昭和54年
年次世界経済報告
エネルギー制約とスタグフレーションに挑む世界経済
経済企画庁
第1章 1979年の世界経済
(1) 1979年経済の概観
76年10月に華国鋒体制に移行した中国は,経済重視政策をとり中国経済は,77年,78年と順調に推移した。国民所得の伸びをみると,それぞれ前年比8%,12%と好調だった。こうした経済情勢を背景にして,78年2月には,「国民経済発展の10か年計画(76~85年)」が発表され,78~85年間の工業,農業生産の年平均成長率を,それぞれ10%以上,4~5%と定め,20世紀末までに中国経済を世界の前列に立たせるという遠大な構想が示された。
しかし文革期(66~70年)以降の政治変動の影響に加えて,農業の軽視,重工業の重視等のため,工農業間および重工業・軽工業間,あるいはエネルギー需給等にアンバランスが生じ,78年下期以降,工業生産の増勢は目にみえて鈍化してきた。工業生産は78年上期に前年同期比24.6%増と高い伸びを示した後,下期には2%前後,79年上期には4.1%の伸びにとどまった。食糧生産も1人当りでみて,77年の水準は55年水準にしか達していない。
こうしたなかで,79年6月に開催された全国人民代表大会では,79~81年の3年間を調整期間として位置づけ,「国民経済発展の10か年計画」の見直しと,投資プロジェクトの大幅な整理・縮小,経済・管理体制の改革などが決定された。また調整期間の初年度に当たる79年の生産計画について,工業,農業,食糧生産の伸びを,それぞれ8%,4%,2.5%と定めた。これは,78年実績の13.5%,8.9%,7.8%をかなり下回るものである(第1-5-1表)。
これに対し工業生産は,上期に計画目標を大幅に下回っていたが,下期に入って持ち直し,7月,8月,9月には前年同月比11%増,9.3%増,11.5%増となった。食糧生産も夏収作物の増産(前年比9.4%増),秋季作物の好調によって,年間計画目標3億1,250万トン(78年,3億475万トン)の達成は可能とみられている。
一方,貿易は78年につづき79年も強い増勢を続けている。79年上期の実績をみると,輸出は前年同期比で,26.8%増,輸入は59.9%増であった。この結果貿易収支の赤字は約億15ドルとなった。年間計画目標の輸出14.7%増,輸入32.4%増はもとより,前年の輸出20%増,輸入41.1%増を大幅に上回るものである。
本年上期の貿易収支赤字は,年率にして計画目標(約35億ドル)の範囲内に収まっているが,中国当局は必要外貨獲得のため輸出増につとめ,加工貿易,補償貿易(生産分与方式),自由貿易区の設定等によって西側先進国との交流を進めてきた。さらに6月に開催された全国人民代表大会で,中外合資経営企業法(外資合弁法)を制定し,目下外国為替法,会社法,所得税法などの関連法規の制定を急いでいる。また西側先進国からの中長期信用の受け入れを促進し,78年末から79年10月初までに,政府保証ベースの信用高約175億ドル,民間銀行ベースの信用高約33.7億ドルが調印された。さらに低利率の外資導入を求めて,円借款(政府借款)の借り入れ,IMFへの参加表明などの動きもみられる。
(2)調整政策を進める中国経済
79年6月に開かれた全国人民代表大会(全人代)で,政治経済情勢の大きな転換局面を示す調整政策がとられることになった。この内容は華国鋒主席の「政府活動報告」のなかで,「調整,改革,整頓,向上」という「八字方針」によって示されている。まず調整とは,林彪,「4人組」の一面的な政治優先から長期にわたって経済の破壊,攪乱がおこり,その結果,経済活動の諸部門にアンバランスがもたらされたが,それを調整して,農業,軽工業,重工業の各生産部門が比較的均衡のとれた発展をとげるようにし,貯蓄と消費が合理的なバランスを保つようにすることである。改革とは,現行の経済管理体制が,中央集権的に偏っているものを,段取りを追って分権化の方向に改革することである。また整頓とは,現在企業管理の運営のまずさから,赤字経営に陥っている一部企業を整理淘汰すること,向上とは,生産面,技術面,管理面の水準を大いに高めることであるとしている。そして調整,改革,整頓,向上はたがいに連係し,促進しあうものではあるが,なかでも調整は当面の国民経済全体の主軸であり,79~81年の3年間を調整期間として,81年から第六次5か年計画を実施する予定であることを明らかにした。今回の調整期は,62~65年に大躍進政策の挫折以後とられた第一次調整期に次ぐ,第2回目の調整期である。
〈調整政策はどうして必要になったか〉
今回の全人代における「政府活動報告」によると,調整政策が必要となった主因は,林彪および「4人組」の支配当時,一面的な政治優先志向に陥ったため,多くの困難な経済的諸問題が発生したためだとしている。
まず経済諸問題の一つは,総人口の80%以上を占める農村において,農業の成長が工業の成長に追いつかず,ときには人口増加による需要を満たすことが困難であったことである。長期的にみても,農業生産の伸びが,工業生産の伸びを大きく下回ってきたことは第1-5-2表のとおりである。全国の一人当たり平均食糧生産をみても,76年の水準は55年の水準にしか達していない(第1-5-3表)。
第二に,軽工業において多くの重要製品の生産量が不足し,品質が悪く,品種も少なく,市場の需要を十分にまかなっていないことである。
社会主義経済の特質として,拡大再生産に直接結びつく生産財の伸びを重視し,消費財の伸びが相対的に抑制されがちであることは第1-5-4表をみても明らかで,消費財の伸びが生産財の伸びを上回ったのは第一次調整期(62~65年)のみである。また発展途上にある社会主義国企業の体質として,「品質の向上」よりも「数量の増大」が優先し,消費者選択がともすると軽視されがちである。
第三に,石炭,石油,電力および交通運輸業の発展テンポは比較的早かったが,それでもやはり国民経済の発展に追いついていないことである。石炭,石油,電力の供給不足は,「4人組」支配当時ごろから顕著になったが,78年の電力不足は,需要量に対し20~30%に達したという。
また輸送部門のうち,とりわけ鉄道輸送でエネルギー源の大半を石炭に依存している現状では,石炭の需給ひっ迫はただちに鉄道輸送力に影響を及ぽすこととなる。また火力発電に大きく依存している電力も,石炭および原油不足の影響をうける。原油開発についても,内陸油田の増産テンポが低下し,かつてのように年間20%増という供給増加は,ここ当分到底望めない状況である。このようなエネルギー需給状況に対して,申国当局はまず消費節約を呼びかけ,国内消費は石炭を主として,石油は外貨取得のための一定量を輸出にふり向ける意向を明らかにしている。
第四に,基本建設投資(固定投資)面では,同時に着工したプロジェクトの数があまりにも多すぎ,78年に着工中のプロジェクト数は,1,120項目に達し,多くの工事は竣工期日が遅れて生産力化していないことが明らかにされている。
第五に,経済管理および企業管理面では,中央政府の集中的管理体制の色彩が強く,とくに財政管理面で,地方政府あるいは地方管理企業の自主管理が制約されている。
第六に,労働者賃金および農産物の政府買上げ価格が,長期間にわたって固定され,また奨励給,出来高払制など労働者に対する物的インセンティヴ政策が文革期以降廃止されてきたために,労働者および農民の労働意欲が低下してきたことである。
第七は,対外面である。「4人組」支配当時は,外国からの技術導入を制約し,西側先進国との経済交流が妨げられた。華国鋒政権に移行した後は,門戸を大きく西側諸国に開き,輸出振興や外資導入に積極的に取り組むようになった。しかもこれまでの政府借款の受入れや,外国資本による国内資源開発について基本的に反対するという伝統的政策を改め,借款,投資,援助のすべてを受け入れ,さらに外国企業との外資合弁も促進するという態勢をとり始めた。
しかし輸出拡大のための補償貿易(生産分与方式)も,相手国の事情によって,必ずしも円滑には進捗しないこと,一方,借款,投資についても,O ECDの輸出信用条件ガイドライン等に拘束されること等から,中国当局の意図は必ずしも満足されず外貨不足に直面している。
第八に,とくに軽工業において原材料供給不足による企業の操業率低下がみられたことである。
第九に,文革期以降,知識青年層を地方農村に下放したが,その一部が都市に舞いもどり,失業者が増加したことである。
第十に,人口の増加が4つの近代化をめざす中国にとって,マイナス要因となり始めている(78年末人口,9億5,800万人)。人口増加は貯蓄率を高めるうえで不利であり,また雇用吸収あるいは教育水準の向上を妨げ,国民生活の改善を阻むものとなっている。人口増加率は71年の2.34%から,78年には1.2%にまで低下したが,さらに積極的な人口抑制措置が望まれている。
〈調整政策の内容〉
調整政策の内容は,10項目に分けて国務院から発表された。
まず第一に,農業発展の措置として,①農産物と副業生産物の買付価格を引上げる(穀物を夏収作物出荷時から20%,主要農産物を平均24.8%引上げる)。②国家予算の基本建設投資総額に占める農業投資の割合を78年の10.7%から79年には14%に引上げる。③農業用生産財の供給価格を引下げる。
第二に,軽工業の発展のための措置として,①燃料・動力および原材料の供給を優先的に保障する。②国家予算の軽工業投資の割合を78年の5.4%から79年には5.8%に引上げる。
第三に,エネルギー需給と輸送力の強化措置として,増産と節約の二つの面から適切かつ有効な措置を講じ,輸送力については,主要鉄道幹線の複線化および電化と自動車道路と港湾の建設に力を入れる。
第四に,基本建設投資に関する措置として,国家予算内の基本建設投資総額を79年には360億元とし,前年の395億元に比べ圧縮する。このうち農業,軽工業の79年の投資割合は高めるが,重工業投資の割合は前年の54.7%から46.8%に引下げる。重工業投資のなかではエネルギー,建築材料部門に重点をおく。
第五に,経済管理体制の改革に関する措置として,①重要なプロジェクトや大規模国営企業は,財政,物資調達あるいは貿易面で,中央政府が集中的かつ統一的に管理すべきことはいうまでもないが,現在実施中の統一的製品の買付け・販売制度を修正し,計画的調節と市場メカニズムによる調節とを結びつけるようにする。その方法としては,一部の非重要製品について,市場の需要動向にもとづいて需給調節を行なう。②また企業の独立採算制を総点検し,損益について企業自らの責任制をいっそう強化する。
第六に,企業管理体制の整備に関する措置として,①経済的効果を引上げるために合併,改組を行ない,②技術革新,設備改造によって生産性を高め,③企業長あるいは技師長等の指導性と持場責任制を高め,企業内部の上から下への命令系統を貫徹させる,④さらに企業の自主権を高めるために,企業利潤の一部を設備更新あるいは従業員の福祉施設やボーナス支給のため内部留保する(企業基金制度の設置),⑤日進月歩の技術革新に即応するために,現行の設備償却期間が25年のものを見直し短縮する。
第七に,対外経済交流の面では,①外貨収支の均衡を図るために,輸出商品生産基地および自由貿易地区の設定など,輸出増強策を構じて外貨収入を増加させるように努める。②地方政府にも経済建設総公司を設置して,対外貿易の一部を分担させ,輸出計画を上回った場合は外貨保有を認める。③プラント輸入に当っては,国内で製造,供給できる一部の機械設備は極力自給化を進める。
第八に,失業者の吸収および雇用増についての措置として,①人口増の徹底的な抑制に努め,78年に1.2%であった人口増加率を,79年に1.0%,85年には0.5%に低下させるため,児童税導入(3人以上の出生夫婦に対して課税)等の措置を講ずる。②都市の集団所有制企業を増やし,とくにサービス業の業種拡大によって,79年には750万人の失業者と新規学卒者を国営企業および集団所有制企業に吸収する。③失業者対策として,ふたたび知識青年層の地方農村への下放を奨励し,また露天商など個人営業の復活を認める。
〈調整に関連する問題点〉
経済調整にかかわる問題点の一つは,農産物と軽工業品の供給について国内消費と輸出需要に見合うほど増産ができるかどうかという点である。中国は12か所の商品食糧基地と一部の地区に経済作物基地を設定し,農業増産政策を推進しようとしている。しかし,これらの生産基地は生産条件が劣悪な地域が多く,開こんのためには多くの資源を必要とする。また軽工業品の需給対策について,基本建設投資総額に占める軽工業投資の割合を,79年には前年に比べ若干引上げたものの,投資総額が減少するため,支出額ベースではむしろ減少となる。今後軽工業を中心に補償貿易(産分与方式),あるいは合弁企業の設立がある程度活発化するとしても,果して軽工業品の国内および輸出需要の拡大に応じてゆけるかどうかの問題がある。
第二にエネルギーの国内消費と供給のバランス問題である。79年のエネルギー生産の伸びは,前年の水準がすでに高いこと,設備拡張投資が遅れていることなどから極端に低い伸びに止まっている。一方基本建設投資の面でも,重工業投資のうちエネルギー,輸送等の投資が重視されているものの,79年の重工業投資の総額が大幅に削減されるため,今後十分な投資を行なってゆくためには,現在政府当局が考慮している外資導入によるエネルギー資源開発に期待しなければならない。しかし外資導入による資源開発はこれからの課題であり,不確定要素が大きく,かつ長期間を要するので,当面エネルギー不足は中国経済のボトルネックとなる公算が大きい (第1-5-5表)。
第三は経済建設のための国内資金調達の問題である。79年の財政収入は,食糧および経済作物の買上げ価格引上げ,農村社隊営企業の減税,国営企業労働者の賃金引上げ,企業基金制度の導入等によって約166億元の財政収入減となり,総額としての財政収入規模は前年水準を下回っている。一方歳出面では,中越紛争勃発によって国防費支出額が前年比20.2%増となり,歳出総額に,占める割合も前年の15%を上回って18%となった。また経済建設費は前年に比べて19%の減少となり,歳出総額に占める割合も,前年の62.7%か,ら50.5%に低下した。このため経済建設の運営に当たって,資金面でかなり窮迫化することが考えられる(第1-5-6表)。
第四に中国が輸出拡大をめざすと,途上国との間に,途上国市場及び先進国市場において競合問題が生ずるおそれがある。かつて58年当時,綿製品,耐久消費財等について,香港及びASEAN諸国におて,輸出競合が問題となったことがあった。現在中国製品の発展途上国市場における競合問題はほとんど聞かれなくなったが,58年段階に比べて,中国の輸出額はひとまわり大きくなり,輸出商品の内容もかなり多様化しているので,中国が積極的に輸出拡大策を推進することになると,特定商品(繊細品,耐久消費財,雑品など)についてはふたたび輸出競合問題が再燃することも懸念されよう。
第五に失業者対策と雇用吸収問題がある。79年には750万人の学卒者および失業者を国営企業あるいは集団所有制企業に吸収しなければならないので,とくに集団所有制企業における雇用吸収を重視し,サービス産業部門内の業種拡大に努めている。さらに露天商など個人営業の復活を認め,また,政治的にみて問題の多かった知識青年層の地方農村への下放運動をふたたび取りあげようとしている。調整政策によって生産活動がやや停滞するなかで,近代化の実現と失業者吸収という相反する問題解決の難しさが,改めて浮きぼりにされた感じである。
(1) 1979年のソ連・東欧経済
〈ソ連〉
ソ連では,1979年の国民所得成長計画は前年比4.3%(支出ベース)と78年実績の4.0%より僅かに高い目標となった。これは,建設や運輸部門が前年実績を幾分下回る見込みとなっているのに対して,工業や農業が前年度実績を上回り,近年の実績に比べても高い目標となったためである。
しかしながら,79年計画は,労働生産性の伸び悩みに加えて悪天候などの不測の事態の影響を強く受けて,計画なかばにしてすでに未達成となる公算が強まっている。
工業生産は,1~9月期に前年同期比3.4%増と年次計画の5.7%はもとより前年同期の実績(同4.8%増)をも大きく下回っている。主要工業品の生産動向をみると,各方面にわたって前年同期の実績にも達していないものがあり,異例の事態となっている。注目されるエネルギー生産は,天然ガスが前年同期比9%増と好調な拡大を示しているものの,石炭が停滞状態を示しているほか,電力,石油(随件ガスを含む)も同3%増と伸び悩んでいる。
党,政府は,こうしたことやイラン政変に端を発した天然ガスの一時的供給途絶などによるエネルギー不足を深刻に受けとめ,6月央,早くも来季,冬場のエネルギー不足の事態を回避すべく,エネルギーの増産と節約策強化の措置を決定した。
農業でも,穀物生産が,天候不順の影響を受けて不作となる見通しである。アメリカ農務省の予測(10月)によれば,1979年度のソ連の穀物生産は前年比26%減の1億7,500万トンになると見込まれている。穀物不作が次第に明らかになるに伴って,畜産維持のために大量の穀物輸入が行われている。ソ連の対米穀物買付け量は,1978/79年度分が,1,570万トンとなり,さらに11月21日時点で1979/80年度分が約1,020万トンにのぼった。アメリカ政府は10月初,1979/80年度の買付け上限枠を2,500万トンにまで広げることを認めた。これはかつてない枠である。畜産も年初の異常寒波などの影響で伸び悩み状態が続いている。
建設・投資面では,1~6月期の国家投資が前年同期の水準をやや上回る増加に止まり,固定フォンド(稼動できる建物・機械・設備など)も前年同期比4%増と78年同期の11%増から目立って鈍化した。
民生面では,小売売上高が賃金の増加を上回るテンポで拡大している。一部消費財の売上不振はあるものの,消費需要は旺盛と考えられ,7月初には,超過需要の抑制や財政負担の軽減,さらには品質やサービスの改善を目指して一部商品の小売価格やサービス料金の改訂が実施された(1978年3月以来の値上げ措置)。
〈東欧〉
東欧諸国では,79年の成長率は,不振だった78年実績並かそれをやや上回る水準に計画する国が多かった。工業生産は,ルーマニアやブルガリアなとめ後発グループ国で比較的高い増加計画となったほかは,全般に控え目な目標となっている。他方,農業生産は,経済の均衡発展の見地から重視され,前年実績よりも目標を高めた国が多かった。
79年1~6月期の実績をみると,工業生産はほとんどの国で年次計画を下回る水準の増加に止まった。特に,寒波の影響を強く受けた北部東欧諸国の不振が目立った。また,農業生産にも天候不順の影響が表われている。
民生面をみると,東ドイツやチェコスロバキア,ブルガリアで小売売上が伸び悩み,生活水準の順調な上昇に陰を投げかけている。また,年初から年央にかけほとんどの国で,エネルギー,特に石油関連品目を中心とした物価引き上げが実施された。これらの措置は,①輸入価格の上昇に伴って急速に増大してきた財政負担の軽減,②節約の推進,③近年急テンポで増大してきた消費需要の抑制,などを目指したものである。
〈ソ連―東欧諸国の貿易〉
ソ連・東欧諸国の貿易(輸出入合計)は,1977年の前年比11.4%増から1?78年には同9.6%増となった後,79年上期に入っても,増勢鈍化が続いていると見られる。
その中で対西側先進国貿易をみると,輸出は西側諸国の順調な景気上昇を反映して,1~6月期に前年同期比20.6%増と78年より加速した。他方輸入は同期間に同12.2%と増勢がやや鈍った。このため,一貿易収支赤字は78年1~6月期の36.1億ドルから29.6億ドルへと縮小した。しかし農業不作に伴う穀物輸入の増大や引き続く資本財輸入拡大から貿易収支は今後再び悪化することが予想される。
(2)伸び悩むソ連の工業生産
ソ連の工業生産は,戦後着実に増大し,今日,その規模はアメリカの約80%に達していると言われる。しかし,その増加率をみれば,年々逓減する傾部門別生産・就業・生産性動向向にあり,特に第十次5か年計画期(1976~80年)に入ってからは伸び悩みが顕著となっている。
60年代(1961~70年)と70年代(1971~78年)を比べると,工業生産増加率で60年代の年率8.5%から70年代の同6.6%へと1.9%ポイント低下した。
これは主に労働力増加率が60年代の年率3.4%から70年代の1.6%へ低下したためであるが,70年代後半にはそれに更に労働生産性の伸び悩みが加わった。
70年代をさらに第九次5か年計画期(71~75年)と第十次5か年計画期(76~80年)に分けると工業生産増加率は前者の年率7.4%から後者の同5.2%へさらに鈍化している。60年代から70年代への生産鈍化は主に労働力の増加率が前者の年率3.4%から後者の1.6%へ低下したためであるが,70年代後半の生産鈍化はそれに更に生産性の伸び悩みが加わったためである。
工業の労働生産性は,技術革新の積極的導入や大幅な投資拡大によって,70年代前半までは好調な上昇を示した。にもかかわらず,第十次計画期に入ってその上昇テンポが急速に鈍化した背景には,①農業不作に伴う食品,軽工業部門への原材料供給不足,②一部原燃料,半製品生産の計画未達成に伴う供給制約,③運輸部門,とりわけ鉄道輸送部門の不振に伴う流通面の隘路の恒常化,④建設・投資計画の遅れ,などがめると考えられる。
このうち,第1-5-11表によって④の投資動向をみると,工業部門への投資高(固定投資)は70年代前半まで順調に増加してきたが,コスト上昇に伴う利潤の伸び悩みや経済刺激基金(労働者への報償金支払いや福利,厚生目的のための基金で,最近では全工業利潤の2割弱を占めるに至っている)の増大などによって投資資金の確保が次第に困難となり,第十次計画期の投資高は目立って増勢が鈍化するようになった。しかも未完工建設高が増加しており,投資に着手してもシステムの悪さから稼動にこぎ着けるまでに時間がかかるようになっている。また,フォンド生産性(単位生産固定フォンド当たりの生産高)も低下状況にあり,効率の悪さが目立つようになっている。このように,各段階において生産性の伸び悩みを引き起こす現象が累積しているのが最近の特徴である。
次に,主要工業部門について生産,雇用,建設,投資動向などをみると,特定部門の発展に力が注がれていることがわかる。第1-5-10表をみると,過去一貫して好調な生産増加をみせているのは,機械,金属加工業,化学・石油化学工業などの付加価値の高い工業部門である。これらが好調な増加を達成したのは,技術革新の影響を最も多く受け,かつ投資や労働力が優先配分された結果である。一方,電力・熱工業,燃料採取工業,建設資材工業なども,比較的順調に拡大してきたが,最近伸び悩みをみせるようになった。
また,鉄鋼業,林業・木材加工・パルプ紙工業,食品工業も建設計画の連れや原材料調達面の制約などから低率増加に止まるようになった。
最近の特徴としては,好調部門と不調部門の格差が広がり,かつ,不調部門の数が増えていることがあげられる。工業生産水準の高度化は機械,化学関連の生産シェアを増大させるが,無理な発展が行なわれた場合,部門間の経済交流に軋轢を生じさせ,最終的には工業全体の順調な発展を妨げることになる。ソ連工業は現在,このような問題の調整を行う時期にきていると考えられる。