昭和55年
年次世界経済報告
石油危機への対応と1980年代の課題
昭和55年12月9日
経済企画庁
第1章 1980年の世界経済
(順調な成長を続けた79年)
1979年の非産油途上国の成長率は4.7%と前年の5.0%からやや鈍化した(第1-6-1表)。この成長鈍化は非産油途上国経済のほぼ1割を占めるインドが農業不振からマイナス3%と大きく低迷したことが影響しており,これを除くと前年並みないしはそれ以上の成長である。第2次石油危機の発生にもかかわらず非産油途上国が,こうした成長を遂げたのは一次産品価格の高騰や先進国景気の堅調から輸出が順調に伸び工業生産も好調であったことによる。ただ,農業はインドをはじめ,各地域とも前年の伸びを下回った。
79年の製造業生産をみると,前年比7.5%増と前年(6.7%増)を上回る順調な伸びを示した。特に,中南米諸国はアルゼンチン,ペルーが前年の減少から大幅増大(前年比各々10.9%増,4%増)に転じたことなどから前年比8.0%増と好調に推移した(第1-6-2表)。これに対し,アジア諸国は前年より増勢を鈍化させた。これは韓国,台湾が年央以降の内外需の伸び悩み等から増勢を鈍化させたほか,インドも電力不足等から低迷したことによる。
これに対して79年の農業生産の動向をみると,干ばつなどの天候不順から各地域で前年の増加率を下回り,発展途上国全体でも前年比0.2%増(78年は4.1%増)にとどまった(第1-6-3表)。とくに穀物生産は前年比4.5%減の4億5,220万トン(但し,米は籾換算,FAO推計)と不振であった。これは発展途上国最大の穀物生産国であるインドが1億2,530万トン,前年比12.4%減の不作となったことが最もひびいているが,これを除いても前年を下回る収穫であった。
(成長鈍化が見込まれる80年経済)
80年の非産油途上国経済は,これまで高度成長を続けていた韓国がマイナス成長に転ずるほか,アジア,中南米の多くの諸国で成長は鈍化しているとみられる。
まず,80年の製造業生産をみると増勢は総じて弱い。これは物価高騰に対する引締め措置の強化や内外需の鈍化等による。まず,アジア諸国では韓国が社会不安も加わり,前年同期を下回っているほか,インド,パキスタン,フィリピン等も低迷を続けており,好調を続けていたタイも年央頃から増勢を鈍化させている。一方,中南米諸国もブラジルが80年4月以降の厳しい金融引締め措置から増勢を鈍化させているほか,アルゼンチンも増勢が鈍化している。
一方,80年の穀物生産は前年不作となったインドの回復や,ブラジルの豊作等全体では前年を上回る比較的順調な生産とみられている。ただ,穀物の大輸出国であるアルゼンチンは干ばつ等から大幅減産が見込まれているほか,韓国も天候不順から2年連続の減産となった。
(騰勢を強める物価)
非産油途上国の消費者物価は78年にやや鈍化したものの,79年は前年比21.1%高(但し,アルゼンチン等超インフレの6か国を除く)と再び上昇率を高めた(第1-6-4表)。これは石油価格の引上げによる影響や農業の不振によるところが大きい。非産油途上国の輸入単価は,79年に前年比18.8%上昇したうえ,各国で石油製品や公共料金の引上げが行われた。地域別にみても,アジアが再び二桁上昇となったほか,すべての地域が上昇率を高めている。なかでも中南米のインフレが極めて高い水準をつづけているのが目立つ。
80年に入ってからも,相次ぐ石油価格の上昇から各国で大幅な石油製品価格や公共料金の引上げが行われ,輸入工業品価格の上昇も加わって物価は一段と騰勢を強めている。
こうした物価情勢に対処して各国様々な対策を実施している。まず金融面をみると,各国で一段と引締め策を強化しており,公定歩合を公表している非産油途上国31か国中,79年に8か国(コロンビア,ペルー,台湾,フィリピン等),80年に入って9月現在で14か国(韓国,エジプト,象矛海岸等)と7割強の諸国が公定歩合を引上げている。また,財政面でも韓国,インド等諸国の予算はインフレ対策に重点をおいた緊縮型予算となっている。もっとも,韓国では不況の深刻化から貸出金利の引下げなど緊縮政策の一部手直しを余儀なくされている。その他,韓国,タイ,フィリピン等でエネルギー消費節約策が実施されているほか,フィリピンではエネルギー自給を高めるため地熱発電の推進(81年度予算)が決定され,ブラジルではアルコールなど代替エネルギー開発強化等の対策が進められている。
(拡大する貿易赤字)
非産油途上国の79年の貿易をみると,まず,輸出は前年比27.1%増と前年(13.5%増)の低迷から一転して世界貿易の伸び(世界の輸出は26.3%増,但し,共産圏を除く)をわずかながら上回る好調な増加を示した(第1-6-5表)。これは先進諸国の輸入需要が旺盛であったことによるところが大きい。非産油途上国の先進諸国向け輸出は78年の前年比12.5%増から,79年には同26.7%増へと増大した。また,それに伴って一次産品市況が上昇したこと(ロイター指数は79年に前年比9.0%上昇)も非産油途上国の輸出増に寄与した。
一方,輸入は石油価格の上昇もあって前年比23.7%増(78年は16.9%増)と増加した。これは輸出の増勢よりは低かったが,実額の増加分は輸入の方が大きく,貿易収支赤字は609億ドル(fob-cifベース)と75年の556億ドルを大幅に上回って史上最高となった。
しかし,79年中の赤字ファイナンスは順調に進展した。それは国際資本市場が流動的で借手市場だったことから,資金流入が前年を上回ったためである(第3章第1節参照)。79年の非産油途上国への資金流入は78年までと同様経常赤字額を上回り,非産油途上国は78年ほどではないものの,外貨準備をさらに積み増した。すなわち,78年中の27.8%増にひきつづき79年中も非産油途上国の外貨準備は12.3%増大して854億ドルになっている。輸入との対比では78年の3.9か月分からはやや悪化したがなお3.6か月分と高水準にある(74~77年平均は3.1か月分)。,ただ,後述するように(第3章第3節)債務残高の増大から債務返済額が増加しているので,債務返済比率が悪化している。
80年上期の貿易は,輸入が相次ぐ石油価格引上げで高い増勢をみせている一方,輸出も一次産品市況がなお高水準(上期のロイター指数は前年同期比11.3%高)であることなどから増勢を保っている。ただ,年央頃から先進諸国の景気停滞による輸入需要減(80年4~6月期の季調済名目輸入額は前期比0.2%減)などの影響を受け,非産油途上国の輸出は増勢を鈍化させており,下期も一層鈍化するものと見込まれる。一方,下期の輸入については,成長鈍化等から石油以外の輸入の増勢は鈍化するものとみられるものの,依然高い増勢をつづけるとみられる。このため,80年の経常収支赤字は700億ドル(前年は529億ドル,IMF推計)とさらに一段と拡大するものとみられている。
こうして79年中は比較的良好なパフォーマンスを維持した非産油途上国経済も80年に入ると成長鈍化,物価の高騰,経常収支赤字の拡大という三重苦に悩まされるようになってきている。
これに対してOPECの経済は再び石油収入に潤っている。
(石油収入と経常収支黒字の増大)
OPEC諸国の石油収入は,78年には世界的な供給過剰に対応しての減産を主因に前年水準を下向ったが,79年には石油価格の大幅値上げに産油量の増大も加わって,政変のあったイランを除き各国とも大幅に増大した(第1-6-6表)。80年も,減産にもかかわらずさらに増加しているとみられる。
一方,OPEC諸国の輸入は,79年には8.0%増と78年にひきつづき低い伸びにとどまり,実質では減少したとみられる。これは部分的にはイランの輸入が大幅に減少したためであるが,イランを除いても13.9%増と第1次石油危機以降最低の伸びとなっている(第1-6-7表)。
これを,いわゆるロー・アブソーバー諸国とハイ・アブソーバー諸国とに分けてみると,ロー・アブソーバーの輸入は潤沢な資金,順調な経済開発等を反映して79年も前年を上回る伸びを示したが,ハイ・アブソーバーでは第1次石油危機以降初めて前年を下回った。これはイランの大幅減少に加え,78年の石油収入が減少したことから多くの国が引締めを余儀なくされたためである。
こうした石油収入と輸入の動向から,OPEC諸国の貿易収支は著しく改善され,78年に赤字に転落していた国も79年にはおおむね黒字を回復した(第1-6-8表)。このため,外国人労働者の送金,コンサルタント料金等により貿易外・移転収支の赤字幅はひきつづき拡大しているにもかかわらず,経常収支(公的移転前)の黒字幅は79年680億ドル,80年1,150億ドルと大幅に拡大するものと見込まれる(経常収支は,OPEC諸国にオーマンを加えエクアドル,ガボンを除いた諸国についてのIMF推計)。
(停滞から再拡大へ向うOPEC経済)
73年の石油価格大幅引上げ後一気に開発テンポを速めたOPEC諸国は,76~77年頃からボトルネックの発生,インフレの高進,経常黒字の縮小等により開発テンポを落して来たが,こうした石油収入の再増大に伴い79年後半から多くの国が,政府支出の追加や通貨供給量の増大等の拡張策へ転じている。その効果は79年中はあまり現われなかったが,80年に入るとさらに積極的な予算が組まれたこともあり,経済は次第に拡大に向っている。それに従い,サウジアラビア等インフラストラクチュアの整備が進んだ国を除き,物価再上昇のきざしがみえている(第1-6-9表)。
(新しい開発計画の策定)
より長期的には,ひき続き石油輸出の高付加価値化,石油枯渇後に備えての自立可能な産業の育成等を目指して経済開発を進めることが重要となっており,サウジアラビ,アルジェリア等で新しい開発計画が策定されている。
すなわち,アルジェリアは80年6月に第3次5か年計画の大枠を発表した。アルジェリアの新計画の特徴の第1は投資総額が前計画の4倍(4,006億ジナール,約1,050億ドル)といぜん意欲的になっていることである。その第2は,過去の2次にわたる計画が重化学工業重視に偏っていたという反省に立ち,住宅,社会資本等への投資配分比率を引上げてはいるものの,工業,炭化水素部門への配分比率はいぜん高く,従来からの優占順位がほぼ維持されていることである。
これに対して80年5月に発表されたサウジアラビアの第3次開発計画では,その規模は7,828億SR(約2,300億ドル)(インフレが高進した場合には8,314億SR程度まで増額可能といわれている)と前計画の実績値6,880億SRから余り増えていない。また,資金配分の面でも重点がインフラストラクチュアから生産部門に移され,バランスのとれた経済成長と石油収入依存の軽減を目指した内容となっている。
OPEC全体としても,ロー・アブソーバーを中心にイラン政変等にみられるような性急な近代的開発の伝統社会に及ぼす影響や,外国人労働者の流入による社会不安の発生に対する配慮,石油資源保存意欲の高まりなどから,今後の開発テンポは前回時と比較するとより堅実なものとなるものと考えられる。