昭和54年

年次世界経済報告

エネルギー制約とスタグフレーションに挑む世界経済

経済企画庁


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第1章 1979年の世界経済

第2節 アメリカの景気は頭打ちから後退へ

前回の石油危機に端を発した大不況以来4年間にわたって拡大して来たアメリカ経済も,すでに述べたように,79年には頭打ち状態になっており,今後は後退局面に入るものと予想されている。そこでここでは,需要項目別に拡大力が失われた原因を分析することにより,今後のアメリカ景気の先行きを考えることとしよう。

1. 基調悪化の個人消費

78年まで順調な伸びを示して今回の景気回復の一つの牽引車となった個人消費は79年に入ると急速に衰えた。個人消費の伸びを規定する主要因は,①実質可処分所得,②消費性向(裏返せば貯蓄率)及び⑧消費者信用及び住宅ローン借入の返済負担である。

まず実質可処分所得は75年以降順調に増大し,78年も4.2%(年間上昇率,以下とくに断らない限り同様)の伸びを記録した。この原因を探るため,実質可処分所得の伸びを就業者数の伸びと,就業者一人当り実質可処分所得の伸びとに分けてみると,年とともに就業者の伸びが高まり,78年には年間の実質可処分所得の伸びの内9割以上の3.9%を占めることとなった。これに対して就業者一人当たりの実質可処分所得の伸びは78年中わずか0.3%にすぎなかった。79年に入ると,実質可処分所得の伸び(前期比年率)は,1~3月期2.1%増の後,4~6月期1.5%減,7~9月期0.2%増と頭打ちになっている。これは,インフレ悪化から1人当り実質可処分所得の伸びがマイナスに転じたのに加え,4~6月期には雇用も減少したためである。

つぎに貯蓄率の動向をみると,75年4~6月期に9.7%の最高水準に達した貯蓄率はその後すう勢的に低下し,78年10~12月期には4.7%となった。

79年に入ると,ガソリン・パニックなどの特殊要因があってジグザグしたが,7~9月期には4.3%の低水準,4~9月期平均でも4.9%となってぃる。貯蓄率のすう勢的な低下には,本来的に貯蓄率の低い世帯形成層の比重の増大等構造的要因も働いていると思われるが,78年末及び79年7~9月期の貯蓄率の低下は異常である。アメリカの貯蓄率は60年代平均が5.9%であり,70年代前半の平均は,2度の不況があったためもあるが7.3%となっている。

従来インフレが急速に悪化した時は,貯蓄率は上昇するのが常だった。それはインフレが金利上昇により借入金のコストを引上げ,金融資産を減価させ,又先行き不安を高めるからである。しかし,78年にはこうした従来の動きに反してむしろ貯蓄率は低下した。これは,物価上昇率が高水準であっただけでなく,それが長期にわたったため,消費者の間にインフレ期待が浸透したことが大きい,貯蓄率の変動と関連がある耐久財支出の内,とくに重要な自動車購入の動向をやや長期的に見ると(第1-2-1図),自動車購入は4~5年のサイクルを持っており,サイクル的には78年がピークに当ってぃる。事実79年の新車販売(輸入車を含む原数値)は1~3月期は前年同期比7.8%増となったが,4~6月期は前述の攪乱要因から11.8%減,7~9月期も5.1%減となり,79年1~9月合計では3.9%減となっている。ガソリン不足はその後解消したものめガソリン価格は大幅に上っており,実質個人可処分所得も今後伸び悩むと考えられるので,自動車販売は今後は減少に向うものと予想される。

第三に消費者信用,住宅ローンは,75年以降年を追ってその伸びを高めて来た。第1-2-2表にみるように,78年の伸びは消費者信用が19.8%(過去最高),住宅ローン(住宅抵当債券残高)が15%となっている。その結果,消費者信用と住宅ローンの残高合計額は75年の69.8%に対して78年には個人可処分所得の79.0%に上っている。こうして消費者信用・住宅ローンが大幅に伸びて来たのは,本来的に信用依存度の高い若い世帯形成層の比重が増大していることに加えて,相つぐ金融引締めにもかかわらずそれを上回る物価上昇から実質金利が低いこと,先行き一層のインフレ悪化を見越しての買い急ぎ,借り急ぎなどがあったためとみられる。

しかし,家計に対する負担はそろそろ限度に近づいていると見られる。消費者信用の返済額の個人可処分所得に占める比率をみると75年の15.9%から78年には過去の最高(71年17.1%)を上回る17.4%に高まっている。また,個人可処分所得から消費者信用および住宅貸付による借金増を差し引いた純所得に対する消費性向を計算してみると,64~73年の10年間の平均%.6%に対し,77年104.1%,78年104.0%と異常に高くなっている。現に79年に入ると,消費者信用残高の伸びは15%程度に,また住宅抵当債券残高の伸びは13%程度に低下して来ている。従って,78年まで個人消費を増大させる一要因として働いた消費者信用の力も今後は弱くなってくるものと思われる。

このように,実質個人可処分所得,貯蓄率,消費者信用や住宅ローンの借入れなど,いずれの面から見ても,79年に入って個人消費の増勢を衰えさせる動きが見られる。期ごとの個人消費動向はガソリン・パニック等で攪乱されているが,7~9月期の実質個人消費は78年10~12月期のそれを0.6%上回るにすぎない。今後についても,①7~9月期の個人消費の回復には将来需要の先取り分もあると考えられること,②雇用に早晩景気下降の影響があらわれ,景気が再び上向くまではこの面からの所得増は期待できないこと,③第3章にのべるように,物価の鎮静化テンポが鈍く,そのため一人当りの個人所得も実質では余りふえないと思われること,④現在貯蓄率は異常な低水準にあり,今後貯蓄率は高まると思われることなどから,個人消費は当分低迷するとみるべきであろう。

2. 根強かった住宅建設

今回の景気回復過程では,前回不況の落込みが大きかったこともあって住宅投資は76年,77年と2割を前後する急増を示し,78年中も高水準を維持したが,79年に入ってから減少過程に入った。しかし,金融引締めが強化される中で予想以上に根強い動きを見せた。

この要因の第一は人口動態にある。第2次大戦後のベビー・ブーム世代は70年代に入る頃からはじめて住宅を購入する世帯形成期(25~34歳層)に入っている。この年齢層の人口の増加率をみると,63~68年は7.1%にすぎなかったが,68~78年には一躍19.3%へと上昇した。78~83年には13.4%と鈍化はするものの,依然高水準の増加が見込まれている(第1-2-3表)。これに対して住宅着工数をやや長い期間で見ると,74~78年の住宅着工件数は年平均160万戸と69~73年の同187万戸を15%下回っている。また,空屋率でみても79年1~9月平均5.0%とむしろ低水準(61~73年平均6.9%)であり,また売れ残り住宅の数もそれ程多くはない。こうしたことから若年世帯層の住宅需要はまだ十分満たされているとはいい難く,今後とも住宅の潜在需要は強いと思われる。

住宅需要を根強く保っているもう一つの要因はインフレ・ヘッジ動機である。インフレが昂進するなかで住宅価格は平均の物価上昇率を上回る高い上昇率を見せている。またインフレ抑制を目的とする金融引締めで住宅抵当金利もじり高になっている。75年以降77年まではほぼ9%の水準で安定していた住宅抵当金利(FHLBB新規住宅抵当債券金利)は78年に入ると上昇に転じ12月に10%を越えた後,79年9月には11.02%と過去最高の水準に達している。

こうした住宅価格と住宅ローン金利の上昇は住宅取得を困難にして住宅需要を削減するのが本来であるが,78年以降はインフレ心理の高まりからそれが逆に動いている。いま住宅ローン金利を住宅購入価格でデフレートして実質金利負担を見ると(第1-2-4表),77年には2.3%だった実質金利は78年下半期にはマイナスに転じ,79年7~9月期にはマイナス5.6%となっている。前回の石油ショック時には73年5.9%の後74年にも1.4%とプラスにとどまっていたのとは格段の相違である。こうした事情を考えると際限のないインフレ昂進の中で消費者がインフレ・ヘッジとして住宅購入を考えるのは自然であると云えよう。住宅抵当金利が経費扱いできること,住宅売り渡しの結果生ずるキャピタル・ゲインが軽課されること等の税法上の優遇措置もそうした動きを助長したと考えられる。

もちろん,こうしたインフレ・ヘッジは際限,なく続くものではなく,金利がさらに一段と引き上げられれば消滅するものである。その意味で,これは今までの住宅投資を高めるのには貢献したが,今後はそれを低める原因ともなりかねない。さて潜在需要を顕在化させるのは,消費者の住宅取得能力である。これは,実質可処分所得と住宅ローンのアベイラビリティの2つに分れる。まず実質個人可処分所得については,個人消費の項で述べた通りで今後は余り期待できない。

住宅ローンのアベイラビリティについては78年中に住宅金融制度面での大きな改革がなされた。それは78年6月の金融市場証書(Money Market Cer-tificates,以下MMCと略す)の導入である。これは,高金利期に住宅金融機関(貯蓄貸付組合,相互貯蓄銀行等)への資金流入が細らないよう,当該金融機関が短期資金市場の金利と連動した定期預金証書を発行できるようにしたものである。

従来住宅金融機関受入れの預金は連銀規制Qにより付利の上限を画されていた(1978年5月末で51/4%),そのため一般短期資金市場の金利が上昇すると住宅金融機関への預金流入が細るだけでなく,それまで預け入れられていた預金の解約が起って,住宅金融機関の資金量が急減するのが常だった。

前回の金融引締め期の74年には住宅抵当債権残高増加額はピークの72年から29%も減少し,つれて住宅着工数も72年のピーク(236万戸)からほとんど半減(116万戸)し,不況の谷を深める主要要因の1つとなった。

1977年末から1978年にかけて住宅金融市場に同様な変化が生じ始めたが,MMCの導入によってモーゲッジの減少は大幅に食いとめられることとなった。そのため,金利上昇が引きつづく中で住宅建設は78年下期も200万戸を越える高水準が維持された。

こうしてMMCは金融引締めが住宅投資の急減を通じて不況を引き起し,あるいはその谷を深くするのを防止するのに成功した。しかしその反面,金融引締めが需要を抑制する効果はそれだけ弱められることとなった。現に高水準の住宅投資がつづいた1978年下半期には,木材,セメント,断熱材等建築材料の需給がひっ迫してこれら材料の卸売価格が高騰した。

こうした事態に対応して,79年3月にはMMCの市場価値を減らす手直しが行なわれた。すなわち,①貯蓄貸付組合,相互貯蓄銀行に認められている金利の1/4%上乗せを,6か月物財務省証券利回りが9%かそれ以上になった場合には禁ずる,②MMC金利の複利計算をやめるというものである。これによってMMC純増額は4,5,6月と減少したが,その後は再び堅調に推移しており,それに支えられて住宅着工の落込みも秋口まで小幅なものにとどまった(第1-2-5表)。

以上のように住宅投資はインフレ・ヘッジ心理も加わって,秋口までのところ予想外に根強かった。しかし今後は,①実質個人可処分所得は伸び悩むとみられる,②秋口に入って金融は一段と引締められており,住宅資金のアベイラビリティーにも影響してくるのは避けられない等により住宅投資は当面減少に向おう。ただ潜在需要は根強いので,金融が緩和され景気が回復に 向えば,住宅投資の回復も早いと思われる。

3. 基調は強い民間設備投資

今回の景気回復過程における設備投資の動きを見ると,75年に大幅に落ち込んだ後は,76年,77年と順調に回復し,78年には10.5%(10~12月期の前年同期比)とさらに力強さを増した。76年以降の伸びは従来の回復期と比較しても遜色のないものである。

しかしその中身を見ると77年までの設備投資は寿命は比較的短い機械設備中心で,長期的な能力増につながる構築物は今回とくに出遅れていた。しかも機械設備投資の中でも特に耐用年数の短い自動車・トラック部門に片寄っており,極端に危険を回避した投資パターンとなっていた。

また,76年,77年と比較的順調な伸びを示したにもかかわらず,75年の落込みが大きかったために絶対水準は低く,対GNP比率(実質)も75年の9.4%のあと76年9.3%,77年9.6%と低迷をつづけた(第1-2-6図)。

設備投資の絶対水準が低かったため,実質粗資本ストックの伸びは75年以降年平均3.0%にとどまり,労働資本装備率は76年以降3年連続マイナスとなっている。

こうして長い間極めて慎重であった設備投資も78年に入ると,対GNP比率で10%の大台に戻すなど(60年代年平均9.7%),力強さを増してきた。まず,出遅れていた構築物の伸びが高まった。構築物投資は機械設備投資を誘発し,しかも能力増に結びつくものが多いので,これが出て来たことは設備投資全体の基調がしっかりして来たことの証左である。

こうして,78年に設備投資がしっかりして来たのは,次の理由によるものと思われる。まず第一は稼働率の上昇である。FRBによる製造業の設備稼働率は78年に入って急速に上昇し,7~9月期以降は85%を越え,79年1~3月期には86.7%となった(73年までの10年間の平均は85.4%)。これは70年代におけるピークである73年7~9月期の87.8%には達していないものの,設備の老朽化などを考えると,フル稼動の水準に到達しているとみるべきであろう。事実,ワートン・スクールによる稼動率は78年末には,ボトルネックの生じた73年末と同水準になっている( 第3-2-3図参照)。

第2は企業利潤の回復である。第1-2-7表をみると,法人企業のGDPに対する利益率(在庫評価,資本減耗調整税引後)は,74年の2.5%を底に順次回復に向い,77年78年の水準はそれぞれ,5.8%,5.6%となった。これは60年代平均の8.6には及ばないが,70~73年平均の5.0%を上回るものである。また設備投資資金の大宗を占める企業内部資金の充実度を見るため減価償却を含む内部留保率の推移を見ると,76年,12.8%,77年13.0%,78年12.5%と70年代初頭の11.7%を上回り,60年代の13.2%に迫る水準になっている。

しかし,79年に入ってからは設備投資も伸びを鈍化させている。すなわち,7~9月期の設備投資の水準は78年10~12月期を上回るにとどまっている。これは春のガソリン・パニックからトラック・自動車購入が落込んだことを主因に機械設備が3.4%と伸び悩んだことが大きい。これに対して構築物は5.4%アップとなっている。

設備投資の当面の先行きを受注の動きで見ると,実質非軍需資本財受注(資本設備財卸売物価でデフレート)は78年に前年比15.4%伸びた後,79年1~3月期にも前期比9.3%の大幅増を見せた。しかしそれをピークとしてその後は4~6月期9.2%減,7~9月期1.8%減と水準はなお高いものの減少傾向に転じている。

また,最近の商務省の設備投資計画調査を見ると,第1-2-8表のように79年4~6月期までは,①二期前の調査より一期前の調査の方が金額が大きく強気になっていたのに対して7~9月期にはそれがほとんど見られなくなったこと,②同じく79年4~6月期までは実現値が一期前調査を上回っていたのが7~9月期にはそれがなくなったことが分る。また,79年全体の投資計画も1,2月調査時点から4,5月時点には名目値,実質値とも上方改訂されたが,7,8月時点では名目値は上方改訂されたものの,実質では,前回の4.5%から4%へ下方修正されている。以上のことから7,8月実施の商務省設備投資計画調査は企業家がここへ来てやや先行きに慎重になったことを示していると解釈できよう。

以上のように,主に稼動率の高まりを背景に設備投資は78年中順調な伸びを示し,その中味も出遅れていた構築物の伸びが高まるなど,しっかりしたものとなって来ていた。しかし,企業の設備投資行動は第一次石油危機以降かなり慎重なものとなっており,最終需要の変化に対しては慎重な反応を示している。従って今後個人消費の伸び悩み等から景気後退が進展し,稼動率

)が低下すれば直ちに投資額の削減が行なわれる可能性が大きい。しかし,構築物を中心に設備投資に対する需要は潜在的に強く,また企業の慎重な反応は設備投資の減少を小幅にとどめる要因となろう。従って,景気回復が始まれば,設備投資も余り大きな遅れはなく上昇に転ずる基盤はあるといえよう。

4. 慎重だった在庫投資

今景気拡大期の一つの特徴は企業の在庫投資が極めて慎重だったことである。非農業部門の実質在庫比率の推移を見ると,74年末のピークから75年末までに急速に低下した後,76年から78年までは平均0.237の低水準で極めて安定的に推移した。これは第一次石油危機以前の5年間の平均0.247を下回っている(第1-2-9図)。76,77,78年と設備投資の対GNP比率は漸増しているにもかかわらず在庫投資のそれが一定で推移しているのは,企業が設備投資面における以上に在庫投資面で慎重であったことを示すものと云えよう。こうして景気が息の長い上昇過程を歩んだにもかかわらず,その間企業が終始一貫して慎重な在庫投資態度を維持したのは前回の不況突入時に過大な在庫を抱えて苦しんだ記憶が生々しく残っているためと思われる(74年から75年にかけては実質在庫投資はプラス80億ドルからマイナス98億ドルヘ実に178億ドル,実質GNPの落込み分の115%を占める大幅減少を演じた。また,最近では短期金利が急速に引き上げられ在庫コストがかさむようになったことも響いていよう。

79年に入ると在庫比率は上昇に転じている。しかし,これは1~3月期はストを予想しての供給ひっ迫懸念に基づく在庫補填のため,また4~6月期はガソリン不足による自動車販売の急減のためである。後者については,最近の事業在庫率の推移をみると,自動車在庫率が79年に入って急増しているのに対して,それを除くと安定的に推移しているのが見てとれる(第1-2-10図)。

米国産乗用車(新車)の在庫は78年月平均177万台に対し,79年6月は191万台,7月は193万台と急増したが,8,9月にはリベートなどによる販売促進策がとられたため,9月には176万台に戻っている。この間7~9月は自動車生産も4~6月比8.7%の削減を行なった。販売水準が前年より低くなっているので,これでもまだ過剰気味であるが,自動車部門も在庫の適正化に懸命の努力を払っている。こうしたこともあって,7~9月期の非農業部門の実質在庫比率は0.240へと低下した(4~6月期は0.243)。

以上のことから現在,自動車を除いて過剰在庫は存在せず,そのため最終需要の落込みいかんにもよるが,在庫調整は軽微なもので済むものと予想される。

5. 輸出の増勢つづく

アメリカの輸出(fasべース)は,他の先進国景気のもたつき,ドル・ベースでみたアメリカ自身の競争力の低下などから77年までは伸び悩んだ。しかし78年に入ると食料等の輸出が名目29.2%の大幅増大を示したのに加え,輸出の大宗を成す工業品も同17.9%の伸びを見せ,全体で18.2%の大幅増加となった(第1-2-11表)。これは実質では7.3%の伸びとなる(輸出価格指数でデフレート,75~77年平均の実質の伸びは1.0%)。

78年のアメリカの輸出の目覚ましい増加は,①食料等(含飼料)についてはソ連,中国などの輸入増大,②工業製品については,西欧,日本などの景気拡大テンポが速まって来たこと,⑧77年秋以降のドル低落によってドル・ベースの価格競争力が改善して来たこと,等による。

以下,②,③の要因をやや詳しく分析して見よう。まず,②については,主要貿易相手国(カナダ,日本,イギリス,西ドイツ,フランス,イタリア)の実質成長率をアメリカの輸出ウエイトで加重平均してみると77年の3.1%から78年には3.8%へ高まっている。アメリカの主要輸出品である資本財に影響する民間設備投資(フランスは固定投資)の伸びは77年の2.2%から78年には3.5%へさらに大幅に高まっている。

また,③を見るため,主要7か国の製造業の単位労働コストの推移を自国通貨建て及びドル建てで比較すると第1-2-12表のようになる。これによれば,ドル建ての製造業,単位労働コストの上昇率は76年にはカナダを除いて他の5か国のそれをすべて上回っていたが,77年には(同じカナダを除いて)他の5か国をすべて下回るようになり,78年に入るとその格差が一層拡大している。

しかし重要なことは,これはひとえにドルがこの間カナダを除いて他の通貨に対して低落したことによるものであって,自国通貨建てで見るとアメリカの製造業の単位労働コストはむしろ77年,78年とその上昇テンポを速めているということである。競争相手国との比較でみても,76年には日,独,仏には劣っていたものの他の国よりは格段によいパフォーマンスを維持していたのが,77年,78年とその格差は急速に縮小して来ている。

79年に入ってからの輸出の動向を見ると,年初に西ヨーロッパにおける寒波やストなどから増勢が鈍化したものの夏には再び力強い増大を示し,6~8月の前年同期比は28%アップとなっている。

今後についても,①鈍化は予想されるものの他の先進諸国の景気拡大はなお続くと思われること,②ドルは大幅に下落した後,依然として低水準にあること,③農産物輸出についてもソ連との間に79/80年度の売渡し上限枠を2,500万トンと大幅に引上げた協定を結んでおり,また途上国の需要増もあってひきつづき高水準をつづけそうなこと,等から伸びは鈍化するにしても輸出の増加基調はなおつづくものと思われる。

6. 政府支出は停滞へ

(1)州・地方政府

77年まで伸び悩んでいた州・地方政府支出(国民所得ベース)は78年には名目12.7%,実質4.0%(10~12月期の前年同期比)と大幅な伸びを見せた。これは景気回復に加えインフレの高まりから税収が増大したのと連邦政府の景気刺激策の一環として地方公共事業支出等があったことによる。とくに76年,77年と落込んでいた建設支出は急増した。

しかしこうした動きも78年後半には様子が変って来た。それは昂進するインフレの中で税負担が高まり,国民の間に反税運動が盛り上って来たことと関連がある。

こうした動きによって州・地方政府の多くは減税と併せて建設支出の繰延べ,公務員新規採用の抑制等,支出抑制を余儀なくされることとなった。また連邦政府の景気刺激策も,78年度末(79年9月)で終了した。景気の頭打ちから税収も鈍化している。

こうしたことから,79年に入ると州・地方政府支出は実質でわずかながらダウンしている。今後とも当面再び増加テンポが速まるとは考えられない。

(2)連邦政府支出

実質連邦政府支出の動きを国民所得ベースで見ると,76年に停滞した後,77年には4.8%(10~12月期の前年同期比)とかなりの伸びを示したが,78年はマイナス2.5%と再び減少した。79年に入っても7~9月期までの年率はマイナス2.1%とひきつづき減少傾向がつづいている。

国民所得ベースの連邦支出は連邦予算の歳出とはかなり範囲がちがうが(州・地方政府への交付金,年金等移転支出などが含まれない)。80年度連邦予算を見ると,歳出の伸びは実質微増にとどまっているので,今後とも実質連邦支出は弱含みに推移しよう。

なお連邦財政が全体として景気に及ぼす影響を見るためには支出面だけでなく収入面も見なければならないが,その点については後述する(第3章第2節)。

7. 政策の方向とアメリカの景気のゆくえ

79年秋の段階で見るとアメリカ経済は年率13%にも及ぶインフレと史上最高の金融引締めにもかかわらず予想外に根強い動きを示している。実質GNPは4~6月期前期比年率マイナス2.3%と落込んだ後7~9月期は同3.5%増(一次改訂値)と盛り返し,ほぼ78年末と同水準にある。

しかし,以上のように需要項目別に検討してきたところからすると,今後アメリカの景気は後退へ向うのは避けられないとみられる。それは何よりも最近の景気の根強さは貯蓄率の異常な低下による個人消費の増大という持続不可能な要因によるところが大きいからである。

連銀による新しい金融引締めも景気に悪影響を及ぼさずにはいないだろう。新しい金融引締めの特徴は,従来マネー・サプライ・コントロールの操作目標としてフエデラル・ファンド・レートを用いていたのを,銀行準備の管理へ変更したことである。その結果,短期金利は目安を失って急騰し,金融市場は混乱に陥った。現在のような金融市場の混乱は過渡的現象であり,次第に収まってゆこうが,その場合にも残るのは,金利が高水準かつ従来よりは不安定になるだろうということである。その結果実質金利が大幅に高まり,かつ銀行貸出し等が慎重化してマネー・サプライの伸びが抑えられるであろう。それが正に新しい金融引締めのねらいであった。しかしそれは,個人清費,住宅建築,在庫投資等に影響を与えない訳にはいかないだろう。

一方財政面では,80年度連邦予算は歳出の伸びが前年度実績比10.9%,歳入の伸びが同11.1%で赤字幅は298億ドルと前年度実績の277億ドルからわずかながら増大するものとされている。しかし,①減税が目下のところ予定されていない,②景気後退から失業率がかなり高まると予想されるにもかかわらず赤字幅がそれ程増大していないことからすると,完全雇用水準での赤字幅は相当小さいか,あるいは黒字が見込まれているものと考えられる(完全雇用予算の収支尻とは,経済が完全雇用状態を達成したと想定した場合の仮想的収支尻でその予算が意図する景気刺激度または抑制度を近似的に表わすものである),③支出の伸びも実質では微増にとどまる等景気に対しては抑制的に働くものと見られる。

アメリカの景気は今後,個人消費,住宅投資の減少が金融引締めの影響とも相まって在庫投資,設備投資に伝播し,その過程で出てくる雇用の減少が,実質所得を減少させて一段と個人消費や住宅投資を弱めるということになる可能性が強い。ただ,この場合にも景気の谷は前回のようには深くはならないだろう。それはすでに述べたように,①過剰在庫,過剰設備が少ない,②住宅投資にも潜在需要等下支え要因がある,③輸出が比較的強い等の要因があるからである。

景気が底を打った後の回復力は,景気後退の間にインフレがどれだけ鎮静化するかにかかる所が大きい。実質所得の伸びも政府が景気拡大策を取りうる余地もそれに依存しているからである。しかし,第3章で述べるように,インフレが大幅に改善する可能性は少い。従って,今回は前回のような力強い回復は期待できず,失業の改善もなかなか進まない恐れが大きい。

いずれにせよ,アメリカは当面根強いインフレと再び高まる失業の間で苦しい選択を迫られることとなろう。