昭和54年
年次世界経済報告
エネルギー制約とスタグフレーションに挑む世界経済
経済企画庁
第1章 1979年の世界経済
78年以後,西ヨーロッパの景気に明るさが見えていたものの,79年に入ってのインフレの加速化と第二次石油危機は再びヨーロッパ諸国にも暗雲を投げかけ,その景気上昇テンポを鈍いものにしていることは前述の通りである。
ここでは西ヨーロッパ景気の持続性をみきわめるために,需要項目別にややくわしく調べてみることにする。
第一次石油危機からの景気回復過程で著しく出遅れていた西ヨーロッパの設備投資も78年には回復を始めた。そこでここではまず西ヨーロッパ4大国の操業度の回復度合をみることによって,過剰投資の調整過程を概観する。
次に,78年以降,民間設備投資が回復し,力強さがみえてきた西ドイツについて,企業収益,投資採算等の背景と今後の見通しを分析する。また,投資回復の環境がかなりととのってきたと見られるフランスの現状を,西ドイツとの対比において紹介する。そして最後にEC委員会による企業家の意識調査で総合的な判断を試みたい。
(1)改善のみられる操業度
4大国の製造業民間設備投資の回復過程を操業度でみると(第1-3-1表),各国とも76年には不況からの反動もあってかなりの回復をみたが,その後78年1~3月期までにおける回復テンポには力がなく,この間,西ドイツで0.7%,フランスで0.7%上昇したにすぎず,イタリアでは1.8%の減少さえ示した。イギリスは例外で,その回復は早く76年末頃には盛り返した。これは73年までの民間設備投資が弱く,他の国ほど過剰設備が表面化しなかったこと及び北海油田開発投資の盛り上りのためとみられる。
しかし西ヨーロッパ経済は78年に入って一勢に拡大基調に入り,過剰設備の調整は急速にすすんだ。操業度は78年1~3月期から,79年4~6月期までの間,西ドイツで2.7%,フランスで2.0%,イタリアで2.7%,イギリスで16%(正常稼働の企業の割合,78年1~3月期から79年7~9月期まで)と好伸し,それまでの上昇率を大きく上回った。
また,最近時点の操業度の水準自身も64~73年平均と比較すると,いずれの国でもほぼ石油危機までの10年間の平均レベルに近づいている。しかも,前回の石油危機に,よってひきおこされた産業構造の変化(すなわち西ヨーロッパで構造的不況業種といわれている鉄鋼,造船などの存在)や設備の陳腐化などを考慮に入れると,新規設備の必要度はかなりの程度高まっていると判断することができよう。
(2)西ドイツにおける民間設備投資回復の背景と持続性
不況からの立ち直りが比較的早く,かつ全体的なパフォーマンスもよかった西ドイツでも,設備投資はなかなか盛りあがりをみせなかったが,77年後半に入ると,度重なる景気刺激措置(投資補助金,減価償却率の改善措置,中期公共投資計画による建設受注の増加)により,動意をみせはじめた。さらにサミット等で提唱された協調的景気刺激策は,西ヨーロッパ諸国の景気回復をかなりはっきりしたものにさせ,これによる輸出環境の改善,企業収益の大幅回復等から企業の設備投資マインドは好転した。その結果,78年の固定投資は6.3%増と77年の4.0%増から伸びを高め,実質経済成長率3.5%を大幅に上まわった。
いま企業収益状況を第1-3-2図でみると,78年4~6月期より企業所得は大幅に上伸し,労働所得の伸びを大幅に上まわった。この結果,低下傾向にあった利潤分配率は上昇し,78年末には好況だった72年の平均30%強に迫る水準に達した。
各国において74~75年の不況以来,労働側は所得の実質価値を守るため賃金率を上昇させたのに対して,企業側は需要の弱さから労働コストを価格に充分に転嫁させることができなかったため,60年代以来の利潤分配率の低下傾向は増幅されていた。この傾向はイタリア,フランス,イギリスなどで強く,西ドイツも例外ではなかったが,最近に至って西ドイツではそれが逆転されてきたのは注目すべき現象である。
つぎに資本財受注,建設受注及び非住宅建設受注の動向を見てみよう(第1-3-3図)。国内向資本財受注は,77年後半の投資刺激策により大幅な上昇をみせたあとも増加基調にあり,79年に入ってからも前年同期比上昇率は1~3月期7.5%,4~6月期5.6%であった。一方建設受注も中期公共投資計画の実施や住宅需要の盛り上りを中心に77年10~12月期より加速し,78年に入ってその増加率を高めている。この中で注目すべきは,78年に入ってからの非住宅建設受注の動向である。とくに産業用建設投資は生産力増強のために必要なものと考えられるが,これは78年に入ってから一貫してその伸び率を高めてきている。またIFO研究所による今年度民間設備投資計画調査によると大半の企業が設備投資計画について上方修正を行い,79年秋季調査は前年比実質9%増と前回79年春季調査の7%増を上まわった。
以上のことから判断すると,西ドイツにおける民間設備投資はかなり腰のしっかりしたものになってきているといえよう。
(3)フランスにおける民間設備投資環境の改善
フランスでは,西ドイツと対照的に民間設備投資の回復が出遅れている。
78年においても,固定投資の伸びは0.7%増と77年の1.3%減からは回復したものの,実質経済成長率3.3%を大幅に下まわっていた。
しかし投資環境をみると,西ドイツと同じようにかなりの改善がみられる。操業度でみると,79年4~6月期にはすでに64~73年平均に達しており,回復度合はむしろ西ドイツをしのいでいる。
次に企業収益の改善状況をINSEE(国立統計経済研究所)のアンケート調査でみると(第1-3-4図),77年までは一貫して悪化しつづけたあと,78年から回復に転じ,78年7~9月期からはかなりの改善がみられた。また,操業度の改善を反映して,近い将来設備投資が必要となると答えた企業家の割合は,製造業全体で79年6月1こは68%にも達し,ほぼ不況前の水準にもどっている。製造業の設備投資受注の推移をみても,不況後一進一退をくり返して不安定な動きを示していたが,77年10-12月期以降上昇に転じてきている。
フランスにおいてもこのように投資回復の環境はかなり改善されている。
しかし重要なことは,西ドイツとの比較において同じように投資環境は回復しておりながら,民間設備投資の回復テンポはフランスでは著しく弱いということである。この差は企業家の中期的な需要予測の違いによるところが大きいとみられる。西ドイツと違い,物価上昇率が高く,経済パフォーマンススが悪いフランスでは,投資決定に際して中期的な見通しが立てにくく,企業家の投資マインドを弱めていると考えられるからである。
(4)ECの企業家コンフィデンスの回復
EC委員会による企業家の意識調査によると78年初めから企業家コンフィデンスの回復が顕著にみられ,79年央までその傾向は維持された( 第1-3-5図 )。受注残高は77年末を底に上昇に転じたあと,一貫して増加したのに加えて,在庫の過剰感も,78年央以降からは68~77年平均を下まわるようになった。こうした現象は国内最終需要が引続き堅調なことを背景に,物価高騰に警戒感をもちつつも,企業家が生産は引続き増加してゆく期待をもちつづけていることを示している。企業家コンフィデンスは79年9月に入ってイギリスで急速に悪化したことに加えて,フランス,イタリアでもやや低下するなど第二次石油危機の影響が徐々にでて来ているが,今迄のところ水準は高く,企業家のコンフィデンスは悪くはない。
このように種々の点から検討してみると,西ヨーロッパにおける設備投資の環境は整ってきており,財政面でも個別対策として設備投資奨励策などがとられつづけていることなどを考えると,現在の設備投資の回復基調が急速にくずれるということはないと考えられる。ただイギリスは例外で過去3年間にわたった回復を続けてきたこと,79年6月から厳しい緊縮政策がとられていること,物価が高騰していることなどから,79年に入って投資の勢いは衰え,産業省による製造業固定投資見通しも実質で79年が1.3%減,80年は7%減となっている。
77年後半に始まった景気回復において,個人消費の果した役割は大きかった。その効果を総需要に対する増加寄与率の推移でみると 第1-3-6図 のとおりである。比較的早く回復に転じた西ドイツでは,77年4~6月期に70~73年平均割合(個人消費/総需要)(注)を上まわったあと,しだいにその伸びを高めていった。フランスでも77年7~9月期に平均を大きく上まわったあと,高い増加寄与率を維持した。もっともイギリスでは,国際収支改善のための総需要管理政策,所得政策,高物価により76~77年中は,実質可処分所得が低下しつづけた為,個人消費の増加寄与率はマイナスとなっており,回復に転じたのは78年に入ってからであった。これら個人消費回復の背景としては,消費者物価のいちおうの鎮静化から実質可処分所得の伸びが高まったこと,及び消費者コンフィデンスが改善してきたことなどによると考えられる。
(1)実質可処分所得増加の背景
実質可処分所得の動きをみると(第1-3-7図),すべての国で77~78年にかけて,その伸びが高まった。西ドイツでは77年に1.9%増となったあと78年には3.5%と急増した。フランスでは77年に4.1%と急増したあと78年には5.2%増とさらに伸びを高めている。77年までマイナスとなっていたイギリスも78年には6.5%の急増となった。
78年になってからの実質可処分所得の増加は,消費者物価上昇率の鎮静化によるところが大きい。名目可処分所得でみれば,フランス,イタリアなどでは,78年はむしろ前年の伸びを下まわっていた。また,雇用者数の増加も見逃せない。西ドイツでは77年までは雇用者数は減少しつづけてきたが,78年には0.7%増加した。その他の国でも雇用者数は,景気回復を背景として着実な増加を示してきている。
(2)家計貯蓄率の動向
こうした実質可処分所得の増加は77~78年にかけて共通してみられたものの,これを個人消費支出の伸び率との対比でみると,大きな相違があらわれている。すなわち西ドイツのように消費者物価上昇率が低く,良好な経済パフォーマンスを有していたところでは,個人消費支出の伸びは,実質可処分所得の伸びを上まわったのに対して,英,仏,伊など消費者物価の騰勢がなかなか収束しなかった国では,貯蓄率の高まりにより,個人消費支出の伸びは実質可処分所得の伸びを下まわった(第1-3-7図)。従来の貯蓄率の動きをみると,各国とも比較的安定しており,また短期的には,消費の慣性効果により,実質可処分所得の伸びが低下する時には,むしろ貯蓄率は低下する傾向がみられた。しかし,74~75年のはげしいインフレによって実質可処分所得の伸びが低下する中で,貯蓄率は大幅な上昇を示した。この理由としては,①インフレの進行で将来への不安感が高まったこと。②インフレによる貯蓄高の目減りを回復させようとしたこと等が考えられる。この消費者行動の変化はインフレの激しかった国ほど大きく,イギリスなどでは,70~73年平均9.9%から74~75年には14.5%まで急上昇した。その後英・仏・伊などでは消費者物価の鎮静化とともに,貯蓄率にもやや低下の傾向がみられたものの,いぜん高水準にある。
(3)今後の見通し
78年において消費者物価が鎮静化し実質可処分所得が増加したため,個人消費は伸びを高め,78年における西ヨーロッパ景気回復の先導役を果してきた。しかしながら79年以来,第二次石油危機に端を発した原油価格の上昇は消費者物価を再び高騰させつつあり,実質可処分所得の伸び率を低めると同時に,消費者コンフィデンスに悪影響を与え,貯蓄率も再び高まってくる可能性が強い。その結果個人消費が今後弱まってくることは避けられないとみられる。
個人消費支出にやや弱さを感じさせるその他の要因として,自動車売上の動向がある。新規自動車登録台数の動きをみると(第1-3-8図),各国とも前回不況において2~3年連続して減少しつづけたあと,75~76年に入って上昇に転じ,個人消費支出増加の大きな要因となっていた。しかし78年ですでに回復後3年,西ドイツでは4年経過しており,従来のパターンからみてもそろそろピークに達しつつあるとみられるのに加えて,第二次石油危機からの新たな石油の供給制約,ガソリン不足及び価格の急騰などを考えると,自動車販売に今まで以上の期待はできないとみられる。
一方西ヨーロッパ各国が過度の引締めに移らぬかぎり,景気が急速に落ち込む危険は少ないとみられることから,雇用者数は徐々ながら増加しつづけ実質所得のインフレによる目減りをある程度おぎなう役割を果すものと思われる。
EC委員会によれば,79年のEC全体の雇用者数は前年比0.7%増と見込まれており,家計の名自可処分所得も11.8%増と78年の11.3%をわずかながら上まわるとされている(79年11月)。消費者物価の上昇を勘案した,79年の実質所得の伸びは2.7%である(78年は3.9%)。
このように考えてくると,個人消費は景気下支えの役割は引続き果してゆこうが,その力は段々弱いものになっていくものとおもわれる。
第一次石油危機およびそれに前後する強力な引締め措置は一挙に過剰在庫をひきおこすこととなり,各国経済もその調整にかなりの時間を要した。74年以降の在庫投資の動きをGDPに占める割合でみると(第1-3-9図),74年まで積上がっていた在庫投資は75年に入ると一挙にマイナスに転じた。76年に入って回復が始まるとかつての高成長を期待した企業家は積極的に在庫積増しを行ったが,最終需要は盛り上りを欠き,インフレ懸念や国際収支の制約などから政策も慎重であったため,結果的には意図せざる在庫増をひきおこし,翌77年に入ると再び在庫調整を強いられることとなった。
78年に入り,再び景気に明るさが戻るとともに,在庫投資も徐々に増加し始めた。そのテンポは企業家の慎重な行動を反映して76年のものと比べてゆるやかなものであったが,最終需要の盛り上がりにつれて足どりはしっかりしたものとなってきている。企業家の在庫水準の判断をEC委員会のアンケート調査でみても(第1-3-5図 ),78年からは在庫水準は良くなったとみる企業が一貫して増えてきており,最終需要の強さを反映して企業家に過剰感を与えなくなってきている。
(1)西ヨーロッパにみられる貿易の役割
西ヨーロッパ経済は,高度に発達した水平分業により,各国とも輸出入依存度が高く,また,その中で地域内取引の割合が非常に高い(第1-3-10表)。総需要に占める輸出の割合をみると,OECD加盟国全体では,70~77年平均で13.7%であるのに対し,西ヨーロッパでは20.2%に達している。さらに総輸出のうち域内の占める割合は66%となり,西ヨーロッパ諸国は相互に総需要のうち13.3%も域内輸出に依存していることになる。この高い相互依存度は貿易を通じての景気波及という点から2つの大きな特徴をもっている。
第一に,景気の上昇局面における需要増幅効果が大きい反面不況期にはそれが逆に作用して,不況の谷を深くするということである。OECDヨーロッパ全体の輸出に対する増加寄与率を域内,域外に分けてこの推移をみてみると,第1-3-11図のようになる。
72~73年にほぽ景気のピークに達していた西ヨーロッパ経済は,域内の増加寄与率を7割以上にまで高めていたが,74年にかけてはそれが徐々に下がり,74年10~12月期には47.4%となった(西ヨーロッパ輸出の域内依存度は70~77年平均で66%であるので,それ以下の増加寄与率は域内の伸びが低いことを示している)。そして,73年後半に起った第一次石油危機は西ヨーロッパにほぼ同時的な不況をもたらし,75年7~9月期には域内の増加寄与率はマイナスとなった。しかし75年後半より始まった景気回復において,西ヨーロッパの輸出の増加は100%以上域内向によるものであった。76年後半よりの域外輸出の増加寄与率の上昇は,その他先進国の景気回復,OPEC諸国への輸出増加によるところもあったが,主として西ヨーロッパ経済の景気停滞のあらわれであり,域内の増加寄与率は77年10~12月期には50.7%まで低下した。その後78年より始まった景気回復は,再び西ヨーロッパ域内の好循環をもたらし,相互依存性を高めつつ,78年10~12月期には域内の増加寄与率は68.9%となっている。第二の特徴は,西ヨーロッパ諸国間にみられる相互補完性である。すなわち相互依存の高まりと各国の景気上昇のラグが相まって西ヨーロッパ全体としての経済の安定度が増すことになっている。この動向を4大国と西欧小国に分けてみてみよう(第1-3-11図)。OECDヨーロッパ諸国の域内輸出に対する4大国向け輸出と西欧小国向け輸出のシェアは70~77年平均で52:48の比率であるが,その増加寄与率でみると,かなりの相違がみられる。72年,76年,78年の景気上昇局面においては,西ドイツなどを中心とした4大国向け輸出の域内輸出増加寄与率はその市場シェア(52%)以上に高まり,74年,77年の景気停滞局面では反対に西欧小国の増加寄与率が市場シェア(48%)以上に高まっている。これは,景気上昇局面では4大国が西欧小国をリードし,景気後退局では西欧小国が景気を下支えすることを示している。
これら二つの特徴を踏まえて,最近の西ヨーロッパの輸出動向をみると,77年10~12月期から4大国の増加寄与率が高まり,その後国際波及効果を通じて,西欧小国にも活力を与えたため西欧小国の増加寄与率がじりじりと上昇し,その市場シェア(48%)に近づいている。その結果,OECDヨーロッパ諸国の輸出に対する域内の増加寄与率は,78年1~3月期より一貫して上昇をつづけており,78年の景気上昇は西ヨーロッパ域内の相互依存度を高めながらの成長であったということができる。そしてこの傾向は79年以降も続いているとみられる。
(2)アメリカの景気後退が及ぼす影響
アメリカが景気後退に入ると予想されることから,西ヨーロッパ諸国へめ影響が懸念されている。しかし,総輸出に占めるアメリカ向割合が総じて低いことから,総需要に対するアメリカ向け輸出の割合(=アメリカへの依存度)はOECDヨーロッパ諸国平均で1.4%と比較的小さい(第1-3-12表)。これは,ヨーロッパ以外の国々のアメリカへの依存度に比べて約1/4である。4大国をみてもフランスが極めて低く,イギリスがやや高いというバラツキもみられるが,総じてみれば,その影響は懸念されるほど強くないとみられる。
以上みてきたように,対外面においては,第二次石油危機に伴う先進諸国の経済成長率の鈍化などから,世界貿易も縮小に向うことが懸念されているが,西ヨーロッパでは,アメリカの景気後退の影響は相対的に強くなく,かつ西欧小国などの景気も悪くないところから当面西ヨーロッパ景気の下支えの役割を果すと考えられ,前回のように各国がいっせいに過度の引締めに向わない限り,域内貿易は増大をつづけるとみられる。
79年に入ってからの各国の政策の動きをみると,金融政策と財政政策とでは対照的な動きがみられる。すなわち,金融政策では,石油危機に伴う物価の高騰に対処して,通貨供給量の抑制措置がとられているほか,公定歩合の引上げを始めとした金利の上昇などにより,引締めの度合をかなりのテンポで強化してきているのに対して,財政政策では,政権交替により引締めに転換したイギリスを除いて,あまり変化はみられない。
ただ,80年度の予算案については,フランスが予想名目GDP成長率を上回る歳出の伸びをみこんだのに対して,西ドイツはやや抑制型となっている。
(1)財政政策
前回の不況時における景気浮揚策のため,財政赤字は74~75年にかけて急拡大することとなった(第2-1-7表)。その後財政政策の運用は,インフレの懸念,国際収支制約などのために慎重なものとなったが,78年からは再びリフレ色が盛られるようになってきている。
各国の財政政策をよりくわしく見ると,西ドイツでは,78年中の景気刺激措置につづいて,79年も個人所得税減税などが実施され,やや拡大的に運営されている。フランスでは,物価高騰再燃防止との観点から総合的な景気刺激策はとられていないが,雇用対策,設備投資振興策など選択的な景気対策がとられている。対外債務の累積など経済再建途上にあったイタリアでは,財政赤字削減を目標とした引締め的性格の強いものであったが,引締め一辺倒ではなく,雇用問題に対処するために公共投資の促進などの内容が盛り込まれている。イギリスでは,5月にサッチャー新政権による経済への政府介入の縮小をねらいとして,大幅な政府支出の削減などの引締め型に転換したが,これは石油危機に対処するためというよりも,むしろイギリス経済体質改善を目的として,中期的な視点からとられたものである。
前回の石油危機時には,総需要抑制政策の一環として,各国において所得税増税・公共支出削減などの財政措置が機動的に実施されたのに対して,今回は総じて景気に対して選択的な配慮がされてきている。この背景としては第一に,雇用問題が基本的に解決されていないこと。第二に,西ヨーロッパ景気は総じていえば上昇局面の初期段階にあり,設備投資がまだ本格的に盛り上がっておらず,これが成長率の鈍化や労働生産性の伸び悩みつながっており,このままでは将来供給面でのボトルネックが発生する懸念もあることなどから,設備投資奨励策を維持せざるを得ないこと,などがあげられる。
80年度の予算案をみると,西ドイツでは,財政赤字の縮小,インフレ抑制の観点から歳出規模は前年度当初予算比5.6%増と伸び率を低めたやや引締め型となっているが,国内需要に弱さのみられるフランス,イタリアでは,石油危機によるデフレ効果に対処した景気下支え的な配慮もみられる。
(2)金融政策
一方,金融政策は,インフレ抑制を最優先課題として,各国でいっせいに引締めが強化された。金融引締めで重視されているのはマネー・サプライの動向であるが,これについて西ヨーロッパ主要4か国のうち3か国が目標を掲げて政策当局の姿勢を示すとともに,それを達成する手段として公定歩合などが急速に引上げられている。78年にいち早く金融引締めが強化された西ドイツでは79年に入っても公定歩合が相次いで引きあげられ11月には6%になった。その他の国でも次々に公定歩合が引上げられている。この結果最近の西ヨーロッパ諸国の公定歩合は過去のピークと比較しても,かなりの水準に達している(第1-3-13表)。このほか,直接的なマネー・サプライ・コントロールとして,フランス・イタリアなどでは市中金融機関に対する貸出枠規制が強化されている。
これら金融引締めの強化は,企業マインドに悪影響を与え,景気の勢いを冷やす効果をもっているが,インフレの抑制なくしては持続的成長の道はありえないとする政策当局の姿勢をあらわしている。同時に為替相場変動のもつ国内物価への影響及び外貨の流出・流入などの国際収支への影響を多分に意識したものとなっていることも見逃せない。
このように金融面での引締めの強化は,各国共通してみられるものの,他方ではフランスの80年予算案のように,変化した財政収支の中で選択的なリフレ色を維持していく動きもみられる。また多くの西欧小国においても物価や経常収支などがそれほど悪化してはいない。したがって今回の場合各国の景気情勢におうじてそれぞれ異った政策的対応をとることとなろうが,今後引締め色が一段と強化されるか否かは,専らインフレの動向如何にかかっているといえよう。
西ヨーロッパの景気は1979年央時点でなお底固さを維持している。これは,西ヨーロッパの景気は総じて上昇局面の初期段階にあり,民間設備投資が西ドイツを中心に前回の石油危機からの調整過程を終了して回復をつづけているからである。又在庫投資にも過大感はなく,前回時のような急速かつ大幅な在庫調整を強いられるおそれは少ないと見られる。さらに対外面では独,仏を中心とした域内貿易の伸びがつづいており,アメリカの景気後退の影響は西ヨーロッパ経済に対しては比較的軽度なものにとどまると見られる。
しかし,第二次石油危機の発生は西ヨーロッパ経済の先行を再び暗いものとしている。すでにこれまでの景気回復の主役を果して来た個人消費は,インフレ悪化による実質所得の低下から弱まって来ている。また各国ともインフレ抑制のため金融引締めを強化しつつある。このようにして,79年下期に入って,イギリスが景気下降に転じるとともに,多くの国で景気上昇テンポに鈍化の気配がみられはじめた。
石油価格,インフレ,それに対する政策的対応のゆくえ如何では,西ヨーロッパ経済の今後の成長は,マイナスにはならないまでもかなりの鈍化を余儀なくされる可能性も否定出来ない。すなわち,石油価格が更に大幅に引上げられたり,悪化しつつあるインフレが輸入インフレの段階にとどまらず広く国内の物価,賃金に波及すると,西ドイツ等を除いて一様にインフレ体質が強まっているので,それは自己増殖的なインフレに転化するおそれが出て来る。その場合には個人消費がさらに一段と減少して需給ギャップが拡大し,底固い設備投資にも影響を及ぼして来るかもしれない。インフレ悪化に対処して引締めが一段と強化されるのは必至であろう。こうして各国経済の成長鈍化が強まれば,上昇期に好循環的に作用した域内貿易も逆の作用をもたらそう。
いずれにしろ80年の西ヨーロッパ経済の成長テンポがさらに鈍化するのは避けられないとみられる。EC委員会では79年10月時点でEC全体の経済成長率は79年3.1%から80年には2%へ低下すると予測している。