昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第3章 深刻化する欧米の失業問題

第4節 失業増加の影響

昨今の失業率の上昇の中で各国とも物価の上昇率は鈍化してきたが,他方で経済や社会に様々な負担をもたらしている。

(産出量の低下と所得の減少)

失業の増加は,遊休労働力の増加であり,仮にこれらの失業者が労働した場合に得られたはずの付加価値の損失(機会的損失)を意味している。失業の増加がどの程度の産出量の機会的損失をもたらすかについては,アメリカのオークンによる計測がある。オークンは,失業率と実質経済成長率との動きについて様々な計測を試みた結果,両者の間には3.2を係数(実質経済成長率の失業率弾性値)とするかなり安定的な負の相関関係を見出している(「オークンの法測」)。すなわちアメリカにおいては,失業率1%の上昇は産出量を3.2%減少させ,これに相当する所得の機会的損失を生じるということである(オークンの計測は1950年代から60年代を対象期間としている。1965~81年を対象とした計測では2.5に縮小している)。

西ヨーロッパ主要国についてこうした計測を試みた結果,この係数は,西ドイツ4.5,フランス4.9,イギリス2.3(対象期間は西ドイツが1968~81年,その他は1965~81年)などとなっている(第3-4-1図)。

なお,OECDの推計によると,OECD加盟国全体で1981年に現実の失業率と完全雇用失業率との差に相当する失業によって失われた産出量は,3,400億ドルにのぼるとしており,これはこれら諸国の産出量合計の4.5%にあたる。

(人的資源の損失)

失業の増加は,また,労働力率の変化をもたらし,労働力供給に影響をおよぼすとともに,失業者の労働技能の低下をもたらす。

失業の増減は労働力率すなわち労働可能人口の労働市場への参入・離脱に対して相反する2つの影響を及ぼすとみられる。その1は就業機会の減少が就業意欲を失わせ労働市場からの離脱を促進させること(就業意欲喪失効果)による労働力率の引下げ効果である。その2は失業による所得の減少を補完するために労働供給を促進すること(付加的労働効果)による労働力率の引上げ効果である。

これらの効果のうちどちらが優勢であるかについては,国により,また,景気の変動局面により,多少違いはみられるものの,欧米主要国について当期の労働力率に対する過去6四半期の各々の失業率の弾性値を計測すると,これらはほとんど負の値を示しており,失業率の上昇は一般に労働力率の低下をもたらすものとみられる(第3-4-2図)。

こうした労働市場への参入・離脱による労働力供給の変動は,従来女性や若年層などに多くみられた現象であるが,最近の失業の急増の中でこうした影響が成年男性にまで及んできており,人的資源活用の機会的損失が一層大きくなってきているとみられる。

また,特に若年労働者の失業増加は,仕事もしくは仕事上での訓練による技能の修得機会を失うことを通じて,将来にわたっての人的資源の活用を阻害しているものとみられる。

(財政負担の拡大)

失業の増大に伴う失業給付等の増加が財政負担を大きくしている点が指摘されている。

失業保険制度はもともと労働者の生活安定と,より適正な職業の選択を保障するためのものであり,景気変動に対しても安定化作用をもつなど有意義な制度である。しかし,失業の増加が昨今のように一時的なものにとどまらず長期化する中で各国政府の税収・社会保障負担金収入が減少し,失業保険給付・雇用補助金等の支出が増加して財政負担が拡大するとともに,財政の裁量的余地が減少してきている。

失業の増加が財政負担の拡大をもたらしている直接的な要因は,失業保険給付の増加に伴う支出の拡大である。失業保険会計は各国とも多少差があるものの,おおむね使用者と雇用者の拠出する基金に給付金の不足分や事務費を政府が補助するという形をとっている。このうち労使の拠出額は賃金の一定比率であることなどから,失業保険給付額の増加があってもただちに増額することは困難であり,むしろ雇用者の減少により拠出金が減額するという場合が多く財政負担増加に結びつきやすい。

失業給付のGDPに対する比率をみると,第1次石油危機後の景気後退期に増加したあと,その後の回復期にやや低下したが,第2次石油危機後,いくつかの国では失業の急増に伴い再び増加をみせており,政府の補助も急増しているものとみられる( 第3-4-1表 )。

こうした中で,最近西ヨーロッパ諸国を中心に,給付条件の制限(西ドイツ)や給付金の減額(イギリス,フランス),拠出金の引上げ(フランス)等の措置が講じられている。

(失業増大と貿易摩擦)

1970年代後半以降,欧米先進国における保護貿易主義的な動きが,鉄鋼・自動車等の基幹産業分野に拡がりをみせた。特に80年以降アメリカ,西ヨーロッパのこれらの産業では国内需要の減退,自国製品の競争力の低下等による輸入品の増加等に伴う大幅な減産から雇用削減が顕著となっている。このため輸出国側に輸出自主規制を求めたり,輸入規制を行う等の保護主義的動きが強まっており,アメリカ,西ヨーロッパ,日本等先進国間の貿易摩擦は激化している(第3-4-3図)。

これらの産業における失業急増の背景には,①国際価格競争力の相対的低下に基づく構造的不振の問題のほか,②資本集約的産業でありまた規模も大きいため,急速な構造転換が進みにくいこと,③雇用慣行上,不況期の大量レイオフが比較的容易であること,などが影響している。また,これらの産業の失業集中は,地域的な失業集中に結びついている。

こうした失業の集中的な増加は,保護貿易への圧力を一段と強めているものとみられる。しかし,逆にこのような産業保護化の強まりが産業構造の調整を遅らせ不況期における大量失業を助長している点も指摘されよう。

(社会的不安定性の増大)

失業の増加は,しばしば特定の階層に集中しがちなことから経済的・社会的な不平等化を生じ,暴動等の社会不安をひきおこす原因となる。

最近の雇用情勢の悪化は,これまでみてきたように若年,女性,外国人等といった特定の階層の失業率を他の階層と比べてより高めている。こうした状態が長びいて個人の努力では事態の打開が困難視されるようなときには,しばしば個人的レベルではアル中や非行といった退廃へ追いこまれるほか,集団化すると暴動等の社会不安を引きおこす場合がある。81年夏にイギリスにおいて発生した外国人若年層を中心とした暴動は,これら階層の失業率が地域によっては50%近くまで達していたことが原因とされている。


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