昭和58年
年次世界経済報告
世界に広がる景気回復の輪
昭和58年12月20日
経済企画庁
第4章 国際的資本の流れの変化と国際金融の諸問題
国際金融問題が様々な角度から重視されるようになったが,その理由の一つに1970年代以降の国際的資本移動の活発化がある。国際的資本移動の動向は,世界経済の実物的側面と表裏一体の関係にあるため,極めて重要な意味をもつ。本節では,今回のドル高がもたらした国際的資本移動の変化をアメリカの国際収支表をもとにみたあと,石油価格の低下が国際金融市場に与えた影響を中心に最近の国際的資金循環構造の変化を概観する。
80年央以降のドル高はアメリカの国際収支構造に様々な変化を与えた。貿易収支は70年代に入って赤字化し,80年代に入るとその赤字幅を拡大させた。
これまでこの貿易収支の赤字を補ってきたのが,貿易外収支の黒字である。
特にアメリカの貿易外収支の黒字は,そのほとんどが海外投資収益によるもので (第4-2-1表),これはアメリカが第2次大戦後,活発な海外投資を行った資本輸出国であったことを如実に示す。しかしながら,70年代以降のアメリカの資本取引には徴妙な変化がうかがえる。すなわち,60年代後半及び77~78年のドル危機に際しては経常収支の赤字化に伴い,フロー・ベースでは資本の輸入国にしばしば転じていることである。
最近の経常収支の赤字化をアメリカの貯蓄・投資バランスでみると,レーガン政権下での財政赤字の拡大が,民間貯蓄の多くを吸収すると同時に海外からの資本流入を促した形となっている (第4-2-2表)。資本移動が生じる要因としては,必ずしも貯蓄・投資ギャップだけではなく,資本取引形態によって様々な要因が考えられるが,第2章第2節でみたような大幅な財政赤字を背景としたアメリカの相対的高金利もアメリカへの資本流入に関して重要な役割を果たしたと考えられる。
以下では最近のアメリカの対外資本取引の現状を国際収支表(アメリカでは76年に国際収支の発表形式が変更され,国際収支表とは呼ばれずInternational Transactionsとして発表されており,経常収支と資本収支の合計がゼロとなるような形となっている)をもとにみることにする。
アメリカの資本取引の中で最も著しい変化が生じているのは直接投資である (第4-2-1図)。アメリカの直接投資は,81年に初めて入超に転じ,82年も入超を継続した。これは主としてカントリー・リスクの増大を反映して途上国向け対外直接投資が減少した外,日本及びヨーロッパからの対内投資が増加したことによる。また,統計上の要因としては,ドル高による評価損や海外子会社によるユーロ市場からの資金調達による面が大きい(海外で子会社が資金調達を行い本支店勘定を通じて親会社へ送金した場合,対内直接投資として算入される)。海外子会社の資本調達は,企業のボードフォリオの多様化を反映したものであるが,税制面を初めとして金利等の調達コストが有利であったことにより,アメリカ国外においてもドル資金調達が行われたことを示している。
直接投資以外の長期資本取引である対内・対外証券投資をみると,80年央以降顕著にその流入額が増加した (第4-2-3表)。特に米国国債への流入額が増加している。米国国債保有残高の純増を地域別にみると,日本やヨーロッパの先進各国からの資本流入が83年に入ってからも続いている一方,石油輸出国の保有高は減少に転じている。
この証券取引は前節でみたように金利や為替相場の予想変化率にかなり左右されるとみられるが,80年央以降金利やドル相場の上昇に伴って,アメリカヘ証券取引を通じた資本が流入したことがわかる (第4-2-2図)。
アメリカ所在銀行(外国銀行在米支店も含む)の資本取引をみると非銀行部門の民間資本取引とは対照をなし,大幅な出起(82年は△450億ドル)となった。これは主として銀行間市場を通じてヨーロッパ地域の伝統的ユーロ市場へ資金を放出する形となっている。これらの取引の増大には81年12月に開設されたIBF(Intarnational Banking Faci11ties)が大きく寄与した。
こうしたオフショア・センターやユーロ市場での資金取引は主に短期の銀行間取引であるため(他通貨への転換を伴うものであってもカバー付きの金利裁定取引がほとんどであろう)国際収支上の資本流出であっても,そのほとんどがドルのまま滞留しており,ドル安要因とはならなかったものとみられる。これらの取引も,金利差や将来の為替相場予想に敏感に反応する一方,アメリカ国内の資金需要と代替的関係にあり,アメリカで景気回復が顕著となった83年4~6月期には一転して入超となった。
アメリカの民間資本取引のこうした現状をみると,ドル高期には主としてアンカバー・ベースの長期資本がアメリカヘ流入したことが特徴的であり,これがドル高をもたらした主因と推測される。ただしこの際問題が残るのは第1章第4節で指摘したように巨額の誤差脱漏があることである。アメリカの誤差脱漏は経常収支の赤字と黒字を逆転きせる程巨額なものとなっている。
次に直接的にアメリカの国際収支表に現われないユーロ市場の動向を概観してみよう。
前節でみたように為替相場の変動は資本移動によって説明されない部分も相当あり,将来の為替相場に対する予想も重要な役割を果たしている。例えば,ドル相場の上昇が予想されると,ドル資産に対する需要(ドル選好)が高まるが,資産市場での均衡を取りもどすためにはドル安予想(先安感)が生じる水準まで,ドル相場は上昇することになる。ここで80年央以降のドル高期にこうしたドル選好がどの程度高まっていたかをユーロ市場におけるドル建資産のシェアの高まりという観点からみてみよう。ユーロ・カレンシー預金に占めるユーロ・ダラー預金のシェアは80年7~9月期から81年4~6月期にかけて急速に上昇しており (第4-2-3図),ユーロ市場におけるドル選好の高まりを如実に示している。またユーロ債市場においても,ドル建債のジェアは高まり,ユーロ債発行額に占めるユーロ・ダラー債のシェアは80年の68.5%から82年には85.6%へ高まった。これらの動きも80年央以降のドル高を継続させた要因となったといえる。
現在,商品及びサービス貿易の取引通貨として,あるいは,通貨当局の準備通貨,介入通貨として最も広範に使用されているのは言うまでもなくドルである。70年代を通じて低下してきた外貨準備に占めるドルのシェアは80年以降上昇している(第4-2-4表)。変動相場制下でもいわゆる「クリーン・フロート制」でなければ,外貨準備の動向は各国の流動性ポジション,外国為替市場に対する介入状況をみるうえで重要な指標となりうる。外貨準備としてのドルは実際にはアメリカにあるが(発展途上国の一部はユーロ・ダラー預金としている),以下ではアメリカの国際収支表に現われたドル高期の外貨準備の動向をみることにしよう。
各国の外貨準備(ドル準備)を含む在米公的資産をみると,82年央84億ドル増加して年末には1,892億ドルとなった。この増加分のうち52億ドルが米国政府証券等の評価益である。こうした中で先進諸国の公的資産は主に年前半のドル急騰局面におけるドル売り介入によって61億ドル減少した。一方,発展途上国ではOPEC諸国が74億ドル増加させ(82年10~12月期には減少に転じている),その他の発展途上国のうち極東地域諸国がドル資産を増加させた。しかし,中南米諸国を中心に多くの発展途上国が国際収支上の必要や対外債務返済の必要からドル資産を取り崩した。これは発展途上国の流動性ポジションが82年中も悪化していたことを端的に示すものといえよう。
一方,アメリカの公的準備資産をみると,82年中に39億ドル増加して340億ドルとなった。アメリカの準備資産はIMFの準備ポジション(注),SDR,外貨等からなるが,IMFの準備ポジションはここ数年発展途上国のIMFからのドルの引出しが増加したことから82年末には74億ドルヘ増加した(その他諸国がIMFの準備ポジションからドルを引出すとそれだけアメリカの準備ポジションは増加する)。これに加えてアメリカの外貨準備の動向で特に注目すべき点は,メキシコ・ペソ及びブラジル・クルゼイロを両国の対外債務救済措置(スワップ・オペレーションによる)としてネットで21億ドル相当増加させたことであろう。
以上,アメリカの国際収支表を中心に国際資本移動の現状をみてきたが,次により対象範囲を広げて,オイル・マネーの動向を中心に国際的資金循環構造もみることにしよう。
70年代にユーロ預金市場に対する重要な資金供給者であった石油輸出国からの資金供給が80年代に入って減少に転じている。これに伴って,ユーロ市場の縮小,非産油途上国の経常収支のファイナンスの困難化といった事態を懸念する向きがある。以下では石油輸出国余剰資金の減少とそれによる国際資金循環の変化について概観する。
石油輸出国は74年以降,大幅な経常収支黒字国となったが,その大きな部分をユーロ預金として国際金融市場に還流させた(注) (第4-2-4図)。イングランド銀行の推計によると74~80年における確認された余剰資金(以下「オイル・マネー」という)は合計で3,890億ドル(経常収支黒字の累計は3,580億ドル)に上り,そのうち32.4%をユーロ預金として運用した。このため,ユーロ預金市場におけるオイル・マネーの規模は着実に増大し,75年末の518億ドルから80年には1,607億ドルヘ,年率25.4%のペースで増加した。またユーロ預金市場におけるオイル・マネーのシェアは80年末時点で,12.0%となり,先進地域(61.7%)に次ぐ地位を占めた (第4-2-5図)。
しかし,81年後半以降,石油輸出数量減,石油価格軟化の影響から石油輸出国の経常収支黒字幅は縮小に向かい,80年1,140億ドルをピークとして81年は650億ドルに縮小した後,82年には20億ドルの赤字に転落した。これを受けてオイル・マネーも,フロー・ベースでみて80年の1,210億ドルから82年には100滝ドル足らずに急減し,200億ドルのユーロ預金が取り崩されるに至った。
以上みてきたように石油輸出国のユーロ預金は,その経常収支(そして余剰資金)の減少に伴って取り崩されるに至ったが,これはまた,石油輸出国の資産運用の変化を反映している。石油輸出国の資産運用は,オイル・マネーの増減と共に変化をみせている(第4-2-5表)。74年は石油輸出国の経常収支は大幅な黒字となり,643億ドルという豊富な余剰資金を持ち得たが,そのうち6割強は銀行預金に振り向けられた。同年末の石油輸出国余剰資金残高のうち短期性投資資金の割合は73.3%に達した。その後,フローでの余剰資金が減少するにつれ長期性の投資割合が増加した。78年の余剰資金のうち銀行預金に当てられたのは29.1%(短期政府証券はむしろ75~78年まで売却きれている)にすぎず,向年末の余剰資金残高のうち短期性の運用シェアは44.7%へ低下した。79年及び80年には石油価格引上げに伴う余剰資金の増大と相まって短期性の運用の割合も再び50%を超えたが,82年には再び低下した。特に82年には銀行預金が大幅に取り崩されたことから,82年末現在の残高に占める短期性資金の割合は40%強に落ち込み,83年第1四半期には40%を切るに至った。逆に長期性投資は79年の28.8%から82年の39.9%へと着実に増加し,83年第1四半期には短期性投資を上回る40.4%となった。
このような資産運用の変化に影響を与えたものとしては,石油輸出国の流動性に加えドルの長・短金利の動向が大きいとみられる。ドル短期金利は2度の石油危機直後急激に上昇し,いずれの時も長・短金利の逆転現象が生じた。このため石油輸出国は,より有利な運用先として主として短期のユーロ・ダラー預金を選好したとみられる。第1次石油危機後75~78年にかけて金利体系が正常な期間構造に復帰するとともに短期性の運用のシェアは低下した。また81年後半に,第2次石油危機直後に再び長・短金利の逆転現象が生じた後,高止まりしている長期金利に比較して短期金利が急速に低下したことから,長期資産に対する選好が著しく強まった。
こうした長期資産への選好が強まったことの一つの現われとして80年以降,米国国債に振り向けられる割合が高まっている。全体の運用資金に占める米国国債のシェアは,79年末の3.5%から82年末には9.1%へ急速に高まった。これは,石油輸出国が利回りの面でより有利かつ安定的な中・長期資産を選好した結果であり,またアメリカの高金利・ドル高に誘発されたシフトといえる。
1970年代の国際資金循環構造を,基本的に決定したのは石油危機であった。それは産油国の経常収支の大幅黒字,先進国・非産油途上国の大幅赤字をもたらしてフロー・ベースでは産油国を国際金融市場における第1の資金供給者としての地位へ押し上げた。更に,産油国が経常収支の大きな部分をユーロ預金として還流させたこともあって,国際資金循環過程における国際銀行組織を通じる資金循環経路はその他の経路(国際債,直接投資,援助等)と比較しても重要なものとなった。しかし,上でみたように,産油国の余剰資金の減少,資産運用の長期化といった変化が生じ,国際的資金循環構造にも影響を与えている。以下では,石油価格の低下が国際資金循環構造に及ぼした影響をみることとする。
70年代の国際銀行組織と各地域の間の資金流出入の状況をみると (第4-2-6図),非産油途上国,その他先進諸国,東欧諸国からの資金需要に対して基調的に経常収支黒字国であった産油国と先進諸国が資金を供給してきた。しかしより詳しくみると,産油国と先進諸国は概して補完的な立場にあったといえよう。すなわち,2度の石油危機直後には:石油輸出国が先進国をも含めたその他地域に資金を供給しているのに対して,石油輸出国の経常収支黒字が縮小ないし赤字化した77~78年及び81~82年については先進諸国が石油輸出国に代って資金供給者としての役割を果たした。
国際銀行組織を通じる資金の流れは,おおむね各地域の経常収支を反映したものとなっており,この意味で国際金融市場は経常収支ファイナンスのためのチャンネルとして重要な役割を果たしてきたといえる。
こうして2度の石油危機に際して,オイル・マネーの還流という点で重要な役割を果たしてきた国際金融市場であるが,最近その成長の鈍化が顕著となってきた(第4-2-7図)。この要因を資金供給面からみると,第1に挙げられるのはオイルマネーの減少であろう。これは石油輸出国の経常収支の赤字化に伴うもので,この反面と3して先進諸国や非産油途上国の経常収支は改善する。このため,国際金融市場の規模を決定するうえで必要なことは,こうして先進諸国に生じた余剰資金が再び国際金融市場へ還流するかどうかであろう。国際金融市場は,ユーロ市場をみるとわかる通り国内金融市場に比較して常に相対的に高い金利を提供できることから,その資金吸収能力は確保されているものとみられる。
需要面では80年代に入ってアメリカを中心に先進諸国が金融引締め政策を継続していたため,全般的に資金需要が低迷したことが,国際金融市場にも影響を与えていたものと思われる。更に国際金融市場の拡大を抑制している要因として,貸出リスクの高まりが挙げられる。70年代を通じて累積した発展途上国の対外債務は,銀貢の貸出リスクを高め,累積債務国伺け貸出の自己資本に対する比率はこれまでにない水準まで高まっている (第4-2-6表)。こうした事実は,銀行の貸出態度を慎重化させる一方,貸出先の選別化の動きを生じさせた。最近の傾向として国際機関や先進諸国の資金調達手段であり,相対的にリスクが小さい国際債の発行が好調であることは,こうした事実を裏付けているものとみられる。
次節では,このように国際的資金循環の動向にも関係の深い発展途上国の累積債務問題をより詳しく扱うことにする。