昭和56年
年次世界経済報告
世界経済の再活性化と拡大均衡を求めて
昭和56年12月15日
経済企画庁
第2章 世界的高金利の出現とその影響
アメリカの高金利の背景には長期間にわたるインフレの高進とこれに伴なって高まってきたインフレ期待がある。こうしたイコフレに対処するためアメリカでは70年代にはいり通貨供給量の伸びを抑制する政策がとうれてきた。
広い意味で言えば,通貨供給量の伸びはインフレに大きな影響を及ぼすという考え方は,今日一般に受け入れられており,最近の主要先進諸国の金融政策の基礎となっている。アメリカでは70年代央以降通貨供給量の伸びの目標値を公表し,通貨供給量の伸び率を一定に保つことが重要な金融政策運営の柱となっている。通貨供給量の伸びが一定に保たれていると,資金需要が旺盛になれば,金利が上昇し,資金需要ひいてはインフレが抑制されることになる。
通貨供給量抑制の枠組みは次のようなものである。すなわち中央銀行は直接コントロールできる政策操作変数(コール・レート等の短期市場金利あるいは銀行準備など)と最終的な政策目標(経済成長,物価,雇用など)との間に中間的な目標として通貨供給量を介在させる。そしてこの操作変数→通貨供給量→最終目標の流れにより政策を運営している。ここで操作変数として何を使用するかの問題がある。従来アメリカは,金融市場の安定を重視して操作変数としてフェデラルファンド金利(FF金利,コール・レートに相当)を用いていた。
しかしながら連邦準備制度(以下連銀と略す)は,通貨供給量をより効果的にコントロールするため,1979年10月6日以降,操作変数の重点をFF金利から銀行準備へ変更する新金融調節方式へ転換した。連銀が新しい方式へ転換した背景には次のようなことがあったとみられる。
① 60年代後半より徐々に高まってきたアメリカのインフレは,79年にはいり一層悪化し,インフレ期待L急速に高まった。こうした状況下においては,名目金利に上昇圧力が加わり連銀はFF金利を目標圏内に維持しようとすれば公開市場操作により準備を半ば恒常的に増加させなければならなくなった。このため銀行信用,マネーサプライを増加させ,ひいてはインラレを一層悪化させる結果となった。いいかえればインフレ期待が高まっている状況下においては,そもそも適正な名目金利の水準を設定することが困難になったのである。
② FF金利の水準は政策スタンスを示す重要なシグナルとみられるようになり,政治的にもともすれば引上げに反対する強い圧力がかかったため,それを自由に変更することが連銀にとってますます困難になった。
連銀の分析によれば,新方式によって,①資金需要が急増した場合にもそれに対して迅速かつ自動的な引締め強化がなされるようになり,また,②金利がすみやかに調整されることとなった。その結果所期の目的である通貨供給量のコントロールがより効果的になされるようになった。
しかし,その一方で新方式は当然のことながら金利変動を大幅化し,金融市場に大きな影響を与えることとなった。
すなわち新方式では,連銀は非借入準備(総準備から連銀借入れを引いたもの)を抑制するわけであるが,銀行の非借入準備需要は各々の銀行の資金ポジション,利子率とリスクに対する見通し等で左右され毎日変化しているためFF金利は乱高下するようになり,その他の市中金利も大きく変動した(第2-2-1図)。商業銀行のプライムレートの変更回数も78,79年は年間15回程度であったが80年は38回にも及んだ。
新方式が実体経済に及ぼした影響を正確に判断することは,1980年3月の信用規制の実施及びその後のその撤廃という特殊要因があるため,困難である。しかし,金利変動の大幅化は金利に敏感な住宅,耐久消費財産業を中心に景気の振れを大きくしたことは否めない。
レーガン政権はその経済再生計画の4番目の柱に安定的な金融政策を掲げ,通貨供給量の伸びを安定的かつ漸進的に引下げる連銀の基本政策を支持している。ただ,レーガン政権の一翼を担うマネタリストは,通貨供給量の実際の管理方法について,現行方式では通貨供給量がなお短期的にかなり変動し,それが通貨当局の通貨管理能力に不信を抱かせる原因になっているとして,より厳格な通貨供給量の管理を主張している。現行方式に代る方法としては,①操作目標は非借入準備に変えてマネタリー・ベース(総準備+現金)または総準備とする。②支払準備については,2週間前の預金についてバラバラの準備率を賦課している現行の後積み方式に変えて,同率準備率による同時積み方式とする。③公定歩合は即刻市場金利に追随させ,市場金利を上回る罰則金利を適用する等の案が考えられている。
こうした中で通貨供給量抑制の引締め効果は,金融制度の変化,金融イノベーションの登場等により,減殺されるようになってきている。金融政策が有効に機能するには,政策操作変数である銀行準備と通貨供給量との間,及び通貨供給量と最終目標としての実体経済との間に安定的な関係が成立していなければならない。しかしながら今日ではこうした安定的な関係が成立しにくい状況が生れてきたのである。
まず連銀の金融政策運営能力は75~76年以降連邦準備制度から脱退する金融機関が増加したこと等により低下した。すなわち連邦準備制度に加盟している銀行の全商業銀行に対する割合は,70年末の42.1%から79年末には36.9%に低下した。また加盟銀行の預金量のシェアも70年末の80.1%から79年末には71.1%へ低下した。こうして連邦準備制度から離脱する銀行が増えたのは,金融機関の競争激化等から収益環境が厳しくなるにつれ,加盟銀行の義務である無利息の支払準備預金の積立てに伴うコスト負担が強まったためである。
こうした事態に対し,政府は「80年預金機関規制撤廃および通貨管理法」を成立させ,非加盟銀行を含むすべての預金機関に対し一律に支払準備を賦課することにした(ただし,実施時期については,経過措置を設け,外銀については2年,非加盟国内金融機関は8年で段階的に行なう)。
近年の趨勢的なインフレの高進の中で企業や個人は金利選好度を著しく高め,これに対応して金融機関が通貨当局による金利規制対象外の高利回り金融資産を次々と生み出すことになった(第2-2-1表)。
こうした金融イノベーションにより登場した金融資産の中には,短期金融資産投資信託(MMMF)のように支払準備の全くかからないものや譲渡可能支払指図書(NOW)勘定,自動振替制度(ATS),金融市場証書(MM C)のように要求払預金に比べ準備率の低いものが多いため,金融機関も積極的に普及に努めた。このためM2 に占める支払準備対象債務のウエイトは次第に低下してきている。また新しい金融資産の登場は通貨の流通速度を高めることにもつながっている。
こうした新しい金融商品の登場は,特定金融商品への通貨需要のシフトをもたらし,通貨供給量管理を一層困難にさせた。たとえば81年初,要求払預金からNOW勘定への預金シフトによりM1 A(現金+要求払預金)が減少する一方,M1B(M1 A+貯蓄性要求払預金)が急増し,季節調整を含めて統計の混乱もみられたため金融市場を撹乱させた。また,M 1Bは連銀の目標圏以下にあるものの,MMMF急増により,M2は目標値上限近くで推移するなどどれを通貨供給量抑制の中心的目標とすべきかが問題となっている。
住宅金融の主要な担い手である貯蓄金融機関の預金金利は,連邦住宅貸付銀行法及び預金金利規制法等で上限を決められていた。そのため金融引締め期に市中金利が高騰すると貯蓄金融機関への預金は,TBやコマーシャルペーパー(CP)等の高利回りの市場性金融資産へ流出し(いわゆるディスインターミディエーション),住宅金融資金が逼迫して住宅産業に強い引締め効果が働いた。
しかし,78年6月貯蓄金融機関にも市場金利に連動した金融市場証書(M MC)の発行が許可された。これによってディスインターミディエーションがある程度緩和され住宅金融のための資金量が確保された反面,住宅産業を中心に経済の他の部門を含めて同一の引締め効果を働かせるのに必要な一般金利水準は高められたとみられている。
アメリカの金融引締めの効果を弱め個人消費部門を中心とした資金需要を強くしているもうひとつのものに支払金利に対する税制がある。
企業による支払利息の損金算入は殆どの国で行われているが,アメリカにおいては,さらに個人の支払金利についても同様に所得控除が認められている。そのため個人にとっても税引後の実質受払金利は税引前名目金利と比べて%極めて低水準となる。たとえば第2-2-2表にあるように,インフレ率が10%の時,限界税率50%の人が23%で消費者ローンを取り入れた場合の税引後実質金利は1.5%に過ぎない。税引後実質金利はインフレ率が高い程,また限界税率が高い程低くなることになり,インフレ下で高所得者層の資金需要を膨張させる一因となっている。
もっともこの効果は今回の個人税における限界税率の引下げでその分だけ弱められることになる。
80~81年にかけて,通貨供給量の伸びが厳しく抑制される一方,資金需要は景気の基調が弱かったにもかかわらず根強かった。とりわけ連邦政府の資本市場からの資金調達は,財政赤字拡大により80年以降急増した。
60年以降のアメリカの連邦政府財年をみると,60年度と69年度を除くといずれも赤字となっている(第2-2-3表)。79年度に縮小した財政赤字は,80年度には再び拡大し,596億ドルとなった。また連邦政府機関の中には,連邦融資銀行などのように統合予算に含まれないものもあり,こうしたいわゆる予算外政府機関(off-budget Federal entities)の赤字は近年急速に増大している。予算外政府機関の融資は,予算対象政府機関による融資に比べはるかに速いテンポで増大しており,80年度の融資純増額は,後者の95億ドルに対し,147億ドルであった。予算外政府機関の赤字拡大の原因は,一般歳出同様,一般的な歳出肥大化傾向や,予算対象政府機関の行う融資や融資保証が連邦融資銀行を通じて予算外融資に転換されていることにあるとみられる。
予算外政府機関の資金調達は,機関自ら債券を発行することも可能であるが,大部分は財務省からの借入れに依存している。したがって資金調達面でみれば一般歳出予算と同じである。予算外政府機関の赤字を含めた総合赤字をみると80年度は前年度の402億ドルから738億ドルに増大した。
こうした総合赤字は,国債の発行と財務省の貨幣鋳造・手持資金取崩し等によってファイナンスされている。80年度の総合赤字738億ドルのうち705億ドルが国債発行により賄われており,国債発行額は79年度の336億ドルから2倍以上の急増となった。
巨額の国債発行により連邦政府の資金調達シェアは80年度に急速に増加した。すなわち非金融部門の資金調達額(除く株式)に占める連邦政府部門のシェアは79年の9.6%から80年は22.4%に高まり81年1~3月期(季調値・年率)は27.8%となった(第2-2-2図)。これは不況のため財政赤字が巨額化した75年以来の高率である。また州地方政府を含めた公共部門全体の資金調達シェアも80年には29%に達した。
アメリカの企業の資金需要は80年から81年にかけても総じて底固く,CPを中心に短期借入れが増加している。80年末から81年7月末までの企業の資金調達をみると,CPの伸び率が22%と大幅となったのに対し,商工業貸付(大手商業銀行134行ベース)のそれは3.3%にとどまり,企業の社債発行(81年上期)は,前年同期比22.6%減となっている。
こうした短期借入れの増加傾向は76年以降始まっている。アメリカの非金融法人企業の資金調達をみると,74~75年には企業が積極的に社債を発行したことにより,長短負債比率は改善したが,その後は短期借入れが急増し,長短負債比率は悪化し,また流動比率も著しく低下している(第2-2-3図)。このため企業は満期になった債務の借り換えのためだけに資金調達を行なわざるを得なくなり,金融上の選択の余地を狭められている。
こうして最近,短期借入依存が高まった原因には次のものが考えられる。
その第1は,金利が先行き低下する可能性があり,高金利下で長期借入れを行うことはきわめてリスクが大きいとの判断が働いたとみられることである。第2は,80~81年にかけて資本市場を中心に政府の国債発行と民間の社債発行が著しく競合する市場環境となったため,事実上民間の社債発行が困難になったとみられることである。
75年にも財政面からの景気刺激策がとられたため,同様の競合の危険性が生じたが,当時は連邦政府の借り入れは民間部門の参入が少なかった短期市場で主に行われ,また,企業の発行する社債に対する投資もインフレ期待がそれ程高くなく順調であったため,今回のような競合は現実化しなかった。
これに対して今回はまず国債や社債等への長期資金供給はインフレ期待の高まりから減少した。国債および社債に対する主要投資家である機関投資家,個人の金融資産運用を示したのが第2-2-4及び5図である。機関投資家の社債への投資は,77-78年をピークに大幅に減少している。一方その国債への投資は,国債が安全性,流動性がきわめて高く。また民間の社債に比べ,市場環境にかかわらず発行される傾向が強いため,減少していない。また74~76年時社債の主要投資家であった個人も今回は長期投資を避け,MMMFを中心とする短期金融資産運用に向かっている(第2-2-5図)。
一方長期資金需要側にも74~76年時と異なる状況が生れている。すなわち,連邦政府の資金調達が中長期債中心になっている(第2-2-4表)。81年1~7月6資金調達額のうち中長期債のシェアは96.8%であり,1年以下の短期債はわずかに3.2%程度に過ぎない。
このように長期債市場では,資金供給側においてはインフレ圧力が長期投資に対する懐疑をひき起こし,供給を減少させる一方,資金需要側では連邦政府による需要が増大している。
こうした中で,アメリカの金融市場関係者を中心にいわゆるクラウディング・アウト発生の懸念が強まった。国債発行による政府支出が追加されて有効需要が増大し,GNPが乗数倍増えたとすれば,貨幣の取引需要も増大する。しかし通貨供給量の増加を伴わなければ,取引需要の増大は貨幣市場において需要超過を生み出し,利子率を上昇させることになる。この結果,民間投資は減少することになる。アメリカの財政赤字の規模は国民経済全体との割合でみると日本,西ドイツ等に比べそれ程大きくない。しかしながら民間部門の貯蓄超過は少ないため,政府の赤字が拡大すると民間の資金需要を圧迫する可能性が大きいとみられる。
このようにアメリカではインフレ対策としては通貨供給量の伸びを厳しく抑制する金融政策をとり続けている。一方,財政は大幅な赤字を続けている。とくに80年度,81年度と2年連続連邦予算の赤字幅が当初見込みを大幅に上回る結果となったことが,政府の財政赤字管理能力に対する一般の不信を深めたとみられる。さらに81年のレーガン政権の誕生以来同政権が推進する大幅減税が財政赤字を政府の予想以上に拡大させるという不安を生んでいる。
こうした財政赤字は通貨供給量の抑制が貫徹されれば,資本市場での民間資金需要と競合して金利を引上げる要因となるのはこれまでみてきたとおりである。一方財政赤字が続けば結局通貨増発によってファイナンスされざるを得ないとの見方も根強い。それがインフレ期待を根強いものとし,現実にインフレが低下する中でも高金利(とくに長期)を長期間居座わらせる原因となっている。
アメリカの高金利は,長年にわたって悪化して来た根強いインフレを主因とし,それがこうした金融引締めと財政赤字拡大との矛盾,政府の財政管理,金融引締め政策に対する不信から増幅されている。アメリカの高金利を解消するためには,財政赤字の削減を実現し,インフレ対策が金融政策に偏らないようにすることが重要であると考えられる。