昭和57年
年次世界経済報告
回復への道を求める世界経済
昭和57年12月24日
経済企画庁
第2章 長期化する欧米先進国経済の調整過程
先進国経済は依然として長い停滞を続けている。アメリカの景気回復が予想よりも遅れており,西ヨーロッパの一部では82年夏以降景気は停滞色を一層強めている。この長びいた今次調整過程で先進国は多くのことを学んできた。
その第1は,インフレ抑制は成長および雇用の拡大にとって基本的な前提条件であり,インフレ率の一層の低下のために継続的なたたかいに成功してはじめて持続的成長が可能となるという共通の認識が確認されたことである。インフレ抑制は,金利引下げ,為替相場の安定を促進する効果も大きい。
第2は,インフレ抑制は,スタグフレーション傾向のみられる先進国経済にとってとりわけ困難な問題である。しかし,これまでの主要国の経験は,インフレ克服を最優先の目標とし,それに整合的な手段を継続してとることによって,目標を達成することが可能であることを示している。慎重な金融政策と財政赤字抑制のこれまでのポリシィ・ミックスは基木的に有効であった。しかしポリシー・ミックスに整合性を欠いた部分もあり,また,金融政策の技術的側面を含めて今後の課題とされるべきものも多い。
第3は,インフレ抑制のために,きわめて大きなコストを払ったことである。すなわち,高金利の発生と,それによる先進国経済の長期停滞化とその停滞の同時化である。そして,各国における失業の増大である。インフレ抑制の重要性に鑑み,ある程度の犠牲をはらうことは不可避であるとしても,そのコストをいかに小さくするかについて今後とも緊急な対応が必要である。
第4は,アメリカやイギリスの経験からもみられるように,インフレ抑制という前提条件が達成されても,供給サイドの改善が直ちに自動的に実現するものではないことである。これらの改善が民間部門を中心に十分に達成できるような中長期的計画およびその継続的実施を可能とする支持基盤を必要としている。
今次調整過程でえられたこのような教訓をふまえて,先進国はその経済再活性化と持続的成長のための条件を模索しつつある。
その第1は,インフレの鎮静化を十分にすすめることである。一部の賃金・物価規制により物価上昇を抑制している国はもちろん,その他の国でも,より安定した物価とインフレ心理の解消が成長過程にもどるための前提である。景気が停滞を脱するに従って,インフレが容易に再燃することがないよう,供給面で弾力的に対応できる基盤が重要となる。
第2は,インフレが鎮静化した国では,インフレ再燃を招かぬよう慎重に配慮しながら,また財政赤字削減の目標を阻害しない範囲で,そのデフレ・ギャップに応じた;弾力的な経済運営を行ない,景気の着実な回復をはかることである。このためには,まず金融面での緩和をさらにすすめ,たとえば,西ドイツ連邦銀行が実施しているようにマネー・サプライの管理について目標の上半分を基準にするとか,一時的な超過にとらわれず,全般的な資金需要のバランスを重視するなど,より弾力的な運用とすることができよう。また,EC委員会などでは金利低下の余地がなくなった時においても,なお名目GNPの伸びがさらに低下しつつあるような場合には,財政面からの支持を行なうことを提案している。そして,こういった景気支持策としては,①財政の自動安定化装置による赤字幅拡大を阻止しないこと,②供給面及び雇用面の改善を目指した減税や,租税・歳出構造の変更が含まれるとしている。OECD閣僚理事会でも,一方において,中期的な目標と比べて財政赤字が大きい国においては赤字削減を延期すべきでないが,基調インフレ率がかなり低下し,内需が依然弱い国では財政スタンスは,中期的赤字削減という目標を阻害しない範囲でその経済に与える影響を十分考慮するよう再評価されるべきであるとしている。
つぎに,より中長期的に先進国経済の再活性化と持続的成長のための条件をみよう。それは,エネルギー問題の克服をはじめとして,公共部門肥大化,規制介入の拡大,財政赤字の拡大,民間部門の活力喪失,貯蓄や労働インセンティヴの喪失,設備投資・技術革新の不振等スタグフレーション体質の改善,失業問題の解消など多面的な,構造的な側面をもっているばかりでなく,しばしば国際的関連での解決を要する側面をもっている。
①まずエネルギー供給および価格の不安定に対する脆弱性をより低めるための努力を続ける必要がある。エネルギー需給は,現在のところ緩和基調にあるが,エネルギー節約・代替エネルギー開発努力の継続は先進国のエネルギー安全保障の基礎となるものである。
②スタグフレーションに対しては,すでにイギリス,アメリカ,フランスなどですすめられているように,それぞれ異なった政策パッケージではあるが,スタグフレーションを生じさせている諸要因克服のための政策努力が続けられており,今後もこの方向での政策展開の継続が必要である。これら政策の最も基本的な課題は,供給サイドの改善であり,能力拡大投資や技術革新投資の増大による生産性向上であろう。しかし,これらを進めていく上で過度に市場の完全性に信頼を置くばかりではなく,現実の財貨・労働市場の硬直性に留意し,それらを考慮したより広範な対応が必要である。さらに,減税や歳出削減の過程で,分配面等の社会的公正確保に配慮する必要があろう。スタグフレーション克服のためには何よりも長期の,ねばり強い対応姿勢が必要とされる。
アメリカをはじめ各国とも,60年代に比較すればその水準は低下したものの,依然として3%前後の潜在成長能力の伸び率があるものとみられる。この能力をさらに高め,かつそれを完全に引き出していくために,まず供給面の強化と,そして適切,慎重な需要管理をめざした政策に加えて,構造変化を容易にするための政策,たとえばOECDの積極的調整政策(PAP)のような方向での政策が必要となろう。
そうして,第3に,こうした国内政策が国外に与える影響にも同時に留意すべきであり,各国間での統一のとれた中期的政策の必要性がOECD閣僚理事会(82年5月)でも強調されている。現在,景気の長期停滞ということもあって,各国ともともすれば自国の直接的利益を優先しがちである。しかし,それぞれの経済の再生も,今後の持続的成長も,世界全体のバランスある成長の中でしか達成できないことも当然なことである。
このため,高まりつつある保護主義を鎮圧し,貿易・為替にまつわる紛争やアンバランスを国際的な協調と協力によって,自由・無差別な体制強化の方向で解決せねばならぬとともに,経済政策全体の調整と協調性を一層高め,緊密化させねばならない。