昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第4章 発展途上国と共産圏の経済動向

第3節 輸入停滞の目立つ共産圏

1. 中国の工業生産回復へ

(1)1976~77年の生産動向

76年の中国経済は,指導者の相次ぐ死亡と後継者をめぐる政情不安および河北地震の影響をうけ,経済発展のテンポが鈍化した。実質GNPの伸びは2~3%にとどまり,第4次5か年計画期(71~75年)の年間平均成長率6.5%を下回った。これは工業生産が前年比3.4~5%増と71~75年平均の年率10%の伸びを大幅に下回ったためである(第IV-10表)。とりわけ,輸送部門の混乱もあって,石炭,電力,鉄鋼など基礎工業の生産が停滞し,また原油も増産率が低下した。輸送部門や基礎工業における不振には,前記の一時的要因のほかに投資不足による設備更新の遅れや,長期間の賃上げ停止にともなう労働意欲の低下等も加わっている。

しかし76年秋以降政治体制は安定の度合を加え,停滞していた工業生産も77年4~6月期に入って回復が本格化した。この結果,1~9月の工業生産は,前年同期比で12%の増加となった。これは経済重視政策を明確にうち出した現政権のもとで,企業管理の整備強化と生産目標達成のための社会主義労働競争運動が全国的に展開され,また労働意欲の向上をねらいとして77年5月の全国工業会議で,賃金改訂を検討することを公約したことが大きな要因となっている。賃上げは10月から実施されることになった。

農業部門では,76年は夏以降の天候不順によって食糧生産が前年の2億8,500万トン(大豆をふくむ)から2億9,000万トンへとわずかな増加となり,農業全体では前年比1.9%の伸びにとどまった(第IV-10表)。悪天候は77年春まで続いたため,小麦を申心とする77年度夏季作物も当初の増産目標を達成しなかったが,早稲は作付面積の増加もあって既往最高の収穫高となった。秋季作物(晩稲,中稲,とうもろこし等)も,気象条件の好転とともに順調な成育を示していると伝えられている。

(2)賃金引上げ

中国の賃金体系は,1956年に現在のものが整い,その後微調整されてきたが,本格的な賃上げは63年以来実に14年ぶりである。このため一般大衆の賃上げに対する要求には,ここ数年根強いものがあったといわれる。今回の措置は低所得者層(職員・労働者数の約46%)を主要対象として,長期間にわたって固定されてきた昇給を実施し,労働意欲を高めることがねらいとされている。賃上げは賃金支払い総額の約10%に相当する見込みである。また今回の賃上げは過渡的措置で,来年以降も必要に応じて部分的な賃上げを実施する予定となっているが,その場合も高級職員・労働者の賃金は据置いて,低所得者層と高所得者層との賃金格差を縮小さぜることになっている。消費性向の高い低所得者層の賃上げは,それに見合う消費物資の供給増がなければインフレ発生の原因となる。現在主食および綿布等は配給制となっているが,副食品,衣類,耐久消費財等について,賃上げに見合う供給量の確保が問題となろう。

(3)  I976~77年の貿易動向

76年の貿易総額は前年に比べ7.8%減少した。なかでも輸入は16%の大幅減少となった。これに対し輸出は1%の微増であったため,貿易収支は赤字から黒字に転化した(対OECDでは輸出3.2%増,輸入27.4%減,第IV-11表)。輸入の減少は,①73年から75年にかけて貿易収支の赤字が累積したため,輸入抑制策がとられたこと,②「四人組」に代表される急進的指導者グループが,「資源輸出,プラント・技術輸入」による積極的な工業化政策を批判するキャンペーンを展開したことなどによるものである。なお,繊維品,衣類,食料品など伝統的輸出商品の伸びが鈍化し,また新たな輸出商品として,73年以降西側諸国向け輸出が本格化した石油も,76年には停滞した(75年1,166万トン→76年910万トン)ことが輸出の伸び悩みにつながっている。

73年から75年にかけての輸入増大は,一つには72年の農業不振から,73~74年にかけて農産物(穀物,大豆)輸入が増大したこと,二つには第4次5か年計画の遂行過程で,工業化を促進するために西側先進国から28.5億ドルのプラント輸入成約が行なわれたためである。プラントおよぴ穀物輸入は中・短期の延払いによって決済されているが,米商務省の試算によれば76年末の債務残高は20億ドルを上回り,外貨保有高の乏しい中国で大きな外貨圧迫要因となった。

輸入停滞傾向は,77年に入っても持続し,  1~5月間のOECD諸国との貿易は,前年同期比輸出9.2%増,輸入37.9%減となり,前年同期に9.8億ドルであった貿易収支赤字は0.9億ドルに縮小しほぼ均衡化した(第IV-11表)。しかし76年末から77年7月にかけて,1,100万トンを上回る穀物およびそれぞれ100万トン前後の大豆,砂糖の輸入契約(約14億ドル)が行なわれ,また鉄鋼,肥料等の輸入成約も増加傾向を示しているので,下期にかけてOECD諸国からの輸入額が増大し,赤字幅はいくぶん拡大するものとみられる。

2. 成長鈍化のソ連経済

1976年は第10次5か年計画の初年度にあたる。計画期間中,資源開発の困難,投資の伸びの低下,労働力の不足が予想され,さらには第9次5か年計画が未達成となるなど悪条件の中で,政府は投資効率の向上,労働生産性の改善などに力を入れることによって多様な国家目標の達成を図ろうとしている。「効率と質」の改善が今次計画の主要課題となっているのもこのような経緯によるものである。そして低成長から出発して,次第に成長率を高める姿が想定されている。ただ計画期間全体を通してみると,国民所得をはじめとしてほとんど全ての経済指標が計画史上最低の伸びとなっている。

こうした状況のもとで,76年は,支出国民所得成長率が計画の5.4%に対して実績では5%にとどまるなど幾つかの重要指標で低められた計画目標をも下回ることとなり,決して順調とは言い難かった(第IV-12表)。

77年についても同様な傾向が続いている。この年の計画数値で特徴的なことは,工業,農業とも増産テンポを加速させるのに対して,消費,投資では目立った増加が予定されていないため支出国民所得成長率が4.1%の低水準になっていることである。

76年の工業生産は,労働力の重点的投入に支えられて,前年比4.8%増と計画を上回って比較的順調だったものの,政府が重視している労働生産性の伸びは,計画値に達しなかった。財別では機械,化学,エネルギーなど生産財が引続き好調であったが,消費財は,食品や軽工業の不振のため,前年比3%増と低い伸びに止まっている。

77年に入っても,1~6月の工業生産は前年同期比50.7%増と計画を上回っている。部門別では化学,機械などの好調が続いているものの,鉄鋼,建設資材や前年好調だったエネルギーの生産は不振となっている。また改善が期待されていた労働生産性の伸びも,前年に引続き計画を下回り,しかもそのかいりは大きいものとなっている。

農業生産については,76年は前年比4%増と計画の半分の増産に止まった。穀物生産が記録的豊作(224百万トン,前年比6割増)となったほか,ビート,油脂作物などの工芸作物も好調であったにも拘らず,畜産が75年の穀物不作の影響から食肉,ミルク,羊毛など軒並み減産となったことが大きな原因である。77年の穀物生産は地域によって大きな格差がみられ,東部地域の不作から,第10次5か年計画目標(215~220百万トン)を大幅に下回って194百万トンになる見込みであるとソ連当局者は公表した。

畜産は,飼料不足の解消にともなって著しく改善されている。

建設面をみると,76年の投資総額(工事ベースの固定投資)は,前年比4.1%増と目標値を達成しているものの,計画値自体がこれまでの水準を大きく下回っていることが注目される。これに対して操業を開始した固定フォンド(完成ベースの固定投資)は同1.6%増と71~75年平均の6.7%増に比べて大幅な鈍化となった。年央に,建設部門の多くで計画の遅れが指摘されていたが,この結果からすると下半期にも同様の傾向が続き,未完成建設高は更に拡大したものと考えられる。しかし77年1~6月では改善の方向に向い,投資総額の8割余を占める国家投資が計画を下回ったものの固定フォンドの操業開始は前年同期比6%増と大幅な拡大となった。

消費では,まず1人当り実質所得は76年に前年比3.7%増と増勢が鈍化した。労働者・職員の貨幣所得の伸びが同3.5%増と鈍化したことが大きい。

これに対応して小売商品売上高も同4.6%となり前年の伸びを大きく下回った。77年1~6月も前年と同程度の伸びが続いている。

貿易については(第IV-13表),76年の輸出は16.6%増(数量では8.0%増)と比較的好調であったが,輸入は輸入価格の鎮静化から著しい増勢鈍化(7.7%増,数量では6.3%増)となった。この結果,貿易赤字も75年の%に縮小した。しかし,これは主として,社会主義国と発展途上国に対する黒字が増大したためで,先進工業国に対する赤字は75年の36億ルーブル(49億ドル)から,30億ルーブル(40億ドル)に縮小したもののなお大幅であった。半期毎の貿易動向をみると(第IV-13表),77年の上期まで輸出入とも社会主義国,発展途上国とも増加テンポが拡大している。これに対して対先進工業国は輸出の伸びが大きく鈍化し,輸入がいちじるしく停滞している。これは食糧輸入の減少と外貨不足による選択的輸入の努力などによるものである。国別にみると,76年後半からアメリカ,西ドイツ,イギリス,フランスとの取引が目立って減少しているのに対して,対日貿易が好調な拡大を示しているのが対照的である。

3. 貿易赤字にとりくむ東欧諸国

東欧コメコン諸国もソ連同様1976年から新5か年計画に入っているが,成長率等の計画目標はソ連と同様71~75年の実績に比べて低位に設定されている。

計画初年度の経済状況は各国各様であるものの多くの共通点を見出すことができる。

第一に,天候不順のためのほとんどの国において農業生産が不振であった。第二に,従来比較的好調であった工業でも生産計画が未達成となるとか,また計画を達成しても,その内容に問題があるとか,所期の目標を達成していない国が多い。第三に,投資計画が内外の環境悪化により十分に実行できていない。第四に,以上のような状況の下,国民所得成長率(生産べース)はほとんどの国で計画を下回った(第IV-14表)。

このため77年の計画目標は,おおむね各国とも76年の不振から脱して5か年計画の本来の軌道に復帰する方向で設定されている。

工業生産をみると,76年に計画を超過達成したのは,従来多額の投資を行なってきたポーランド,ルーマニアであり,特に機械,化学などが好調であった。その他の国では,食品を中心とした消費財部門の伸び悩みのための計画未達成となるか,辛うじて計画を達成するに止まった。77年の工業目標は後発工業国であるルーマニア,ブルガリアでは前年比9~10%台の大幅な増産が予定されているのに対して,その他の国では同5~6%台の増産計画となっている。近年二桁の拡大を示してきたポーランドでも,投資抑制や生産拡大の重点を消費財に移すことの影響を考慮して,近年にない低い増加率を予定している。1~6月の実績は,ポーランド,チェコスロバキア,ハンガリーでは年次計画を上回っており,東ドイツ,ブルガリアでは76年に引続いて計画目標を下回っている。また,ルーマニアでは3月の大地震の影響が懸念されている。

農業については,76年は,計画を下限近くで達成したルーマニアを除いて,天候不順のため各国とも不振で,特にハンガリーでは減産,東ドイツ,ポーランド,チェコスロバキアでは2年続きの減産となった。近年東欧諸国の農業不振は長期化する傾向にあり,とくに畜産部門の不振は国民生活に直接的影響を与えるだけに重大な問題になっていると言えよう。

東欧諸国の貿易計画には不明な点も多いが,一部の国を除いて貿易総額は75年より鈍化するよう計画されており,重点は,西側先進国貿易での著しい不均衡を是正することにあったと考えられる。

いま第IV-15表によって,対OECD貿易の実績をみると,76年は東欧全体として輸出の回復,輸入の増勢鈍化により収支が改善へと向った。国別にはポーランド,ブルガリア,ハンガリー,ルーマニアは輸出拡大,輸入抑制によって赤字幅の縮小に成功しているかたわら,東ドイツ,チェコスロバキアでは輸出の伸び悩みと農業不振による食糧輸入増もあって赤字幅がさらに拡大している。

77年に入ると東欧全体として輸入の鈍化傾向は続いているものの,OEC D諸国経済の停滞から輸出も伸び悩んでおり,貿易赤宇の縮小は足踏みしている。国別にはポーランド,ブルガリアが引続く輸入抑制傾向から赤字幅をへらしているのに対し,東ドイツは輸出の不振,ハンガリー,ルーマニアは輸入の増大から赤字を拡大している。