昭和58年
年次世界経済報告
世界に広がる景気回復の輪
昭和58年12月20日
経済企画庁
第1章 1983年の世界経済
1980年以降,先進国の石油需要は減少しており,OPECの生産は,82年で日量1,866万バーレルと,最高であった77年の60%まで落ち込んだ。このため,産油国(OPECが大部分を占める)の収入の90%以上を占める石油収入は,80年の2,640億ドル(史上最高)から減少し,82年には1,989億ドルとなった (第1-5-1表)。更に83年には3月の原油価格値下げにより,石油収入が一層減少したとみられる。しかし,83年央以降は産油国の石油生産が増加するなど,明るさもみられる。
石油部門の生産は,需要不振から80年以降急減し,82年前年比で16.5%減となった。
非石油部門の生産は,増加が続いているものの,80年以降その伸びは鈍化してきている。イランは79~81年の革命期の停滞から立ち直った。またサウジ・アラビア,アルジェリアの開発投資の継続も増加要因であった。しかし,各国で石油収入の減少から引締め的な財政政策をとられたことが大きく影響している。その結果,総生産高は3年連続の減少となり,82年も同4.8%の減少となった(第1-5-1図)。しかし,83年央からの石油生産の回復,それに伴う石油収入の増加からサウジ・アラビアでは,一時停滞していた開発投資に復活がみられる等,生産・投資に回復の兆しがみられる。
一方,消費者物価の上昇率は,拡張的な財政政策などから80,81年とも12%台となったが,82年に入り,財政金融面での引締め,輸入物価の低下等から鈍化してきており82年は9.8%となった。国別にみると,サウジ・アラビアでは前年比横ばいと落ち着いている。一方,戦争中のイランでは,81年よりは上昇率は低下しているものの,18.7%と依然高水準となっている(第1-5-2表)。
73年の原油価格値上げ後の拡張的な財政政策により,数多くのボトル・ネックが生じ,インフレの加速等が問題となったという反省から,78年以降の政策は拡張的ではあったものの,比較的穏やかなものであった。その後,80年からの石油収入の減少で財源不足を生じ,財政政策は引締的なものに転じた。歳出の伸び率は,80年の25%を超える増加から82年には5%以下となっている。具体的な歳出削減策としては,経常支出の抑制,開発投資の延期等が行われた。84/83年度の各国の予算をみると,更に引締的になっている。
クウェート,イラン等を除き歳出は減少しており,また,歳入の減少幅が大きいため,サウジ・アラビアでは第1次石油危機後初めての財政赤字を見込んでいる。このため,公共サービスの縮小,過剰労働者の削減,国内石油製品価格引き上げ等を計画している。
金融政策をみても,81年後半から,引締的となっている。これは,石油収入が減少しているため,金利を高く維持し,国内資金の流出を防ぐことを目的としたものである。しかし,一部では引締的な財政政策を補う形で,金融政策を緩め民間部門へ資金を供給している国もある。産油国全体の通貨供給量をみると,80年の前年比30%の増加から82年には15%の増加になっている。
経常収支は,82年に22億ドルの赤字に転じている(前掲第1-5-1図)。国別にみると,比較的人口の多いハイ・アブソーバー諸国(注)は,従来輸入が多く経常収支黒字幅も小さかったこともあり,赤字に転じた国が多い。それに対し,人口も少なく石油埋蔵量の多いサウジ・アラビア,クウェート等のロー・アブソーバー諸国 (注)は依然黒字を続けているが,黒字幅は大きく縮小している。
ハイ・アブソーバー諸国では,対外資産が少ないため,主として西側民間銀行等からの借入れにより赤字を補てんしている。ナイジェリアは,累積債務が約140億ドルに達しており,更にIMFに30億ドルの債務を申し入れているといわれている。ベネズエラも,民間銀行に対する支払を延期している。一方,ロー・アブソーバー諸国では,豊富な対外資産の取崩しで対処している。しかし,その取崩しは,短期資産が中心であり,長期資産は,82年中は増加が続いた。他方,戦争中にもかかわらずイランでは,石油生産の好調から革命前の対外債務150億ドルの返済を始めている。これに対しイラクは,サウジ・アラビア等のアラブ諸国から約200億ドルの援助を受けていると思われ,また外貨準備も急減する等状況は悪化しつつある。
82年は,非産油途上国が2年続けて戦後最低の成長率を経験した年であった。第1次石油危機後の成長率低下は小幅(74年5.4%→75年3.3%)かつ1年限りであった。これに比して,81年2.4%,82年0.9%の低成長は,この間の人口増加を考えると非常に深刻な問題である。特に中南米諸国は2年連続のマイナス成長で,所得の低いアフリカ諸国での人口増加率を下回る低成長と共に,非産油途上国の非常に困難な状況を浮彫りにしている (第1-5-2図)。成長率低下の理由は,純石油輸出国では石油需要の低下,価格の軟化であり,その他諸国でも世界不況による輸出の低迷や,国内での引締め政策などが響いている。また軍事費の負担も大きい。
こうした中で,82年7~9月期頃から消費者物価が騰勢を強めているが,
これは主として中南米諸国のハイパー・インフレーションのためである (第1-5-3図)。
国際収支をみると,輸出は82年にはついに前年比4.2%の減となった。もっとも輸入も景気の低迷,輸入抑制策の強化などのため大幅に減少し,貿易収支の改善している国が多い (第1-5-4図)。しかし,貿易外収支の赤字は累積債務や高金利などでむしろ拡大している。特に累積債務問題が顕在化している中南米諸国の中には,貿易収支の改善を,貿易外赤字の増大がかなり相殺してしまっている国もある。
このように,経済パフォーマンスの悪化している非産油途上国であるが,83年に入り東アジアでアメリカの景気回復の波及などから景気回復に転じている国もあるなど,一部に明るさもみられる。
中南米地域の2年連続のマイナス成長の原因の一つは,国際収支改善のためにとられた厳しい財政,金融政策である。メキシコ,ブラジルについては第4章第3節で詳しい検討を行うが,中南米全体としては,穀物生産の減少などもあって,総じて83年も経済は停滞を続けている(第1-5-3表)。インフレ率はなお高水準で,83年1~3月期に前年同期比100%を超える上昇を続けている (第1-5-3図)。財政収支改善のための公共料金引上げ,輸出競争力強化のための為替レート切下げなどもインフレを悪化させている。また経常収支も貿易外赤字の増大のために,あまり大きく改善していない。また一部の国の累積債務問題には適切な対応が必要とされている (第4章第3節を参照)。
アフリカでは,82年にサハラ以南の諸国が干ばつの被害を受け,穀物生産が大幅に減少している。干ばつは83年に入っても続き70年代初頭以来最悪の食糧危機に陥っている。農産品等の輸出の減少や,交易条件の悪化のため必要な原材料,資本財が輸入できず,工業生産が低迷している国もある(ケニア,ジンバブエなど)。
しかし物価は石油価格の低下,国内需要の停滞等から比較的落ち着いている。
82年のアジア非産油途上国(又は地域)も,全体としては成長率が低下した。これはインドが夏のモンスーンによる降雨が十分でなく農業生産が減少(前年比3.0%減)したことによる影響が大きい。しかし,その他の国(又は地域)も輸出の伸び悩み,交易条件の悪化などから成長率は低下した。83年に入ると韓国・台湾では対米輸出が好調なことなどから景気が回復している。また,タイ,マレーシアなども,投資及び消費等の国内需要の回復や対米輸出の好調などから,景気には明るさがみられる。反面,フィリピンのように貿易収支が赤字である上政治的不安定もあって,累積債務問題を引起こしている例もある。
物価はマネー・サプライの抑制,輸入価格の低下などから総じて落ち着いている。特に工業品輸出国(韓国・シンガポール等)では物価は安定している。しかしフィリピンでは補助金の削減・為替レート切下げなどの影響もあり,インドと共に物価は今後騰勢が強まるのではないかと懸念されている。
貿易動向をみると,輸出は82年中は各国とも不振であった。しかし83年に入り台湾,韓国の輸出が対米向けを中心に大幅に増加している。タイ,フィリピンの輸出が83年に入ってからも不振なのは,不作などから一次産品の輸出が伸びないためである。輸入は82年は景気停滞や輸入制限などで各国とも低調であった。しかし83年に入るとマレーシア,タイ,韓国などで国内生産活動の活発化から輸入が増加している。
82年の非産油途上国全体の経常収支赤字は,868億ドルと前年(1,077億ドルの赤字)よりは改善したが,なお大きい(第1-5-5図)。83年に入ってから石油価格が低下したため,経常収支には更に若干の改善が見込まれる。しかし,国際収支困難に見舞われた各国は厳しい輸入削減を行っており,82年の収支の改善にはこの要因が大きく働いていた。今後,更に大幅な輸入削減を行うことは望みにくいので,経常収支赤字のファイナンスは依然重要な問題である。
第2次石油危機後は,特に発展途上国中の工業品輸出国がユーロ市場などでかなり巨額の借入れを行って赤字をファイナンスした。しかし,累積債務問題もあり,民間借入れへの依存には限界がある。
先進国からの直接投資や政府開発援助などを発展途上国の赤字ファイナンスという側面からみることもできる。しかし,直接投資については,受け入れ国の国有化政策,輸出の義務付けその他の規制などをきらい,近年その流れがやや小さくなっている(第1-5-4表)。
また政府開発援助についても,OECDのDAC(開発援助委員会)加盟各国からの政府開発援助(以下「ODA」という)の流れは81年に前年比6.O%減少した後,82年には8.6%増となったが,大半を占める二国間ODAの3分の2は工業品輸出国や中所得国向けのものである。したがって主としてODAに依存するしかない低所得国(経常赤字ファイナンスの4分の3はODAによっている)にとっては,依然厳しい状況が続いている。
二回の石油危機と,80年以降の3年にわたる世界不況は,これまでみてきたように,発展途上国の経済にも厳しい影響を与えた。
この結果,発展途上国と先進国との所得格差は再び拡大している。発展途上国の一人当たりの実質GNPの伸びは,80年まで工業国の伸びを上回っていたが,81,82年には逆に下回ってしまった (第1-5-5表)。最近の先進国の景気回復と,累積債務を抱えたり,あるいは石油収入が急減した発展途上国の景気低迷を考えると,この傾向が一層強まっているものと思われる。また,南の中でも各グループ間の所得格差が広がるという南々問題も発生している。
こうした中で,近年先進諸国は景気停滞,財政赤字の増大に苦慮しており,経済協力,特に政府開発援助が低迷している。また,一次産品価格安定のための共通基金の設立が延び延びとなっているなど,解決すべき問題も多い。
今後とも南北問題を解決するためには,相互依存の認識に基づく先進国,発展途上国の協力が必要不可欠である。
まず,発展途上国側は,その開発の推進の上で,これまで以上にマクロ経済政策を適切に運営するとともに,長期的には価格メカニズムを重視するなど,一層の経済の効率化を図らねばならない。近年,国有化,為替管理強化などによる,カントリー・リスクの高まりから,発展途上国への直接投資の流れが減少しているが,こうした面でも発展途上国がより柔軟な対応をとるようになることが期待される。
次に,発展途上国の輸出拡大のため,先進国,発展途上国双方の努力により,自由貿易体制の維持,強化を図ることが重要であり,あわせて積極的調整政策を推進し,市場機能をできるだけ円滑に働かせることが必要であろう。
第3に,発展途上国の輸出の大部分を占める一次産品価格の安定を図らなければならない。これは,発展途上国の輸出収入の確保,債務返済能力の向上,開発資金の自己調達に大きく貢献するとともに,南北貿易の拡大に寄与する。このため,一次産品共通基金の未批准国の早期批准,商品協定の締結等による産出国と消費国の協力が必須である。
第4は,国内の経済調整努力を真剣に行っている開発途上国には,必要とする資金を円滑に提供することが肝要である。累積債務問題の解決は,先進国,発展途上国双方にとって重要な課題である。
この中で,IMF世銀グループが資金供給面において重要な役割を担っており,IMFの第8次増資について早期に実現され,資金基盤が一層強化されることが極めて重要だと考えられる。
また,低所得国問題に対しては特別の配慮を要する。特にサハラ以南のアフリカ地域では,経済が極めてぜい弱である上,サブ・サハラ地域等では年年砂漠化が進み,そのうえ,大干ばつによる不作がみられ,人々は現在満足な栄養がとれない状態にある。このような危機に対しては緊急援助が必要であり,83年11月初のFAOの総会で特別援助が採択された。また,ODAの果たす役割が大切で,ODAの拡充に努める必要がある。中でも,無償資金協力あるいは長期,低利の資金の提供が重要な役割を果たしている。IDA(国際開発協会)の第6次増資の迅速な払込みが行われ,第7次増資交渉が早期に妥結し,IDAの円滑な活動が引続き行えることも重要であろう。
最後に,南北問題の解決のための大前提は,世界経済が成長を取りもどし,特に工業国が持続的成長を確保することである。世界銀行の「世界開発報告 1983」は,低成長,中成長,高成長の三組の場合の予測を示している。それによると,85~95年の工業国の経済成長率が2.5%と低率の場合,幾つかの深刻な影響が現われるとみている。低所得アフリカ諸国における10年来の一人当たり所得の低下は更に続く見通しである。低所得アジアの場合,比較的世界景気の悪化からの影響が小さいインド,中国ですら,一人当たり所得の伸びは2.5~3%程度である。バングラデシュ等では低所得アフリカ諸国と余り変らぬ暗い見通しとなっている。こうしたことを避けるため,工業国が持続的成長を実現し,世界経済が再び成長軌道に復帰することが求められる。