昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第2章 緩慢な景気回復の影響

第3節 保護主義的傾向の強まり

先進国の景気回復が円滑に進んでいないために生じている第三の,そして極めて重大な影響は,保護主義的傾向が多くの国で激しくなりつつあることである。

西ヨーロッパ諸国では,生産回復の遅れている鉄鋼,繊維や,造船業はもとより,業界全般としては必ずしも不振とはいえない電気機械や自動車産業においてさえ,輸入品の増大を抑制しようという気運が盛り上っている。

一方,アメリカでも,鉄鋼の輸入規制を求める声がたかまっており,とくに77年に入ってからは,大幅な貿易収支赤字を背景に,その要求は一段とエスカレートしているし,カナダでも76年末以来繊維品の輸入割当が行なわれている。

もちろん,個別業界が業績不振を打破するために,何らかのかたちで輸入制限を求めるという傾向も従来もみられたことであるし,不況期にこのような動きが活発になることも今回がはじめてというわけではない。しかし,最近1,2年にみられる保護主義的傾向は,従来にくらべて格段と強烈であり,かなりの分野でそれが部分的にせよ現実化される気配がみられることは重大な問題だといわざるを得ない。

このように保護主義への動きが強まっている理由は5つ考えられる。

第一は,すでにみたように多くの国で大量失業を抱え,とくに若年層の失業者が激増していることである。このため,失業問題は重大な社会的,政治的問題となっており,政府としても,「輸入の増加によって失業がふえている」という声に耳をかさざるを得なくなっている。第二は,生産全般の回復がはかばかしく進んでいないうえに,前述のように,産業別の跛行性が加わって,鉄鋼,繊維などの産業の業績がとくに不振なことである。これらの産業は,成長性という点ではどちらがというと伸びの鈍い産業ではあるが,現在でも就業者の多い基幹産業であることに変りはない。たとえば,74年のアメリカについてみても,この両産業(一次金属,繊維,衣料)の雇用者は368万人にのぼり,全製造業従業者の18%を占めている。それだけにこれら産業やその労働組合の政治的発言力は大きいものがある。

第三に,繊維産業(とくに衣料品部門)やはきもの,鉄鋼,さらには軽機械(ラジオ,テレビなど)などの産業では,後でみるように(第5章第2節参照)発展途上国等の進出によってかなりの影響を受けている。ヨーロッパ内部や,欧米間の相互輸入も増大しているが,これは欧米諸国全体としてみれば,いわば「お互いさま」であり,多少の摩擦はあったものの,それほど問題にはされなかった。しかし,欧米以外の諸国からの輸入増加には,その伸びが非常に急速だったことも加わって,抵抗が大きくなっている。

第四に,多くの国が貿易収支の赤字に悩まされていることも,保護主義運動が台頭しやすい背景を提供している。仮にある産業が輸入品によって相当の影響を受けていてもその国の貿易収支が黒字であれば,政府としてもなかなか輸入制限には踏み切りにくい。この点は,77年に入ってアメリカの貿易収支が大幅な赤字を示すようになり,同時に鉄鋼などの輸入規制の動きがとくに活発になったことにも表われている。

第五の理由としては,欧米諸国の多くで,現在の政権が,少数単独ないし連立政権であり,また一部の国では野党勢力の伸長がみられるなど,政治的に不安定な情勢がつづいていることである。これに上記第一~第三の要,因も加わって,政府としても保護主義の台頭に対して,毅然とした態度がとりにくくなっているとみられる。

このような事情を反映して,保護主義的傾向は,①生産回復が遅れていて,しかも雇用者数の多い産業一鉄鋼・繊維,②欧米以外からの輸入が大幅にふえている産業一鉄鋼,繊維,はきもの,ラジオ,テレビ,造船などでとくに著しい。また,前述の理由とも重なって,黒字国日本からの輸出に対する風当りが,とくに強くなっている。

鉄鋼に関してみると,75年にECは日本からの鉄鋼輸入数量を制限するように要請し,わが国は76,77年の輸出について自主規制を行なっている。アメリカでは76年以来輸入規制を求める声が強まり,76年6月には特殊鋼の対日輸入規制が実施され,さらに77年に入ってからは一段とエスカレートし,9月にはUSスティールが日本からの鉄鋼輸入についてダンピング提訴に踏み切るなど,輸入規制の実現に向って政府に圧力をかけている。

また,繊維に関しては,76年末にカナダが輸入数量規制を実施したのを皮切りに,77年6月にはフランスが4品目(シャツ,ブラウスなど)の年内輸入数量を制限する措置を打出している。また,73年に世界の主要な繊維品輸出入国35か国の間で締結された「国際繊維協定」の期限切れ(77年末)を控えて,その延長交渉が難航しているが,その主要な原因としては,とくにE C諸国が,発展途上国からの輸入増にブレーキをかけるため,輸入数量の増加限度(現行協定では年6%増)をさらに引下げること,及び市場攪乱の認定を価格要因によってのみ行うことを主張している等によるものである。

欧米諸国の産業自体としてはとくに不振とはいえないラジオ,テレビや,比較的好調を示している自動車などの部門でも,わが国や韓国,台湾など発展途上国からの輸入について,規制しようという動きがみられる。わが国からの輸入に対する規制の動きは,イギリスにおけるカラーテレビ・自動車,イタリアにおける二輪車など枚挙にいとまがないほどであるが,イギリスが韓国製テレビ輸入割当を行なうなど,発展途上国製品に対する規制も行なわれていることは注目に値する。

以上のように,最近の先進諸国における保護主義的傾向には,根の深いものがあり,それだけに,今後この傾向がつづけば世界貿易,ひいては世界経済の発展に与える影響に憂慮すべきものがある。第二次大戦後,30年にわたって,世界経済が順調に発展をつづけてこられた一つの大きな理由が,自由貿易主義のもとに,世界貿易が拡大し,それが相互に市場を拡大し,生産効率を向上させるのに役立ってきたことにあった。

現在の先進工業諸国は,石油危機や二桁インフレの後遺症に悩まされ,未だ高いインフレ,大量失業,投資の不振,経常収支の赤字,エネルギー供給の不安など幾多の困難な問題に直面している。しかし,それだからといって,当面の困難を切抜ける窮余の一策として,保護主義の方向に走るようなことになれば,一時的,部分的には救済される面はあったとしても,長期的にみて失うところは余りにも大きい。輸入制限は,非効率産業の温存によって,経済全体としての効率向上をさまたげ,さらに世界貿易の成長を阻害することによって成長すべき産業の伸びを抑えることになり,結果的には雇用水準にも悪影響を与えることは必至である。

さらに,先進工業国の輸入抑制策は,ようやく工業化を通じて自律的成長への途を歩みはじめた一部発展途上国にとって,成長のエンジンである工業品輸出の伸長を阻害することを意味する。そうなれば発展途上国にとって大きな打撃となることはいうまでもないが,同時に,多額の債務をかかえている発展途上国の輸出を阻害することは,これらの国の輸入拡大にも影響を与え,やがて先進国の輸出にもひびいてくることにもなりかねない。

OECDは77年6月,貿易プレッジの延長を再確認し,開放貿易体制を守る決意を表明したが,先進工業国としては,当面,GATTの東京ラウンド交渉を積極的に推進することにより,開放貿易体制の基盤を強化することが肝要であろう。


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