昭和57年
年次世界経済報告
回復への道を求める世界経済
昭和57年12月24日
経済企画庁
第1章 1982年の世界経済
まず非石油部門の生産をみるとその伸びは80年の前年比4.4%の後,81年にはさらに5.2%増へと高まった。これは79年からの石油輸出の急増に伴い産油国では総じて第1次石油危機後の74,75年と比べて緩やかな需要拡大策がとられたため民間投資や消費の盛上がりがみられたためである。国別にはイラクではイランとの紛争中にあっても積極的な経済開発努力が続けられ,サウジアラビアでも第3次開発計画に沿った投資の増加をみ,またインドネシアでも順調な農業生産や投資が行われている。もっともベネズエラでは民間投資など国内需要の不振から非石油部門の生産も停滞し,イランでも経済活動は停滞した。そこで上の2か国を除くと石油輸出国の非石油部門の生産は81年に8%増と高水準の成長がみられた。
このような非石油部門の成長にも拘らず,未だモノカルチャー構造にある国が多い産油国では石油部門の生産を合わせると経済動向は一変することになる(第1-6-1図)。すなわち前節で詳しくみたように世界の石油消費減少から石油部門の生産は80年の前年比12.2%減に続き81年にはさらに15.7%減と低下幅を拡大させた。この結果,非石油部門と石油部門を合わせた生産も80年2.7%減から81年も4.6%減と2年連続して低下することとなった。さらに80年に前年比41.6%の改善をみせた交易条件も81年には11.5%の上昇にとどまり,82年には石油輸出価格の低下がみられるところから悪化が予想され,実質所得の減少につながるものとみられる。
一方消費者物価をみると80年12.6%から81年には13.1%へと僅かながら上昇率が高まり,ナイジェリアではインフレが加速した。しかし,80年に高い上昇をみせたベネズエラ,インドネシア等の物価上昇率は81年に大幅鈍化した後,82年に入ってこの傾向が続き,また産油国の輸入物価の上昇率も低下しているところから今後消費者物価もやや低下するものとみられる(第1-6-2図)。
石油収入が大幅に減少する中で比較的人口が多く,工業開発を積極的に続けてきた。ナイジェリア,ベネズエラ,インドネシア,イラクといった国々(いわゆるハイ・アブソーバー諸国)では財政支出の削減,輸入規制,開発計画の見直し等の措置が実施され,また対外借入を増加させる国もみられる。
まずナイジェリアをみると,輸出所得の90%に占める石油収入が北海原油の値下げから競争力を失ったこともあって減少している。外貨準備高も急減し,このためナイジェリア政府は3月に一時的輸入停止措置をとった後,4月から,①輸入預託金制度,②外貨割当制度,③税関検査などの復活及び強化措置を含む輸入規制を実施した。また未着エプロジェクトの延期など開発計画の見直しも行われている。もっとも11月には一部輸入預託率の引下げがみられた。
次にベネズエラでは82年4月に緊急経済措置が発表され,①国内ガソリン価格の引上げ,②82年度予算の歳出の10%削減,③輸入抑制等の措置がとられた。またインドネシアでも非石油輸出の促進及び外貨節約を目的とした政府調達物資及びプロジェクト受注の外国企業に非石油製品購入を義務付ける,いわゆるカウンター・パーチェス制度が導入されている。
上にみた3か国は,また,経常赤字をファイナンスするためユーロ市場からの資金の取入れを増加させ,それは1~9月期年率でみると約269億ドルと前年比167%増加した。
一方資本余剰国の中でも,①UAEでは建国以来初めて赤字予算(歳出の10%に相当)が編成され,②リビアでは財政収入の不足から5か年計画(81~85年)の見直しによる一部プロジェクトの延期が行われるなどの石油収入不足への対応がみられた。
非産油途上国の81年の経済成長率は,80年の4.4%を大幅に下回る2.5%となった。これは戦後一貫して順調な増加を続けた非産油途上国経済が初めて経験した低い成長であった。しかも第1次石油危機後の低下幅(74年の5.5%から75年の3.9%)を上回るものであった(第1-6-1表)。
こうした81年の非産油途上国経済全体の低迷の主因は中南米地域の不振である。ブラジル,アルゼンチンの両大国がインフレ抑制と国際収支改善のため特に厳しい財政・金融引締め策を実施し,両国の成長率はマイナス1.9%,マイナス6.1%となり,この地域全体の成長率を大幅に引下げた。この傾向は82年も続いている。アルゼンチン経済がフォークランド紛争(実質上82年4月~7月)で疲弊し,ブラジル経済も緊縮政策の継続と世界景気の停滞により輸出不振(82年1~9月期で前年同期比11.2%減)が続いている。またメキシコ経済は石油輸出収入が計画を大幅に下回ったことなどから急速に低迷し債務返済に支障をきたすなど中南米経済は81年以上に悪化するとみられている。
これに対し,アジア地域では81年にむしろ成長率が高まった(80年の3.4%→81年の5.7%)。即ち,韓国の成長率が前年のマイナス6.2%からプラス6.4%に製造業生産,農業生産の増勢の高まりもあって大きく回復し,南アジアのインド,パキスタン等が農業生産の好調もあり順調であったこと,ASEAN諸国も農業,工業とも好調であった為である。しかし,82年に入るとアジア諸国でも世界景気の停滞に伴う輸出の不振から生産の伸びが鈍化又は減少しているほか,農業生産も一部地域での干ばつ被害から前年の大豊作に比べれば伸び悩んでおり,全体の成長率は前年をやや下回ると見込まれる。もっとも他の途上国地域や先進国と比べた場合の経済パフォーマンスは相対的には依然良好といえる。
産業別にみると,81年の農業生産はアフリカ,中東地域の不振に比べ,アジア,中南米地域は共に前年比3.8%増と順調であった。これに対し,製造業生産はアジアの好調に比べ中南米の著しい減少がみられる(第1-6-2表)。
このように81年は,好調のアジアと不振の中南米とに地域差が初めて際立った年となり,82年も,アジアの成長率にやや鈍化が見込まれるが,この傾向は続いているとみられる。
非産油途上国のインフレ率は80年に第2次石油価格の大幅引上げで一段と上昇(79年24%→80年32%)した後,81年以降は2年間,その高水準が継続している。それはアジア等でのインフレ鎮静と中南米のインフレ加速が相殺する形となっている為である(第1-6-3図)。
中南米では,81年1~3月期以降インフレば一段と加速し,7~9月期には65%にまで高まり,その後半年程,同水準の高インフレが続き,82年夏には70%台へと更に一段と高まるなど今年に入って上昇している。超インフレ国の第1はアルゼンチンで,4月のフォークランド紛争勃発,6月の通貨ぺソの切り下げ等で消費者物価は騰勢を強め8月は前年同月比152.1%高と世界一の高水準になっている。メキシコでは年初来,ペソ切下げや賃金引上げの影響もあって騰勢を強めていたが,8月初の公共料金,基礎物資の価格大幅引上げから8月には前年同月比68.6%高になった。ブラジルでは厳しい経済引締め策を採っているものの依然100%近いインフレが続いている。
一方,アジアでは80年4~6月期の11.5%をピークに,農産物の豊作による食料品価格の安定から緩やかに騰勢鈍化し,82年に入ってからは国内景気の停滞を反映して一層鎮静化している。韓国,台湾,シンガボールでは,9月に前年同月比で各々3.9%,2.0%,1.3%になり物価は安定している。その他の国では, 4~6月期にはフィリピン,パキスタンが10%台なのを除けばほとんどの国で一桁台の上昇率になっている。
先進国の景気停滞長期化による途上国への影響を最も端的に示しているのが途上国の輸出の不振である。非産油途上国の輸出の伸びは前年比で80年が27.3%,81年が3.5%と81年に入って極端に鈍化した。四半期別にみると(第1-6-4図)81年7~9月期から伸びはほぼゼロとなり,82年1~3月期には前年同期比3.7%の減少に転じている。アフリカ地域が81年1~3月期から1年以上も前年同期比マイナスが続いているほか,特に注目されるのは,これまで強い競争力を誇っていたアジア中進国でも82年に入ってその伸びを大きく鈍化させたことである。すなわち,韓国では82年1~3月期が前年同期比5.4%増,4~6月期同0.9%増,7~9月期同1.9%増と80年の前年比21.4%増に比べ著しい鈍化を示している。台湾地域でも1~3月期が同4,9%増,4~6月期同3.2%減とマイナスになっている(81年の前年比は14.1%増)。またシンガポールでは81年4~6月期から1桁台の伸びに鈍化しており,82年1~3月期は同0.4%減,4~6月期同7.0%増と不振が続いている(81年の前年比は8.2%増,80年は同36.1%増),香港でも1~3月期は同1.0%減少している(81年は前年比10.5%増)。
また輸入は,多くの国が経常収支赤字の拡大抑止,インフレ抑制のため国内景気引締め策や輸入規制の強化策を採っていることから,その伸びは81年は大幅に鈍化し,82年には減少する地域もみられる。82年に入っては,韓国,台湾地域,ブラジルなど中進国で揃って減少しておP),ASEAN諸国でも減少の国が多く,アジア,中南米地域では前年水準を下回っている。
この為,81年には大幅に拡大した貿易収支赤字幅は,82年にはアジア,中南米ではやや縮小したのに対し,アフリカでは増加したため,全体としては81年と同程度の大幅赤字が続くとみられる。こうした貿易収支の大幅赤字の継続の主因は,先進国の景気停滞による輸入需要の減少と,79~80年の石油価格上昇に続く81年の一次産品価格の軟調による交易条件の悪化である。
非産油途上国の対外債務残高(短期を除く)は,73年末の968億ドルから81年末には4,369億ドルに年率20.7%で増加した。この間の債務の地域別シェアの変化の特徴は,中南米地域が73年末の38%から81年末に41%へと大きく増加したのに対し,アジア地域が73年末の28%から81年末に24%へ低下したことである(第1-6-5図)。更にこの間,債務の内容も大きく変化しており,①民間資金割合の増加,②短期債務割合の増加,③変動金利債務の増加,④中南米を中心とする一部の国への債務の集中である。しかもこうした特徴は工業化の進んだ中進国,特に中南米のブラジル,メキシコ,アルゼンチン等に顕著であった。この結果,債務返済額の対輸出比率(デット・サービス・レシオ(D.S.R)は(前掲,第1-6-5図),中南米が71年の13.8%から80年には22.2%に大きく増えたが,アジアでは南アジアが71年の19.5%から79年の10.1%へと返済期間の長い公的債務の増加もあって減少し,東アジアやアフリカでもその高まりは小幅となっている。こうした債務内容の変化,DSRの高まり等に,オイル・マネーの縮小化を背景にして,特に低所得国に対して,経常収支赤字ファイナンスの困難化が表面化してきた。82年8月には,豊富な石油資源から対外借入れ増加を続けていたメキシコが債務返済に支障をきたし,その後もアルゼンチン,ボリビア,エクアドル等で債務返済繰り延べ要請が続き,国際的信用不安の発生をみた(累積債務問題は第4章参照)。