昭和51年

年次世界経済報告

持続的成長をめざす世界経済

昭和51年12月7日

経済企画庁


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第1部 景気回復下の世界経済

第2章 景気回復過程の問題点

第2節 出遅れている設備投資

設備投資の拡大は,景気回復を持続させるためにも,将来の供給力を確保し,物価を安定させるためにも必要であるが,今回の景気回復過程においては,設備投資のこうした役割にとくに強い関心が寄せられている反面,設備技資を取巻く環境にはより厳しいものがあると考えられている。そこで本節では,現段階の設備投資が抱えている問題を検討する。

1. 景気後退下に急減した設備投資

欧米主要国の経済は,石油危機発生のあと,74年に入り同時的な景気後退局面に突入した。 各国の設備投資(第2-2図)も,景気の後退に伴い減少に転じたが,戦後最大という今次不況の特徴を反映して,下げ止まるまで長期間を要しかつその下落幅も大きかった。

当初,設備投資が減少に転じたのは,①インフレ高進,総需要抑制策などから需要が減少したことや,②金融引締めによる金利高や資金調達難によるものだったが,その後,需要の続落に加え,③石油危機が及ぼす影響の見通し難とも絡み先行きについての不安感が高まったこと,④インフレ利益などから当初好調を維持していた企業収益の悪化が顕在化したことなどが,その減少テンポを速めかつ後退期間を長くする要因となった。

各国別の動きをみると,アメリカの設備投資(民間非住宅固定投資)は,72~73年のブーム時に供給能力の不足を経験した基礎財部門や石油危機を契機としたエネルギー部門の増勢維持から,景気後退当初は比較的底堅い動きを示していたが,74年央から急減し,結局,戦後最長の後退期間(74年第1四半期→75年第3四半期,6四半期)と最大の下落幅(17.5%)を記録した。

西ドイツでは,各国に先駆けた引締め策の採用もあり,設備投資(機械・設備)はGNPより一足早く73年第2四半期には既に減勢に転じ,2年間にわたって減少しつづけた。しかし,73年の盛り上り自体が小幅であったためこの間の下落幅(13%)は,66年不況(下落幅17.1%)ほどではなかった。

不況開始が遅れたフランスでは,粗固定資本形成でみると比較的遅い74年第3四半期をピークに僅か半年あとの75年第1四半期には小幅減(5.4%)のまま下げ止まった。しかしこの間住宅建設がふえていたことを考慮すれば,民間設備投資の下げ止まりはもう少しおくれたとみられる。

イギリスの産業固定投資は,74年の伸び悩みのあと,75年には急角度に落ち込み,76年第2四半期でも漸く下げ止まり気配を示しているにすぎない。

各国の設備投資のトレンドからのかい離(第2-3図)でみても,74年には殆んどの国でトレンド線を下回り,75年にはいずれも計測期間では最大のかい離幅を示している。

2. 金融緩和と投資促進策の実施

景気後退の深刻化と以上のような設備投資の急減を前にして,各国の政策当局は,金融緩和を漸次推進するとともに,財政面からもリフレ策に着手した。この一環として,冷え込んだ企業の投資マインドを鼓舞するため投資促進策が,75年を中心として,各国で広く採用された。

インフレ再燃を警戒し,今回の金融緩和は従来になく慎重なものであったが,短期金利は,西ドイツを端緒(74年10月)とする公定歩合引下げ等の政策措置と投資減,在庫圧縮による企業部門の自律的資金需要減退とが相まって,急テンポの低下をみた。しかし長期金利の低下は比較的鈍く,特に75年下期にはアメリカ,西ドイツなどで一時強含みとなる現象もみられた。これらはインフレ・プレミアムによる下支えのほか,財務構成改善を図った企業による社債発行増,国・地方公共団体の巨額の財政赤字をファイナンスするための起債増などによるものである。

各国が投資促進策(第2-6表)を相次いで採用したのは,総需要が低迷ないし減退しているなかで,設備投資の需要効果により,景気浮揚を図る点に重点があったが,今回のインフレ高進の一因が供給面におけるボトルネックにあったことから,将来の供給余力を拡大しようとの配慮も働いたためである。また工場の新設等が雇用を吸収する効果から失業対策の観点を踏まえていた面もあった。主な内容は,投資減税ないし投資補助金(西ドイツ,アメリカ,フランス,カナダ,ベルギー,オランダなど),法人税軽減(アメリカ,イギリス,西ドイツ,カナダなど),財政資金による長期優遇融資や法人税等延納措置(イギリス,フランス,イタリアなど)などである。この他,イギリス,フランスは,価格規制の一部緩和(設備投資コストの価格転嫁限度引上げ,価格統制の段階的自由化)を実施した。

以上の措置は,設備投資コストの直接・間接的引下げ,企業の流動性・収益性の補強,設備投資ファイナンスの円滑化等を通じ,設備投資促進に寄与するものだが,当面の需要を確保する必要上から適用期間を区切るなど一時的措置となっている。

なお景気回復期の76年に入っても,アメリカで投資減税が延長され,フランスで小規模ながらも新たな投資促進策が打出されたことなどは,投資環境の厳しさを示すと同時に,景気回復の牽引車としてまた長期的な物価安定の見地から設備投資が果すべき役割が重視されていることの反映とみられる。

3. 設備投資は緩慢ながら回復

(1) 設備投資の回復

このような政策面からの挺子入れに加え,景気底入れに伴う需要見通しの好転,利潤の回復などから,アメリカ,西ドイツ,フランスなどでは,設備投資は回復しつつある(第2-2図)。

その先頭を切った西ドイツでは,GNP(四半期)ベースでみると,国内景気が底ぱい状態にあった75年第2四半期に設備投資は既に回復に向かい(前期比実質1.7%増),76年第2四半期までの1年間で実質約10.7%とかなり急テンポの回復を続けた。アメリカの設備投資の底入れは西ドイツより半年遅れたが,75年第4四半期に微増のあと,76年上期は着実に増加(前期比実質年率6.4%増)しており,先行指標の資本財産業新規受注(軍需を除く)も76年第2四半期には顕著に増加(前期比名目年率44.4%増)した。フランスでも,75年第4四半期の実質粗固定資本形成は前期比14.8%増,75年10月~76年3月の2四半期の資本財生産は前2四半期比年率8.6%増加している。

しかしいずれの国も投資促進策を実施しており,ドイツ,フランスではこれを享受するため投資の繰上げ実施の動きが目立ち,この間の投資がこうした一時的な要因のためにかなり膨んだ公算が大きい。

とはいえ,76年設備投資計画に関するビジネス・サーベイ(第2-4図)をみると,調査時点が改まるにつれ,これまでの回復期にみられたように,次第に上方修正されてきている。こうした点から,冷え込んだ企業の投資マインドが,最悪期からみれば徐々に改善されつつあることが窺われ,現在の回復は投資促進策の一時的効果を越え基調的なものにつながる可能性もあるとみることができる。

(2) 業種別,部門別回復状況

(アメリカ)

商務省調査(76年7~8月実施)をみると,企業の76年設備投資計画は,75年(実績)の前年比名目0.3%増のあと,同7.4%増となっている。

業種別の特徴をみると,増加幅が大きいのは繊維,食料・飲料,紙・パルプ,ゴム(前年比名目23.9~14.8%増)であり,反対に一次金属,空輸,鉄道は減少(同4.3~26.8%減)している。とうした中で,投資減税によるインセンティブが一般企業に比べて高く,また石炭燃料の比重を高めるための投資等が要請されている公益事業(電力を主体)とエネルギ一危機を契機に投資が活発化した石油は前年比名目約12~13%増と比較的高く,またこの両業種の投資増だけで全産業の投資増の実に半分弱をカバーしている。

特に注目されるのは,製造業投資が75,76年ともに非製造業投資よりも強いことである。これまで製造業投資は景気局面に対応して大幅な変動を繰返す一方,非製造業投資は相対的には安定した動きを示しており (第2-5図),この結果,景気の底にあたる年およびその翌年は,非製造業投資の増加率が製造業投資のそれを常に上回っていた。しかし今回の場合,底の75年も翌年の76年も製造業投資の方がより高く,これまでとは全く対照的な動きを示している。これは,75年については,前回ブーム時に供給難などを生じた一次金属,石油,化学,,紙・パルプの投資増が続いだこと(4業種合計で74年は前年比39.6%増,75年は同21.1%増:製造業全体は各々21.0%,4.2%増),76年計画についても,これら4業種が,前年からの継続工事もあって今回は比較的堅調を維持している(4業種合計前年比7.0%増:製造業全体同10.1%増)ことが大きいとみられる。供給のボトルネック発生,石油危機という今回の景気後退に至るまでの特殊な事態が,投資行動の上にも現われているものとみることができよう。

(ヨーロッパ)

IFO経済研究所の調査(76年6~7月実施)によれば,西ドイツの76年製造業設備投資計画(大企業)は前年比名目2%増が見込まれ,財別には消費財産業が消費が今次景気回復をリードしたことを映じ比較的高い。

フランスの76年設備投資計画は,国立統計経済研究所(INSEE)のアンケート調査(76年6月実施)によれば,中小企業9投資意欲の改善が進み,鉱工業全体では前年比名目9%増(実質1%増)となっている。

(3) 盛り上がり感を欠く設備投資

以上のように設備投資は回復基調にあるとはいえ,一方で盛り上がり感を欠いているのも事実である。

アメリカについてみれば,設備投資は一般に景気に対し遅行するとみられるものの,従来はおおむね景気の底から2四半期目には反転していたものが今回は底から3四半期目に漸く微増に転ずるなど出遅れが目立っている。この結果,76年第3四半期まででは設備投資はGNPの増加に殆んど寄与していない(寄与率2.3%,従来は8~12%, 第2-7表)。加えて,76年の前述設備投資計画は上方修正されたとはいえ実質では前年比2~3%増加が見込まれるに止まっている。また着実な回復をみせた76年上半期(前期比年率6.4%増)の実績も,OECDが「民間設備投資が基調として力強い増加をみせるのはアメリカのみ」としてだした予想値(同101/4%増,Economic Out1ook,No.19,76年7月)をかなり下回っている。

西ドイツでは,既に述べたようにむしろ出足は早く,これまでのGNP増加分に対する寄与も従来になく大きい(寄与率15.4%,従来は約4~7%)ものの,投資補助金による一時的効果も大きいとされ,また76年の前述製造業設備投資計画は実質では前年比マイナスになっている。

フランスの鉱工業設備投資計画も,相次いで増額修正されたとはいえ,76年は実質でみれば前年比1%増にすぎない。

イギリスでは,産業省調査によると,76年の産業固定投資は実質6%減の予想である。ただし77年については実質15%増の予想であり,またCBIのビジネス・サーベイによれば企業の投資意欲は改善しつつあるとのことであるが,最近のきびしい金融引締め措置からみて,この予想がどの程度実現するか問題があろう。

そこで次に,盛り上がり感を欠く設備投資の背景を検討し,問題点などを明らかにしよう。

4. 投資環境の現況と問題点

既にみたように,今回の設備投資の大幅低下は,需要の減少(およびこれに伴う需給ギャップの拡大),金融引締めによるコスト高と資金調達難,企業収益の悪化などが相乗的に働いてもたらされたとみられる。それではその後の投資環境はどう変化し,現状をどう評価すべきであろうか。

(1) 低水準の設備稼働率

アメリ力,の投資環境を概観 (第2-6図, 2-7図)()してみると,まず名目税引後法人所得(四半期,国民所得ベース)をGNPデフレーターで除して実質化した法人所得は,75年第1四半期を底に回復を示し,76年第2四半期には前回の景気のピーク時水準にほぼ近づいている。更に在庫評価益を除いたものでみると,74年第4四半期を底に急速な回復をみ,最新期では既に景気のピーク時水準を上回っていることが分かる。こうした企業収益の好調な回復などから,企業の流動性比率が76年初には極めて高水準に至るなど企業金融は良好な状態にある。

金融情勢も,当局は慎重ながらも緩和基調を維持しているとみられ,長期金利は76年に入り若干ながら一段と低下をみた。

このような企業の収益状況,金融情勢は概ね設備投資を促進する方向に働いているものと考えられる。

しかし一方,製造業の操業度をみると,需要減に伴う生産調整と景気後退当初の堅調な設備投資が生産力をその分だけ多く追加したことにより操業度は前回のピークである73年央の83.3%からボトムの75年の第2四半期には67%と,戦後最低水準に落込んだ。その後,操業度は,76年第3四半期には73.6%まで戻したが,これまでのボトム水準(58年第2四半期,72.5%)を僅かに上回っているにすぎない。こうした遊休能力が存在する場合には,当面の需要増には単に操業度の引上げで対処すればよく,能力拡大へのインセンティブが働かないのみならず,場合によっては,企業は独立的投資を含めた設備投資全体をいまだ削減する方向に止まっている可能性もある。

こうした過剰設備は西ドイツ(第2-8図),フランスなど今回の不況を経験した欧米主要国でほぼ共通してみられる。例えば西ドイツの操業度は前回のピーク水準87.5%(73年4月)からボトムの75年4月には76.2%に低下し,設備投資の回復力が暫く弱かった67年不況のボトム水準77.9%を若干下回った。フランスでも,企業に対するアンケート調査(INSEE)から判断する限り,操業度は75年央にはこの10数年間では最低の水準に落込んだ。

なお操業度に関しては,石油価格高騰などによる投入産出の望ましい組み合せや生産技術の変化等から設備の経済的陳腐化がより進んだと思われるが統計上の操業度にはこうした要因が反映されていないため,実際の操業度は前述の数値より高い可能性があることに留意を要しよう。

(2) 価格と投資コストの関係

販売価格(価格)と投資コストの現在水準は,投資決定に重要な役割を果す。そこで最近におけるこれらの動きをみてみよう。

まず価格を一般物価水準を表わすGNP(GDP)デフレーターで代表させ,投資コストを設備投資デフレーターで代表させたうえ,両者間の相対価格(設備投資デフレーター/GNPデフレーター)をみると,他の条件にして等しい限り,これが低下すると,投資コストは価格に比べ割安となり,この結果,企業の投資採算見通しを好転させ,設備投資を促進すると考えられる。勿論,上昇すれば設備投資に対し不利に働く。

アメリカ(民間非住宅固定投資)では,65年から72年まで安定していた相対価格が,73年に一旦低まったあと,構築物投資の相対価格上昇(74年)に生産者耐久設備投資の相対価格の上昇(75年)が加わり,急速に上昇した (第2-9図)。この結果,75年にはボトム比5.5%,65~72年の平均比3.7%各々上昇し,76年第2四半期に至ってもさして戻していない。

イギリス(製造業固定投資)では,相対価格は60年以降ならしてみれば低下傾向にあったが,73年以降工場建物投資の相対価格の上昇を主因に上昇し,76年第1四半期はボトムの72年にくらべて7.3%高となっている。

一方,西ドイツ(粗固定資本形成)では,69,70年とかなりの上昇をみたあと,機械設備投資,建築投資双方の相対価格が低下し,76年第2四半期(70年比9.3%安)まで一貫して低下している。

国民所得ベースによる試算のため,投資コストに土地取得費用の大きな部分が算入されていない等厳密な議論はできないが,一応,アメリカ,イギリスでは73ないし74年以降の2年間に,価格と投資コストの関係が設備投資にとり不利化,西ドイツでは70年以降かなり有利化しているとみてよいであろう。

(3) 慎重な投資行動

企業の投資態度は,国により異なる面があることは勿論のこと,景気局面,政策動向等に応じても変化する。これに関して,今回の回復期において,概ね各国に共通するものとして,次のような諸点が考えられる。

    ① 企業は景気見通しに際しより控え目となり,例えば従来ならば景気回 復に転じて間もなく実施に移されるような能力拡張投資等があったとし ても,着実な景気拡大局面に突入したとの確信を得るまでその実施を延 期する可能性があること。

    ② 先行きの不確実性感が高まっており,新規投資に際し以前より高い投資収益率,より短い資本の回収期間を要求する可能性があること。

    ③ 労働コスト上昇などによる利潤圧迫,なお高い長期金利水準などから,企業は借入依存をためらい,極力内部資金によって設備投資をまかなおうと努める可能性があること。

これらの点を考慮すると,総じて企業の投資行動は,当面,慎重なまま推移すると思われる。

以上みてきたように,今次回復過程において設備投資の盛り上がり感がみられないのは,現在の回復が,主に金融緩和,企業利潤の回復,投資促進策などによって支えられているものであり,過剰設備の存在や一部の国における投資コストの上昇などから,能力拡大インセンティブが特に働くことなく,企業の投資行動も慎重さをなかなか脱け切らないためとみられる。このことは投資環境には厳しいものがあり,設備投資の回復力が今回は比較的弱いことを意味し,設備投資の本格化をみるには,今後,操業度の向上及びその後の維持を図る必要があるように思われる。この点,設備投資の回復が始まって間もないフランスなどの引締め措置は,そうでなくても腰の弱い設備投資の回復力をある程度削ぐものといえよう。