昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第2章 緩慢な景気回復の影響

第1節 大量失業の定着と若年失業者の増大

景気回復過程にはいり,2年余り経過した今日,アメリカを除く欧米主要国では失業問題は,深刻さを深めている。順調に回復しているアメリカですら,1977年4~6月期の失業率は,7.O%と,ボトム(9.O%)よりは改善をみせているものの,70年不況の底とくらべてもまだ高い。一方,西欧主要国では,西ドイツで,ボトムからやや改善されてはいるものの,73年以前にくらべると,はるかに高い水準にあるのをはじめ,イギリス,フランスでは不況期より失業水準がさらに高くなっている(II-1図)。

最近の雇用情勢には,失業者数が多いというだけでなく,①失業期間が長期化4している,②女子の失業者がふえている,③若年層の失業者が著増しているーなどの特徴があり,とくに若年失業者の増加は社会的にみても大問題となっている。以下では,このような特徴が生じた原因を,労働力の需要,供給面から検討してみよう。

1. 生産の回復と労働需要

今回の景気回復局面における生産の増加と雇用の関係を過去の回復期と比較してみると,西ドイツを除いて余り大きな変化は認められない。

まず,景気の谷から資料の得られる最新時点までについて,実質GNPの増加率と,全就業者数の伸びを比較すると,第II-1表のとおりである。アメリカでは,1977年4~6月期までの6四半期間に,実質GNPは13.8%増加したのに対して,雇用は7.4%ふえている。これを70年不況からの回復期とくらべると,GNP増加率はやや低いのに対して,雇用の伸びはむしろ高くなっている。つまり,生産の回復テンポにくらべて,労働需要のふえ方は,従来より大きいくらいである(なお,不況期間中の雇用の減り方も,GNPとの関係でみると過去にくらべてとくに大きくなかったことは,51年度年次世界経済報告で指摘した通りである)。イギリスでは,雇用はほとんどふえていないが,同時にGNPも1%しか増加していないことを考えると,生産との関係で,労働需要がとくに悪化したとはいえない。フランスでも,GNPの増加率と雇用の関係は過去の回復期とほぼ同様である。

また,製造業部門について,同様に,生産回復のテンポと雇用の動きを比較してみても,第II-2表のとおりで,アメリカ,イギリス,フランスについて,いずれも,従来の回復期にくらべて大きな変化は認められない。

ただ,西ドイツでは,全産業でみても,生産と雇用の関係に若干の変化がみられる。77年1~3月期までの7四半期間に実質GNPは9.5%増加したのに対して,雇用は全くふえていない。71~73年の回復期にくらべると差は余りないが,67~69年の回復期に,GNPの12.7%増に対して,雇用が2.9%ふえたのにくらべると,大きな相違である。さらに製造業についてみると,生産の増加率は13.6%で,71~73年の12.7%をやや上回っているのに,雇用は前回の0.4%減に対して,今回は5%近くも減少している。

70年不況に際しては,60年代後半以来全般的に労働需給がひっ迫していたこともあって,企業が不況期にも余り解雇者を出さず,労働者を温存する傾向がみられた。これに対して,今回は不況の長期化,深刻化にともなって,企業は極力合理化をすすめ,生産が回復しても,新規雇用に慎重になっているだけでなく,69年に創設された操短手当(短時間労働者に対する国の補助金)制度のもとで企業が多数の短時間労働者をかかえていたため,生産回復を労働時間の延長でまかなう傾向が強かった。これと関連して,今回の不況期以後,設備投資のうち,合理化・更新投資の比率がたかまり,76年には76%と,戦後最高を記録している点も注目される。

西ドイツで労働需要が不振であったのに,失業率が低下した一つの理由は,外国人労働者が帰国したためと考えられる。75年4~6月期から,76年10~12月期の間に,全産業の就業者数は3万人減少しているが,この間に外国人労働者が18万人減少したため,ドイツ人の就業者は15万人(0.8%)増大している。

このように,ほとんどの国で,生産と雇用の間には,今回,特に従来と異なった動きがあるとはいえない。しかしながら,アメリカを除いてば,生産の回復がはかばかしくないことから失業が依然高水準を続けている。そこで次に,近年の失業の特徴と,その背景を検討することにする。

2. 近年の失業の特徴とその背景

(1)女子失業者の増加

近年の失業にみられる特徴のひとつとして,女子失業者の相対的な増加傾向がある(第II-2図 )。アメリカでは,女子の失業者の割合は1977年にはいり,やや高まりをみせているが,長期的にみて,特に高まっているとはいえない。

一方,西欧主要国では,総じて女子の比率が上昇傾向を続けており,西ドイッ,フランスでは5割を超えている。こうした現象の背景をさぐるため,70年代にはいってからの労働関係指標をみると,多くの国で男子の労働力率(労働力人口/生産年齢人口)の低下がみられるのとは対照的に,女子の労働力率は西ドイツを除いて,一貫して上昇している点が注目される。労働力人口の増加率をみても,70~76年の間に,アメリカでは男子が7.5%増であるのに対し,女子は22.1%も増加しており,他の国についても同様の現象がみられる。

女子の労働市場への参入が増加している理由はいくつか考えられるが,ひとつの要因として,女子の就業機会が拡大していることがあげられよう。欧米諸国について産業別の就業者の推移をみると,第一次,第二次産業の就業者が相対的に減少し,かわって流通・サービス業など,第三次産業で増加するという傾向がつづいている。第三次産業には教育,流通・サービス業といった女子にも比較的就業が容易とみられている職種が多いために,第三次産業雇用の増加は,女子の就業機会の拡大に大きく影響していると考えられる。

一方,女子労働者は,出産,育児等の事情から就業を中止したり,再開することが多い等の理由から,その失業率は成人男子より高くなる傾向がある。このため,女子労働者の相対的増加は,全体としての失業率をたかめる傾向をもつが,アメリカの例でみる限り,女子の失業率が,男子にくらべてとくに高まっているわけではない。

(2)若年失業者の増加

近年の失業にみられる特徴の第二は,若年失業者の増加である。特にこの傾向は,西欧諸国に顕著にみられ, ECの発表(77年10月)によれば,77年8月末現在で, EC全体の失業者のうち,約37%を若年層が占めている。アメリカでは,従来から若年労働者の失業率は,全体の失業率よりかなり高く,全体の失業率との関係でみるかぎり,近年特にたかまっているわけではない。

しかし,アメリカの場合,若年層失業率の絶対水準が著しく上昇していることは大きな問題である。たとえば,77年7~9月期には全体としての失業率が7.0%であったのに対して,16~19歳の失業率は18%にのぼっているし,とくに,黒人ティーンエイジャーの失業率は40%に達し,不況の谷であった75年4~6月期の37%をむしろ上回ってさえいる。

一方,西欧についてみると,西ドイツでは,73年頃から,若年層の失業率が全体の失業率を上まわりはじめ,74年には,それまで失業率の最も高かった高齢者層をも上まわるなど,著しい上昇を示している。フランスでも最近は,全体の約4割が若年層で占められ,イギリスとともに,最近その比重は高まっている(第II-4表)。

このように特に若年層での悪化がみられる原因として,まず失業期間の長期化と,それに伴なう失業者の滞留をあげることができる。アメリカでは,27週間以上の失業者は,73~74年には全失業者の7%程度であったのに対し,75年には15.2%と急上昇し,その後も依然高いものの,77年にはいり減少傾向をみせはじめている。一方,イギリス,フランスでは,もともとアメリカに比べると,長期失業者の割合が高く,75年以前にすでに失業者の滞留現象がみられているが,76年以後も長期失業者がさらに増加し続けている。最近では27週間以上の失業者の占める割合は,4割を占めるに至っている(第II-5表)。欧米諸国ではレイオフ(一時解雇)制度や,中高年層に対する解雇制限規定などがかなり普及しているため,今回のように不況が長びくと,若くして解雇された者や新たに労働市場に参入した若者には就職の機会が少なくなり若年失業者の増大を招くことになる。

第II-3表 労働力率の推移

また近年,失業者に対する保護が手厚くなっていることも,失業の長期化と無縁ではない。例えば,アメリカでは1974年の「緊急失業給付法」により,失業保険の給付期間が13週間延長されたのに続き,75年4月には,更に,13週間延長され,最長65週間となり,その後短縮されIこものの,52週間の受給が可能となっている。西ドイツでは,75年1月に給付率の5.5%引上げ(62.5→68%)が行なわれ,フランスでも,74年10月の全国労使協定により,経済的理由により解雇された者(66歳未満)に対し,1年間を限度として,離職前賃金の90%(従来は60%)が保障されることになるなどの措置が講じられた。このように,各国で給付期間の延長,給付率の引上げなどの措置がとられたために,従来にくらべて,失業者が時間をかけて求職活動を行なう余裕が生じ,これが失業期間を長びかせるひとつの要因になっていると考えられる。

このほか,各国で最低賃金制が普及し,また最低賃金が大幅に引上げられていることも,熟練度の低い若年層の雇用を妨げている一因とみられる。アメリカとフランスについて,1970年代にはいってからの最低貨金と平均賃金(非農業時間当り貨金)の伸びを比較してみると,アメリカでは,68年から73年まで据置かれていた最低賃金は,その後76年までの間に44%引上げられ,平均賃金の伸び24%を大きく上まわっている。またフランスについても,70~73年の間に平均賃金は40%上昇したのに対し,最低賃金は45%引上げられ,その後76年までの3年間については,前者の60%高に対し,後者は68%高となっている。このようにオイル・ショック後,最低賃金の伸びが,平均賃金の伸びを上まわっていることも,若年層の雇用に影響を与えていると考えられる。

以上のほかに,労働力の職種間,地域間の流動性の不足,部門別の需給アンバランス(たとえば現在でも一部技能者の供給は不足している)など,構造的な問題が最近の失業問題の背景となっていることは事実であり,またこの傾向が,次第にはげしくなっていることも考えられる。したがって,職業訓練の充実,職業紹介機能の強化などの構造的対策が重要なことはいうまでもない。しかし,このような問題をかかえながらも,70年代はじめまでは多くの国で失業問題が深刻化していなかったことを考えると,やはり全体としての雇用機会の不足,つまり,生産増大テンポの弱まりが,最大の原因である。