昭和50年

年次世界経済報告

インフレなき繁栄を求めて

昭和50年12月23日

経済企画庁


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第3章 世界経済の中期的成長を取りまく諸問題

第4節 世界の均衡成長と国際経済政策

前節まででみたように,世界各国の中期的成長をとりまく条件の変化は,ともすれば各国内部における努力では対処しきれないような,国際間の不均衡の拡大を生み出そうとしている。また中期的な成長経路への先進各国の復帰努力も,国境を越えた協力なしには実りあるものとはならないであろう。

以下では,国際間の協力による均衡の維持達成への努力を,先進国グループ内での均衡的成長への協力と,先進国と発展途上国との間でのバランスの改善のための努力にわけて整理してみることにする。

(先進国間の協力)

① 国際的景気調整

第1章の第1節(3)でみたように輸出依存度の高まった最近の各国経済では,内需の刺激のみで景気回復を図ることはきわめて困難であった。そこで,互に景気刺激策をとることを要求し合った結果,景気回復施策の協調実施という気運が生まれて来た。

ECにおいてこれをみると,7月23日EC委員会は75年秋までに景気対策効果が現われるよう経常収支,物価,財政面で困難な問題を抱えたイギリスとアイルランドを除いて,加盟国に追加的景気対策を勧告,とくに西ドイツ,フランス,ベネルックス3国には強力な,措置を,デンマーク,イタリアについてはそれよりもややゆるやかな対策を協調的に採用するよう要請,具体的措置としては,公共投資の促進(建設,交通,通信,環境保全,インフラストラクチャー,住宅,都市開発事業の促進のほか,地方公共団体事業に対する財政支援措置),個人消費の促進(貧困者層の経済状態改善,消費者信用の緩和),民間投資の支援が勧告された。

続く8月24日のEC蔵相会議はEC加盟国がGNPの平均2%相当額の景気浮揚措置をとることで合意した。

ごれに従って,まず,イタリアは8月8日にGNPの約3.5~4%,2ヵ年にわたる景気刺激措置を発表した(後に議会により4.2%に拡大修正)。ついで,西ドイツは8月28日GNPの0.6%に相当する浮揚策を,フランスは9月4日同2.3%の浮揚策を発表した。その他,デンマーク,ベネルックスでも浮揚策の実施が見られている。

11月の主要国首脳会議においては,各国に共通する経済の諸問題について意見の交換が行われ,すべての国の間の一層緊密な国際協力と建設的対話のための努力を強化する意志が確認された。会議後発表されたランブイエ宣言においては,最も緊要な課題は経済の回復を確保し,失業がもたらす人的資源の浪費を減少せしめることであるとしている。

またOECD等の継続的協議機関においても種々の委員会を通じ,各国の景気政策について,従来にもまして活発な討議が行なわれて来ており,各国の経済が相互に密接な依存関係にあるという認識がますます深められて来ているといえよう。

この密接化しつつある相互依存関係が,今後の同時的好,不況をもたらすという可能性は除去されていないので,今回の不況が克服された後も,各国の景気政策についても長期的な国際協力が進められていくことが期待される。このような,国際協力は,貿易や通貨の面を主になりたっていたこれまでのIMF・GATT体制に対して補完的に追加される性格のものであって,国際社会全体の利益となるばかりか各国自体の利益にもなるという点で大きな共通性を持っていると思われる。景気の同時性など客観的情勢の進展からこの点についての各国の認識がさらに深まった場合には,いわば景気政策の国際化といったものに向けて継続的な努力が一層活発化することも考えられよう。

② 貿易政策

イ.GATTの多角的貿易交渉

GATTにおいては,73年7月から,東京ラウンドと呼ばれる多角的貿易交渉が始められている。その開始にあたっての東京宣言で目的として掲げられたのは,①世界貿易の拡大と一層の自由化および世界の生活水準と福祉の改善と②先進国と発展途上国との間のよりよい均衡を達成するための国際貿易上の措置を考えることであった。本節で最初に述べたように,あるいは後述のランブイエ宣言において認識されているように,このような目的の達成に向けて一層の努力が払われることの必要性は,交渉の開始時とくらべ,高まりこそすれ,決して低まっていないといえよう。

しかしながら,アメリカの通商法の成立が74年12月まで遅れたこともあって,その実質交渉が開始されたのは75年2月に入ってからであった。現在この交渉では,従来の多角的貿易交渉の中心となった関税の引下げのみでなく,様々な非関税措置など数種の分野がとりあげられている。すなわち,①関税,②非関税措置,③セクターアプローチ(),④セーフガード,⑤農業,⑥熱帯産品の項目にわけて交渉が進められている。

関税引下げについては,実質引下げをはかることが目指され,東京宣言でもできる限り一般的に適用される適当な方式()の採用により関税に関する交渉を行うこと,としており,現在その引下げ方式等の検討が行われている。

次に非関税措置については,軽減または廃止,あるいは,その悪影響の軽減または除去することなどが目指されるべきとされていたが,現在スタンダード,補助金,数量制限等11項目と細かくわけて検討が行われでいる。また,セクターアプローチについての可能性の検討が,セーフガードについてはその妥当性の検討が,農業についてはその特殊性を考慮に入れたアプローチの検討が進行中であるほか,熱帯産品の取扱いについても発展途上国からの具体的な要求が出てきている。

この交渉については,各国経済が依然として石油危機に由来する困難に直面していることや,交渉分野が多岐にわたること,さらに現在の進行状況からしても東京宣言が目標としていた75年中の妥結は困難であることは明白であるが,各国とも保護主義の抬頭を封ずる必要性を認識し,11月の主要国首脳会議における宣言で,その促進が唱われている。それによれば「一部の分野における関税撤廃をも含む大幅な関税引下げ,農産品貿易の相当な拡大および非関税措置の軽減を目的とすべきである。この交渉は,最大限の貿易自由化を達成することを目的とすべきである」とされ,1977年中完了という目標が提案された。

ロ.OECDの貿易プレッジ

74年5月にOECDの閣僚理事会において採択された貿易制限自粛宣言は当初の有効期間は1年間であった。この1年においてこの宣言が貿易制限の蔓延の回避に役立ったとみられることと,第二章でみたようなパターンの変化はあるものの多くの国で赤字が継続,深刻化している状況とから,貿易制限自粛宣言の更新の必要性が認められ,75年5月の閣僚理事会においてこの宣言をもう1年継続することが合意された(ポルトガルのみは自国の現状に照し,これに参加する立場にないとして留保した)。

ランブイエ宣言中では,「保護主義再燃の圧力が強まりつつある現在,主要貿易国はOECDプレッジの諸原則に対するコミットメントを確認することが緊要」であるとしており,再び自粛宣言の精神が確認されている。

③ 通貨政策

第一章でもみたように各国の経済活動の好,不況は貿易の拡大テンポに左右される度合を深めつつある。他方,国際通貨制度とその運用が貿易の順調な拡大にあたえる影響は少なくない。従って,この問題が世界経済の均衡ある成長に与える影響も大きくなっていくものとみられる。このため,前二項の国際協力に加えて,第二章第二節でみたようなランブイエ宣言, IMFでの討議,76年1月の暫定委員会など,国際通貨制度の諸懸案の解決へ向っての動きに大きな期待が持たれる。今後の国際通貨制度やその運用は,為替相場の安定,為替切下げ競争の回避など国際協調を推進させるために重大かつ多面的な役割を担うことになろう。

(南北間の協力)

本章の第3節でみた先進国の発展途上国に対する援助とは別に,発展途上国側から近年要求の高まっている南北間の懸案事項についてここでみることにしよう。この点に関してはまず南北間の協力について述べる前に,南北間の対立についてふり返ってみなければならない。

高まる資源ナショナリズムの中で,74年の第6回国連特別総会での「新国際経済秩序の樹立に関する宣言および行動計画」の採択に引続き74年12月の国連総会での「諸国家の経済権利義務憲章」,75年3月の第2回国連工業開発機関のリマ宣言等,同趣旨の内容をもつ宣言や憲章の採択が行われた。

しかし,これらの宣言,憲章の内容は,①すべての国における資源に対する完全な恒久主権行使の自由,②外国投資,多国籍企業に対し国際法に関係なく国内法のみに基づき規制する権利,③一次産品生産者カルテルの結成の権利と,結成の促進,④価格インデクセーション導入の義務化ないしは促進など,先進国にとっては自由貿易推進,価格メカニズムの活用という考え方などからして受入れがたい内容を多く含んでいるとして,先進国側の反対,棄権,意見表明(投票がない時)といった反応で迎えられた。例えばリマ宣言は75年2月の77ヵ国の発展途上国による「アルジェリア宣言」をそのまま議論の土台として作られたものであり,先進国側との対決は避け難いものであったわけである。

これら発展途上国側の主張は,OPECによって触発された方法(カルテル)や,その後OPECによって採用が検討された方法(インデクセーション)等との関連が多い。現に本年2月ダカールで開かれた開発途上,国原料資源会議の宣言でのOPECに対する支持の表明や,3月のOPEC加盟国の君主および元首による「諸原則にかかわる神聖宣言(OPEC憲章)」で74年の国連資源特別総会での宣言の精神の強調が行われるなど資源ナショナリズムに対するOPECのかかわり合いは大きい。

その一つのあらわれは,75年4月からのパリで開かれた石油産出国・消費国(以下産消国と略)準備会議()において産油国,発展途上国から本会議ではエネルギー問題のみならず一次産品,開発問題,金融問題を同列に取扱うべし,などの主張がなされ,これらの点に関して産消国間で歩み寄りが見られなかったため,具体的進展がなかったことである。

しかし,その後において,発展途上国,先進国双方に歩みよりの気運が見られた。発展途上国側においては,今次世界不況の発展途上国に与える悪影響の体験からみても,先進国経済の安定は発展途上国にとっても大事であるとの認識が出てきたように思われる。他方先進国も, ECでロメ協定に見られる協調姿勢が早くからあったことに加えて,もっとも強く発展途上国のいう「新経済秩序」のイデオロギー的主張に対して反対しているアメリカが,具体的堤案によって対応する姿勢を見せたことから全般的に歩みよりのムードが生れてきたといえよう。

すなわちロメ協定(75年2月署名)では,ACP(アフリカ,カリブ,太平洋諸国)のEC向け特定一次産品(コーヒー等12品目)の輸出所得安定化の措置を決定している。アメリカはキッシンジャー国務長官が5月,インデクセーションには反対ながら一次産品価格の個々についてケース・バイ・ケースをベースとして新しい取決めを検討するとの姿勢を示した(同時に穀物備蓄やエネルギー協力についても述べている)のを皮切りに,同月のOECD閣僚会議で一次産品に関するいくつかの提案を行った。そして75年9月の第7回国連特別総会において,①発展途上国の輸出所得安定のための開発保障基金の設立による融資制度,②各一次産品についての充分な話合いが重要,③多角的貿易交渉における発展途上国製品および熱帯産品に対して特別の配慮を行うこと,④発展途上国への民間資金フローを増加させるため,国際投資信託の設立,国際金融公社の資本増額等々を提唱して注目を集めた。

こうして第7回国連特別総会においては,ほぼ全体のコンセンサスのもとで「開発と国際経済協力」決議が採択されたが,この宣言の具体化,なかでも従来から国連貿易開発会議(UNCTAD)で検討されて来た「一次産品総合プログラム」(後述)は今後に残されている。しかし注目すべきは,具体化についてはタイムリミットを設け76年5月の第4回UNCTAD総会で一次産品総合プログラムについてのなんらかの結論を出すことにしたことと,アメリカ提案に加え西ドイツ提案の「一次産品所得補償制度」等もあり,先進国から一次産品問題解決のための具体策として,輸出所得補償融資()の考え方も抬頭してきたことである。

さて,「一次産品の総合プログラム」の目的は価格及び量に関し一般的かつ,より秩序ある条件の樹立を促進すること,発展途上国の一次産品の実質輸出収益の安定成長を図ること,輸出収益の変動を減少させること,等である。対象品目は現在銅,ココア等18品目で,具体的措置として,①ストックの運用を含む商品協定を作ること,②これのファイナンスのために共通基金を設けること,③これを中心として補償融資を行うこと,④これら産品の加工度を向上させること等があげられている。

以上のような推移を背景に産消対話についても10月の再開準備会合において12月16日に本会合(国際経済協力会議)を開催すること,エネルギー,一次産品,開発問題,金融問題に関する4委員会を設置することが合意された。ランブイエ宣言でもこの会議を歓迎し,また積極的に推進するとの合意がみられている。

次に発展途上国と先進国との間での均衡ある発展にとって重要と思われる民間資本のフローの活用についてもみてみよう。

まず,第6回国連特別総会等の宣言に見られるような発展途上国側直接投資に対する規制強化の考え方は望ましいとは思われない。従来,直接投資にともなう幣害といわれて来たものについては,これを個別に除去しつつ,むしろ発展途上国としては民間資本を積極的に利用していく必要があろう。その場合,民間資本のフローを円滑化するための方策としては,例えば投資紛争解決のための仲裁機関である投資紛争仲裁センターの積極的活用や,多国籍企業関係の税制面での調和の推進といったことも国際的な検討に値しよう。

また過去においては,資本の進出が,技術,プラント,経営の人的資源等とのワンセットの形で行われることが多かったが,今後は発展途上国の自助努力の必要性がますます高まると考えられることにも鑑み,先進国の資本市場を発展途上国が利用しやすいように,手続き,情報などで技術的な協力を行うことや,いわゆる技術の移転など,個別の要素に対するアクセスの改善がはかられることも,発展途上国のもつ選択枝を増すという意味において重要な課題となろう。

加えて重要なのは,発展途上国のグループ自体が全体として,直接投資に


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