昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第3章 緩慢な回復の背景と脱出の条件

第3節 停滞脱出の条件

このようにみてくると,1976年央から77年秋にかけて,先進国全体としての拡大テンポが失業を減少させるには不十分で,むしろ多くの国で失業の増加さえみられたのは,民間設備投資が多くの国で不振を続けたことや一部の国の景気停滞などが他の国の輸出の鈍化をもたらしたことによる面が少なくない。またほとんどの先進国の政策当局が,インフレの再燃を警戒して慎重な政策運営を行ない,またインフレや国際収支赤字に悩む諸国で強力な緊縮政策が採用されたことも一因となっている。

もとより,石油ショック,二桁インフレ,深刻な不況という大きな打撃によって,各国の企業や消費者の将来に対するコンフィデンスが低下し,インフレ率も高く,インフレ心理も払拭されていない現状では,余りに急速な拡大によって,インフレの再燃を招来することは絶対に避けなければならない。

しかし,さきにみたように,過去1年間をみると,米独日,英仏伊,西欧小国という3グループが,それぞれの事情からいずれも活力を欠き,  「三すくみ」の状態になっている。このような状態を脱け出し,先進国全体として,少なくとも失業者が漸減する程度の経済拡大を実現するためには,77年前半にとられたものより,積極的な政策をとることが必要との認識が広まり,西欧諸国では相次いで景気対策が打ち出されている。

以下では,このような政策がとられた場合に,インフレが再燃するおそれはないか,また,拡大策によって,企業の投資や個人の消費が刺激され,持続的な拡大過程に入る可能性があるのか,という点について検討してみよう。もしこのような条件が満たされなければ,拡大策の効果も一時的にとどまり,持続的成長は達成できないからである。

1. インフレ再燃の可能性は大きいか

1973年から74年にかけてほとんどの先進国は,年10%をこえる「二桁インフレ」に見舞われた。その後,各国は引締め政策に転じ,不況が進行するにつれて,多くの国で75年から76年にかけて物価上昇率は次第に鎮静化した。

しかし,鎮静化の時期や程度には国によって大きな相違がみられるが,先進国全体としてみると,76年なかば以後,物価上昇率はほぼ下げ止まりとなっている。これをOECD諸国の消費者物価指数でみると,74年には前年比12.6%にのぼったが,75年末には前年同期比9.2%,76年央には同じく8.7%へ低下し,その後は前年同月比9%前後の上昇となっている。

第III-7表 主要国の消費者物価上昇率の推移

このように,最近の物価上昇率はスイス(7月1.6%)等を例外として未だ高いものであり,一層の鎮静化が望ましいことはいうまでもない。しかし,10%をこえるインフレがつづいている国は別として,多くの国では需要の抑制によって短期間にこれ以上の物価鎮静化を実現しようとすれば,現在でもOECD加盟国全体で1,500万人をこえる失業者がさらに増大することは避けられず,人的,社会的コストは耐えがたいほどのものになると思われる。

したがって,多くの国では当面これ以上にインフレが昂進するのを避けながら,雇用状態を徐々に改善しうる程度の経済拡大を持続することが必要であろう。そのようなことが可能かどうかをまず最近における主要国の物価上昇要因を中心に検討してみよう。

(1)先進国における物価上昇要因

① 弱い需給要因

景気が底入れした時期から最近(77年4~6月期)までの主要国の消費者物価上昇テンポは,国によって大きな差はあるものの,概して従来の回復期にくらべて急速であった(第III-8表)。

しかし,この物価上昇が需要超過によって生じたものでないことは多言を要しないであろう。この期間,多くの国では大量失業と操業度の低さが最大の問題であり,その程度は従来の回復期に比して著しく大きかったからである。

景気回復が始まってから約2年を経た77年4~6月期においても,主要国の製造業の操業度は,アメリカを除いてかなり低く,しかも77年に入ってむしろ低下している国が多い(第III-9表)。景気回復がもっとも順調なアメリカにおいてさえ,自動車産業以外の操業度は低く,当面かなりの成長が実現したとしても,ボトル・ネックが生ずるおそれは少ない。この点は,前回の回復開始後約2年後に当る72年末に,各国の操業度がかなり高く,たとえばアメリカ及び西ドイツではいずれも86%に達していたのとは全く情勢が異なっている。

② ゆるやかなマネー・サプライの伸び 

このように,物的な供給力に余裕があるだけでなく,マネー・サプライの面からみても,当面インフレの加速が生ずる懸念は少ない。 

第III-10表は,75年以後の回復過程におけるマネー・サプライの増加率を過去の回復期と比較したものである。これでみると,イタリアでは今回も大きく伸びているが,その他の国では前回回復期を下回り,とくに日本とイギリスでは60年代後半の回復期を下回っている。また,最近1年間のマネー・サプライのふえ方は,アメリカをのぞいてさらに鈍化している。

このように,物価上昇率が従来の回復期にくらべてかなり高いにもかかわらず,通貨供給量の伸びが相対的に低く抑えられているのは,各国の通貨当局がインフレ抑制の見地から通貨供給量を重視し,これをなるべく低く抑える政策運営を行なってきた結果と考えられる。なかでも,アメリカ,西ドイツ,イギリス,フランスでは,近年通貨供給の年間増加目標を公表し,その実現に努めるようになっている。77年の目標は表の通りであるが,アメリカを除いて現在までのところ,目標の範囲内に入っている。今後もこのようなマネー・サプライのゆるやかな伸びがつづけばインフレ再燃のおそれは少ないとみられる。

③ 上昇する賃金コスト 

このように需給要因が弱く,マネー・サプライもゆるやかであるにもかかわらず,今回の回復局面で物価上昇をもたらした要因はふたつあり,ひとつは賃金コスト,他のひとつは輸入価格の上昇である。

各国の賃金上昇率と物価上昇との関連をみると両者のあいだには密接な関係がみられる。では60年代の後半から70年代初期にかけて「賃金爆発」がおこり,その後の物価上昇の大きな要因となっている。またアメリカにおいてもヨーロッパ諸国ほどではないが60年代の後半から根強い賃金上昇がつづいている。

もちろん賃金の上昇が物価に与える影響をみる場合には生産性を考慮した賃金コストの動きが重要である。賃金の伸びから生産性の上昇率をさしひいた部分が物価にはねかえることになる。第III-11表はこれまでの景気回復局面について各国の賃金,生産性,賃金コストの上昇率をみたものである。まず共通していえることは70年代に入ってどの国でも賃金コストの上昇がみられることである。アメリカの場合,賃金コストの年平均上昇率は前々回のマイナス0.8%から前回の3.8%,さらに今回の回復局面では5.2%へと次第に高まっている。イギリス,フランス,イタリアの場合は上昇テンポの加速化は一層明瞭である。イギリスの場合,賃金コストの上昇率は前々回の3.1%から今回は11.1%となっており,イタリアともども二桁インフレの主因が賃金コストの上昇にあることを明らかにしている。

このように賃金が生産性を大幅に上回る傾向が強くなった背景としてはとくに英・仏・伊については賃金が労働市場の需給を反映しないで決められる傾向が強くなったことと関係があるものとみられる。失業率と賃金の伸びとの関係をみると60年代半ば頃まではイギリスでも両者の逆相関がみられたが,60年の後半から70年に入ってこの関係がくずれている。これに対して西ドイツ,アメリカでは両者の関係は現在でも比較的維持されている。 今後の賃金の動向については国別格差はあるものの概して穏やかな伸びにとどまるとみられる。最近の賃金の動きをみるとイタリアで前年同月比29.4%(6月)と高水準で推移している他はアメリカ8.5%(6月),西ドイツ7%(7月),フランス12.4% (7月),イギリス8%(8月)となっており,各国とも年初の水準にくらべ鈍化傾向がみられる。イタリアについては76年の労働協約改定にもとづく77年に入っての賃上げに加え,物価スライドによる引上げによるところが大きいが,最近の物価上昇からみても今後もこうした傾向がつづくとみられる。イギリスについては77年8月以降の賃金自主規制の期限切れの賃金動向が注目されるところであるが,これまでのところでは比較的穏やかな伸びにとどまっている。その他の国については高水準の失業率にみられる労働需給のひきゆるみ傾向を背景に賃金の伸びは穏やかなものになるものとみられる。

④ 輸入コストの上昇 

賃金コストの上昇に加え,輸入コストの上昇も70年代に入っての各国共通の特色であった。IMF統計で各国の輸入価格の動きをみると,今回の回復局面では日本が年率2.O%の低下を示した他,西ドイツ3.2%,アメリカ4.2%とおだやかな上昇率であるのにくらべ,フランス15.5%,イギリス,イタリアがそれぞれ22.1%,21.4%ときわめて高い上昇を示している。この差をもたらしたものは,主としてこの間の為替レートの変動であり,低落幅の大きい英・仏・伊では,輸入価格の急上昇を招くこととなった。しかし最近では,これらの国の国際収支が改善傾向にあることから,為替レートはむしろ堅調を示しており,この面からの物価上昇圧力も弱められている。 

第III-12表 今回回復過程での輸入物価の上昇率

為替レートで調整した後の輸入価格上昇率は,日本の3%を例外として,8~12%程度で歩調をそろえているが,その今後を占うのに考慮する必要のあるものとして,世界市場でその価格が決まる一次産品がある。

(2) 一次産品価格上昇の可能性

① 一次産品価格の決定要因 

石油危機前後の原油価格の高騰によって工業製品価格,生産コストの上昇がもたらされるため,これが他の一次産品にも次々に波及し,全般的な原材料,食料価格の上昇をひきおこすのではないかという心配もあった。実際はどうであっただろうか。いま,原油ど製造業製品のほかに,食料の中から小麦,嗜好品の中からコーヒー,繊維原料の中から綿花,非鉄金属としては銅,錫,その他原材料の中から天然ゴムなどとい う代表的な商品を選んでその相対価格の変化をみたのが第III-3図である。これによると,朝鮮動乱後物価が安定した1952年を基準とした場合,その後ほぼ10年間商品価格は安定し,相対価格に大きな変化はなかった。これが石油危機後の74年に至るとその価格水準,相対関係ともに大きく変貌した。原油価格の高騰が他の商品に波及していくのならば,年をへるにつれて,原油以外の商品価格が上昇を続けていくはずであるが,実際には,77年7月時点で74年価格より上昇しているものばコーヒー,錫,製造業製品,綿花だけで,銅・小麦は下落し,天然ゴムに至っては25年前の1952年当時の価格と同水準にとどまっている。そこで,今度は需給関係に着目して一次産品を用途別ではなく,供給側の性質に従って,第III-13表のように4つに分類する。

そして,(1)の中から小麦,(2)の中から天然ゴム,(3)の中から錫,(4)の中から銅をとり上げ,70年以降の価格変動を要因別に分解すると,第III-4図のようになる。これによれば,たとえば小麦価格については,72年央から74年初にかけて急上昇となったが,これは,①供給面で世界最大の穀物供給国であるアメリカが,減反を実施し,過剰な在庫を減らす政策をとっていたところへ,②需要面では,ソ連,中国などが不作となって,アメリカ市場で大量の買付けをしたことが加わり,国際需給が一気にひっ迫したためである。

第III-5図 主要商品相場の変動要因

また,それ以降最近までの価格低下は,①供給面で食糧不足の懸念から世界的に増反となり,また豊作続きで77/78穀物年度末のアメリカの小麦在庫が16年ぶりの高水準になるものと予想されていることが大きく,これに,②需要面でソ連,中国の豊作とか,突然の大量買付けを防止する米・ソ穀物協定の発効などにより需要が安定化した効果が加わったためである。

また,銅についても74年4~6月期までの急騰は,設備投資を中心として世界景気の同時的拡大による需要の盛上がりがみられたところへ,通貨不安からの換物的投機が殺到したことなどで,LME在庫が74年3月末には1万トン余の低水準となったことなどによるものであった。

しかし,その後,このような価格の急騰は大幅な供給増と代替品への実需転換をひき起こす一方,世界の景気が後退に向ったことによる需要の低迷が加わってLMEの在庫はふえ続け76年1月には50万トン,12月以降は60万トンとなるに至った。

この結果,ポンド相場の急落による投機買いで相場の上昇し始めた76年初まで価格は急落することになった。

このように,いずれの産品価格も基本的に需給関係によってほとんどが決定され,時に投機要因による攪乱があるにすぎないということがわかる。しかし,一口に需給関係といっても,その内容は,上記の分類を違えることに大きく異なる。まず,(1)の小麦や大豆のように,再生産可能な資源は,世界的な不作(供給不足)や魚粉の不足(追加需要の発生)などによって,在庫の減少などが起こるときは高騰するが,天候の回復や価格上昇期待による生産増から豊作となれば安値に転じるというパターンとなっている。また(4)の銅についても資源賦存量が比較的に豊富で,その価格形成メカニズムは,小麦や大豆などに類似している。

しかし,(3)の錫については,その精鉱の主要産出国がマレーシア(73年の自由世界総産出量の39%),ボリビア(同16%),インドネシア(同11%),タイ (同11%),ザイール(同3%),ナイジェリア(同3%)であり,この6か国で自由世界総産出量の83%とその大部分を占めている。資源のこのような偏在性のほかに,錫鉱石はその多くが砂錫で,鉱床の規模と鉱石の錫含有量が他の非鉄金属と比べて低品位であるといった有限性の強まりが加わって,現状では価格が産出国の一方的な操作によって引上げられる傾向がみられる。

最後に(2)の天然ゴムについては,戦後,合成ゴムの開発により,1950年代から60年代にかけてその価格が低下した。その後74年から原油価格の高騰により合成ゴムの価格も上昇し,それが天然ゴムの価格をも引上げることとなった。しかし依然として代替品による競争にさらされていることにかわりなく,上昇後の価格水準も1952年当時に回復したにすぎない。

このように73~74年の一次産品価格の高騰は大幅な原油価格の引上げの影響もあるが,それよりも,①世界景気の同時的拡大,②インフレ心理による投機資金の大量流入,③天候異変による世界的農産物の不足などによることが大きいのであって,価格体系の激変によるものではなく,需給関係が多くの商品でアンバランスになった結果である。

② 最近の一次産品の需給動向 

最近の需給状態をみると,すでに第1章で述べたように,小麦,とうもろこし,大豆,綿花などの農産物については,今年の作柄が良好であることなどから,世界の在庫が大きくふえることが予想されている。このため,最近の農作物相場は低位に落着いており,小麦は72年後半の,とうもろこしは73年なかばの水準に下がった。砂糖についても,74,75年の価格高騰から世界的に供給がふえており,76年以降低水準にある。  また,銅についても,新規の大型鉱山の開発が延期されるなどの動きにも見られるようにすでに供給は過剰気味で,チリー,ペルー,南アフリカなどの諸国からの輸出努力もあって,今年8月末の相場が,小麦と同じく,72年央の安値水準まで低下するといった状態にある。在庫も豊富にあり,1980年頃まで需給緩和が続くという見方さえあるぐらいである。   亜鉛,鉛についても最近は需給が緩和している。   こうした中にあって,錫など一部商品だけに,供給不足が目立っている程度である。   このため,一次産品全体の価格動向は,今後しばらく上昇したとしても穏やかなものにとどまると考えてよいであろう。 

2. 企業の投資行動は変ったか

1975年以来の景気回復過程で,民間設備投資の回復がおくれ,それが76年央以来の経済拡大テンポ鈍化の大きな原因となっていることは第1章で述べた通りである。

設備投資が盛り上りを欠いている原因としては,つぎのような事情が挙げられる。第一に,不況の谷が深かったため,景気回復後2年余を経過した今日でも経済活動水準はようやく4年前のレベルを多少上回る程度にすぎず,その結果,設備の操業度はアメリカを除いて未だ低いことである。第二は,これもアメリカは例外であるが,不況期に大きく減少した企業利潤の回復が未だ不十分なことである。

第三に,将来のインフレの動向が見究めにくいこと,インフレが再燃する場合には価格統制が行なわれる可能性が大きいこと,環境規制や環境問題による住民の反対運動,エネルギー価格の動向やエネルギー供給の将来など,「不確実性」が60年代にくらべてたかまっていることも,企業の投資態度を消極的にしているとみられる。さらに,一部の国では総選挙を控えて,左翼の勢力が強まるなど,政治的な不安定性も投資意欲に悪影響を与えている。

ここでは,主要先進国における設備投資の動きを60年代と比較しながら検討して,拡大政策に設備投資が反応する可能性があるかどうかを探ってみよう。

(操業度と設備投資)

まず,設備投資の動向を左右する大きな要因として操業度をとり上げてみよう。1960年以後のアメリカ,西ドイツ,日本,イギリスの4か国について,毎年の操業度と民間設備投資の増加率との関係をみると,第III-6図のとおりで,両者の間にはかなり強い相関関係が認められる。とくに注目されるのは,75~76年の設備投資変化率も,操業度との関連でみると,決して異常に低かったとはいえず,過去十数年間にみられた両者の関係からみて,当然予想される範囲に入っていることである。

第III-7図 設備投資の動向

つぎに,操業度のほかに,企業収益,長期金利の動向との関係を加えてみたものが,第III-7図である。

アメリカについてみると,設備投資と操業度及び企業収益とは正の相関関係が,また,それほど明瞭ではないものの,長期金利との間には負の相関関係が認められる。ただ67,68年については,操業度が87%とかなり高水準で,企業収益も好調であったにもかかわらず投資が減少しているのが目につく。これは,その直前の64~66年に3年間にわたって平均18%も投資がふえつづけるという異例の投資ブームにより,生産能力が大幅に増大したことの影響とみられる。また,67年には金融引締めが行なわれ,投資税額控除が一時中止されたこともひびいていると思われる。その後は,操業度の低下傾向,それに伴なう企業収益の減少傾向,加えて長期金利の上昇により,72年頃まで投資の低迷が続いた。74~75年には,操業度の急激な低下,企業収益の低調,高金利という環境のなかで,投資の伸びも落ち込んだが,76年には,操業度も80%台に回復,設備投資も4.4%増となり,77年についても上半期の操業度は平均82.1%と上昇基調にあり,民間非住宅投資も8%程度の伸びが期待されているなど,操業度の上昇に伴ない設備投資も回復している。

西ドイツについては,68年と75~76年についてトレンドからの上方へのかい離がみられる。これは,①67年初めに導入された特別償却制度,更には,67~68年の低金利政策などの政策要因,②68年の企業収益の急上昇が背景としてあったためとみられる。75~76年については,74年末の投資補助金の導入により,75年の設備投資が,操業度が最低(平均77%)であったにもかかわらず下支えされ,加えて75~76年の低金利政策,76年の企業収益の改善により,操業水準のわりには,76年の設備投資の伸びが高くなった。77年についても,操業度が上半期82.7%とさほど高くはないが,民間非住宅投資は5.5%増(OECD予測)と見込まれ,操業水準との関係からでは過去と遜色がない。

(部門別の操業度と投資動向)

以上みてきたように,設備投資の動向は,数多くの要因によって左右されるものであるが,基本的には現有設備の操業水準と,それに密接に関連する企業収益の動きに支配されているとみることができる。そして,この関係は石油ショック以後も大きくは変化していないとみられる。もとより,最近では,本節の冒頭に列挙したような要因,とくにいろいろな面での「不確実性」の増大によって,60年代にくらべて企業がその投資決定に当って慎重になっていることは否定できない。しかし,その「不確実性」も,当面の操業度の低さ,景気見通しの不透明さによって増幅されているところが大きく,操業度が向上するにつれて緩和される可能性が大きい。

この点は,同じように「不確実性」に直面しているにもかかわらず,操業度の上昇した産業では投資が大きく伸びていることからも裏付けられる。第III-14表は,アメリカについて,75,76年の操業度の水準と,76,77年の設備投資の増加率(77年は77年7~8月の商務省投資予測調査による予測値)を,業種別に示したものである。77年についてみると,操業度が70~73年の平均水準を上回っている業種では,設備投資の増加率も,製造業の平均を上回るという傾向がはっきり現われている。たとえば,76年の操業度が80%と,70~73年の平均79%を上回った電気機械産業では,77年の投資は24%の増加が予想され,製造業の平均増加率15%を大きく上回っている。さらに,操業度93%と事実上のフル操業に近い自動車産業の設備投資は,56%もの激増が予想されている。一方,操業度が70~73年の平均に達していない化学産業の投資の伸びは6%にすぎず,また一次金属では,二年連続して投資の減少がみられる。

設備投資の伸びがとくに大きい自動車産業について考えてみると,73年以来のガソリン価格の大幅上昇,将来のエネルギー供給問題,廃ガス規制,さらに77年に入ってカーター大統領のエネルギー計画によるガソリン税の引上げ,燃費効率の悪い車への重税賦課案など,いわゆる「不確実性」は諸産業の中でもとくに大きいと考えられる。それにもかかわらず,これだけの投資を行ないつつあることは,投資決定の支配的要因が操業度の高低にあることを示しているものといえよう。

このようにみてくると,経済成長率がたかまり,操業度が上昇し,需要見通しが好転するにつれて民間設備投資が上向く可能性は十分にあるといえよう。

3. 消費者行動は変ったか

つぎに,個人消費についてみよう。1974~75年の不況期には,激しいインフレのもとに多くの国で個人貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄の割合)が大幅に上昇し,個人消費が減少したことが不況を深刻なものにする大きな原因となった。このため,消費者の行動が,石油ショックと二桁インフレを契機として大きく変化し,消費態度が従来にくらべて慎重になり,節約・貯蓄への性向がたかまったのではないか,という見方をする向きもある。果たしてそうなのか,少し検討してみよう。

たしかに,インフレ傾向が著しくなった73年から74~75年にかけて,主要先進国の個人貯蓄率は異常ともいえるほど大幅に上昇した。72年の平均と,74~75年のピーク時をくらべてみると,貯蓄率はアメリカでは6.2%から9.6%へ,西ドイツでは15.8%から18.0%へ,イギリスでも10.1%から16.1%へと上昇した。

しかし,75年後半に入って,インフレが鎮静化に向かい,景気も回復に転ずるに伴って,多くの国で個人貯蓄率はかなり顕著に低下し,日本を除いて,過去15年間のすう勢を下回るようになっている。たとえばアメリカでは,77年上半期の貯蓄率は4.7%で,10年来の最低を記録したし,西ドイツでも同じく15.1%と,72年の水準を下回っている。二桁インフレのつづいているイギリスでは,77年1~3月期の貯蓄率は12.6%で未だかなり高いが,ピーク時にくらべれば3.5ポイントも下っている。

この結果,今回の景気回復過程における欧米主要国の個人消費支出(実質)は,イギリスを除いて,過去の回復期とほぼ同程度の伸びを示している。

(貯蓄率変化の理由)

それでは,このように大きな貯蓄率の変動は,どうして生じたのであろうか。

60年代以降の十数年間について,消費者物価の上昇率,失業率,実質所得などの動きと貯蓄率の変動とを検討してみると,つぎのような事実が明らかになる。最初に貯蓄率と物価上昇率,貯蓄率と失業率の関係をみると,いずれも正の相関関係があることを示唆している。つまり,消費者物価が大幅に上昇したり,雇用情勢が悪化すると,消費者の支出態度が慎重になり-極端な場合にはこれを「生活防衛意識」ともいえよう-貯蓄率がたかまると考えられる。

また,消費者は過去の実質所得の稼得経験に照らして将来の所得を予想し,それにもとづいて消費計画をたてる傾向があると思われる。そして期待した所得より実際の所得がふえた場合には,その差額の大部分は貯蓄に向けられ,反対に実際の所得が期待より低かった場合には,短期的には貯蓄に回す分をへらしてでも生活水準を維持しようと努めると考えられる。試みに,主要国について,実質可処分所得のすう勢値からのかい離率を調べてみると,第III-8図のようになる。これでみると,60年代におけるアメリカの実質所得の伸びは極めて安定的であり,当時の貯蓄率が6%前後で安定していたことと照応する。また,72~74年に各国の実質所得がすう勢線を上回る大幅な増加を示したことが,物価上昇と相まって,貯蓄率をたかめる一因となった事情も読みとれる。

いま,上記の三要因-①消費者物価上昇率,②失業率,③実質所得のすう勢からのかい離率-を用いて,アメリカ,西ドイツ,イギリスの貯蓄率の動きを推計してみると,第III-9図のように実際の動きに近いものが得られる。

この計算に使った関数によって試算してみると,イギリスの貯蓄率は71年から74年までに5.9ポイント上昇したが,実質所得の急増が3.1ポイント,物価の上昇が1.4ポイント,それぞれ貯蓄率を引上げる働きをもち,一方,この間の失業率の低下は貯蓄率を0.7ポイント引下げる影響をもったと試算される。同様に最近における各国の貯蓄率低下の要因を示したのが第III-15表である。アメリカでは75年から76年にかけて,実質所得はすう勢を上回る伸びをみせたが,物価の鎮静化,失業率の低下がつづいたために,貯蓄率が大幅に低下したものとみられる。西ドイツでは,実質所得の伸びが低かったうえに失業率の低下,物価の鎮静化がいずれも貯蓄率を引下げる方向に働いている。

(消費構造は変化したか)

一方,個人消費の内容をみると,サービス支出の比率が漸次たかまっているという60年代以来の長期的傾向がつづいている。しかし,その他の費目については,景気循環にともなう変動を別とすれば,欧米諸国では石油ショック以来とくに大きな変化は認められない。自動車をはじめとする「耐久消費財」が消費支出に占める比率をみても,第III-10図の通りで,わが国では71年をピークとして低下に転じているが,アメリカ,西ドイツ,イギリスでは60年代以来ほぼ同様な動きがつづいている。たとえば,76年についてみても,この比率はほぼ従来の平均値に近いか,むしろ若千上回っている。

このようにみてくると,先進国の消費者行動が,二桁インフレや大不況の経験によりやや安定性を欠く傾向がみられるものの,個人消費の内容,所得と貯蓄との関係については基本的に変っているとはいえない。

4. 長期的対策の方向

現在先進諸国が直面している困難は,単に景気循環的なものにとどまらず,オイル・ショックや二桁インフレの後遺症という構造的な要素も少なくないので,景気回復の促進のみで事態が解決できるとは思われない。

第一に,石油産出国に対する大幅な赤字は今後当分の間つづくものとみなければならず,これに対処するためには,石油消費国がエネルギー消費の節約に努めることが不可欠である。石油危機以来,多くの国でエネルギー節約への努力が払われ,多少の成果は挙っているものの,未だ十分とはいえず,石油消費型産業構造の改変,産業・国民生活の両面にわたる省エネルギニの推進には,なお多くの努力と相当の年月を必要としよう。ただ注目されるのは,73年以来,主要国では,鉱工業生産一単位当りの石油消費量がかなり減少していることである。たとえば,西ドイツでは76年の鉱工業生産は73年と同水準であったのに対して,石油の消費量は6%も減少している。同様の傾向はフランス,日本,イタリアにもみられる(第III-16表)。

これに対して,アメリカでは,76年の鉱工業生産は73年と同水準であったのに,この間石油消費量はわずかながら増大している。

第二に,オイル・マネーの還流などにより流入している資金を有効に利用して,将来の返済能力をたかめるような努力が必要である。オイル・マネーの還流は現在までのところ比較的順調であり,経常収支赤字国も,資本の流入や積極的な借入れ,さらには国際的な支援努力によって,赤字のファイナンス自体には大きな問題は生じていない。しかしこのようにして借入れた資金が生産的に活用されているかという点には問題が残っている。

国際収支の赤字をつづけている先進国のなかには,石油価格の上昇だけでなく,消費拡大によって赤字傾向を招いている国も少なくない。とくに一部の西ヨーロッパ諸国では,福祉政策の推進などによって政府消費が大幅に増大する一方,投資が停滞する傾向がみられる。第III-17表は,主要国について,実質GNPに占める政府消費と固定資本形成の比率の推移を示している。これでみると多くの国では政府消費の比率はとくに上昇しているとはいえないが,イギリス,スウェーデン,デンマークでは60年代後半以来大幅に上昇しているのが目立つ。

一方,固定資本形成の比率をみると,不況の75年に低下したことは当然といえるが,回復3年目に当る77年(OECDによる予測値)においても,ほとんどの国で60年代後半をかなり下回っている。とくにイギリスとイタリアでは,不況期の75年よりさらに低下している。

このように,イギリス,イタリア,デンマーク,スウェーデンなど,経常収支赤字の大きい国で,政府消費が拡大する一方,投資がとくに停滞している点は注目される。

第三に,オイル・マネーの円滑な還流を図ると同時に還流した資金が有効に利用されるようにするため,産油国資金を含む公的融資制度を拡充することである。こうすることによって,原油国の余剰資金が直接赤字国に流れる道がつけられる一方,借入国に対する条件を強化することによって,借入国が放漫な経済運営に陥ることを抑制できると考えられる。この意味で,77年8月のIMF理事会で,総額約100億ドルの補足融資制度について合意をみたことは歓迎される。