昭和52年

年次世界経済報告

停滞の克服と新しい国際分業を目指して

昭和52年11月29日

経済企画庁


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第1章 1976~77年の先進国経済

第3節 主要国景気の現状

1. アメリカ

アメリカでは,上半期における急テンポの拡大の後,年央以降は上昇テンポが鈍っているが,比較的順調な上昇基調にあることに変りはない。1977年7~9月期の実質GNPは前期比年率3.8%の増加となり,  1~3月期の7.5%,  4~6月期の6.2%にくらべるとかなり減速した。しかしこれは,上半期の急成長を支えた在庫投資の急増や乗用車売上げの急伸が一服したためであり,当初から予想されていたところである。夏以後も個人所得は比較的順調に増大しており,また,民間設備投資と住宅建築が堅調をつづけていることからみて,今後も当分は着実な上昇基調をつづける・ものと思われる。

しかし,78年にも失業を漸減させるという政策目標からみて十分な上昇テンポを維持できるかどうかには疑問も残る。アメリカの景気上昇は77年12月ですでに33か月目を迎え,戦後の上昇期間の平均34か月(60年代前半の長期上昇期をのぞく)に近づいており,かなりの成熟段階に達したとの見方もある。とくに,住宅建築や乗用車販売はすでに72~73年のピーク水準に回復しており,これらの需要が今後さらに大幅に増加するとは期待できない。

しかし,労働力や設備能力など供給力には大きな余力が残されており,設備投資も未だ十分に盛上がっていないという点では,過去の景気成熟段階とは全く事情が異なっている。したがって,78年にかげて,十分な上昇テンポが維持できるか否かは,設備投資の動向によるところが大きい。

民間設備投資は,前述のようにここ1年余り,年率7~8%(実質)の増勢をつづけており,製造業の操業度も現在約83%で,過去の経験からいって,設備投資が盛り上る水準に達している。しかし,反面,今後の投資拡大に悪影響を与える要因が生じていることも見逃せない。その一つは,カーター政権の経済政策について,産業界が疑念を抱いていることである。なかでも,77年4月に提案された「エネルギー計画」が議会で難行しているため,将来のエネルギー価格がどうなるか不透明になっている。また,9月中に提出が予定されていた税制改革案も未だに固まっていない。とくにこの税制改革には,投資税額控除の引上げ,法人税率の引下げなど,投資優遇措置も含まれるものとみられているが,その具体的内容や時期が不明なために当面企業の投資決定をおくらせている面があるとみられる。いまひとつば,最近における短期金利の上昇傾向である。連銀は夏以来通貨供給量の膨張を抑制するため,高金利政策をとっており,フェデラル・ファンド金利は4月の4.7%から10月には6.5%近くまで上昇している。この傾向がつづけば,設備投資などに悪影響を及ぼすおそれがある。

このようにみてくると,アメリカ経済の上昇テンポは,ある程度の鈍化を免れないであろうし,場合によっては,失業削減の見地から,減税など政府のテコ入れが必要となるかもしれない。

2. 西ヨーロッパ

西ヨーロッパでは,主要4か国の景気が春以後停滞状態に陥っていることは前述の通りで,1977年4~6月期の鉱工業生産は,4か国とも1~3月期にくらべて減少した。その後も8,9月までの指標は低迷状態がつづいていることを示している。その原因は国によって必ずしも一様ではないが,共通していることは,財政政策が引締め気味に運営され,それが景気動向にかなりの抑制的影響を与えたことである。また,これとも関連して,設備投資の盛上り不足も重要な要囚となっている。

とくに注目されるのは,76年末ごろから「中だるみ」を脱し,上昇テンポをややたかめていた西ドイツの景気も,春ごろから著しく停滞的となり,4~6月期の実質成長率がほぼゼロになってしまったことである。これは輸出の伸び悩みと,設備投資の停滞,および軽い在庫調整によるものであった。

設備投資の不振ば,発電所や道路の建設が,環境問題や住民運動によって阻害されたという事情もあるが,輸出を含めて販売見通しが悪化したことがひびいている。

このため,政府は9月央に総額73億マルク(GNPの0.7%)(その後議会審議の過程でr109億マルクに拡大)の各種減税を決定,78年度予算もかなり積極型とするなど,財政面からの景気テコ入れを図りつつある。また,すでに決められている78年1月からの減税と児童手当増額(付加価値税1%引上げ,財産税・所得税減税など,ネット約10億マルクの減収)を合わせると,財政面からの刺激効果はかなりの規模にのぼる。このrこめ,78年の政府成長目標4~4.5%が達成できるか否かはともかくとして,77年春以来低迷している西ドイツ経済は,再び上昇に転ずるものと思われる。

フランス,イタリ乙イギリスの三国は,昨年中国際収支の悪化に見舞われて,このにめ程度の差こそあれ各種の金融,財政上の引締め措置を実施してきた。その効果浸透もあって,経済活動は春以来停滞的となったが,半面では国際収支と物価面でかなりの改善をみせている。

なかでも国際収支がめざましく改善したのはイギリスで,北海油田貢献もあってすでに8~9月には貿易収支,経常収支とも黒字を示し,ポンドもむしろ堅調となっている。それを背景に公定歩合も71年春以来の低水準へ引下げられた。昨年中のポンド相場下落の効果もあって輸出がひきつづき好調なほか,国内最終需要も最近はようやく立直りのきざしをみせているが,在庫圧力がつよいために生産は低迷している。

しかし懸念されていた賃金自主規制撤廃後の賃金動向が最近の賃上げ妥結状況にみられるように,ほぼ政府ガイドライン(10%以下)か,これをわずかに上回る範囲におさまりそうなこと,10月発表の減税の刺激効果が期待されることなどから考えると,在庫調整一巡後には生産活動が再び上昇基調に戻るものと思われる。

フランスでも国際収支が本年にはいって改善の方向を辿っているが,主として輸入の抑制によるもので輸出の増勢はそれほど強くない。しかし政府は景気の低迷や失業の増大のほかおそらく来年3月の総選挙への配慮もあって政策を手直しし,8月末に総額55億フラン(GDP(r)0.3%)の財政上の刺激策,78年度予算の大型化へ踏み切った。

輸出の増勢鈍化に加えて,国内需要が個人消費,設備投資とも不振なうえに在庫圧力があり,今回の刺激措置でどの程度景気が回復するかは疑問であるが(政府の78年成長見通しは4.5%),最近の調査では消費需要の回復もあって企業の景気見通しの好転が伝えられるなどやや明るい面も出てきている。

イタリアでも国際収支の改善が著しく,大幅赤字だった貿易収支が6~7月にわずかながら黒字となり,リラ相場も安定している。貿易収支の好転は輸入の増勢鈍化もあるが,主として輸出の好調持続によるものである。春以来生産の大幅低下や失業のひきつづく増加がみられるものの,政府は国際収支の改善がまだ不十分であり,物価上昇率も鈍化したとはいえなお主要国中最高であるため,リフレ政策の採用には慎重で,公定歩合を2度引下げた程度である。したがってイタリアの場合は,当面景気回復は期待できないが,輸出の増勢持続に加えて,設備投資の増勢も維持されているから(工業連盟の最新の調査では工業投資は77年実質2%増に対して78年5%増の予想),今後国際収支の一層の改善に伴い政策の手直しが行なわれれば景気回復の可能性は十分にある。共産党の閣外協力で政府が安定していることも,イタリアの強味である。イタリア政府は78年の実質成長率を2~3%とみている。

その他の西ヨーロッパ諸国ではスイスとベネルクス3国を除いていずれも76年中に国際収支が悪化し,77年になっても目だった改善はなく,逆に一層悪化した国もある。インフレ率も高く,そのため最近は通貨切下げのほか各種のデフレ政策の採用へ追いこまれている。したがってこれら小国の景気は今後むしろ悪化し,その輸入需要も抑制されるとみられる。

以上のように,西欧主要国では政府が景気刺激策に踏切ったこともあって,景気は今後再び上昇傾向を示すとみられるが,上昇テンポはゆるやかなものにとどまるとみられる。10月末に発表されたEC委員会の78年経済見通しでも,各国が現在までにとっている政策を前提とすれば, EC諸国の78年の成長率は3.5%(77年は2.5%)にとどまり,失業の増大が予想されるとし,新たな刺激策の採用によって,4~4.5%の成長を目指すべきことを強調している。


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