昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第1章 1984年の世界経済

第5節 発展途上国経済の困難

発展途上国経済は,アメリカ向け輸出の増加などで順調な景気拡大を示しているアジアNICs等を除き,総じて景気は停滞しているが下げ止まり気配もみられる。本節では,まず,石油収入の減少に悩む産油途上国経済について概観したのち,非産油途上国について,比較的順調な発展を遂げているアジア諸国,累積債務に悩む中南米諸国,干ばつによる食料不足や政治不安を抱えるアフリカ諸国についてみることとする。

1. 石油価格値下げと産油国経済の変化

(石油値下げの減収効果)

1979年をピークとして,産油国の大部分を占めるOPECの原油輸出は減少を続け,83年には1,540万バーレルと79年の53%の水準にまで減少した。また,83年には3月の原油価格値下げ(基準原油価格アラビアン・ライト34ドル/バレル→29ドル/バーレル)の影響もあり,OPECにとって収入の90%以上を占める石油収入は大幅に減少した(第1-5-1表)。第1-5-1図は,石油収入減少の要因を,価格と輸出量の2つの要因に分けたものである。石油収入は,81年以降,輸出量要因により減少を続けていたが,83年には,価格要因も大きく減少に寄与している。

このような輸出減が主因となって,輸入削減などの努力にもかかわらず,産油国の経常収支は82年に赤字に転じ,83年には175億ドルの赤字となった。

(国内経済)

石油収入の減少が産油国経済に与えた影響をみてみよう。まず,国内経済についてみると,総生産は,80年から4年綺けて減少となった。この減少は,GDPの約3分の1を占める石油生産の減少によるものである。しかし,世界景気向復に伴う石油需要の増加を反映し石油部門の生産の減少率は縮小しつつある(OPEC.原油生産量84年1~9月期前午同則比3.6%増一方,非石油部門の生産の増加率は,石油収入の減少に伴い引締め的財政政策が実施されたこともあって,83年にやや低下している(第1-5-2図)。

また,物価動向をみると,輸入物価の安定,引締め的な金融政策の実施などから,80年の13.2%から83年には10.0%と物価上昇率は低下してきている(IMFの統計によると82年の産油国平均は8.1%の上昇となっているが,これは統計上の誤差によるところが大きいとされている)。国別にみるとサウジ・アラビアでは,82,83年と2年続けて1%前後の上昇と物価は鎮静化しており,他の国も80,81年の2桁台の上昇から1桁台の上昇となっている。しかし,紛争中のイラン,イラクでは依然2桁のインフレとなっている(第1-5-2表)。

(引締め的な財政・金融政策)

次に,石油収入が財政金融政策に与えた影響をみてみよう。各国の財政収支の動向を現わしたのが第1-5-3表である。82年以降石油収入の減少から,逆に大半の国が赤字に転じている。こうした中,各国は,歳出削減や増収策等を実施したが,石油収入の減少幅が大きいため,その後も財政収支赤字幅は拡大しているが,84年度予算でも赤字を見込んでいる国が多い。一方,開発支出の動向をみると,大半の国は82年に歳出削減策から減少させたが,84年度予算ではクウェート,カタール等は再び増加させている。しかし,その後実施段階では予算は削減されているとみられる。

金融政策は,インフレ抑制,金利を高く維持し国内資金の流出を防止するためなどから,81年後半以降,引締め的なものとなっている。産油国全体の通貨供給量の増加率は,79~81年平均23.4%が82年は16.6%,83年17.8%と落ち着いてきている。

(イラン・イラク紛争による影響)

産油国にとって,中東の政治状勢の動向特にイラン・イラク紛争も原油価格に影響を与える一つの要因として注目される(第1-5-4表)。

80年9月に戦火が拡大したイラン・イラク紛争は,84年に入り紛争の舞台が陸上からペルシャ湾上のタンカー攻撃に代わったことで新たな展開をみせた。84年5月に激化したタンカー攻撃により,タンカー保険料は急騰し,またペルシャ湾深部へ入るタンカー数も減少した。この結果5月のOPEC生産量は前月比50万バーレルの減少となった。また,原油のスポット価格は一時上昇したが,6月以降その反動による生産増等から低下している(第1章2節参照)。

また,紛争当時国であるイラン,イラクもその戦費負担,原油施設損害等で大きな影響を受けている。紛争開始まもなくペルシャ湾に面した原油輸出基地を破壊されたイラクは,原油生産量が81年に3分の1に減少している。

また,イランでも本年のタンカー攻撃の結果,ペルシャ湾上にある石油輸出基地カーグ島からの原油積み出しが大きく減少している。また,両国の軍事支出をみると,82年度の財政支出のうちイランは,45億ドル(経常支出の14.9%),イラクは,117億ドル(同62.5%)となっており,財政赤字幅を拡大させる大きな要因となっている。

2. 概して困難な非産油途上国

83年の非産油途上国の成長率は1.8%て過去最低の前年並みとなり,3年連続の低成長に終わった。地域別にみると,中南米諸国,アフリカ諸国等大半の途上国が更に成長が鈍化した中で,アジア諸国の成長率は増加した。84年は,中南米諸国でも下げ止まり気配をみせている国もあり,IMFでは非産油途上国全体の成長率は3.7%と前年(1.8%)に比べ増加するとみている。

(明るいアジアNICs)

83年のアジア経済をみると,韓国等のNICSは,アメリカ向けを中心とした電子製品等の輸出の増大や,香港を除く各国・地域ではインフレ鎮静化による個人消費増等のため総じて力強い拡大を続けた(第1-5-5表)。

国際収支をみると,輸出は各国・.地域とも前年に比べ大きく増加した。その上,輸入の伸びが輸入抑制策の継続や為替切下げ等から,輸出の伸びを大きく下回ったため,貿易収支が改善した国・地域が多い(第1-5-8表)。またインフレは,原油価格の低下や抑制的な財政金融政策などのため鎮静している。これらの傾向は84年に入っても続いている。

政策面をみると,台湾を除く各国・地域とも84年は財政赤字削減のため公務員給与や公共事業支出の抑制を行うなど総じて緊縮型予算を組んでおり,85年度についても引き続き緊縮型となっている。

84年後半はアメリカ景気の拡大速度が鈍化しているため,83年の実績よりは成長率は低くなるものの,引き続き高めの成長となるものと見込まれている。

ASEAN諸国について国別にみると,マレーシアでは政策的な原油輸出増や電子製品の対米輸出増等,タイでも金利引下げに伴う消費・設備投資増などの要因が景気を押し上げた。しかし,一次産品市況が依然低迷ぎみであったこと,マレーシアを除き前年来の干ばつの影響で農秦生産が不振であったこと,フィリピンでも外貨繰りひっ迫を背景とする緊縮策の一段の強化等から景気が停滞したことなどから,総じて成長率は82年を若干上回る程度であった。84年のASEAN諸国は輸出が下期には鈍化するとみられるが,農業生産が持ち直していることから,フィリピンを除き総じて成長率は当初政府見通しに近い伸びが見込まれている。

南アジアではインドが穀物生産の好調から大幅な成長率となったものの,パキスタンでは穀物生産の不振を工業生産等でカバーできず成長率は鈍化した。

(高金利と累積債務に悩む中南米諸国)

中南米諸国は80年までは比較的高い成長率を続けたが,世界経済の停滞の影響などを受け,81年からは成長率は大幅な低下を示した。82年にはマイナス成長(マイナス1.2%)となり,83年には更にその幅を拡大した(マイナス2.8%)。しかし,84年に入ると一部の国で下げ止まり気配がみられる。消費者物価上昇率は81年63.8%,82年79.8%,83年130.5%と急騰した。なかでも主要国のブラジル,アルゼンチンでこうした傾向が顕著であり,従来比較的物価が安定していたメキシコでも82,83年は高い上昇率を示した。さらに84年に入り物価上昇率が加速している国も多い(第1-5-6表)。

一方,累積債務残高は,83年で約4%と増加率低下してきているものの,残高は約3,000億ドルとGDPの約45%,輸出の実に4倍近くにも達している。しかも中南米諸国では約8割が民間銀行特にアメリカからの借款であり,かつ大部分が変動金利で,世界的な高金利に大きく影響される(アフリカ諸国の場合大半が低金利の政府借款であり,フィリピン等東南アジアでは政府借款と民間銀行借款がそれぞれ半分くらいである)。アメリカの高金利が続くとこれら債務国にとり金利支払は大きな負担となる。輸出の大幅好転あるいは利子率の大幅低下がない場合,利子支払だけで83,84年とも輸出の約30%をあてなければならないと言われている(ちなみに他地域の途上国は5~14%)(IMF“World Economic Out1ook,September1984”)。

しかし,国際的高金利や一次産品価格の低迷が続くなど,当面中南米諸国を取り巻く国際経済環境の好転が望めないことから,中南米諸国側は84年5月に,アメリカの高金利是正を求める4ヵ国大統領声明を発表した。さらに,,6月下旬にはコロンビアのカルタヘナにおいて債務国会議を開催した。

一方,債権国側の動きとしては,84年5月にニユーヨーク連銀主催で世界20か国の中央銀行及び民間銀行幹部による国際金融会議が開催され,同連銀総裁から債務問題に関する一つのアプローチとしてキャッピング構想(中・長期の民間債務を対象に一定の金利上限を設け,それを超す利息分を元本に繰り入れるという金利負担軽減策)が提案された。他方,6月のロンドン・サミットでは債務国の経済調整が成果を上げている場合に民間債務の多年度繰延べ(債務繰り延べ交渉を満期期日ごとに行うのでなく,前もって多年度にわたり繰り延べ交渉を行うもの)の奨励などの重要性が確認された。また,日欧の民間銀行を中心に途上国のドル建債務を金利の低い円,マルク等自国通貨建てに切り替えるべく検討も開始され一部で既に実施されている(第1-5-7表)。

こうした中で,10月央以降アメリカ金利が低下し始めており,今後の動向が注目される。

(厳しいアフリカ諸国の経済)

アフリカ諸国では低成長,債務累積問題,干ばつによる食糧不足,紛争と難民の発生など多くの問題を抱えている。

アフリカの途上国の多くは一次産品輸出国である。近年一次産品市況が総じて低迷している上,干ばつによる大幅生産減の影響等で農産品輸出は減少している。工業生産も外貨不足により原材料,部品等の輸入が抑えられ低迷している国が多い。このため,83年の成長率は0.8%と82年の1.3%からさらに低下した。

対外債務をみると,中南米やアジア諸国に比べると残高は少ないものの,輸出には対する比率は中南米地域にほぼ匹敵するほどであり,対GDP比では世界で最も高い率である(第1-5-7表)。

元来,アフリカの多くの国では複数の部族が存在し,かつ伝統的部族社会がなお根強いため,部族間の勢力関係が内政ひいては経済問題に大きな影響を及ぼしている。これらにはチャド問題,エリトリア紛争,オガデン紛争などがあり,とのはかにアパルトヘイト問題,ナミビアの独立問題等政情不安要因となっているものが多くある。これに加えて82年初より,サハラ以南の諸国で大規模な干ばつが続いている。穀物生産は82年に前年比7.0%減となり,83年には更に15.1%と2年連続大幅に減少した。今回の大干ばつは従来の干ばつ多発地帯である西アフリカに加え,東アフリカ,南部アフリカと広範囲で発生している,国連食糧農業機関(FAO)および世界食糧計画(WFP)の合同調査報告書(9月発表)によれば,食糧不足の特に著しい国は27か国とアフリカ諸国の約半数を占めている。現在,アフリカにおける難民は約400万人といわれており,その多くは内乱や地域紛争などの政治的原因により,母国を追われた人々である。しかし,最近では干ばつなどによる生活難から他国へ流出する人々も多い。さらに難民受入れ国も大部分が発展途上国特に後発発展途上国(LLDC)に集中している点が,難民問題をさらに深刻にしている(第1-5-9表)。

ただ物価は石油価格の低下・安定,国内需要の停滞等から比較的落着いている。