昭和58年

年次世界経済報告

世界に広がる景気回復の輪

昭和58年12月20日

経済企画庁


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第4章 国際的資本の流れの変化と国際金融の諸問題

第3節 累積債務問題解決に向かって

第2次石油危機後,世界景気が長期間にわたって低迷する中で,石油価格が低下するなどディスインフレーションが進行し,一方では高金利,ドル高等が現出した。

多額の対外債務を抱える途上国の中には,こうした事態に直面して債務返済困難に陥る国が増加した。東欧諸国に続き,1982年夏以降,大口債務国であるメキシコ,ブラジル,アルゼンチンなどの中南米諸国で流動性危機が表面化するに及んで,国際信用不安の問題が急速にクローズ・アップされることとなった。

こうした事態が放置されれば,国際金融システムの動揺はもとより,世界経済にも大きな打撃を与えかねないとの認識から,国際協調により,対応がなされている。

1. 累積債務問題の現状

(増加を続ける非産油途上国の対外債務)

非産油途上国,中でも工業品輸出国が,特に第2次石油危機までは成長指向の経済運営を続け,対外借り入れを増やした結果,その対外債務残高は急速に増大した(第4-3-1図)。

IMFによれば,非産油途上国の対外債務残高は,第1次石油危機直前の73年から第2次石油危機前の78年までの5年間に年平均20.9%増加して,78年末には3,363億ドルに達していた。その後も急増を続け,82年に至ってようやく増勢は鈍化したものの,82年末の債務残高は6,124億ドルとわずか4年間で1.8倍にも拡大した。実質債務残高(非産油途上国のドル建て輸出単価指数で実質化したもの)でみると,その増加テンポは,73~80年の年平均6.9%増から81~82年には同19.6%増へとかえって速まっている。

債務残高の相対的規模をGDP及び輸出に対する比率でみてみよう。まずGDPに対する比率は過去おおむね上昇傾向を示しているが,近年とみに高まり,82年には34.7%に達した (第4-3-1表)。一方,輸出(サービスを含む)に対する比率は,78~80年には債務残高の増加テンポを上回る勢いで輸出が増えたため低下をみた。しかし,81~82年になると世界不況とドル高によってドル建輸出が増勢鈍化したため輸出に対する比率は再び高まり,82年には143.3%にも達した。

(増大した短期,民間債務)

非産油途上国の対外債務残高が増大する中で,債務の中身にも変化がみられるようになった。債務を短期(期間1年未満)債務と長期債務に分けてみると,短期債務の割合が,80年以降目立って高まっている。これは,この時期に長期借り入れの償還期が集中して,満期に近づいた長期債務が短期債務となったことによる。また,貸し手側が,先行きの見通し難から長期よりも短期貸し出しを積極的に行ったことも寄与している。

短期債務の比率上昇と共に,債務構造の変化のもう一つの大きな特徴は,民間金融機関に対する債務比率が高まっていることである。今,IMFの統計によって長期債務残高に占める民間金融機関に対する割合をみると,その比率はほぼ一貫して高まっている(第4-3-2図)。民間債務比率の高まりは,一方ではユーロ市場等の国際金融市場の急成長を反映したものである。シンジケート・ローンなど多数の金融機関による融資方法の確立,民間資金のスムーズな移動を促す変動金利による貸し出しの一般化なども民間債務の増加に寄与している。この外先進国の財政困難から発展途上国への援助・信用供与が伸び悩んでいること,また借り手側も,IMF等の公的信用供与を受ける場合,種々の制約が課せられるのをきらう傾向がみられたことなどもそれに影響していると言えよう。

(特定国に集中する対外債務)

非産油途上国の対外債務は,特定国,あるいは特定地域に集中する現象がみられる。

IMFによれば,82年末における非産油途上国の対外債務残高の73.O%が主要債務20か国(民間に対する債務残高の大きい国を20か国選出。これら20か国で非産油途上国の輸出所得の半分,GDPでも半分余りを占めている。)へと集中している(第4-3-2表)。とりわけ,短期の債務ではこの傾向が強く,88.4%がこれら20か国で占められている。そしてこの20か国の中に主要工業品輸出国が7か国,純石油輸出国が5か国が含まれており,債務返済能力を高く評価された国が債務を累積させていることがわかる。また,この主要債務20か国の中に中南米地域の国が7か国含まれかつ債務残高の規模からみて上位国が多いため,中南米地域が累積債務問題で焦点の地域となっている。

第4-3-3表はモルガン銀行が主要累積債務国21か国(又は地域)を取り上げ,債務の規模と債務を返済する場合の困難の度合を調べたものである。これは,対外債務残高の対輸出比率が200%を超える水準に至った国は事実上,債務再交渉を強いられるとの観点に立ち,債務返済の困難度を判定しようとしたものである。当該国のすべてが実際に債務再交渉を行っているとは言えないが,概して中南米地域に問題が集積していることがこの点からも明らかとなる。

(債務累積を促す経常収支赤字の継続)

非産油途上国の経常収支赤字は,第2次石油危機によって再び大幅に増加して,81年には1,077億ドルと記録的水準に達した(第4-3-4表)。その後,赤字削減のための経済調整を実施する国が増えたこともあって,経常収支赤字は縮小に向かっているが,赤字幅は依然大幅である。こうした経常収支赤字をファイナンスするため非産油途上国は新たな借り入れを必要とし,債務を引き続き増大させることとなった。そうした中で注目されるのは,貿易収支赤字が81年を境に縮小しているにもかかわらず,高金利の影響と債務残高そのものの増大のため貿易外収支赤字が拡大し続けていることである (前掲第1-5-5図)。

(増大する借り入れコスト)

先進国でインフレ抑制に向けた厳しい金融引き締め策がとられた結果,かつてない高金利状態が発生して,債務国の利子支払い負担を増大させることになった(第4-3-3図)。とりわけ,米ドル金利の高騰は債務の相当部分をドル債務が占めている非産油途上国の多くの国の債務負担を著しく増大させた。

更に,国際金融市場で資金調達を図る場合,通常,銀行間金利に上乗せする形で上乗せ金利(スプレッド)が課せられることになっている。このスプレッドは借り手の信用力に応じて決められ,カントリー・リスク評価の低い国程,スプレッドは高くなっている。このため,途上国のスプレッドは先進国より高くなり,しかも,累積債務問題が大きくなるにつれてスプレッドも高まる傾向をみせている (第4-3-4図)。こうした負担も,信用力が乏しい途上国が資金を調達する際には必要となっている。

IMFによれば,非産油途上国の対外債務の利子支払い額は78年の194億ドルから82年には592億ドルへと著しく拡大している。輸出所得に対する利子支払い額の比率をみると78年の7.3%から82年には13.2%へと高まった。

(悪化した債務状況)

非産油途上国の債務状況は,債務返済額が増大している一方,前節でみたように資金流入が拡大しなかったことから悪化している。

非産油途上国のデット・サービス・レシオ(サービスを含む輸出所得に対する元利支払い比率)は,利子支払い増と共に債務の元本償還額の増加によって,78年の19.O%から82年には23.9%へと目立って高まった (前掲第4-3-1表)。特に,中南米地域のデット・サービス・レシオは高くなっている。

債務状況の悪化は近年債務救済を求める事例が増え,また,その額も巨額に上っていることにも端的に現われている。第4-3-5表は,債務返済困難に陥った国が複数の国,機関と債務救済について交渉を行った結果を簡略に示したものであるが,交渉の数,規模共に大きくなっていることがわかる。特に,83年に入って,わずか5か月間だけでも交渉中の事例が多数にのぼり,しかも中南米に多いことは,今日の債務問題の所在を浮き彫りにしていると言えよう。

(国際協調による当面の危機回避)

国際金融市場で累積債務問題が国際信用不安への引き金になるのではないかとの懸念が最初に持たれたのは,ε0年末から81年にかけてポーランド危機によってポーランドの対外債務返済が困難に陥り,これが東欧全域に波及するのではないかとみられた時であった。しかし,債権国あるいは西側民間金融機関は複雑な問題に直面しながらも,債務国と交渉を重ねた。また,東欧諸国の中にもIMFやBISなどのグローバルな枠組の中での問題解決に応じた国があったことによって危機的事態は回避された。

82年春のフォークランド紛争によって中南米地域が経済状況の悪化,政治・社会不安の増大によって新たな累積債務問題の焦点となった。まずアルゼンチンの対外債務返済に懸念が持たれるようになった。もっとも,82年前半までは,中南米地域の対外債務残高が巨額に上っているにもかかわらず,貸し出し条件は厳しくなったものの国際金融市場を通じた資金供給は続いていた。しかし,82年夏,メキシコにおいて経済悪化によるアメリカへの資本逃避等によって突如として対外債務支払い困難が表面化した。これが中南米地域の債務国への信用度を大きく低下させ,中南米地域への資金流入を著しく制約した。このためブラジルを初め,多くの債務国が債務返済困難に陥った。中南米地域の累積債務問題についても,その規模の大きさや,地域的重要性から,債務国政府,IMFやBIS等の国際金融機関,及び民間金融機関が協調して債務救済に乗り出している。

例えば,メキシコ,ブラジルの場合,これら諸国が国際収支改善のための経済調整を行うことを前提に,まず先進国政府・通貨当局はBISを通じたつなぎ融資を行い,次いでIMFとの融資交渉妥結によってIMFからの資金が供給されるとともに,民間債権銀行も債務再交渉・新規融資に応じた。

こうした債務救済の国際協調体制の中で,IMFの役割が高まっている。

IMFは国際収支困難に陥った国への融資に際し経済再建策に関するコンディショナリテイ(融資条件)を課すことによって借り入れ国の経済調整を促進させている。IMFの融資コミットメントは,第2次石油危機後急速に増加して,83年4月末で総額250億SDR(IMFの出資額の41.O%)に達した。とりわけ,82/83会計年度には,メキシコ(34億SDR,82年12月),ブラジル(42億SDR,83年2月)への大口新規融資コミットメントがあり,これが融資急増につながった。このようなIMFの役割を果たすためIMFの資金基盤の拡充が急務となり,83年1月,パリにおける10か国蔵相会議ではIMF一般借入取極め(GAB)の改組・拡大が実質合意された。更に2月のIMF暫定委員会では第8次増資(610億SDR→900億SDR)が実質合意された。

債務問題の解決のためには,債務国の自助努力による経済調整が何よりも求められている。このため債務国側でも,IMFの支援を受ける過程で,世界経済の変動に充分に対応できず放慢に過ぎた経済政策を改め,厳しい財政・金融政策をとるようになっている。経済調整策は各国の事情によって異なっているが,インフレ抑制,適正な為替相場の志向による対外部門の強化,投資プロジェクトの削減等多岐にのぼっている。

累積債務国の経済調整の成否は,当該国の将来のみならず,世界経済の先行きに大きな影響を及ぼすとみられる。以下では,多額の累積債務を抱え,債務返済困難に陥ったメキシコ,ブラジルと同じく多額の債務を抱えているが債務管理が比較的うまく行っている韓国につきその状況を詳しくみてみよう。

2. 債務国の経済調整

(1)メキシコ,ブラジル,韓国の対外債務の現状

ブラジルの対外債務残高は年を追って増大し,モルガン銀行の推計によれば82年末で863億ドルに達している (第4-3-5図)。そのうち短期債務の占める割合も76年の11.1%から82年には19.3%へと上昇した。メキシコも82年末で846億ドルと多額の債務を抱えているが,特に81年以降短期債務が急増した。82年の短期債務比率は30。5%とブラジルに比べかなり高くなっている。

デット・サービス・レシオは一般に20%を越すと危険といわれている。世銀統計によると,81年でブラジルが55.1%,メキシコは28.2%と高く,82年は更に高まるとみられる。中南米諸国のデット・サービス・レシオは他地域に比べかなり高いが,これは①経済規模に比べて輸出所得が小さいこと(81年の商品輸出額の対GNP比はブラジル8.7%,メキシコ12.1%),②短期借り入れへの依存が高く,債務償還の集中が起こり易くなっていること,③市場金利で借り入れる民間銀行債務が多く,利子支払い額が大きいこと等による。

債務状況の悪化を銀行信用供与総枠の中でまだ使用していない資金の割合の低下でみてみる。資金需要が盛んであれば,新たな信用供与を受けてもそれを上回るペースで使い込まねばならない。また資金需要があるにもかかわらずそれを満たす信用供与がなければ,未使用信用額の比率は低下せざるを得ない。このためこの割合は資金ひっ迫度の良い指標となる。中南米3か国ではこの割合は79年末を境に急速に低下しており,資金繰りの悪化を端的に表わしている(第4-3-6図)。

一方,韓国も近年債務残高が増加し,82年末には372億ドルに達している。債務総額ではブラジルの半分に満たないが,GNPの規模が4分の1程度であることを考慮するとその負担は大きい。短期債務比率が37.7%(82年)と高いことも注目される。デット・サービス・レシオは,輸出依存度が高い(81年の商品輸出額の対GNP比31.3%)ため,81年で13.7%と中南米諸国に比べ低いが,このところ上昇気味である。

以下,各国が債務累積に至る過程と,その対応のための経済調整策についてみてみる。

(2)メキシコの場合

(石油価格下落による債務返済難表面化)

メキシコは人口増加率が高く(1971~82年平均2.8%),これに対応するために高成長が追求された。エチェベリア政権下(1970~76年)では公共投資主導型の経済開発が進められ,財政赤字や公社公団の開発資金の一部を外資に依存した。このため,経常収支の赤字を資本収支の黒字で補うパターンが定着した。一方,機械等の資本財の輸入代替と輸出振興を目指す工業化政策により,輸出に占める工業製品の割合は上昇しつつあった。しかし,政権末期には貿易収支並びに経常収支の赤字が拡大しインフレも高進した。こうしたことから22年振りにペソが大幅に切下げられ,ドルへの逃避等により大量の資本が流出するなど経済は混乱し,IMFの緊急融資を仰ぐこととなった。

76年末に成立したポルティーヨ政権は,IMFとも協議の上,財政の健全化,国際収支の改善を目的とした経済調整策を推進した結果,77年には経常収支赤字が縮小し,78年には実質GDP成長率が8.3%となるなど経済は立ち直った。この間石油の輸出が急増し,輸出総額に占める割合が81年には75%に達するなど,メキシコ経済は石油に依存するモノカルチャー経済に変質していた。

石油輸出所得の増収に期待して,79年から再び経済開発が強力に推進された。石油開発資材,基礎産業関連資材の輸入やインフラストラクチャー整備のためには多額の資金を必要としたが,石油に裏づけられた信用を背景に,主として外国民間銀行からこれを調達した。ところが,石油部門の開発資材の輸入も増加したため,貿易収支は改善せず,対外債務は増大していった(第4-3-6表)。

更に,81年後半以降世界的な石油需要の減退から石油輸出所得が当初計画を大幅に下回った。このため不足となった資金は短期借入れの増加で賄われた。しかし,アメリカの景気停滞による輸出不振,観光収入の減少に加え,利子支払の急増等から,81年の経常収支赤字は125億ドルへと大幅に拡大した。その後ペソの過大評価からドルへの投機も激化し,82年8月には外国為替市場の閉鎖に追い込まれ,対外債務返済の繰り延べを要請せざるをえなくなった(第4-3-7表)。

(財政赤字の縮小を中心とする経済再建)

以上のような経済の混乱から,82年の実質GDP成長率はマイナス0.2%と落ち込んだ。一方,マネー・サプライの増大から物価上昇率は急速に高まった(前掲第4-3-6表)。政府企業部門を含めた財政赤字は増大し,その対GDP比は77年の6.8%から81年には14.5%へと上昇している。

政府は82年から緊縮政策に転換し,①連邦政府の予算削減,②公共事業の停止または延期,③公共料金等の引上げによる増収などの財政再建策を発表した(後掲第4-3-11表)。次いで,IMFとも協議の上,財政赤字の対GDP比を85年には3.5%以内に抑制する目標を掲げ,補助金の削減,公共料金及び税制の見直しによる増収等の方針を決定した。このため砂糖,ガソリン等の価格が相次いで引上げられ,短期的にはインフレ要因となった。

また,政府の主要プロジェクトは食糧輸入の減少をねらいとした農業振興計画を優先することとし,発電所,製鉄所等の建設計画は工期延長等の見直しが図られている。

(貿易収支は黒字に転換)

国際収支の改善策をみると,政府は82年2月にペソを大幅に切下げて輸出産業,観光産業の競争力回復を図った。また,流出資本の還流策としてペソ建預金に有利な利子率を設定した。更に,82年の輸入額を公共部門,民間部門共に大幅に抑制し,すべての輸入を商務省の事前許可制とするなど厳しい輸入制限策をとった。このため82年1~3月期以降輸入が大幅な減少を続ける一方,輸出は7~9月期から増加し始め,82年の貿易収支は66億ドルの黒字となった。経常収支赤字も大幅に縮小した (前掲第4-3-6表 及び第4-3-7図)。

一方,ペソ切下げに伴い,価格統制品目の追加や最低賃金の上げ幅を消費者物価上昇率以下に抑制するなどインフレ抑制措置をとった。財政再建のための公共料金等の引上げもあって物価はその後も上昇したが,83年5月以降騰勢は鈍化している。

債務返済繰り延べ要請後1年を経た83年8月には,B工S(国際決済銀行)から借り入れた融資を返済し,公的対外債務の返済繰り延べ交渉も進展するなど,メキシコは最悪の状態は脱した模様である。しかし前述のように短期債務のウエイトが高いことやデット・サービス・レシオも依然高水準であることなどから困難な局面が続くとみられる。

(3)ブラジルの場合

(債務累積により高度成長政策を転換)

1967年に成立したコスタ・イ・シルバ政権及び69年に引継いだメジシ政権は積極的な外資導入によるインフラストラクチャーの整備や工業化を図る高度成長政策を推進した。68年から73年までの6年間,実質GDPは10%前後の成長を示した。また,為替相場を小刻みに調整するクローリング・ペッグ方式の採用や,税制面の優遇などの輸出振興策によって工業製品輸出は増加した。しかし,石油輸入依存度が高まりつつあったブラジル経済は,第1次石油危機によって大きな影響を受け,経常収支赤字は73年の17億ドルから74年の76億ドルへと拡大した。

石油危機後に成立したガイゼル政権も,基本的には主要輸入品の輸入代替と工業製品輸出の増大を目指す成長政策をとり,74年から80年にかけて多額の中長期借款が導入された。この間,政府企業を含めた公的部門の財政赤字は増大し,通貨供給量の増加とともにインフレが高進しつつあった (第4-3-8表)。

79年の第2次石油危機後,輸入原油価格の高騰を主因に経常収支赤字は80年に128億ドルへと拡大し,国内のインフレ率は100%に達した。79年に成立したフィゲイレド政権は,国内石油開発や代替エネルギーの多様化を進める一方,81年からは総需要抑制策への転換を余儀なくされた。公共投資の減少や大幅な輸入制限による製造業の停滞等から81年の実質GDPはマイナス1.9%と落ち込んだ。外資流入の減少に対応して外貨準備の取り崩しや,借り入れに際してのスプレッドを拡大して外資を調達するなどして債務返済の繰り延べを回避する努力が行われた。しかし,82年8月のメキシコの累積債務問題表面化によって外国民間銀行の融資態度は一層厳しくなり,82年末には工MFに対し融資を要請せざるをえなくなった(第4-3-9表)。

(国際収支改善策)

輸出振興策としては,前述のクローリング・ペッグの持続,工業品輸出に対するクレジット・プレミアム制度の採用を行った。また,輸入外貨購入に対する金融取引税の引上げ等の輸入制限策をとった。この結果81年の貿易収支は12億ドルの黒字に転じた。しかし,80年後半から81年後半にかけて物価上昇がクルゼイロの切下げ率を大幅に上回ったため,ドルに対し依然過大評価となっていた (前掲第4-3-7図)。また,一次産品市況の低迷,先進国の景気停滞もあって82年の輸出額は大幅に減少した。石油輸入額の減少や政府企業の輸入枠削減等の輸入規制強化によって輸入も大幅に減少したため,貿易収支はわずかながら黒字を保ったものの,経常収支赤字は改善しなかった。このため政府は輸入禁止品目拡大など輸入規制を強化する一方,83年2月には約30%の大幅な通貨切下げを行った。また,金融投機防止のた,外貨持ち出し規制の強化等の措置をとっている (後掲第4-3-11表)。

(インフレと財政赤字の抑制)

ブラジルの高率のインフレの原因として①政府企業も含めた財政赤字の増大,②インフレにスライドする通貨価値修正制度の存在,③低所得層に対するインフレ率を上回る賃金改定などが指摘されている。このため80年11月以降,金利自由化(高金利の実現),通貨価値修正率と為替相場切下げ率の事前設定とりやめ等金融面の引締めを図ってきた。しかし,インフレは改善しなかったため,82年も政府企業の予算抑制策を堅持することとした。また,①通貨供給量を前年比50%増に抑制(81年実績は75%増),②商業銀行の一般貸し出し制限,③商業銀行の中央銀行への強制預託率引上げなど金融引締めを強化したため,物価上昇率は幾分鈍化した。

公共部門の赤字は81年でGDPの7%に達していたが,IMFとの協議を踏まえた83年の経済政策の中で,これを3.5%に縮小させる目標を掲げるとともに価格補助,金利補てん等の各種補助金の削減,政府企業の投資抑制等緊縮財政を強化した。このため鉄鋼,電力,原子力等の大型プロジェクトは工期延長等の変更を余儀なくされている。このほか,83年に入って税制の改定,小麦や石油製品価格の引上げ等による増収を図っている。

(債務返済難続く)

アメリカのつなぎ融資やIMFの融資決定等によって,ブラジルは一応危機を乗り越えた (前掲4-3-9表)。しかし,2月の大幅なクルゼイロ切下げ,公共料金の引上げ等から83年3月以降インフレは騰勢を強め,IMFの融資条件を守れなくなった。このため5月末に行われる予定であった第2次分融資は見送られ,BISのつなぎ融資返済も滞った。9月のIMF総会時には非公式にブラジルに対する包括的救済策が議論された。また,インフレ抑制のための給与調整法案が国会で可決されたことなどから,IMFは11月に融資の再開を決定した。

(4)韓国の場合

(第2次石油危機後増大した債務累積)

韓国は1962年から本格的な経済開発5か年計画を実施し,政府主導の輸出指向工業化政策により高い成長を遂げた。GNPに占める製造業部門の割合は,62年の9.1%から82年には34.2%へと高まり,輸出依存度も同じく5.1%から40.3%へと急上昇している。この間,外資導入を積極的に進めることにより,国内貯蓄を上回る高率の投資と,輸出の伸びを上回る原材料,資本財等の輸入が可能となり,貿易収支及び経常収支の赤字を資本収支の黒字で補うことができた。

ところが第2次石油危機後,貿易収支の赤字が大幅に拡大する (第4-3-10表)とともに,海外の高金利から,対外債務の返済が経済的負担となってきた。1970年代を通じて年平均10%近い伸びを示してきた実質GNPは,80年には内外需の停滞と農業生産の不振もあって,マイナス6.2%と落ち込んだ。消費者物価も急上昇し,経常収支赤字も53億ドルへと拡大した。81年には景気は回復しインフレも鎮静化に向かったが,82年の輸出は世界不況の影響などで前年比1.4%増と不振であった。

貿易収支の赤字拡大の要因としては,原油価格の上昇による石油輸入額の増加,先進諸国の不況と各国の輸入規制措置による輸出の鈍化などがあげられる。そして,60年代後半から70年代にかけて導入した中長期債務の返済期限が到来したこと,経常収支赤字の補てんのために短期の借り入れが急増したことなどから対外債務が累積し,元利返済額も増大している。

(貿易収支改善を中心とする調整策)

経常収支赤字が拡大し始めた79年から82年までの貿易収支赤字の累計は148億ドルで,これは同期間の経常収支赤字の88%と大半を占めている。このため貿易収支の改善は累積債務問題解決のカギを握っている。韓国は80年からウオンの対ドル相場を漸進的に切下げて輸出競争力の維持に努めているが,81年の切下げ率は物価上昇に比べ必ずしも十分でなかった(前掲第4-3-7図)。このようにウオン相場が過大評価になっていたところに,先進諸国の景気停滞が重なり82年の輸出不振となったとみられる。82年1~3月期以降ウオンの切下げ率は前年同期比で7%前後を推移しているが,インフレの鎮静化により相対的に輸出競争力は高まり,アメリカ等の景気回復とともに輸出が伸び始めた。一方,輸入を抑制するために,延べ払い輸出関連製品部品の国産化促進,輸入自由化品目の拡大に伴う関税率の引上げ,ぜいたく品の輸入制限等の措置をとっている。

また,公共部門の借款導入が対外債務増大の要因となっているため,第5次経済開発計画中の借款資金によるプロジエクトの縮小あるいは延期を検討中である。更に,83年度の建設投資が急増しているため84年度予算案は建国後初めて歳出の伸びをゼロとし,租税収入など歳入の増加により黒字予算を見込んでいる (第4-3-11表)。

より長期的な政策としては国内貯蓄率の上昇を図っている。同じアジアの工業品輸出地域である台湾の経常収支が黒字基調であるのは,その高い貯蓄率(82年で28.2%)によるところが大きい。韓国も投資資金を国内から調達するため国内貯蓄の増大に努め,貯蓄率は62年の3.2%から82年には21.5%へと上昇した。上記計画終了年度の86年には国内貯蓄率を29.6%まで高めることを目指している。

(5)対米貿易への影響

累積債務問題を抱える国々が大幅な輸入制限を実施している結果,特に中南米諸国との関係が深いアメリカの貿易に大きな影響が生じている。アメリカ商務省によると,累積債務の多い中南米諸国のうち上位8か国(ブラジル,メキシコ,アルゼンチン,ベネズエラ,チリ,ペルー,エクアドル,コロンビア)との貿易収支は,アメリカからの輸出が資本財を中心に大幅に減少したため,83年上半期で総額53億ドルの赤字となっており,前年同期の3.8億ドルの黒字に比べ大きく逆転している。

また,これら諸国への新規貸付の大部分が対外債務の利子返済に回される結果,貿易取引に使われる分が減少し,貿易金融の縮小がみられることが懸念されている。メキシコ,ブラジルでは政府の輸入抑制策によって予定した以上の輸入減少がみられる。

3. 累積債務問題の展望

(累積債務問題の基本的視点)

発展途上国が経済・社会開発を進めて,自らの所得水準の向上を図るためには,わずかな国内貯蓄の動員だけでは必要な投資資金を賄うことは困難である。したがって不足する資金は外国からの資金導入に依存せざるを得ない。しかし,無償援助や直接投資等の債務とならない資金の流入は限られており,これら諸国は借款を増やすことで資金不足に対処せざるを得ない構造となっている。この際,途上国が対外債務を増加させる結果となるが,それ自体に直ちに問題があるとは言えない。

問題は,導入された資金が効率的に活用されて,途上国の所得水準の向上と経済・社会の安定に資するとともに,見通しに沿った債務返済能力を創出し得るかどうかである。したがって借り入れは,①投資目的の借り入れである,②輸出産業の育成を図り,また輸入代替化も促すものである,③それによる投資収益は実質の利子率を上回り,生産的なものでなければならない。

そしてこうして得られた所得の増加は国民各層に恩恵をもたらすものでなければ,経済・社会の安定化は期待できない。これらの点について充分な配慮がなされていれば,たとえ何らかの要因で一時的に債務状況が悪化することはあっても,それは基本的に解決不可能な問題ではない。今日の累積債務問題をみると,第2次石油危機後の世界不況の長期化,高金利,ドル高といった状況の下で,一部の途上国において先に見た導入資金の活用あるいは債務管理面での問題が表面化してきたことが指摘されよう。こうしたことから,累積債務問題は短期の流動性の問題とみることができ,債務国,債権国の政府及び民間銀行,IMF等の国際協調による適切な対応が望まれるが,更に中長期的な解決のためには,債務国自身の経済管理・運営の一層の健全化努力が何よりも求められる。

(問題解決へのシナリオ)

債務問題に関しては,幾つかの機関の見通しがある。今,IMF,世界銀行等の見通しをみれば,決して楽観的な見方とは言えないものの,いずれも債務問題は中・長期的に解決に向かうシナリオを描いている (第4-3-12表)。

ここで示した世界銀行のシナリオは,高成長,中成長,低成長の3つの成長予測の中で,楽観的でもなく,また極端に悲観的でもない中成長ケースの場合(85~95年のGDP成長率が先進国年平均3.7%,発展途上国同5.5%)のシナリオである。この場合,途上国への純資金流入の増加率は,実質で70~80年平均の10%から82~95年平均は3.6%へと鈍化し,その結果,債務残高は引続き増加するが,債務支払い負担は軽減される方向に向かう。

(累積債務問題への当面の対応)

先進国景気の回復,83年に入ってからの一次産品価格の上昇,石油価格の低下等,債務国を取り巻く経済環境は徐々に改善に向かっている。

こうした事態が進展し,また保護貿易主義的動きが抑圧されることで世界経済が拡大均衡に向うことが,累積債務問題の解決には必要である。

しかし,既に幾つかの途上国では対外債務返済困難が表面化している。また,今後もしばらくの間,債務返済困難に陥る国が現われる可能性は少なくない。こうした事態に対してはまず当面次のような,幾つかの対応が早急に行われる必要がある。

第1に債務国自身がIMFからの融資の条件であるコンディショナリティに従い,インフレ抑制,対外均衡の達成等に向けた緊縮策を政治・社会不安を誘発することなく採用・継続してゆくことが求められる。更に既に資金がひっ迫してきているIMF等の国際金融機関の資金拡充が早期に実現されねばならない。また,適切な債務管理がなされず,問題の深刻化を招く場合も多いとみられるので,その前提となる正確な情報収集・交換体制の整備も必要であろう。しかし,債務問題解決のために重要なのは,問題解決への中長期的展望が示されることであろう。

(債務問題への中長期的対応)

累積債務問題解決のためには,現在の危機回避のみならず,将来における問題の再発防止のために,中長期的展望に立った問題への対応が求められる。

累積債務国は,債務返済能力の早期創出を目指して輸出部門の強化等,経済構造の変革を図り,そのためにも引続き外部資金の流入を促す必要がある。

また,長期にわたって多額の外部資金に依存しなければならない構造を脱するためにも自立化に向けて輸入代替産業の育成も必要とみられる。一方,経済の効率化を推進するため,肥大化傾向にある国営産業等の整理・縮小も課題となる。更に,多くの途上国が食糧の自給さえ困難になっており,また農村に多量の労働力を抱えていることからも,農業開発による経済基盤の安定化も重要となろう。加えて,現在エネルギー価格は低下しているものの,今後はむしろ再び高まる可能性の方が大きいことから,代替エネルギー,国内エネルギー開発を引続き推進する必要がある。

発展途上国が,過度に対外依存に傾斜することなく,経済の効率性,安定性を重視した経済開発を行うことが累積債務問題解決の前提である。しかし,そのためには途上国自身の多大の努力と先進国の協力が不可欠である。

先進国は途上国の自助努力を支援するために現在の回復を一層確実かつ持続性あるものとするとともに,保護貿易主義的動きを抑えて,積極的調整策を推進し,自由貿易体制の維持・強化を図って行く必要がある。また,特に資金流入の限られた低所得国に対しては,引続き援助拡大による支援が不可欠である。累積債務問題が解決に向かうためには,種々の問題に適切に対応してゆかねばならず,それは決して容易ではない。しかし世界経済の再活性化の為には,この問題を避けて通ることが出来ないことを特に強調しておかなければならない。現在累積債務に悩んでいる諸国の多くは発展途上国の中ではいわば「優等生」であった国々である。こうした国々までが債務問題のため大きく発展を阻害されるならば,南北問題の解決は更に遠のき,世界経済の混迷は一層深まるばかりであろう。