昭和51年
年次世界経済報告
持続的成長をめざす世界経済
昭和51年12月7日
経済企画庁
第1部 景気回復下の世界経済
第3章 発展途上国の経済
非産油発展途上国の貿易動向をみると,75年の輸入は,食料生産の好調と輸入抑制の強化などにより,第2四半期以降から伸び率が鈍化したが,前年比6.7%の増加であった。一方,輸出は先進工業国の不況の影響をうけて停滞をつづけ,前年水準を3.2%下回った。このため75年中の貿易収支の赤字幅は大幅に拡大したが,積極的な赤字ファイナンスの努力が払われた結果,外貨準備保有高は75年は微減にとどまり,76年に入って再び増加テンポが高まっている。これはユーロ・カレンシーの取入れや,IMFのオイルファシリティの引出しが盛んに行なわれたためで,そのほかのOECD諸国,OP EC諸国,世銀などからの援助の受入れもあった。
なお,75年後半から,アメリカをはじめ先進工業国の経済が回復に転じ,また一次産品市況もふたたび上昇に転じたため,非産油発展途上国の輸出は,アメリカ,ECおよび日本向けを中心に拡大に転じた。一方,輸入の停滞はいぜん続いているため,貿易赤字は76年に入って改善しはじめている (第3-4表)。
第3-2図は先進工業国のうち,アメリカ,日本,西ドイツについて,①輸入総額の変動と,②非産油発展途上国からの輸入額および,③それぞれ輸入依存度の大きい近隣発展途上国からの輸入の推移を,四半期別に対応させたものである。これでみると,各国の輸入の伸びが増勢に転じた75年下期以降から,アメリカについてはラテンアメリカ,日本についてはアジア,西ドイツについてはアフリカなど近隣地域からの輸入が,ほぼ平行して増勢に転じたことがわかる。
非産油発展途上由のなかでも,経済発展の段階あるいは輸出依存度の大きさに応じて,先進工業国の景気変動によって受ける貿易面の影響は必ずしも一様ではない。そこで,非産油発展途上国を,①一人当たりGDPの大きさ,②GDPに占める製造工業比率,③産業別就業構造,④主要一次産品輸出比率,⑤識字率などの一定の基準にしたがって,中進的工業国,一次産品輸出国,貧困途上国の3つのグループに分け,75年後半以降の先進諸国の景気回復が,各グループ諸国の貿易面に,どのような影響を与えてきたかみてみよう。
以上3つのグループの中で,74年から75年にかけて,先進国の不況の影響を最も強くうけたのは,韓国,台湾,メキシコなど中進的工業国であったが,一方,75年央以降先進国の景気回復が進むなかで,いち早く貿易面にその影響が反映したのも,やはり中進的工業国であった。いま,主要な「中進的工業国」9カ国について,その貿易動向を示すと, 第3-3図の通りで,輸出は75年後半から回復に向っている。一方,輸入は74年第4四半期をピークに横ばい状態を示しているので,貿易収支は改善される方向にある。とくに,台湾,韓国などアジアの中進的工業国の輸出増大が目ざましく,76年上半期の輸出額は,前年同期にくらべて,台湾では49.8%,韓国では67.0%も上回っている。その結果,台湾では下期までの貿易収支赤字が76年に入って黒字に転じ,韓国でも76年第2四半期に入って貿易収支の赤字幅は大幅に縮小した。ブラジルも継続的な輸入規制が効を奏して,輸出の増勢維持と相まって,75年央あたりから赤字幅は若干縮小してきた。
この結果,韓国,台湾のように輸出依存度の高い中進的工業国(75年の輸出依存度,韓国27.1%,台湾36.9%)では,とくに景気変動に対して感応度の高い繊維品,耐久消費財,合板など,先進国向け軽工業品輸出の占める比率が高いところから,輸出数量の増大を背景に工業生産の着実な上昇がみられるようになった。
さらに韓国,台湾,香港では,輸出および工業生産の増大テンポが,年度当初の予想をはるかに上回ったことから,それぞれ76年の実質成長率予測の上向き修正が行なわれており,韓国では7~8%の当初予想を11%へ修正し(7月下旬),台湾では6.4%から10.1%,(9月下旬)さらに11.6%へ(12月上旬),香港では9%から16%へ(9月上旬)それぞれ修正した。
このように中進的工業国の貿易が順調に回復してきたのに対し,その他の非産油発展途上国には75年中はまだ明確な回復の動きが見られなかった。
まず,一次産品輸出国の貿易動向をみると,輸出は一次産品市況がピークに達した74年の上期に同様にピークを示し,その後は一次産品市況の軟化と先進諸国の不況の影響を受け低迷を続けている。
この傾向は75年中つづき,輸出に回復の動きがでたのは,一次産品市況も再上昇に転じた76年に入ってからである(第3-4図)。これに対し輸入は74年中増大を続け,この結果貿易収支は74年央から大幅に悪化してきた。このため74年末から75年初にかけ輸入制限措置を採る国(タイ74/11→鋼材,75/7→中古自動車,マレーシア75/1→繊維品,フィリピン74/10→新車小型トラック,コロンビア74/11→公共機関向け輸入品,等)が増え,75年に入ってからは各国とも経済成長が大幅に鈍化したことも加わり,輸入は頭打ちとなった。
次いで,貧困途上国の貿易動向をみると,輸出は75年の第1四半期までと他の諸国よりも遅くまで拡大傾向を続けた(第3-5図)。しかし,輸入は輸出を上回る増勢をみせ,75年に入ってからも微増傾向にあり,この結果貿易収支は73年第3四半期までの黒字基調から赤字に転じ,74,75年と赤字幅は拡大している。貧困途上国の先進国向け輸出のシェエアが小さいため,先進諸国の景気変動の輸出に与える影響は,前2つのグループより相対的に小さい。これが比較的遅くまで輸出が拡大をつづけた理由とも考えられる (第3-5表)。
一方,輸入増大の主因は食料輸入にあると思われる。これは貧困途上国が慢性的な食料輸入国であり,特に,貧困途上国が多いアフリカ諸国の農業生産の増大は,近年人口増加率を下回っており,75年も前年水準の生産にとどまったことによる。
非産油発展途上国全体の貿易収支をみると,赤字額は73年の69億ドルから74年には237億ドル(うち,前年に比べ石油代金支払増分は186億ドル),75年には302億ドルと急増した (第3-6表)。こうした赤宇は74年には資本収支の黒字でカバーしたが,75年には資本収支のみでは補てんできず,僅かではあるが外貨準備を取りくずさざるを得なかった。しかし,貿易収支赤字が大幅であったにもかかわらず,赤字ファイナンスは比較的順調に行われたと言える。石油危機の直後においては先進諸国の不況の深化ともあいまって,非産油発展途上国の資金手当は相当困難視されていた。これが比較的スムーズに行われたのは,国際会議等において特別援助のシステムが検討され実行に移されてきたことなどが大きく,74~76年にかけ工MFのオイル・ファシリティの設置及び同基金の利用に関する利子補給勘定の設置,IMFの補償融資制度の拡大,工MFの特別信託基金の設置,OPECの特別基金の発足等の措置がとられた。
こうしたファイナンスの主要なものをまとめたのが 第3-7表である。このうちDAC諸国による経済協力動向をみると,74年に若干伸び率が鈍化したものの,75年には前年比37.5%増(実質でも23.1%増)と大幅に増加している (第3-8表)。しかし,問題は経済協力の中で政府開発援助(ODA)の比率が年々縮小し民間資金が増大していることである。DAC諸国からの資金の流れがどのように配分されたかをみると,1人当り援助受取額は中進的工業国で大きく貧困途上国では少ないし,また民間資金は貧困途上国にはほとんど流入していない(第3-9表)。このまま民間資金のウエイトが高まると,いよいよ貧困途上国のファイナンスの道は限定されるのでODAの充実が必要となる。ただ,74年には貧困途上国へのODAを中心とした資金の流れは増大している。
なお,国別にみると74,75年とアメリカ,西ドイツの経済協力額の伸びが著しいのに対し,日本は2年連続減少している。
その他のファイナンス状況をみると,ユーロ・力レンシー及び米国銀行からの借入れについては順調に推移しているものの,借手のほとんどが中進的工業国及び一次産品輸出国である。また,社会主義国からの援助は近年停滞気味であり,かわってOPEC諸国からの資金協力が増大している。
次いで,この間の外貨準備の動きをみると,74年の第2四半期にピークに達したあと徐々に減少し,75年の後半から回復に転じている。そして,75年末の外貨準備高はピーク時に比し5.7%減の31.5億ドルとさしたる減少はみせていない。しかし,第3-10表でみるように,外貨準備高と輸入の比率は,73年の第1四半期と75年の第4四半期を比較すると大幅に減少しており,中進的工業国は,当初5.6カ月分の輸入を賄える外貨準備があったのに2.7カ月分へ,貧困途上国は3.8カ月分から1.8カ月分へと,実質的にはこの3カ年に半減したことを示している。
近年,発展途上国の債務残高は徐々に増大傾向を強めていたが,石油危機以降は大幅な貿易収支赤字をファイナンスしたためにさらに急増している。発展途上86カ国の債務残高をみると,60年代後半には年率14.3%の増加,さらに70年代に入ってからは19.5%も増加している(第3-11表)。この債務残高の内容をみると,民間資金の割合は67年の27.9%から74年には35.9%へと高まっており,中進的工業国については57.1%(74年)が民間資金となっている(ただ,貧困途上国はもともと資金の流入が少ないうえに民間資金の流入は僅かで,債務残高のほとんどが政府資金である)。
民間債務は償還期間が短いために,このように民間債務が増大してくると,債務返済額も増加してくる。これは70年代に入ってからの債務残高が年率19.5%で増加しているのに対し,返済額が年率22.0%の増加を示していることからもうかがえる。
これを公的対外債務返済額の総輸出額に占める比率(debt service ratio)でみると,74年にはやや下ったものの傾向的には高まっている。しかし,これまでのところ一般に危険ラインと言われる20%台に達している国は少ない。ただ,将来的には民間債務の増大傾向とも合わせ,返済比率が高まると考えられるし,また,手当をした資金の中から債務返済にあてる比率は,67年の36%から74年には45%へと高まっており問題を残している。
このような状況を背景に,発展途上国側は債務累積が自国の経済開発に大きな足伽となること及びこうした債務累積を招いた主因が,先進国のインフレや景気後退等の外的要因にあるとして債務累積の救済を要求している。これら要求は,76年5月の第4回国連貿易開発会議(UNCTAD)に向けて大きく集約され,「一次産品総合プログラム」とならんで大きなテーマの一つとなった。同会議において発展途上国側の主張した内容は,主として,この会議に先立って同年2月にマニラで開催された「発展途上国閣僚会議」の「マニラ宣言」が柱となっている。これは,「発展途上国の公的債務について利子支払いの繰延べ,元本の償還期限延長等を含む債務救済,就中,後発発展途上国(LLDC)等の公的債務の取消し,並びに発展途上国の商業債務について少なくとも25年以上の債務繰延べ」等から成っている。
これに対し先進国側は現に個別に債務救済は行なっており,現在の手続で不満足なところを指摘してほしいとし,ケース・バイ・ケースの救済が不十分とは考えていないこと,また,こうした措置が発展途上国の信用を落すことなどを主張して発展途上国に対抗した。この結果,上記第4回UNCTADでは,「先進国は最貧国(MSAC・LLDC)の債務累積問題を解決するため,個々の要請に対して迅速かつ建設的な考慮をもって対応する」,「76年末までに,現存の適当なフォーラムにおいて,過去の救済措置から今後の個々のケースに対処する際のガイドラインとなりうるような特性等を取り出す作業を行なう」,「77年中に開催されるUNCTAD閣僚会議に対し,本決議のレビューを要請する等」といったほぼ先進国側の主張するラインで決議がまとまったものの,発展途上国側には多くの不満が残され,以来,債務累積問題が国際経済協力会議(CIEC)等の国際会議で,南北問題の主要テーマの1つとして討議が継続されている。