昭和51年
年次世界経済報告
持続的成長をめざす世界経済
昭和51年12月7日
経済企画庁
第1部 景気回復下の世界経済
第4章 共産圏経済の動向
75年のソ連・東欧諸国では,農業生産の不振を主因として,成長率の鈍化が目立つとともに,穀類・機械類の輸入が著増する一方,西側諸国の不況の影響で輸出が停滞したため,対西側貿易収支の赤字幅がさらに拡大した。76年に入ってからも,前年の農業生産低下の影響で,農畜産加工が振わなかったために,工業生産の伸びはさらに鈍化している。しかし,農業面では干ばつの影響の著しい多くの東欧諸国と史上最高の豊作も見込まれるソ連と著しい対照をみせている。
まず,75年の動きをみると,ソ連では,国民所得・(物的生産部門の純生産高,支出ベース)の伸びが4.0%で,前年実績(5.0%)を下回り,年次計画の6.5%は大幅に未達成となった。これは主として穀物生産が天候の不順から140百万トン(前年比28.5%減)と大幅減産を示したことによるもので,工業生産は7.5%増と,計画をやや上回った。東欧諸国でも一部をのぞいて,やはり農業の不振を中心に経済成長テンポは鈍化した (第4-4表,第4-5表)。
ソ連・東欧諸国は,1976年から一斉に新5カ年計画を実施しているが,その初年度に当る76年については,前年までの穀物生産低下や投資計画の遅れなどを考慮して,成長目標を前5ケ年計画実績に比べてやや低めに設定しているのが目立つ(第4-5表)。たとえば,ソ連の場合,第10次5カ年計画では工業生産の目標を年率6.3%増と,第9次計画の8%よりかなり低めているが,とくに76年については4.3%に抑えている。これに対して,1-9月の工業生産実績をみると,前年同期比4.8%増と計画を多少上回っている。各省別にみると,機械関係各省が総じて高い伸びを示している(1-9月前年同期比6~12%増)。また,エネルギー関係では,ガス工業省が依然高い伸び(同19%増)であるほか,その他も平年並の伸びを示している。一方,軽工業省,食品関係各省は,原材料調達難から,低い伸びに留まっているが,肉・乳製品工業省に至っては,大幅な減産(同10%減)となっている。東欧諸国についても,ほぽ同様の傾向がみられる。
農業については,飼料不足のために畜産部門は減産を余儀なくされているが,ソ連の穀物生産は順調であり,207百万トンという年次計画目標を上回り,史上最高の豊作も見込まれている。東欧諸国では,干ばつの影響で畜産が被害をうけているほか,穀物にもかなりの影響が出ている模様である。とくに畜産物などの供給不足は東欧諸国に内在するインフレ傾向に拍車をかけており,すでにハンガリーでは,肉類,砂糖を中心に食料品小売価格の大幅な,(20~40%)引き上げが行なわれた。
72年下期以来のソ連による穀物輸入の著増は,ソ連の貿易収支を悪化させる大きな原因となったばかりでなく,世界穀物市場の需給関係や価格にも少なからぬ攪乱要因となっている。この点を考慮して,最近数年間におけるソ連の食料需要と生産の動向を検討してみよう。
まず消費面からみると,1人当りの穀物消費量は,50年代以降ほぼ一貫して減少傾向をたどっており, 第4-3図にみられるように,過去10年間でも一割方減少している。人口増加を考慮しても,食料用穀物の国内消費量は概ね横ばいで推移していることになる。一方,飼料用穀物消費は最近10年間で約2倍と急テンポで増加している (第4-4図)。
これは,生活水準の向上から,畜産物の消費が急テンポで増えているためである。1人当りの肉・肉製品消費,乳・乳製品消費とも高い伸びを示しており,特に肉の消費は60年代の末から伸びを高めており,73年を65年とくらべると,30%も増加している。
これは,経済が着実な成長を続け(支出国民所得は,1961~75年の15年間に年率約6%増),これに伴って1人当りの実質所得も大幅に伸びた(同約5%増)ことにより,食生活が肉類を中心とする西欧型に変ってきていることを裏付けるものと言える。
次に生産面をみると,ソ連の穀物生産は,年々大きく変動しているものの増産傾向にあると言える。50年代から60年代初の所謂「フルシチョフ農政」時代には,播種面積拡大を通して増産をはかる政策がとられたが,ブレジネフ政権になってからは,資本や技術の大量投入によって単位面積当りの収穫量を引き上げて増産をはかるという,効率的増産に重点が置かれるようになった(第4-5図)。
この政策は一応増産に寄与し,1966~70年では年平均7.5百万トン増(前5カ年平均生産量に対する増加)となった。しかし70年代に入って,天候不順もあり,1971~75年では年平均2.8百万トン増(同)と増加量が半分以下に縮小している。一方,穀物消費は先に見てきたように,60年代後半よりむしろ70年代に入ってからの方が大幅に増加しており,需給関係が次第に窮屈になってきていると考えられる。このような趨勢の中で不作となれば,供給が著しく不足することになる。とくに,ソ連農業は天候の影響をうけ豊凶の差が大きくなり易く, これに拍車をかけている(第4-4図)。
かなりの不作の年でも,食料用穀物そのものの供給が困難になるということは考えられないが,畜産維持のための飼料用穀物が減産分だけ影響を受けることになる。飼料不足に対しては,通常大量の家畜(主として豚,羊)の屠殺で急場を凌ぐが(第4-6図),それでも不足となる部分は,輸入に仰がなければならない。第9次5カ年計画で,畜産の振興が重点的にとりあげられていたこともあって,72年の凶作に際しては家畜の屠殺を控える政策をとったことが輸入需要の激増をもたらした大きな要因となったことも見逃せない。
60年代後半には穀物の純輸出国であったソ連は,70年代になって,なかば恒常的輪人国となった。今後も穀物生産は漸次増大するとみられるが,引続き輸入は必要とみられる。1975年末に印された米ソ穀物長期協定(1976年10月以降,毎年最低6百万トンの穀物買付けの義務を負う)は,ソ連の今後の農業生産のあり方を物語るものと言える。すなわち,天候異変に弱い農業生産を考慮して,穀物の備蓄確保による需給安定化のために,豊作時にも穀物輸入をある程度行なう,という針のあらわれとみてよいであろう。第10次5カ年計画期間中に30百万トン容量の穀物貯蔵施設の建設が予定されていることも,その一環と考えられる。
またその一方で,畜産物の増産テンポを抑えて,穀物消費の著増傾向に歯止めをかける政策も新計画から窺うことができる。たとえば,第9次計画の食肉生産は前期計画実績比21.6%増であったが,新計画目標は同6.4~10.4%増と大幅なスローダウンとなっている。
ソ連・東欧諸国の対西側先進国貿易は,緊張緩和の進行,東側諸国における近代技術導入意欲のたかまりなどを反映して,70年代に入って急速な拡大をつづけていた。しかし,74年後半以来,欧米諸国の不況の影響を受けて,西側先進国向けの輸出は停滞を示す一方,輸入もやや遅れて75年下期から伸びが鈍化しはじめた。
ソ連・東欧からの輸出は,74年上期には前年同期を50%以上も上回る伸びを示したが,74年下期から減速に転じ,75年第3四半期には前年同期を若干下回った。しかし,その後は,西側先進国の景気回復にともなって,再び増加に転じている。一方輸入は,西側諸国の積極的輸出とソ連・東欧諸国の西側資本財に対する根強い需要もあって,70年代初以来急テンポで伸びていたが,75年上期以後その増勢が鈍化している。75年下期から本年にかけ,東側諸国の穀物輸入の増大にも拘らず,減速基調に変わりが見られなかったのは,その他の商品の輸入が抑制されたためと考えられる。
ソ連・東欧諸国の対西側先進国貿易収支は,依然赤字基調に変わりはなく (第4-7図),74年の月平均205百万ドルから75年は,ソ連が再び大幅赤字に転落したこともあって,月平均665百万ドルと,赤字幅が3倍にも拡大した。76年に入ってもこの傾向は変わらず,第1四半期に月平均631百万ドルの赤字となっている。
ソ連・東欧諸国は,対西側先進国貿易収支赤字の増大に対し,西側金融市場から多額の資金取り入れを行なって,赤字の補填に努めてきた。これに伴って,これらの諸国の対西側債務は累増する傾向にあり,これが予想以上のテンポで拡大していることに,西側諸国では不安の色を強めている。
この問題の直接の原因としては,①西側諸国の不況による輸出停滞と,西側のインフレがもたらした輸入製品価格の上昇による輸入額増大とが,貿易収支の赤字を急拡大させた,②75年のソ連の穀物不作の結果,ソ連のみならず,それまでソ連から穀物を輸入していた多くの東欧諸国も,西側からの輸入が必要となった,③ソ連は従来交換可能通貨不足に対しては,金売却によって対処してきたが,金価格の下落によってそれがむずかしくなった,などがあげられる。その背景には,60年代に入っての資本の不足や技術の立ち遅れによる成長の鈍化傾向を克服するため,西側資本と先進技術の導入により成長を維持しようとしていること,とくに70年代に入ってこの傾向が更に強まったことにあると考えられる。
ソ連・東欧諸国の債務に関する正確な統計は無いが,西側金融筋の推計によると,73年末には176億ドルであったものが75年末に,320億ドルに達したと言われ,本年末にはそれが400億ドルに達するとの予測もある (第4-6表)。
ソ連・東欧諸国(東側国際機関を含む)のユーロ市場における中長期銀行借入れ(公表分)動向をみると,73年は7億ドル弱であったのが,75年には24億ドル余とふくれあがっている。次第に条件が厳しくなってきているといわれる本年上期においても,すでに13億ドルの借入れが行なわれている。
また,西側政府・国際機関によるソ連・東欧諸国への信用供与も活発化しており,これに伴う債務も巨額にのぼっていると考えられる。
このように急速に拡大してきたソ連・東欧諸国の債務に関して,キッシンジャー米国務長官は,本年6月のOECD閣僚理事会の席上,東西経済関係の密接化を歓迎しつつ,今後OECD諸国が,対共産圏経済関係に関する総合的作業計画を採用することを提案した。この問題については,その後,OECD新執行委員会において検討が行なわれている。
一方,ソ連・東欧諸国は,債務不履行の可能性を否定しつつも,西側諸国が貸付けに慎重な態度をとりはじめていることから,その対応策にせまられている。その一つの解決策として,機械・設備などの資本財輸入に際しては,その生産物で代金の支払いを行なう(生産分与方式)か,見返り輸入を行なうものに対して優遇措置をとって行くものと考えられる(第25回共産党大会に於けるブレジネフ演説,等)。