資の性質について,アメリカと比較しながら分析することとする。

1. 今回の景気回復の特徴

(景気回復の特徴)

ヨーロッパ主要国における今回の回復は,①インフレ率が低いこと,②高失業下で賃金上昇率が低いこと,③金利がインフレ率に比して高いこと,すなわち,実質金利が高いこと,④ドルが独歩高であること,という条件の中で進行しているという特徴がある。とりわけ,ヨーロッパ各国においてもアメリカと同様に実質金利が高水準で持続していることが大きな特徴である。その中で,ヨーロッパ各国の景気は緩やかながらも回復を続けているが,今回は民間設備投資が比較的回復初期から伸びており,また,83年後半からは対米輸出が増加していることがその回復を支えている(第3-1-1図,第3-1-1表)。しかし,回復はアメリカと比較して緩やかであり,また,ヨーロッパの前回(第1次石油危機後)の回復に比べてもテンボが遅い。さらに,84年4~6月期にはイギリス及び西ドイツでは労働争議が景気回復に打撃を与えている。

(強い設備投資と対米輸出)

①イギリス

イギリスでは,81年4~6月期を谷として,他の先進諸国に先がけて景気は回復過程に入り,3年以上にわたって緩やかな回復を続けている。今回の回復を前回の,75年7~9月期を谷とする景気回復と比較すると次のような特徴がある。①実質GDPの伸びが緩やかであること,②民間設備投資及び民間住宅投資の伸びが著しいこと,③輸出が83年央まで低調であったことである。

特に,民間設備投資が,75年当時よりはるかに高い実質金利の下で,前回の回復を上回るテンボで増加している点が注目される(これについては,本節の2で分析する)。民間住宅投資の回復は,主として前3年にわたる不振により住宅在庫の調整がかなり進んだためとみられる。

輸出については,イギリスが他国に先がけて回復過程に入ったこともあって,回復初期には伸び悩んだが,83年末から84年にかけて対EC及び対米輸出を中心に比較的急速に増加している。特に,対米輸出はドル高の影響もあって,その増加は著しい。

②西ドイツ

西ドイツは,イギリスに遅れて82年10月~12月期を景気の谷として回復に向かった。今回の景気回復の特徴は,回復初期の段階では内需,特に,固定投資(機械設備投資,住宅投資)が中心となり,従来回復の先導役となっていた輸出はむしろ減少したことである。しかし,83年後半から84年にかけて輸出は急増し,景気回復の原動力となった。

機械設備投資,住宅投資は共に景気が下げ止まる前の82年中に増加に転じ,83年には力強い伸びを示したが,これは稼働率の上昇,企業収益の改善に加え,金融緩和等による81年央からの実質金利の急速な低下及び政府の投資補助金や住宅建設促進策も効果があったとみられる。

輸出(通関ベース)については,82年末まで減少を続け,83年上期も緩やかな増加にとどまり,景気の足どりを重くしていた。しかし,83年夏より増加率を高め,8千に入ってからも拡大を続けた。とりわけ,対アメリ力輸出は83年初より他国に先がけ著しく伸びている。これは,アメリカの景気回復とともに,83年初めからのマルクの対ドル実質為替レートの急落の効果によるものとみられる。

③フランス

フランスでぱ,他のヨーロッパ諸国とは異なり,社会党政権による景気拡大策等により81年央に景気は底入れしたかに見えたが,その後本格的な回復をみないまま,82年後半から再び後退し,83年以降も停滞が続いている。従来のフランスの回復パターンは,個人消費と輸出が主導的役割を果たしてきた。しかし,82年以降では,個人消費は82年中は伸びていたが,緊縮政策の強化から83年以降停滞している。輸出は,82年には不振であったが,83年央から急速な伸びをみせている。これは,主としてフランスの対ドル・レート下落の効果によるものとみられる。84年4~6月期に入り一部回復の兆しがみえているのが企業設備投資であるが,これは実質金利の低下,企業収益の好転,更新需要の増加等によるものとみられる。

2. 高金利,ドル高下での景気回復

(アメリカ高金利の波及)

今回の回復において最も特徴的な点は,実質金利が70年代におけるよりもはるかに高いことである。これはアメリカの高金利との関係で理解することができる。アメリカの金利が上昇し,しかも将来為替レートが下落するという予想も持たれないとすれば(すなわちアメリカの実質金利が上昇すれば),ヨーロッパの(そして世界中の)資金はアメリカに引きつけられ,ヨーロッパの実質金利もまた上昇することになる。しかし,もしヨーロッパ諸国が実質為替レートの下落を認めれば自国での金利の上昇をある程度抑えることもできる。というのは,次のようなわけだからである。ヨーロッパの投資家にとって重要なのは,ドル建ての収益率ではなく,ドルを自国通貨に転換した後での収益率である。したがって,ヨーロッパの投資家にとって,ドル資産の自国通貨での実質収益率は,アメリカの実質金利とアメリカの実質為替レートの上昇率との和になる。逆にいえば,ヨーロッパの投資家にとっては,リスク・プレミアムを考慮しなければ,自国金利と自国の実質為替レートが下落することにより生まれる将来にかけての自国実質為替レート予想上昇率の和が,アメリカの金利に等しくなるところまで,ドル資産を需要するということになる。つまり,自国の実質為替レートの下落を認めれば,アメリカの高金利の国内への波及をある程度は抑制し,設備投資への悪影響を抑えることができるのである。しかし,実質為替レートを下落させれば,国内物価は早晩上昇することになる。そこで,ヨーロッパ諸国は,アメリカの高金利の波及を受けて,自国金利の上昇と交易条件悪化のトレード・オフに直面することになる。

80年以降ヨーロッパ各国がどのようにアメリカ高金利に対応してきたかを第3-1-2図によってみると,イギリスにおいては国内政策要因による大きな実質金利引下げの動きがみられないのに対し,西ドイツ及びフランスにおいては81年10~12月期後の約1年間は実質金利低下と交易条件の悪化がみられる。この時期は,これらの両国の金融緩和期であり,交易条件の悪化という代償を払って実質金利を低下させたものと考えられる。

(高金利下の設備投資)

アメリカの高金利によって,ヨーロッパ各国の金利は,各国が様々の政策対応をしたにもかかわらず,上昇した。高金利は資本コストを引き上げ設備投資を抑制すると考えられる。しかし,ヨーロッパの今回の景気回復においては,アメリカと同様に,83年央から84年にかけての民間設備投資の力強い伸びが特徴となっている。以下では,このような設備投資の動きが,アメリカと同様の経済環境改善や技術進歩に支えられた経済活性化によるものであるかどうかをみることとする。

このような設備投資の動きを設備投資関数によって分析するには様々の方法があるが,ここでは一つの試算としてアメリカと同様の方法で設備投資の増加要因をみると,今回の回復期の設備投資増には,景気変動,及び更新需要による増加とともに,投資の期待収益率と資本コストの比であるq比率の上昇も大きく寄与していることがわかる(第3-1-3図,第3-1-4図)。高金利下では資本コストも高水準であるため,それにもかかわらずq比率の上昇があるという事実は,投資の期待収益率がより大きく上昇していることを示している。

いま,資料の入手可能なイギリスにおける資本収益率の動きをみると,80年代に入って上昇を示している(第3-1-5図)。このような投資の期待収益率の上昇は,一つには第2節で述べるような政策による資本分配率の上昇(後出第3-2-4図)という投資環境の改善が寄与していると思われるが,そのほかの要因として,アメリカと同様な経済環境の改善や技術進歩があるのであろうか。このことを考えるため,ヨーロッパの再活性化の鍵となる設備投資の内容を更に詳しくみることとする。

設備投資は,更新投資,合理化投資及び拡張投資に大別できるが,これらの割合を西ドイツ及びフランスの製造業でみると,いずれも82年以降合理化投資が比較的大きく,拡張投資は伸び悩んでいる(第3-1-6図)。合理化投資は,従来ヨーロッパにおいては賃金上昇圧力が高かったことを背景としたものであるとみられるが,これは拡張投資のように生産能力を拡大させるものではなく,むしろ労働需要を減少させる。ヨーロッパ各国で景気が回復しているにもかかわらず失業が減少しないという現象も,一部には,これを反映したものとみられる。

また,技術進歩等をあらわす全要素生産性上昇率をみても,イギリスにおいてはほとんど改善しておらず,西ドイツにおいてはむしろ低下しており,これら両国においては,アメリカの場合と対照的に技術進歩等の生産に対する効果はほとんどあらわれていない(第3-1-7図)。

さらに,産業別に設備投資額の変化をみても,アメリカは先端技術産業を中心として設備投資が伸びているのに対し,イギリス,西ドイツ両国とも,金融,保険等の分野が中心である。このような第3次産業は,第2次産業の発展に依存して成長する面が強いため,現在の投資増加が長期的に続く可能性は小さいと考えられる(第3-1-8図)。

以上のように,ヨーロッパ各国においては設備投資の伸びがみられるものの,それは必ずしも再活性化のあらわれとは言い難いものである。

その中で一部明るさがみえるのが,83年末から製造業の設備投資の伸びが大きいことである。経済の力強い回復には,製造業のような自律的成長力のある産業の伸びが必要であり,今後の回復の行方はその伸びにかかっていると言ってよいであろう。