昭和51年
年次世界経済報告
持続的成長をめざす世界経済
昭和51年12月7日
経済企画庁
第1部 景気回復下の世界経済
第2章 景気回復過程の問題点
今回の回復過程にみられる問題点の第一は,ほとんどすべての国において,失業率がなお著しく高いことである。景気回復がはじまってから約1年後に当る76年第2四半期の各国の失業率をみると,アメリカが7.4%,西ドイツ4.6%で,1960年代の平均失業率(1962~73年平均,アメリカ4.9%,西ドイツ1.3%)にくらべると著しく高い。さらに,イギリス,フランス,イタリアなどでは,76年に入ってからも,景気回復にも拘らず失業はなお増加さえ示している (第2-1図)。
今回の不況が戦後もっとも深刻なものであったことを考えれば,現在の失業水準が過去の回復初期にくらべて多少高くなることは当然だとも言える。
しかし,多くの国の最近における失業率は,この点を考慮しても,なお著しく高いように思われる。
その原因を明らかにするために,つぎのような順序で検討をすすめることにする。第一に,今回不況の下降局面において,雇用の減少が生産の低下にくらべて,とくに大きかったかどうか,第二に,景気上昇に転じて以後,雇用増加のタイミングやテンポがとくに遅いかどうか,という点である。もし,これらの点が,従来の経験と余り変っていないとすれば,現在の高失業は,景気循環的要因以外のものによるところが大きいと考えられるので,第三に,長期的な労働供給・需要の動きを検討する。
74-75年の不況は戦後もっとも深刻であったために,雇用の減少も大幅であった。しかし,生産との関連でみて雇用の減少がとくに大きかったとはいえず,どちらかといえば,むしろ小さかった (第2-1表)。たとえば,アメリカの実質GNPは73年第4四半期から75年第1四半期までに6.6%低下し,57-58年不況の3.2%より大幅に下った。ところが,就業者の減少はこの間1.3%で,57-58年の2.3%減少より小幅であった。西ドイツの場合も,66-67年の下降期には,GNPと就業者は,いずれも約2.5%の減少をみたのに対して,74-75年には,就業者の減少(4.4%)は,GNPの低下率(5.1%)より小幅であった。ほぽ同様のことは,製造業における生産減少と雇用減少の関係についてもいえる (第2-2表)。
つぎに,景気の回復局面について,同様の比較を行なってみても,生産回復と生産増加の関係は,従来ととくに変っていない (第2-2表,2-3表)。たとえば,アメリカではGNPの底から5四半期間の生産増加に対する就業者増加の弾性値をみると,今回は0.45で,従来の回復期にくらべて,大差がない。西ドイツの場合,回復後4四半期間に,就業者は1%の減少となっており,67-68年の回復期と同じである。
ただ日本の場合は,今回の下降期においては,はじめて生産が大幅に落込んだにも拘らず,雇用の減少幅は諸外国に比べ,比較的小さかったが,回復期に入っての雇用の改善が遅れている。
なお,週間労働時間の動きを製造業についてみると,第2-4表の通りで,アメリカと日本ではすでに落込み幅の7~8割を回復しているのに対して,西ヨーロッパ諸国では,景気回復後もほとんどふえていない点が注目される。
以上のように,今回の不況・回復局面における欧米諸国の生産の変化と雇用の変動の関係は,大勢として,過去の景気循環と大差がないといえる。したがって,回復期につきものの労働力率の上昇(今回のアメリカにおいて顕著にあらわれている)が,雇用改善のテンポを遅らせることはあっても,今後生産が拡大するにつれて,失業者数は減少していくものと思われる。
しかし,問題なのは,第2-1図に見られるようにアメリカ,西ドイツ,フランスなどで,今回の不況に入る前のピーク時点でも,失業水準がすでにかなり高まっていたことである。この理由をしらべるために,各国の雇用・失業状態をやや長期的に検討してみよう。
第2-5表は,50年代以後について,景気がピークに達した年をえらび,その間の労働関係指標の推移をみたものである。
まず,アメリカについてみると,失業率は53年から60年にかけて上昇し,再度70年代の前半に上昇が見られる。
この理由としては,まず基本的に,アメリカでは他の主要国に比べて,人口の増加率,したがって生産年令人口の伸びが高いということがある。ついで労働力率が一貫して上昇していることも特徴的である。この結果,労働力人口の伸びは年2%にのぼっているが,これを仔細に検討してみると,若年層の労働参加が著しいこと,女子の参加が増加していることが挙げられる。
56年から66年,66年から76年(8月)の各10年の2期間でみると,生産年令人口(16歳以上)は15%増から19%増へ,労働力人口は14%増から26%増へと60年代後半に入ってからの労働力人口の増加が著しい。男女別では男子が最近10年間で16.8%増加,女子は42.3%増となっており,女子労働力が労働力人口の増加を創り出していることがわかる。このような女子の進出については,①女子でも可能な仕事が増加したこと,②家庭での自由時間が増加していること,さらに③家計を助ける必要が増加したことなどが理由とされている。また女子労働力の中でも若年層が増加しているのは勿論であるが,20歳以上の女子労働力も75年までの9年間で,その前の10年間の24.6%増を上回る34.9%の増加を示している。
このような長期的傾向は,若年層の失業率がその未熟練性もあって成人より高いものとなる一方,女子の参入増加が景気後退局面のみならず回復局面においても男子の失業率とのかい離を大きくしており,全体の失業率を押し上げる結果となっている。
70年代前半の非軍事労働力人口の伸びが高いもう一つの原因は,ベトナム戦争停戦による軍人数の減少があることである。69年から73年までに,軍人は120万人程度減っており,これは73年の民間労働力人口の約1.3%にあたる。
以上のようなわけで,69年から73年までの雇用弾性値は決して小さなものではなく,就業者数も年2.0%と従来以上の伸びを示したが,非軍事労働力人口は2.4%も増加したために,失業率の増大がもたされたのである。
アメリカ政府は年央予算見通しにおいて,中期経済展望を明らかにしているが,これによると76年から80年までの平均成長率は5.6%であり,目標年次における失業率は4.8%を見込んでいる。これは過去と比べて,今後相当大幅に新規雇用が創出されるということを意味することになろう。
イギリス,フランス,イタリアなどにおいては長期的な失業率増大傾向が存在しているが,国によってその事情は異なっている。
まずイギリスでは,64~73年の経済成長率は年平均2.8%で,55~64年の3.0%に比べ,余り差がない。また60年代後半以後,労働力人口もほとんどふえていない。それにも拘らず,失業率は64年の1.4%から73年の2.3%へかなり高まっている。これは賃金の上昇などもあって,労働需要が低下したためと考えられる。フランスについては,景気のどの山から山の期間をとっても,成長率も高く,雇用の伸びは小さいものではないが,アメリカについで生産年令人口の伸びが大きいため,景気上昇局面においても,失業者の増勢が鈍化する程度にとどまるという特徴があった。このため,傾向的な失業者の増大が明瞭に出ている。第7次計画(期間:76~80年)では平均成長率5.5~6.0%を想定しているが,この成長率によって失業を解消していくためには,相当な雇用対策が求められるのではないかと思われる。イタリアでは,就業者が減少し続けているが,これは主として農業就業者の減少によるものである。一方,労働力人口も減少をつづけているが,これは労働力の他国への流出が顕著なためである。ただし最近になるにつれて流出幅は減少してきており,これにつれて失業率も増大してきている。西ドイツについてはこのような傾向的な動きはないが70年代に入って生産年令人口が増大しており,これは今後も続くため,失業解消の道のりは容易なものではないと思われる。
以上のように,多くの国では,60年代後半ないし末ごろから失業率が徐々に高まる傾向がみられるが,73年までについてみる限り,その主な理由は,経済成長率など需要側の要因よりも,労働力人口増加など供給側の事情にあったようにみられる。すなわち,アメリカ,西ドイツ,フランスでは69~73年の経済成長率は,60年代後半に比ぺて多少下回っているものの,就業者数のふえ方はほとんど変わらず,むしろアメリカ,西ドイツでは高まっている。これに対して,労働力人口の伸びは,アメリカでは著しく高まり,また西ドイツでも高まっている結果,失業者数が増加している。ただ,イギリスの場合は,労働力人口のふえ方はむしろ鈍っており,生産増大に比べて,雇用の伸びが著しく低下している(つまり,雇用弾性値が64年までの0.2~0.3から,その後はほとんどゼロに下っている)。
このような事情を考慮すると,今後雇用状態を改善していくためには,持続的な成長を中心とした総合的な雇用政策によって,雇用の拡大を図っていくことが必要となっている。
そこで,雇用対策の現状を概観すると,各国は新規雇用又は雇用維持に対する雇用奨励金の支給(英,独,仏など),職業訓練の強化(米,英,独,仏など),労働移動の促進(米,独,英,伊など),特別公共事業(独など),失対事業(米,英,独,伊な,ど),公共部門による雇用(米,仏など),操短手当の改善(独,仏,伊など)などを講じている。また,失業が特定グループに偏りがちなところから,政策の対象もそれに合わせて,若年層(各国)を中心としたものとなっている。
しかし,これらの対策はいずれも補充的なものであり,根本的対策として,各国は設備投資を軸とした持続的成長に意を用いている。