昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第5章 変貌する国際分業関係

第5節 東西貿易の増大と変容

1960年代後半以来,東西貿易(市場経済諸国と共産圏との貿易)は急速に拡大している。ソ連や中国が経済成長に必要な機械その他の資本財を輸入し,その代金支払いのために主として原材料を西側に輸出するという東西貿易の基本的性格には大きな変化はみられない。しかし,ソ連においては労働力人口の増加が鈍っていることなどから,今後の経済成長率の低下を阻止するために,西側先進国の資本財・技術の導入による生産性向上が益々重要になっている。中国でも,中・ソ対立によってソ連からの資本財輸入に依存できない現在,華国鋒体制のもとで近代化路線を推進するために,西側からのプラント,機械を輸入する必要性がますますたかまっている。しかも,中・ソ両国は資源の保有国であり,とくに石油危機以来,石油の輸出増大によって必要な外貨を獲得しようと努力しているが,世界的に石油需要のひっ迫が予想され,また中東石油への依存を低める必要に迫られている現状では,両国の石油輸出の動向は,西側諸国にとっても重大な関心事となっている。また機械類輸入に必要な資金を賄うために,共産圏諸国は工業品の輸出増大にも力を入れはじめており,西側先進国の産業にとって少なからぬ影響を及ぼす可能性もある。

以下では,中国,ソ連について,近年の貿易動向の特色と,対西側債務の増大や石油危機後の情勢に対する対応の仕方を中心に検討を加えてみよう。

1. 中  国

(1)中国貿易の変遷と特徴

中国の対外貿易は,1960年代には文革による政情不安もあって,きわめて緩やかな伸びしか示さなかったが,70年代に入って目立って増加し,国民総生産に対する貿易依存度は70年の3.5%から75年には4.8%に高まった。

第V-28表 中・ソ両国の貿易関連指標

この間の特徴は,第一に先進諸国からの鉄鋼,機械,プラント,穀物輸入が増大したことであり,第二に食料品,繊維品など伝統的輸出商品の増大に加えて,原油・石油製品の輸出が本格化したことである。

中国貿易の市場別構成をみると,60年代に入って中・ソ対立の影響が経済的側面にまで波及し,従来ソ連に依存していた機械・プラント,資材の輸入相手市場を西側先進国に転換したため,非共産圏の割合は60年の34.3%から75年には83.6%に高まった。中国の対外貿易は,工業化に不可欠なプラントおよび技術,あるいは国民生活にとって重要な穀物を西側先進国に依存するというメリットと同時に,自由世界の景気変動の影響を大きく受けるというデメリットも併存することとなった。75年の非共産圏貿易にみられる大幅赤字は,主としてオイルショック以後,スタグフレーションに陥った先進国向けの輸出の伸びが小さかったためである。

第V-29表 中国の対外貿易の推移

中国の非共産圏貿易では,もともと先進国に対する入超を発展途上国に対する出超(主として香港・シンガポール市場での稼得外貨,なお発展途上国に対する出超には援助輸出をふくむ)で相殺するという貿易関係が形成されてきた。しかし75年には,対先進国貿易の赤字幅が大きすぎて,香港・シンガポール向け輸出により稼得する外貨では十分相殺することができなかった。

中国の輸出入商品構成は,先進国に対しては原材料,繊維品輸出,資本財輸入,発展途上国に対しては食料品および工業品輸出,原材料輸入という中進国的パターンを示している。

まず輸入品構成のなかで大きな比重を占めるのは機械および設備,鉄鋼,化学品(化学肥料および合成化学品),穀物であるが,政府当局の農業および農業関連産業の重視政策のもとで,70年代に入って穀物および化学肥料の輸入の比重が次第に縮小し,一方,石油開発あるいは基礎工業,石油化学工業の建設が積極化するにつれて,鉄鋼および機械・設備の輸入の比重が大幅に増えた(第V-2図)。

この結果,穀物輸入代金もふくめて延払いによる中・短期債務残高は,75年末に約30億ドルに達したとみられる(米商務省D.L.Denny推計)。

輸出商品構成のなかで大きな比重を占めるのは食利品,原材料,繊維品(織物および衣類)であるが,73年以後には原油輸出が増大している(第V-2図)。

先進国に対する輸出商品の主要なものは,やはり食料品,原材料,繊維品(織物および衣類)であるが,工業品のなかで非鉄金属,皮革品,はきもの等も最近伸びをみせている。政府当局は赤字幅が拡大傾向を示している対先進国貿易について,貿易均衡化の意向を強く表明しているが,その際最も有望な,しかも新たな輸出商品として注目されるのは原油および石油製品(1975年の輸出シェア13%)である。

(2)輸出商品としての石油の動向

中国はプラント・技術の導入や穀物輸入に当たって,延払いによる中・短期債務は受け入れるが,政府借款や外国資本による国内資源開発には強く反対している。したがって金・外貨保有高の乏しい中国では,輸出商品を多様化して輸出の増大に努める必要があろう。こうしたなかで1973年に西側諸国に対し原油輸出が本格化したことによって,新たなしかも有望な輸出商品として石油が注目されてきた。

第V-30表 中国の原油生産および輸出

原油埋蔵量については,69年に国連のECAFE(アジア極東経済委員会)が海底油田の科学的調査に着手して以来,西側諸国の関心が高まった。最新情報としては,アメリカ政府が内陸,海底埋蔵量をそれぞれ約390億バーレル(ただし人造石油をふくまない)と推計している。

原油生産量は76年に8,360万トン,輸出量は石油製品をふくめて910万トンであった。石油生産量は最近10年間に年率20~25%の伸びを示してきたが,ここ2~3年は増産テンポが低下した。低下理由としては「四人組」による政情不安のほかに,①全産油量の約50%を占める大慶油田の産出量がほぼピ-クに達したとみられること,②石油開発設備・資金が,大慶油田等の既存油田から,内陸・海底を問わず未開発油田に重点的に投下されつつあって,現在はその過渡期にあること,③国内の石油開発・精製技術の立ち遅れが目立つうえ,外国からの設備・技術の本格的な導入がみられないこと,などである。中国当局も全国的規模で地質調査を進め,内陸の大油田および中小油田のほか,海底油田の開発にも積極的に取り組む意向を示している。

73年から原油輸出が増大したことによって,75年には原油および石油製品の輸出額は9.1億ドルに達した。アメリカ政府の推計によると,石油輸出量は76年の910万トンから80年には最大2,950万トンに達すると予測している。

しかし,その前提として,①国内消費動向,②輸出価格と原油性状の2点が問題となる。

中国はエネルギー消費の大部分を石炭に依存しているが,60年から国内産油量が増大し,石油および天然ガスの比重は57年の3%から74年には約35%に高まり,両者の消費割合いも高まった(第V-31表)。石油関連工業の新規稼働と農業用ディーゼル油の需要増加等によるものである。しかし現状では,自動車の急速な普及は考えられず,ガソリン需要の圧力はあまり大きくない。したがって,中国の油種別需要パターンは西欧先進国のそれとは異なり,当面重油中心型である。今後石油化学工業の増設と農業機械化が急速に進めば,国内消費の増大によって輸出需要を圧迫するケースも考えられよう。

なお,中国産原油は,輸入国側からみると品質と価格について問題がある。まず品質については,現在日本に輸出されている原油は主として大慶油田のもので,性状としては低硫黄だが凝固点が高く,重油得率がきわめて高いという点で,軽質油に重点が移行しつつある最近の西側先進国の需要構造に合致しないという問題がある。さらに輸出価格についても, OPEC諸国の価格引き上げに追随して,75年以降毎年価格改訂が行なわれており,77年下期輸入契約分も,1バーレル当たり13.15ドルから13.2ドルに引き上げられた。原油の性状からみて相対的に割高という問題がある。

2. ソ  連

(1)東西貿易の拡大と赤字の増大

ソ連の貿易総額は1970年代に入ってから増加テンポを著しく高めており,国民所得に対する輸入総額の比率でみても,60年代には3.5%程度にとどまっていたものが,75年には7.3%へと大幅に上昇している。とくに西側先進国との貿易拡大のテンポは急速であり,65年には全輸入額の20%を占めるに過ぎなかったが,75年には36%が西側先進国からの輸入で占められている。

第V-32表 ソ連の国民所得(生産ベース)に対する輸出入の比率

ソ連貿易の商品構成にみられる特徴は,輸出については木材,綿花,燃料など一次産品の比重が大きく,輸入の面では機械設備,消費物資などの工業製品が中心となっており,いわゆる垂直型の国際分業形態をとっていることである。

第V-3図 ソ連貿易の輸出入別商品構成の変化

このような特徴は保持しながら,近年西側先進国からの輸入が特に急速な拡大を示してきた理由としては以下の3点が挙げられる。

第一は,西側からの機械設備や技術を導入する必要性が益々高まってきたことである。ソ連の経済成長率は,60年代後半の年平均7.1%から,70年代前半には5.1%へと低下し,76~80年を対象とする第10次5か年計画では4.7%にとどまると見込まれている。これは農業生産が予定通り伸びていないうえに,労働力人口のふえ方が次第に鈍化していることによるところが大きい。したがって,今後これ以上に成長率が低下するのを防ぐためにも,生産性の向上,産業の効率化が必要であり,そのために,西側先進国からのプラントや技術の輸入が必要とされている。さらに,シベリア地区の天然資源開発が進められたこともこの傾向に拍車をかけた。

第二に,これと関連して,70年代に入って,東西緊張の緩和を背景に,西側先進国との大規模な産業協力や資源開発協力などの各種プロジエクトが実施され,これにともなって,プラント,鋼管などの輸入が増大した。

第三は,農業生産の拡大が食料需要の増大と高度化に追いつけず,飼料用穀物の輸入必要量が漸増しているうえに,72,75年の凶作によって,食糧の輸入が激増したことである。

一方,西側先進国への輸出も第V-33表にみるようにかなり増加したものの,70~75年の輸出増加は3.3倍で,輸入の増加率4.9倍に及ばなかった。この結果,1970年にはほぼ均衡していた対OECD諸国収支は,75年には40億ドルの大幅な赤字を記録するに至った。

(2)債務の累積とその影響

この結果,ソ連の西側諸国に対する債務は急速に増大し,債務残高は,西側推計によれば1975年末には110億ドル余,76年末にはさらに140~160億ドルに達したとみられる。なお,貿易赤字による債務累増は東欧諸国の場合も同様であり,東欧諸国の西側債務残高も76年末には270億ドル余にのぼっているとされている(第V-34表)。

ソ連・東欧諸国の債務累増が顕著になるにつれ,76年春以来,西側諸国にはソ連・東欧に対する信用供与を手控えようという空気がみられるが,同時にソ連・東欧側でも,赤字幅の拡大を阻止するための対策が講じられつつあるとみられる。

そのひとつは,生産の拡大や国民生活の安定に必要とされるもの以外の輸入を極力抑制することであり,その二つは,豊作の年に食糧の備蓄を行ない,食糧輸入の大幅な増減を避けることである。さらに,西側からの輸入契約に際して,見返り品の引き取りを要求したり,プラントの輸入に当って,そのプラントが稼働した場合に製品の一部を輸出する約束をとりつける,いわゆる「生産分与方式」の適用を拡大しつつある。

また,輸出をふやすために,後述のように石油をはじめとする地下資源の開発を進めるとともに,工業製品の品質を改善して,西側諸国の需要に適合した製品を生産する努力も払われていると伝えられる。

これらの政策が債務累積の緩和にどれほど貢献するか,現段階では未知数であるが,仮に輸入抑制が大幅に行なわれる場合には,西側諸国の経済活動にもかなりの影響が生ずる可能性がある。現に,76年の先進工業国のソ連・東欧への輸出は5.2%増と著しい鈍化となり,77年1~5月期には前年同期に比べて横ばいとなっている。これには穀物の豊作による食糧輸入の減少も加わっているので,そのすべてが輸入抑制策の結果とはいえないが,ソ連・東欧の輸入増加が,抑制策の結果かなり鈍っていることは否定できない。

近年,先進国,とくに西欧諸国にとって,ソ連・東欧は輸出市場として重要な意味をもつようになっている。たとえば,75年において先進国の工業品輸出総額4,344億ドルのうち5.1%に当る225億ドルがソ連・東欧向けで占められていた。とくにソ連・東欧市場は西欧諸国にとっては重要度が高く,75年の西欧工業品輸出の6.8%を占め,アメリカ(6.5%)よりも大きな市場となっている。それだけに,輸入抑制策の影響ば無視できないものがある。

(3)石油輸出の増大

前述のように,ソ連は元来資源輸出に依存するところが大きく,1970年においても総輸出の15%, OECD向け輸出の33%が鉱物燃料で占められていた。

したがって,73年のOPECによる石油価格の大幅引上げは,市場価格で西側に大量の石油を輸出しているソ連に多大の利益をもたらした。たとえばOECD諸国に対する鉱物性燃料の輸出額は,73年の17億ドルから,74年には36億ドルへと一挙に倍増し,これによって同年の対OECD貿易収支は黒字に転じたほどであった。かくして,最近では石油が対OECD輸出の半分近く,社会主義国向け輸出の1/4以上を占めている。

75年以後,機械を中心とする輸入の増大,先進国の不況による輸出の鈍化から,ソ連の対西側貿易は再び大幅な赤字傾向を示しており,赤字幅縮小のために石油輸出に寄せられる期待は高まっている。

第V-35表 ソ連のエネルギー需給構造

このような観点から,ソ連のエネルギー事情をみてみよう。1960年代に入ってから,ソ連の原油生産は急速に増大し,生産量(ガス・コンデンセートを含む)は63年の206百万トンから76年には520百万トンに達し,74年以来アメリカを凌駕して世界第一の石油生産国となった。このほか,石炭,天然ガスにも恵まれているため,エネルギー生産の1割以上が輸出され,とくに石油は生産量の約1/4が輸出に向けられている(73年)。

石油輸出のおよそ6割は,エネルギー資源の乏しい東欧諸国に供給され,コメコン(共産圏経済相互援助会議)経済協力の重要な一翼を担っている一方,残りの4割が西側諸国に輸入され,外貨獲得に貢献しているのが現状である。ソ連の石油が,このような役割を今後も十分に果たしてゆけるかどうかは,主として石油資源の賦存状態と,その開発テンポによって左右される。石油埋蔵量については種々の推定があり,高いものは107億トン("Oil and Gas Journal"1976.12.27),低いものは66億トン("World Oil"1975.8.15)と大きな差がある。いずれにしても,当面の大きな問題は,従来生産の中心となっていたヨーロッパ・ロシア地区の生産が頭打ち状態となっているなかで,シベリア,極東地域に偏在するエネルギー資源の開発,輸送を以下にして円滑に進めるかという点にあり,そのためにも西側先進国の資本,技術面での協力が必要とされよう。


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