昭和53年度
年次世界経済報告
石油ショック後の調整進む世界経済
昭和53年12月15日
経済企画庁
第1章 1978年の世界経済
先進国全体としての景気動向をみると,75年半ばから回復に転じ,76年中頃までは急速な回復を示したものの,その後回復テンポは緩慢となり,この状況が今日まで続いている。いまこれを,OECD(経済協力開発機構)加盟24か国全体の実質成長率の動きでみると,1976年は5.2%で,石油ショック前10年間の平均(4.9%)をやや上まわったが,77年の成長率は3.6%にとどまり,78年もほぼ同程度とみられている。さらに,明年についても,景気情勢の著しい改善は期待できない情勢にあり,先進国経済は,景気回復過程にあるにもかかわらず,3年連続して低成長をつづけようとしている。
これは,アメリカ経済がほぼ一貫して比較的順調な回復,上昇傾向を維持しているのに対して,その他の主要先進国では76年央以後回復テンポは著しく緩慢となり,とくに西ヨーロッパ諸国が不振であったためである(第I-1-1図)。この結果,雇用情勢にはアメリカを除いてほとんど改善がみられず,西ヨーロッパでは最近の失業者数が不況期の75年よりむしろ増加している国が多い。
アメリカと西ヨーロッパ,日本の景気回復テンポやインフレの格差を反映して,主要先進国間の経常収支には大きな不均衡が生じ,77年以来,アメリカが巨額の赤字を示す一方,わが国の黒字幅は拡大し,西ドイツの黒字もつづいている。このような国際収支の不均衡や物価上昇率の差を背景に,77年半ば以来,米ドルの下落,円,ドイツ・マルク(以下ではマルクと略称)の高騰など,国際通貨面に大きな変動がつづいており,それがまた世界経済の不安定要因となるに至っている。
このように,最近の先進国経済は,1973~74年の石油ショックや二桁インフレの影響から未だ十分に脱け出したとは言い切れないものがあるが,過去一年間についてみると,それまでとはかなり違った動きがみられる。
第一は,西ヨーロッパ主要国やわが国の回復テンポが77年末ごろから高まる一方,アメリカの上昇速度が鈍化したために,両者の間の景気格差が縮小されつつあることである。
第二は,順調な景気上昇がつづいているアメリカで,78年に入ってインフレが加速する傾向がみられるのに対して,西ドイツやわが国の物価は一層鎮静化する一方,高いインフレに悩まされていたイギリス,イタリアなどでも物価の騰勢がかなり衰えたことである。
第三に,西ヨーロッパやわが国の経済拡大を反映して,77年中ほとんど停滞状態にあった世界貿易も,先進国輸入を中心に78年に入って持直す傾向をみせている。
第四に,77年夏以来の主要国為替レートの大幅な変化や先進国間の景気格差の縮小傾向を反印して,アメリカと日本の経常収支不均衡が小幅ながら改善に向かう気配をみせている。
先進国全体としての回復テンポは76年半ばごろから緩慢化したが,この中にあってひとりアメリカ経済だけはその後もほぼ一貫して順調な上昇傾向を維持している。これを鉱工業生産の動きでみると,75年に生産が回復に転じてから,76年7~9月期までは,アメリカ,西ヨーロッパ,日本はいずれも年率9~10%という高い伸びを示した。しかし,その後の1年間についてみると,西ヨーロッパと日本では2%弱しかふえていない。これに対してアメリカでは6%近い増大がつづいた(第I-1-2表)。77年末以来,西ヨーロッパや日本の生産増加テンポはたかまっているものの,最近(78年4~6月)の生産水準を)不況前のピークにくらべると,西ヨーロッパや日本では,ピーク水準をわずかに上回る程度であるのに対して,アメリカでは12%近くも上回っている。
1975年以来のアメリカの景気回復,上昇は,その持続期間においても,拡大テンポという点からみても,過去の回復,上昇期にくらべて遜色がない。
まず,期間についてみると,75年4月に始まった今回の上昇過程は,78年9月ですでに3年半(42か月)に達し,なおつづいている。戦後における景気上昇の平均持続期間は35か月(ヴェトナム動乱などにより9年も拡大が続いた61~69年を除く)であったから,今回はこれをすでに大きくこえていることになる。
また,回復・上昇のテンポも,過去の回復期に勝るとも劣らないものがある。第I-1-3表は1950年代以後の景気循環について,景気の谷から13・四半期間に,実質GNPがどれだけ増加したかを比較したものである。これでみても,今向の実質GNP増加率は18.0%にのぼり,過去3回の平均増加率(15.6%)を上回っている。
需要項目別に今回の上昇過程の特色をみると,つぎの三つが挙げられる。
第一は,民間住宅建設の増加がとくに大幅で,65%増と過去3回の平均21.3%の3倍にも達していることである。これは73~74年の高金利の影響などから,75年はじめの住宅建設の落ち込みがとくに激しかったためでもあるが,その後の回復も,若年層人口の増大による旺盛な需要を反映して著しいものがあった。第二は,海外諸国の緩慢な回復を反映して輸出の増加率(21.0%)が過去の平均(33.3%)を大きく下回る一方,石油輸入の著増などから,輸入が40.5%の激増を記録したことである。この結果,従来の上昇期には純輸出の増加によってGNPが1%弱増加していたのに対して,今回は純輸出が減少し,これがGNPを1%近く引下げる要因となった。したがって,国内需要の伸びだけでみると,今回の増加率は19.1%で,過去の平均である14.8第よりかなり高かったことになる。第三に注目されるのは,民間非住宅固定投資(以下では民間設備投資という)も,19.4%増となり,GNPを上回る伸びを示していることである。この増加率は過去の平均22.6%と比べても,それほど劣っていない)。この点は,設備投資が停滞している西ヨーロッパや日本の情勢に比べて対照的である。
なお,今回の上昇過程にみられるもう一つの大きな特色は,雇用が急速に増大していることにある。第I-1-3表にもみられるように,この13・四半期の間に,総就業者数は11.7%増と,従来の2倍近いスピードでふえている。このため,75年5月には9.1%にまで上昇していた失業率も,78年夏には6%へ低下している。もっとも,就業者の急増は別の観点からみれば,一人当りの労働生産性向上テンポが緩慢だということを意味するので,この点は好ましいとはいい切れない。
78年に入ってからも,アメリカの景気上昇はつづいている。年初には異常寒波や石炭産業ストライキの影響で,生産活動は一時低下し,1~3月期の実質GNPはゼロ成長となった。しかし,その後経済活動は急速に盛り返し,4~6月期の実質成長率は年率8.7%に達した。夏以後拡大テンポはやや鈍化しているものの,鉱工業生産は7~9月も年率6~7%の増加をつづけている(第I-1-2図)。
このため,77年に265億ドルという巨額に達した貿易収支の赤字は,78年1~9月には年率302億ドルにむしろ拡大した。また,78年に入ってからは物価上昇率も加速化し,1~9月の消費者物価上昇は年率約10%にのぼった。このような貿易収支の大幅な赤字とインフレの加速を背景に,77年央以来下落をつづけていた米ドルは78年に入ってからも下落傾向を示し,年初から10月末までに主要11か国通貨に対して20.2%も低落した。
このような情勢を前にして,アメリカの経済政策の重点は,春ごろからインフレの抑制,ドルの防衛に置かれるようになった。
1974~75年不況からの西ヨーロッパ諸国経済の回復テンポは,上述のように緩慢なものにとどまっている(前出第I-1-2表参照)。とくに77年はじめから同年秋にかけては主要4か国(西ドイツ,フランス,イギリス,イタリア)の景気は完全な停滞状態を示し,生産はむしろ低下し,失業は増加するという状態に陥った。たとえば,77年1~3月から同年7~9月までの鉱工業生産の動きをみると,西ドイツ1.7%,フランス1.6%の減少となり,イタリアでは7.4%も低下し,イギリスでも0.7%の増加にとどまった。
このように西ヨーロッパ諸国の景気回復が76年後半以後鈍化し,とくに77年に著しく停滞を示した主な原因は3つある。
第一は,イギリス,フランス,イタリアの3国では高いインフレが続いたうえに,76年に経常収支が悪化し,ポンド,フラン,リラが大幅に下落したために,76年秋に公定歩合の大幅引上げをはじめとする緊縮政策の採用を余儀なくされたことである。したがって,この3国の経済が77年に停滞したのはある意味で当然のことだったといえる。
第二に,国際収支や物価の面で比較的問題の少なかった西ドイツでも,インフレ再燃への警戒などから,77年の財政政策が極めて慎重なものとなり,結果的に景気にとってかなりマイナスの効果をもったことである。
第三に,各国景気の停滞は,当然各国の輸入の停滞,減少をもたらす。相互に輸出依存度の高い西ヨーロッパでは,互に輸出市場を狭め合う,ことになり,これが各国の景気回復を妨げる大きな要因となった。
しかし,西ヨーロッパ主要国の景気は77年末ごろから持直す気配を示し,78年に入ってからは緩やかながら上昇傾向を示すようになった(第I-1-3図)。この結果,78年7~9月の鉱工業生産の水準を,前年同期にくらべると,西ドイツ4.4%,イギリス4.1%,イタリア3.7%,フランス1.6%と,いずれも上昇している。もっとも,回復のテンポは緩やかなものにとどまっており,このため雇用情勢にはほとんど改善がみられず,フランスでは失業者が年初来増加をつづけている。
77年末以来の景気情勢の好転は,夏から秋にかけて採用された景気刺激策の効果と,在庫調整の進展によるところが大きいとみられる。
77年春以後,景気情勢が予想外に悪化し,失業の増大がみられたため,西ヨーロッパ主要国では同年春から秋にかけで,景気刺激策の採用,ないし緊縮政策の緩和が行なわれた。イギリスでは最低貸出し金利が相ついで引下げられたほか,10月の補正予算では減税,公共支出増額など,GDPの約2%にのぼる刺激策が決定された。さらに,78年度予算でも大幅減税など(77年GDPの約3%)が行なわれた。西ドイツでは,9月に減税を中心とする財政面の刺激策(GNPの約1%相当)が打ち出され,12月には公定歩合も引下げられた(3.5%から3%へ)。フランスでは8月に小規模ながら財政支出の増加措置(GDPの0.3%相当)がとられたほか,公定歩合が引下げられた(10.5%から9.5%へ)。イタリアでは物価上昇率が依然高かったために財政面からの刺激策はとられなかったが,公定歩合が2回にわたって15%から11.5%へ引下げられ,経縮政策が緩和された。
また,マネー・サプライの動きをみても,77年末以来西ヨーロッパ諸国では概して増加テンポが高まっている(第I-1-4表)。たとえば,,西ドイツでは,中央銀行通貨残高の伸びは,76~77年は9%程度であったが,78年9月までの6か月間には年率10.4%の増加となっており,フランス,イギリスでも,78年前半のマネー・サプライの増加率は,77年同期の伸びを上回っている。これは,景気上昇を維持するために,金融政策当局が,ある程度の通貨供給増大を容認する政策態度をとっヤいることによるものと考えられる。
仏,英,伊の場合,このような政策転換が可能になったのは,貿易収支の改善によるところが少なくない。この3か国の貿易収支の赤字額は76年10~12月には合計53億ドルにのぼっていたが,77年には著しく改善され,7~9月の赤字幅は5億ドルにとどまった。また,イギリスとイタリアでは77年半ば以後,物価上昇テンポがかなり落着いてきたこともその背景となっている。
上述のように,78年に入ってから,アメリカ経済の拡大のテンポがやや鈍っている一方,西ヨーロッパ主要国では緩やかながら景気が回復を示しているため,アメリカと西ヨーロッバとの間にみられる景気上昇テンポの格差は,77年に比べてやや縮小する傾向にある(第I-1-5表)。
いま,77年7~9月までの3・四半期間と,その後78年7~9月までの1年間について,アメリカとその他の主要国の鉱工業生産の増加テンポを比較してみると第I-1-5表の通りである。これでみると,77年7~9月までの期間では,アメリカの生産が年率7%の伸びを示したのに比べて,西ヨーロッパ4か国では減少し,わが国の増加も年率1%にとどまり,アメリカと格段のひらきがみられた。このような生産増加テンポの格差を反映して,この間にアメリカの輸入(ドル・ベース,以下同様)が年率22%もふえたのに比べ,西ヨーロッパ4か国と日本の輸入増加は年率4~8%にとどまった。
これに対して,77年7~9月からの1年間についてみると,アメリカの生産増加は年率6%へ,やや鈍化したのに対して,日本では6.8%もふえ,西ヨーロッパ4か国でも3.6%増大している。つまり,アメリカと西ヨーロッパとの格差は縮小している。これを反映して,アメリカの輸入増加テンポが年率17.2%に低下する一方,西ヨーロッパ4か国の輸入は年率17.8%にたかまっている。またわが国の輸入も13.1%増で,前期に比べると増加テンポは3倍になっている。
1976年には前年比12.2%増と急速に回復した世界輸入数量(共産圏を除く)も,先進国の景気回復の鈍化を反映して76年後半から伸びが鈍り,77年の増加は5.3%にとどまった。77年中の推移をみると,第I-1-4図にみられるように,世界の輸入数量は,77年4~6月期以後,同年末まではほとんど横ばい状態を示した。輸入の停滞は先進工業国でとくに目立った。産油国については,IMFの推計によると,輸入数量増加率は75年の43.5%から,76年は19%へ,さらに77年は13%へと鈍化している。
しかし,78年に入ると,西ヨーロッパ諸国の景気が持直したことを反映して,世界貿易もかなりのテンポで拡大しはじめている。
世界輸入額(当庁による季調値,ドル・ベース)をみると,77年4~6月以後前期比1~2%の伸びにどどまっていたものが,78年1-3月には前期比6.9%の増大を示している。なかでも先進工業国の輸入額は,77年下期は年率5.4%の伸びにとどまっていたのに対して,78年上半期の増加は年率18.7%にも及んでいる。ドル下落の影響を除外するため,SDR建てに換算してみても,77年下半期の年率2.3%増から,78年上半期の年率9.7%増へとたかまっている。
78年に入ってからの世界貿易の特色を地域別にみると先進工業国では輸出の増加が輸入の伸びを上回り,その結果,貿易収支の赤字幅は77年10~12月の77億ドルから,78年4~6月には30億ドルへと著しい縮小を示している。西ヨーロッパ諸国の景気動向を反映して,輸入の伸びもたかまっているが,それ以上にOPECや非産油途上国への輸出が伸びているためと思われる。一方,非産油途上国では,輸出は78年春から多少持直す気配をみせているものの,輸入も大幅に増大している。これは①途上国経済が全体として拡大傾向をつづけているうえに,②76,77年中の外貨準備増大を背景に,輸入抑制をゆるめる国が多かったこと。③韓国,台湾などの経済が輸出の著増からブーム状態となったことなどによる。このため,77年10~12月には80億ドルであった非産油途上国の貿易収支赤字幅は,78年1~3月には104億ドルへと急激に拡大している。
78年に入ってからの先進国経済にみられる一つの特色は,アメリカとその他諸国との間に,インフレ動向に顕著な相違が生じていることである(第I-1-6表)。
76年ごろから早くもインフレが著しく鎮静化していたスイスと西ドイツでは,その後物価情勢は一段と落着きをみせ,マルクやスイス・フランの為替レート上昇による物価引下げ効果も加わって,78年8月の消費者物価の前年同月比上昇率は,西ドイツで2.4%,スイスでは1.2%にとどまっている。また,わが国でも,賃金上昇率の低下や円の上昇による物価鎮静化効果に農産物の作柄良好なども加わって,消費者物価の上昇テンポは77年後半になって急速に鈍化し,78年春以後,前年同月比上昇率は3~4%台となっている。
一方,76年中も10%を大きくこえるインフレに悩まされていたイタリア,イギリスでは,緊縮政策や賃金自主規制の効果があらわれ,77年半ばごろからインフレの鎮静化がすすんでいる。とくにイギリスでは77年6月には約18%に達していた消費者物価上昇率(前年同月比)は,同年12月には12%へ,さらに78年8月には8%へと急速に鈍化した。イタリアでも,ほぼ同じ時期に,19%から12%へと,かなり鈍化している。
このほか,オランダ,ベルギー,オーストリアなどでも,景気停滞の影響や為替レート上昇による物価安定効果もあって最近の物価上昇率は年率3~4%に下っている。さらに,激しいインフレがつづいていた北欧諸国でも,78年に入って騰勢が衰えている。
このように,西ヨーロッパ諸国などで物価の鎮静化が進んだのは,景気回復がおくれていることに加えて,高水準の失業を背景に,賃金上昇率が次第に低下していることにある(第I-1-7表)。これに対して,アメリカでは78年初以来インフレが加速化されている。
アメリカの消費者物価の上昇率をみると,第I-1-8表のとおり76年中(年末までの1年間)の4.8%から,77年中の6.8%へと,ややたかまっていたが,78年に入ると,一時的要因も加わって騰勢は一段とたかまり,9月までの上昇率は年率9.5%と,二桁近くを記録している。
78年上半期におけるアメリカの二桁インフレには,寒波による生鮮食品の高騰や牛肉の値上りなど特殊要因もあるが,この点を考慮しても,基調として物価の騰勢がたかまっていることは否定できない。年初から9月までの上昇率をみると,食料品を除いても消費者物価は年率8.8%の上昇となっている。また,同じ期間に,工業品卸売物価も年率8.3%の上昇と,77年中の上昇率6.7%を大きく上回っている。
このように,78年になってから,アメリカのインフレが加速されている理由としては以下のような事情が挙げられる。
その一は,労働需給関係の好転を背景に,賃金上昇率がたかまっていることである。アメリカの失業率は78年春には約6%まで下っている。それでも,60年代後半の平均3.8%に比べれば未だ高い。しかし,近年では労働力人口に占める婦人や若年層の割合が高まっていることなどを考慮すれば,完全雇用状態に見合う失業率は,5~5.5%に高まっているとみられている。
したがって,最近ではすでに完全雇用に近い状態になっているとみられる。
雇用情勢の改善を背景に,賃金上昇率は高まっている。民間非農業部門の時間当り賃金の上昇率をみると,77年中の8.1%から78年前半には年率9.8%へと高まっている(第I-1-8表)。また,期間内に締結された労働協約の初年度賃上げ率も,77年の9.4%から,78年上期には10.7%に上昇している。さらに注目されるのは,77年までは未組織労働者(労働組合に参加していない労働者)の賃金上昇率は,組織労働者のそれを下回っていたが,78年に入って両者の関係が逆転し,未組織労働者の方が高くなっていることである。このような事情を考慮すると,賃金上昇の加速化傾向はかなり根強いものがあるとみられる。なお,78年1月に,2年振りに最低賃金が15.2%引き上げられたことも,78年の賃金上昇の一因となった。
その二は,労働生産性の上昇テンポが鈍っており,その結果,生産物一単位当りの賃金コストが大幅に上昇していることである。民間非農業部門の労働一時間当り生産性は,景気回復初年度の76年には2.8%と,60~73年の平均2.5%をやや上回る伸びをみせた。しかし,77年には1.7%にとどまり,78年上期には1.2%の低下という著しい不振を示した。生産性が低迷する一方,賃金の上り方は加速したため,生産物一単位当りの労働コストは,77年中は6%,さらに78年上半期には年率11%もの上昇となった。
その三は,このような労働コストの上昇を,販売価格に転嫁しやすい環境にあったことである。仮にコストが上昇したとしても,景気が悪く,商品の需給状況がゆるんでいれば,企業としてはコスト上昇を値上げによってカバーすることはむずかしい。しかし,77年以来,商品の需給関係は企業にとって,かなり有利になっている。製造業の操業度は,77年夏には83%,さらに78年8月には85%へと上昇しており,“もの不足”が問題になった73年の88%に比べても,かなり高いところになっている。
78年になってアメリカのインフレが加速されるようになった要因の第四は,ドルの低落である。ドルの実効レート(I.M.F.による)は,77年中に5.9%,さらに78年8月までに8.7%下落している。
ドルの下落によって,輸入品の価格が上昇するだけではない。輸入品の価格が上昇すると,これと競合する国内産品の値上げも容易になる。たとえば,円高を反映して,日本製乗用車の輸入価格はドル建てで77年春から78年春にかけて約15%も引上げられた。この間,アメリカの小型車価格も4~9%引上げられている。このような形で,アメリカ製品の価格引上げが行なわれやすくなっていることも,ドル安にともなうインフレ促進効果として無視できないものがある。
景気上昇テンポの格差を反映して,雇用情勢にもアメリカと西ヨーロッパの間には大きな相違がみられる。
アメリカでは,順調な景気上昇にともなって,就業者数は76年以来年3%をこえる急速な増加を示し,とくに78年4~6月までの1年間には4.4%の大幅な増加をみた。このため,75年5月には9.1%にのぼっていた失業率も78年春以後は約6%まで低下している。
これに対して西ヨーロッパでは雇用情勢の改善はほとんどみられず,最近の失業者数が不況期の75年よりむしろ増加している国が少なくない(第I-1-9表)。その最大の理由は,76年以来景気上昇テンポが鈍化したことにあるが,同時に,企業の雇用態度が慎重になって,新規雇用を手控えていることもひびいているとみられる。第I-1-10表は主要国の就業者数増加率と,一人当り生産性の伸びを示している。これでみても,西ドイツ,イギリス,フランスの就業者は不況期に減少したあと,最近までほとんどふえていない。一方,就業者一人当り生産性向上テンポは,年によって大きな変化がみられるものの,75~77年を平均してみると2~3%となっており,とくに最近1年間の伸びは65~73年平均に比べて余り遜色がない。
最近の一次産品市況をロイター商品相場指数(SDR建て)でみると(第I-1-5図),安定的な推移をたどり,78年7~9月期までの1年間に1.7%の下落を示した。その前の1年間がコーヒー,大豆,すずなどを中心に一次産品が高騰し,各国の物価上昇圧力となったことと比べると最近の一次産品市況は様変りの感がある。
ただ期間中の動きをみると,78年の4~6月期までは弱含みであったが,先進国全般の景気上昇にドル低落に伴う換物需要が加わって,8月頃から強含みに転じており,前月比でみると9月の3.4%高のあと,10月も2.2%高となっていることが注目される。
品目別にみると,まず工業用原料については,すずを除く非鉄金属や綿花の価格は需要面で景気回復の緩やかさ,供給面で大量の在庫,大型鉱山の新規開発などの要素があったために,77年中低下傾向を示していた。しかし,78年に入ってからは,先進国景気の回復テンポが再度持直したことを反映して,これら商品の価格もやや堅調となってきている。とくに8月以降はドルの軟調にともなう換物買いなども加わって,上昇の度合いを強めた。
すずは世界的な品不足を反映して高騰してきたが,本年に入りアメリカ議会でのGSA(一般調達局)備蓄すず放出法案審議の進展により一時反落したが,その後同法案が廃案となるなどの動きがあり,今春以来史上最高値を更新しつづけている。
天然ゴムは76年央以降比較的安定していたが,本年夏以降アメリカ,西ヨーロッパ,日本の自動車生産が昨年に引続き好調なこと,ソ連,中国の買い付け予想などから急騰し,9月末には74年1月の史上最高値近く(9月末はピーク比1.8%安)まで上昇している。
また,牛原皮は,74,75年の飼料穀物の高騰からアメリカにおける飼育頭数が減った結果,75年以降値上りしてきたが,本年央以降は供給不足が一段と顕著になって価格は急騰に転じ,9月1日こ史上最高値をつけた。その後,高値警戒感もあって急反落しているが,その水準はなお高い。
このように,工業用原料の価格は堅調になっているが,今後についても,先進国全体の景気回復が続くことを反映してこの傾向が続くと思われるものの,アメリカにおいて景気上昇テンポが鈍化すると予想されること。価格上昇につれて,非鉄金属などでは稼働率を上昇させたり,採鉱を再開したりする動きも出てくると考えられることなどから,最近のような上昇のテンポは続かないと思われる。
つぎに,穀物はここ2~3年アメリカなどでの豊作と在庫増予想などから低下傾向をつづけ,昨年8~9月にはとくに小麦が72年10月以来の安値を付けた。77年末以降は作付面積の削減などから値を戻しているが,とうもろこし,大豆は当初予想を上回る豊作が見込まれることや在庫増予想から年央には値下がりした。
コーヒーについては,ブラジルにおける75年の大霜害は供給面に甚大な影響を及ぼし,価格は77年4月にピークをつけ,また,ココアについても,ガーナ,ナイジェリアの不作で急騰していたが,その後これら商品が余りの高値になったために消費が減退し,それにつれて値下がりした。
最後に原油のスポット価格は,77年初から78年央まで全体として弱含みに推移してきた。これには,先進国の景気回復が緩慢なために,需要の伸びが重質油を中心に小幅にとどまったことや北海,アラスカ等における原油生産が増加したことが大きく影響した。しかし,78年央を境に原油のスポット市況は軽質油を中心に上昇に転じ秋口からしだいにその上げ足を速めている。
この背景としては,夏場のアメリカ,ヨーロッパのガソリン需要の急増,O PECの原油価格引上げへの思惑,冬場の需要期を控えていること等による精製業者の在庫手当,サウジアラビアの軽質油の生産,輸出を一定枠内にとどめようとする新しい石油政策の影響等が考えられる。