昭和54年

年次世界経済報告

エネルギー制約とスタグフレーションに挑む世界経済

経済企画庁


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第1章 1979年の世界経済

第4節 発展途上国の経済動向

1. 調整期にあるOPEC経済

1973年の原油価格の大幅引き上げ以来,OPEC諸国は急増した石油収入を背景に大規模な工業化計画を進めてきた。それは,①有限資源である石油を原油または燃料としてではなく,中間財,最終製品として付加価値を高めて輸出する,②石油以外の鉄綱などの産業の育成を図ることにより,世界の石油需要に大きく左右される石油モノカルチャー経済から脱却し,石油資源枯渇時に備える,との二つの意図によるものであった。しかし,工業化のプロセスでは多くの諸国でインフラストラクチヤー,技能労働者の不足,インフレの高進など各種の歪みが表面化し,76年頃から各国ともそれまでの開発戦略の軌道修正を余儀なくされている。特にイランでは,開発に伴い発生したアンバランスを調整できなかったことが,79年2月政変の一因となった。

またこうした現象が近代化路線そのものに対する疑念をひき起した面もある。サウジアラビアでも,経済開発に伴って外国人労働者が大量に流入し(一部ではサウジの人口800万人に対し約200万人の外国人が流入したと推定されている。),これが伝統的な社会に与える影響について懸念されている。

このため,OPEC諸国は全体としては,石油に代る経済の支柱を作るべく,経済開発は進めていくことになろうが,そのやり方は,経済のアンバランスを解消するためひき続きインフラストラクチャーの整備や人的資源の開発を優先した慎重な経済運営を行っていくものとみられる。

(1)増加に転じた石油収入

1978年はOPEC経済にとって,依然過去の経済開発が創り出した経済の不均衡の調整を,石油収入の減少,ドル減価の中で進めていかねばならないという厳しい年であった。まず,78年のOPECの石油収入を見ると,上半期の世界的な原油の供給過剰による産油量の落ち込みを主因に,1,192億ドルと前年比7.5%の減少を記録した(第1-4-1表)。とくに,サウジアラビア,ナイジェリア,ベネズエラ,イランなどの減少が目立っている。さらに77年秋から78年10月末まで,ドルの減価が著しく進んだことや先進国の物価上昇率が高まったことを考えると,産油国の実質購買力は大きく減少している。しかし79年に入ると,年初から三度の原油価格引上げを行った結果,石油収入の急増が予想される。

(2)貿易収支黒字は再び拡大へ

次に貿易収支を見ると(第1-4-2表),78年は石油収入の減少を主因に,ロー・アブソーバー諸国の黒字幅の減少,ハイ・アブソーバー諸国で赤字国の増加がみられ,全体としての黒字幅は77年の6割程度の390億ドルとなった。国別にはサウジアラビア,イランの黒字幅の大幅減少,ナイジェリアの赤字国への転落などが目立っている。このため,IMFによれば,OPEC全体()の経常黒字幅も77年の320億ドルから78年には60億ドルへと1/5以下になっている。しかし,79年には石油収入の急増,イランの輸入規模の縮小,前回の石油危機時と比べての各国の輸入の所得弾力性の低下などが見込まれるため,経常黒字幅は再び430億ドル程に拡大するものと推定されている。

ここでOPECM国の輸入動向をみてみよう(第1-4-3図)。OPEC諸国の輸入(ドル・ベース)の増加テンポは,74年の61.1%をピークに,77年33.1%,78年24.4%まで低下した。乙れを国内の経済開発等に必要とされる資金に比べ石油収入の多いロー・アブソーバー諸国とそれとは反対のハイ・アブソーバー諸国とに分けて見ると,ハイ・アブソーバー諸国の輸入増加寄与度が74年の45.6%から77年16.5%,78年には10.5%に低下したのに対し,ロー・アブソーバー諸国は74年の16.0%から77年14.6%,78年には13.7%となっている。つまりOPEC諸国全体の輸入増加テンポの鈍化は,主として国際収支の制約とインフレ抑制のための引締政策により輸入増加テンポを低下させたハイ・アブソーバー諸国によるものであることがわかる。79年に入っても,イランの政情不安が続いたという特殊事情も加わって,少なくとも上期中はこの傾向が続いた。これを,アメリカ,日本,西ドイツ,イギリス4か国計の1~6月における対OPEC向け輸出でみると,OPEC諸国全体では前年同期比16.3%減(イランを除くと0.2%増)となっている中でロー・アブソーバー向けは18.3%増と増勢を維持しているのに対して,ハイ・アブソーバー向けは35.2%減(イランを除くと15.1%減)と不振が目立っている。ただ年後半になると原油価格引上げによる収入増などから,OPEC諸国の輸入が持直す気配を見せている。

(3)やや落着いた物価動向

OPEC諸国の消費者物価の動向を見ると(第1-4-4表),各国が概ね金融引締め政策をとっているほか,インフラ整備などによるボトルネック解消の努力により,騰勢は全体として弱まる傾向にある。特にサウジアラビアでは積極的な港湾建設の効果などにより前年比でマイナスを記録している。しかし,イラン,ナイジェリア,アルジェリアなどの国々は依然二桁の上昇を続けている。各国とも,インフレの構造要因であるインフラの不足に積極的に取り組んでいると見られるが,それは一時的にせよ財政支出を膨らますことにもなり短期的インフレ抑制策と逆行する面もある。

(4)スローダウンした開発計画

OPEC諸国の経済開発の進捗状況を見ると,まず,現在GDPベースでは計画目標を達成しているサウジアラビアでも,①港湾などのインフラ整備の優先,②資材価格の高騰,膨大なインフラ投資に伴うプロジェクトの経済性に対する問題などから,当局はプロジェクト選別の姿勢を強めていると言われる。そのため,プロジェクト・ベースでみると計画達成度は必ずしも高いとは見られない。また同国は1399/1400年度(西暦1979年5月26日~80年5月14日)が第二次五か年計画の最終年度にあたることもあり,歳出を1600億サウジ・リアル(=約470億ドル),対前年度実績比8.5%増にとどめている。内容的にも依然ボトルネック解消のため予算全体の26.2%をインフラ整備に,10.7%を人的資源の開発にあてている。また,王制からイスラム共和制へ移行したイランでは,79/80会計年度の予算を見ると,投資的経費の全体に占めるウエイトは約36%と前体制の下で作られた前年度予算とほぽ変わらないものの,予算規模は前年度比25%減と3/4に圧縮されたと伝えられている。そのため,前政権の下で計画されたプロジェクトの選別が進められ,政策当局の意図する経済規模の拡大テンポは緩かになると予想される。さらに,予算では高い伸びを維持しているアルジェリアでも,78,79年度を「調整の年」と位置付け,これまでの重化学工業優先政策による歪み,たとえば軽工業部門の不振,原材料部門の立ち遅れを是正することとしている。

2. 非産油途上国経済:悪化する貿易収支

(1)成長率鈍化のきざし

1978年の非産油途上国経済は産油国が2.6%の成長にとどまったのに対し,5.2%と比較的高い成長を維持した(第1-4-5表)。

これは農業生産の好調によるもので,輸出や工業生産は前年よりも増勢をやや鈍化させた。

しかし,79年になると穀物生産は前年の大豊作には及ばず減産が見込まれ,また,工業生産も国によりまちまちの動きをみせている。

まず農業生産をみると,78年は天候にめぐまれたことなどから前年を3.2%上回る豊作であった(第1-4-6表)。

このうち,穀物生産は前年比3.9%増の4億7,200万トン(但し,米は籾換算。FAO推計)と史上最高の豊作を記録した。地域別ではアジアがインドの豊作等マレーシア(干ばつ)を除くと総じて順調で,前年不振だったアフリカの農業もやや回復をみせた。ただ,中南米の穀物生産はブラジルでとうもろこしや大豆が減産となるなど不振であった。

79年の穀物生産は主として干ばつなどの影響からアジア(インド,ネパール等),中東(ヨルダン等),アフリカ(ザイール,ボツワナ等)で前年を下回り,全体でも大豊作であった前年を下回るとみられている。その中で,中南米はブラジルが平年作には及ばないものの前年の不作から回復するなど前年より増産が予想されている。

つぎに,78年の鉱工業生産は前年比5.7%増と前年(6.1%増)よりやや鈍化したものの比較的順調であった(第1-4-7表)。地域別にみるとアジアでは工業品輸出の増加と内需の高まりから前年比8.8%増(前年は7.5%増)と順調で,特に,韓国(前年比22.9%増),台湾(同25.0%増)等の中進国が好調であった。これに対し,中南米ではアルゼンチン,ペルー等で超インフレによる内需の鈍化やストライキの頻発などから前年より減産となってぃるが,前年低迷したブラジル(工業品の輸出急増)やメキシコ(石油部門の開発促進による影響)は高い伸びを示した。

79年の鉱工業生産は,アジア諸国が総じて増勢が弱いのに対し,中南米は比較的順調な動きをみせている。まず,アジアでは韓国,台湾が輸出や内需の増勢鈍化から年央にかけ伸びが大きく鈍化したほか,インド,パキスタン等も鈍化するなどタイ等一部諸国を除くと増勢は弱い。逆に,中南米ではアルゼンチンに回復の動き(上期の製造業は前年同期比14.4%増)がみられるほか,ブラジルやメキシコも好調を持続している。

(2)急増する貿易収支赤字

非産油途上国の輸出は76年,77年と世界貿易の伸びを上回る順調な拡大を続けたが,78年は12.3%増(世界の輸出は15.4%増)にとどまった(第1-4-8表)。これは①一次産品市況が77年後半から下落に転じ,その後,78年7~9月にかけ低迷したため(ロイター指数は78年1~9月間に前年同期比10.4%下落),一次産品輸出比率の高いインド,ブラジル,エチオピア,ケニア等の輸出が低迷した,②77年までの5年間に年平均46.4%と急増してきた産油国向け輸出が78年は12.8%増にとどまった,などによる。ただ,工業品輸出は前年比で韓国31.8%増,台湾36.4%増,シンガポール22.4%増,タイ48.7%増,メキシコ33.1%増と好調を持続しており,ブラジルでも33.0%増と好調であった。

一方,輸入は,比較的高い成長を続けたこと,輸入価格が上昇(前年比8.7%高)したことなどから前年比18.4%と増加した。特に,中進国では好況を反映して28.2%(前年は9.1%増)と急増した。こうした輸出入の動向から貿易収支は423億ドル(fob-cifペース)と74年に次ぐ大幅赤字を記録した。しかし,これに対するファイナンスは引続き順調で,例えば,DAC(OECD開発援助委員会)加盟諸国から発展途上国への資金の流れは714億ドルと前年に比べ40.7%もの増加となった。このため,非産油途上国の78年末の外貨準備高は前年末比29.0%増の710億ドルを記録している。これは同年の輸入の約4.4か月分に相当する(77年末は4.0か月分を保有)。

79年上期には輸入は石油価格の再三の引上げで引続き高い増勢を続けているが,輸出も再び増勢を回復して来た。輸出の回復は一次産品市況が前年末以降上昇に転じたこと(ロイター指数は上期に前年同期比8.2%高),先進工業国の上期の輸入需要が前年より高いことなどによる。なお,貿易収支は輸入が石油価格の大幅引上げで下期以降一段と増加するとみられる反面,輸出はアメリカの景気低迷等から伸び悩みが懸念されており,今後一層の悪化が予想されている。

(3)騰勢を強める物価

非産油途上国の消費者物価は78年も前年比16.8%高(但し,超インフレ国であるアルゼンチン等7か国を除く)と引続き二桁台の上昇であったが,騰勢は前年より鈍化した(第1-4-9表)。その中でアジアは農業の豊作を主因に前年比6.8%高と物価の安定が続いており,78年に二桁の上昇をしたのは域内21か国中,韓国,スリランカ,バングラディシュの3か国のみである。これに対し,他の地域では騰勢はやや鈍化したとはいえ,依然二桁上昇が続いている。特に,中南米はアルゼンチンのような前年比2.8倍といった一部急騰国を除いても前年比28.1%高と騰勢は強い。これは農業不振(ブラジル,チリ,ペルー等),為替レートの不安定,財政赤字とそれを賄うための通貨の増発等によるものである。こうしたインフレを抑制するために各国は金融引締め(多くの中南米諸国,韓国等),関税の引下げや自由化等輸入抑制の緩和(韓国,パキスタン,アルゼンチン,チリ等),賃金抑制(アルゼンチン,チリ等)などといった対策を採った。

79年に入ってからの物価は,各国で石油製品価格や公共料金の引上げが相次いでおり,再び騰勢が高まっている。加えて,79年の穀物生産が前年を下回るとみられていることもあり,79年下期以降の一層の騰勢が懸念される。

こうした物価情勢に対処して,エネルギー消費節約策の実施(韓国,タイ,フィリピン等),緊縮予算の実施(ブラジル,コスタリカ等),金融引締め,輸入自由化の促進等の対策が進められている。