昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


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第2章 石油危機と経済変動

第2節 前回と今回の石油消費国の反応の比較

こうして2回の石油ショックは規模としては同じになったが,それに対する石油消費国の反応ぶりはどうだろうか。インフレ効果に対する反応とデフレ効果に対する反応とに分けて見てみよう。

1. インフレ効果に対する各国の反応度

石油ショックのインフレ効果に対する反応度をいま近似的に,石油ショツク後のピーク時の物価上昇率(前年同月比)と石油ショック以前の1か年の平均上昇率の差で捉えると,第2-2-1表のようになる。

(消費者物価の反応)

まずインフレの指標として最も一般的な消費者物価についてこれを見ると,石油ショックのインフレ効果に対する反応度は今回の方が西ドイツを唯一の例外として,軒並み小さくなっている(西ドイツでは前回は早めにインフレ対策を打ったこと,早めに景気後退に入ったことなどにより,消費者物価はほとんど加速しなかった)。

これは,すでに第1章第2節でその概要を見たとおり,石油価格の引上げによる輸入インフレが,国産インフレに波及する度合が小さかったことが主因である。それは,国産インフレの尺度と見られるGNPデフレーターの反応が,すべての国で前回を大幅に下回っているところに現われている。とくに日本,フランスでは今回はGNPデフレーターの上昇率は石油ショック後に逆に低下しており(差はマイナス),西ドイツでもその上昇率は低いものにとどまっている。もっともイギリス,カナダ,イタリアではGNPデフレーターは今回もかなり上昇テンポを早めた。これはイギリス,イタリアでは賃金の物価に対する反応が早いこと,またイギリス,カナダでは国産原油の利潤の増加が大きかったことによる。

(輪入デフレーターの反応)

これに対して,輸入デフレーターの上昇幅は,前回と比べるとその半分程度になっているものの,その水準はGNPデフレーターの上昇幅を大幅に上回っている。両者のかい離がとくに目立っのは日本で,輸入デフレーターの反応が前回を上回り,横並びでも最悪なのに,GNPデフレーターの反応は前回を大幅に下回り,かつ国際的にも最良となっている。これは日本が前回以上の輸入インフレの大波を波打際で防止して,それを国産インフレに結びつけなかったことを示している。

次に輸入デフレーターの上昇に対する石油価格引上げの寄与度を国ごとに前回と今回とで比較すると,各国の波打際での石油ショックに対する反応ぶりが分る。石油価格の引上げ率が今回の方が小幅だったため,ほとんどの国で輸入デフレーターの上昇幅に対する石油価格引上げの寄与度は今回の方が小さくなっている。しかし,日本だけは例外となっている。これは79年中の大幅な円安がひびいている。日本,イタリア,フランス,イギリスで前回の石油価格引上げ寄与度が大きいのも同じく為替レート低下の要因がきいていた。

また,石油輸入依存度の変化も石油価格引上げ寄与度に影響する。アメリカの石油価格引上げ寄与度が余り変らないのは,石油輸入依存度がこの間高まったためであり,イギリスのそれが今回極めて小さいのはその石油輸入依存度が低まったためである。

(エネルギー価格の反応)

消費者物価の内のエネルギー価格の上昇率をそれが前年同月比でピークに達した点で石油価格上昇率と対比してみると(第2-2-2表),今回は前回より各国とも消費者物価中のエネルギー価格の上昇率が,石油価格上昇率との相対的な関係で見て,高くなっている。すなわち,石油価格上昇率は今回は前回の4割程度にすぎなかったが,今回の消費者物価中のエネルギー価格の上昇率は平均的には前回とそれ程変っていない。アメリカ,日本では前回の上昇率をかなり上回っている。

これは前回はインフレ抑制の観点からエネルギー価格もむしろ抑制気味に運営した国が多かったのに対し,今回は各国とも価格メカニズムによる石油節約に重点をおいた価格政策を採用したことの反映である。このため多くの国で石油ショックに対する消費者物価の反応に占めるエネルギー価格の上昇寄与度のウエイトが高まっている。とくにアメリカではエネルギー価格の上昇寄与度自体が前回を上回る大きさになっている(第2-2-1表)。

(輪入デフレーター,GNPデフレーター,総需要デフレーターの関係)

最後に,まとめとして,2回の石油ショックに際してのインフレの波及の過程を年ごとに追ってみたのが第2-2-1図である。なおここでは輸入デフレーター及びGNPデフレーターとの斉合性を保つため総合インフレの指標として総需要デフレーターをとることとする。

上段のグラフが,石油ショックが起ってから輸入デフレーターが上昇するまでの,インフレ波及過程のいわば第1段階を示している。石油価格の上昇による輸入デフレーター上昇分は棒グラフの縦縞をほどこした部分である。

棒グラフ全体は輸入デフレーター全体の動きである。また実線は各国の実効為替レートで(自国通貨建ての)輸入デフレーターを変換した海外物価の動きを示す。棒グラフが実線を下回っている時は,実効為替レートが強くなって海外物価の上昇の影響を一部遮断している時であり,逆に棒グラフが実線を上回っている時は,実効為替レートが弱くなって海外物価の上昇が一層増幅されているのを示している。

下段のグラフは,総需要デフレーターの動きを輸入デフレーターとGNPデフレーターとに分解してみたものである。輸入デフレーターが為替高などからマイナスの寄与をする時には,総需要デフレーターはGNPデフレーターの高さをその分だけ削った上昇率になる。このグラフを見ると,アメリカでは今回石油価格上昇が総合インフレ率を押し上げた力が前回とほぼ同じなこと,イギリスではそれがかなり小さくなったこと,日本でも石油価格上昇の寄与は前回同様だったにもかかわらず,GNPデフレーターが前回とは様変りに落着いていたために今回は総需要デフレーターは殆んど悪化しなかったこと等を読みとることができよう。

(水準としては,高いインフレ・各国間格差)

こうしてインフレ効果に対する消費国の反応は総じて今回の方がよかった。しかし第1次石油ショックの後遺症から,出発点のインフレの水準が高まっていたため現実のインフレの水準は2ケタを超えた国が多かった(第1章第2節参照)。

また国別にも日本,西ドイツのパフォーマンスがよく,フランスも高水準ながら前回より安定しているのに対して,イギリス,イタリアではインフレ悪化が甚だしく,アメリカもかなり悪化しているなど,パフォーマンスに格差が見られる点も指摘されよう。

2. デフレ効果に対する各国の反応度

石油ショックのもう1つの側面であるデフレ効果に対しては,各国はどのような反応を示したのであろうか。

第1次的なデフレ効果による実質所得の損失やそのデフレ的影響を少なくするためには,①石油節約などにより石油輸入額(自国通貨建て)そのものを引き下げるか,②産油国に対する輸出額(輸出単価の引上げも含む)を増やすか,の2通りの方法がある。従って,デフレ効果に対する各国の反応度は,石油純輸入量の変化率と,OPEC向輸出増加分の石油純輸入金額増加分に対する比率でみることができる。

まず,石油価格上昇要因のみによる第1次的デフレ効果をみると(第2-2-3表),7大国全体では,すでに見たように前回も今回も,ほぼ同じとみられるが,各国別には異なっている。アメリカ・カナダでは前回より高まっているのに対しイギリスを筆頭にその他の国では低下している。この大きな原因は石油原単位と国産石油量の変化である。アメリカ・カナダでは,石油原単位の向上が顕著でなかったことに加えて,国内産石油の産油量の伸び悩みが石油輸入依存度を高める結果となった。一方,イギリスは,北海油田の増産および景気後退による石油消費の減少もあって80年上期にはほぼ自給体制をととのえるまでに至っており,石油純輸入量は73年をピークとして79年までに85%も減少した。その他諸国では,石油原単位の向上を主因にデフレ効果は前回よりも減少した(第4章第4節参照)。

以上が,第1次的なデフレ効果であるが,このデフレ効果に対して,石油ショックの期間内にどれだけショックを和らげるべく反応したかを見てみよう。

石油輸入量の変化も反映した実際の石油純輸入金額の増加分(=実際の産油国への所得移転額)の名目GNP比率をみると,7大国全体では,前回も今回も2.3%と同じになっているが国別に自国通貨建てで見ると,アメリカ,西ドイツ,カナダでは今回の方が高まっているのに対して,その他4カ国は,今回の方が低くなっている。

この原因は,期間内における石油純輸入量の変化と為替レートの要因によるものである。アメリカでは第1次的なデフレ効果は今回の方がはるかに大きいため,期間内での石油純輸入量の減少幅が今回の方が高いにもかかわらず(前回は26.4%増に対して,今回は8.8%減)実際のデフレ効果は今回の方が大きくなっている。イギリスは,今回は石油収支赤字幅が急速に縮小し,80年下期に純輸出国へ転換したためデフレ効果ではなく逆に景気押上げ要因となっていることが注目される。

その他諸国では,景気局面の違いを合わせてみる必要がある。大陸ヨーロッパ諸国,日本では78年から80年初まで比較的堅調な景気上昇をつづけていたこともあって,石油純輸入量をそれほど減少できず,本指標によるデフレ効果が第1次デフレ効果と余りちがわない結果になっている。とくに日本とイタリアでは第1次デフレ効果を上回ってさえいる。

その他の注目すべき要因は為替レートの動向である。この差がはっきりと出ているのが西ドイツである。すなわち西ドイツでは前回はマルク高によって,実際のデフレ効果がかなり減殺された。それに対して,今回は各国で為替レートの安定を重視する政策をとったことから,前回のような大幅なマルク高は生じなかった。そのため西ドイツでは為替要因によるでフレ効果の縮小は前回程には働らかなかった。

次に,OPEC向輸出の増加により,失なわれた購買力をどれだけ補ったかをみると,今回のOPEC向け輸出増加分の石油純輸入金増加分に対する比率は前回のそれより小さくなっている。これは,産油国側の輸入の増大が今回は前回とくらべて少いことが主因である。同時に前回はインフレ効果に対して先進国が総じて国内インフレを誘発し,これが必然的にOPECへの輸出価格の上昇につながり,結果的にその比率を高めた面もある。

以上を要するに,デフレ効果に対する対応面でも,石油節約がすすんでいることなど総じて前回のような不均衡はないとみられる。

もっともOPECの輸入がこれまでのところ前回ほど大きくない上,その余剰資金の還流も前回のように順調にいくかは今後の課題として残されており,非産油途上国を含めて中長期的に見ると,デフレ効果面での問題は残っている。


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