昭和49年
年次世界経済報告
世界経済の新しい秩序を求めて
経済企画庁
第1章 1974年の世界経済
1973年の発展途上国の経済成長率は約7.5%(推定)と近年にない高さであった。第二次国連開発の戦略目標は70年代の発展途上国の目標成長率を6.0%(60年代の平均成長率は5.5%)においているが,これまでの成長をみると70年に6.6%と目標を上回ったあと,71年5.6%,72年5.7%と2年連続目標値をやや下回っていた。73年の高い成長率は72年後半から先進国の景気が急拡大し,発展途上国の輸出に対する需要が増大したことに加えて農業生産が前年の不作から立直ったこと等によるものである。 地域別にみると,最も高い成長を示したのが東南アジアで10.4%,次いで中東8.7%,中南米7.2%,南西アジア5.8%,アフリカ5.2%と推定される(第1-39表)。
国別にみても大きな格差がみられ,韓国,イラン,ブラジル,エクアドルの諸国が2桁の成長をみせた半面,インド,チリ,アルゼンチンなどの諸国は停滞している。このように経済は高い成長を示したものの,ほとんどすべの発展途上国は一方で激しいインフレに悩まされている。さらに石油危機の発生,先進国景気の停滞,72年2月を境とした一次産品市況の軟化傾向と73年末から74年にかけ,産油国を除き各国とも深刻な問題があらわれてきた。
発展途上国の農業生産は72年に世界的異常気象の影響をうけて71年と同水準に止まった後,73年には4%の増産となり,食料生産もアジア地域が10%の増産であったことから5%の上昇をみせた。しかし年率2.5%に及ぶ人口圧力のために,人口1人当り農業生産(1961年~65年=100)は71年102,72年99,73年100と停滞している(第1-40表)。アフリカ,中東の73年の経済成長が前年の伸び率を下回ったのはこの農業生産の減少によるところが大きい。
また,食料自給を達成していない各発展途上地域にとっては,食料生産の不振が食料輸入増大及び食料価格高騰を通じて国際収支を圧迫し,かつ物価高騰の大きな要因となっている。なお,73年の主要作物生産は,東南アジア中南米諸国は好調であるが,アフリカ,中近東諸国は不振であった。
発展途上国の鉱工業生産は73年9.3%の伸びであった(第1-41表)。
国別についてみると,アジアは韓国(35.6%),シンガポール(13.6%),台湾(22.4%),中南米では,メキシコ(9.3%),ブラジル(15.0%)等の国において好調な増加を示した。 なお,石油危機後の鉱工業の動きをみると,東南アジアにおいては,おおむね73年に比べ鈍化している。
好調な輸出は73年の発展途上国の経済成長を支える重要な要因であった。 73年の発展途上国の輸出はその75%を占める一次産品の価格が先進国の景気拡大の中で,72年夏以降急上昇に転じ,ロイター指数でみると73年には73%もの上昇をみせたことに加えて,工業製品も先進国の景気拡大によって発展途上国の輸出に対する需要が増大したこともあって,輸出は43%と前年の20.3%を上回る大幅拡大をみた。
一方,輸入も34%と前年の11.7%増の3倍近い伸びを示したが,2年連続輸出は輸入の増勢を上回り,貿易収支も黒字を持続した(第1-42表)。74年IMF年次報告でみると,輸出の拡大は産油国においては数量が12.5%と前年の7%から拡大し,非産油国においても前年の9.5%には達しなかったが7%とすう勢を上回そ増大を示した。また,輸出単価は産油国が前年の11%から一躍39%へと上昇し,また,非産油国も前年の8.5%から27.5%へ大きく上昇した。一方,輸入をみると,産油国の数量増加は前年の12%から20%へと大きく上昇し,非産油途上国も1.5%から9.5%へ拡大した。また,輸入単価の上昇は産油国,非産油途上国とも8%から約19%へ上昇した。この結果,産油国の交易条件は17.5%と大きく改善され,非産油国においても6%の改善をみている。
また,73年は先進国からの経済協力も順調で総額24,151百万ドル(ネット・ベース)22%増と72年の9%増に比べ大幅に増加しており,うち政府ベース9%,民間ベース27%増であり,外資の流入も順調であった。ただ,政府開発援助のGNPに対する比率はDAC諸国全体で72年の0.34%から0.30%へと低下しており,インフレによる目減りも大きい(第3章第4節参照)。
対外準備状況も73年ばインドなど一部の国を除き軒並み改善し,73年末には発展途上国全体で前年末に比べ126億ドル(39%)増の446億ドルとなった(第1-44表)。
74年に入り石油価格の高騰と先進諸国からの工業製品輸入価格の上昇により貿易収支悪化が懸念された。72年における発展途上国の石油輸入額(石炭等の鉱物燃料を含む)は58.8億ドルと全輸入額の8%(うち中南米11.6%,アジア7%,中近東6.8%,アフリカ5.8%)を占めており,先進国の11%に比べ低いものの相当の外貨負担である。DAC推計によると74年における発展途上国の原油,石油製品輸入負担増は87.4~110.2億ドルと試算しており,これは73年末における発展途上国の外貨準備高の1/3におよんでいる。
しかし,74年第1四半期までの貿易収支をみる限り,中東地域が大幅な黒字を記録しているほか,その他の地域も目立った貿易収支の悪化はみられなかった。また,外貨準備高についても74年6月末までは各地域とも増加してていた。しかし,7月以降は産油国を除く各地域とも外貨準備は減少傾向を見せており,石油危機や先進国の景気停滞等影響があらわれてきたことを示している(第1-44表)。このように74年上半期まで外貨準備高が増加してきたのは発展途上国の輸出の約75%を占める一次産品価格が石油危機を機に一層高騰し,その後74年2月をピークに軟化傾向にあるものの,依然73年水準に比べ高いこと,石油価格高騰に際し,フィリピンのように事前にスタンドバイ・クレジットの導入を図って対処するなどの措置をとったこと,価格高騰と代金支払いとの間にタイム・ラグがあることなどから増加傾向をみせてきたものである。逆に工業製品輸出に重点をおいている諸国(韓国,台湾,シンガボール,香港)では年初来急速に貿易収支は悪化している。
また,援助についてみても,74年に関しては国際的高金利と景気停滞,国際収支の悪化などにより先進国からの投資が停滞ぎみであるほか,政府援助にしてもアメリカが74年援助に関し議会で前年を下回る額を決定し,西ドイツが中期援助計画(74~78年)を当初の援助計画から約10%削減するよう改訂するなど援助量の縮小も懸念される。こうした動きに対して非産油発展途上国から緊急援助など経済協力の拡充が要請されている。
(なお,石油基金等については第3章第4節参照)。
73年経済が概ね好調に推移するなかで,各国とも共通の問題はインフレの著しい進行であった。72年の後半から騰勢の強まった物価は73年に入ってから一層進行し,アジア,中南米のほとんどの諸国と他の地域でも半数近い諸国が2桁に及ぶインフレに襲われている。そして73年後半の石油危機の発生,食料不足の継続,先進諸国のインフレは経済基盤の脆弱な発展途上国の物価をより一層加速化しており,74年の最新月の物価の上昇率はほとんどの諸国が2桁の上昇をみせている(第2章第2節参照)。
このように発展途上国の全地域がほぼ同時にこのような異常インフレを経験したことはかつてないことである。こうした事態に対して,各国は様々な物価対策を推進している。73年以降,食料品の輸出規制(タイ,インドネシア,パキスタン,アルゼンチン,ブラジル等),物価統制(アルゼンチン,韓国,フィリピン,中東諸国),公定歩合の引上げなど金融政策(タイ,マレーシア,インド,メキシコ,イラン等),増税及び緊縮予算などの財政政策(イラン,インドネシア等)である。
東欧を除き石油危機の影響を受けることが少なかった共産圏経済は比較的高い成長を続けているが,最近に至って工業生産の伸びにやや鈍化の兆しがあらわれている。
中国の1973年の工農業総生産額の伸びは,前年比8%と公表された。アメリカ政府の推計でみても,73年のGNP(注)は1,720億ドル,1人当りGNPは191ドルとなっている。また,同年の実質GNPの伸びは前年比6.8%増と,前年の停滞(1.3%増)から回復したことが明らかにされた。
73年の回復は主として農業生産の立直りによるもので,食料生産は前年比7.1%増の2億5,700万トン(米1億950万トン,小麦3,500万トン)と記録的な水準に達した(第1-45表)。
また,煙草,茶,油脂作物,ジュートなども前年比3%増となったが,家畜は微増に止まったようである。
こうした農業生産の好調は74年に入っても続いている。政府発表によると,冬小麦,早期水稲等の作柄もよく,秋に収穫する食料作物の出来高にもよるが,史上最高の食料生産高を示した73年には及ばぬとしても,2億5,000万トンを上回る豊作が期待されるとしている。にもかかわらず,西側諸国から72年の不作の影響により輸入量の大きかった前年を上回る750万トンの食料輸入が予定されている。これは主として国防と自然災害に備えた備蓄増によるもののほか,国内食料需給の調整のためである。国家レベルでの備蓄量は,少なくとも8,000万トンを目標として,現有備蓄量の倍増を目安とすることが明らかにされた。これは,ここ当分食料輸入を必要とすることを示している。
他方,工業生産については,農業関連産業を重視するという政策自体は変わらないが,73年以降石油開発,電力,鉄鋼,石油化学,化学肥料および輸送施設等の分野で新たなプロジェクト建設に着手した。文革以来中断していた西側諸国とのプラント輸入契約も72年に再開され,73年中に契約されたプラント輸入契約高(航空機,船舶,自動車等を除く)は10.5億ドル,74年上1~9月間にも8.3億ドルに達し,旺盛な投資活動の高まりがみられるようになった。しかし,74年に入って工業生産の伸びはいくぶん鈍化し,主要工業地域の上期の伸び率は,前年同期比6~10%で,前年の9~12%を下回った。ただ石油生産の伸びは著しく,74年には前年に比べ20%の増産となった(73年の原油生産量5,000万トン)。
中国は70年代初期から北朝鮮,北ベトナム,香港に若干の石油輸出を行ってきたが,73年には日本向け原油輸出が始まり,74年にはタイ,フィリピンにも供給を開始した。74年の輸出総額は約6億ドルに達するものとみられる。中国産の原油は硫黄分が少なく,品質は良いが,対日輸出価格は人民元建契約になっているので,1バーレル当りFOB13ドルを上回り(9~12月積み),品質を考慮してもなおインドネシア原油より高い。
ところで工業生産の伸び率鈍化の理由は明らかでないが,西側では批林批孔運動(注)の影響を一因として指摘する向きもある。
1971年秋の国連参加後,急速に高まってきた国際交流は,73年から74年にかけて一段とテンポが高まり,中国を承認する国は74年末までに100カ国に達した。とくに自由圏諸国との経済交流は,貿易・援助を通して急速な高まりをみせている。
1973年の貿易総額は,72年の57億ドルから89億ドルへと56%の大幅な増大をみせた。貿易相手地域別にみると,輸出では80.7%,輸入では86.6%を自由圏諸国で占めている(第1-21図)。
好調な対外貿易は74年に入ってさらに拡大テンポを高め,対OECD諸国との貿易は,1~5月間に前年同期に比べ,中国の輸出58.9%増,中国の輸入81.7%増となった(第1-46表)。とくに貿易総額の約50%を占める日本, アメリカ,香港の伸び率が著しい。しかし,日中貿易の主要輸出商品でみると,74年に入って数量ベースでは軒並みに減少しており,貿易の増大のかなりな部分は価格上昇によるものとみられる。
なお,中国の交易条件は1963年以降悪化傾向を辿ってきたが(第1-22図),外貨バランスの面では輸出入均衡化というたてまえのもとで,入超になった年は少なく67年,70年のみであった。しかし,73年には一次産品価格の昂騰,原油輸出開始によって交易条件はいくぶん改善したものの,貿易収支バランスでは約5.4億ドルと最も入超幅の大きい年となった。これはプラントと食料および綿花の大幅輸入増によるものである。この入超傾向は74年にも継続し,ファースト・ナショナル・シテー・バンクの見通しでは,入超額は 約7億3,500万ドルに達するとみられている。
また国連加盟前後から,第3世界のリーダーシップを意識して,発展途上国に対する経済技術援助を積極的に展開している。援助活動は1953年から開始されているが,援助活動が最も昂揚した時期は70年以降からである。援助約束額は70年に約10億ドル(共産圏援助をふくむ),71年以降も年間7~8億ドルの経済技術援助協定を結び,年間約4億ドルの援助支出(主として商品輸出形態による)を行っている。 共産圏諸国に対する援助はほとんど無償援助(贈与)形式をとっており,発展途上国に対する援助は無利子借款が多い。各国別ではパキスタン,タンザニア,ザンビア,エジプト,スリランカ等の各国に供与された援助約束額が大きいが,これはタンザン鉄道建設やパキスタンのタキシーラに建設された重機械工業コンプレックスのような,大型のプロジェクト援助が取り進められているためである。
中国の場合,援助対象国の数がきわめて多く,一国に対する供与額が相対的に小さいこと,また,農業開発に関するものと小規模な軽工業が援助プロジェクトの中心となっており,金利,返済期間など援助条件もソ連,東欧諸国に比べると,相対的に発展途上国にとって有利となっている点が特色である。
こうして70年以来急増した経済援助支出は,貿易収支の入超と相まって金,外貨保有高に対するかなりの圧迫要因となっているようである。
中国の金・外貨保有高については,西側で各種の推計が行われているが,最も多く見積った場合でも約20億ドル程度と見込まれている。
なお,中国は現在第4次5カ年計画を実施申だが,1976年には第5次5カ年計画(1976~80年)が発足する予定で,すでに一部の農村人民公社など下部機構において1974~80年農業計画が公表されている。
ソ連経済は72年の停滞を脱して,73年にはかなりの回復を示した。72年の不振の原因であった農業生産は,増産努力と好天によって前年比14%増と著増し,71年の横ばいと72年の4,6%の減退を取り戻した(第1-47表)。とくに穀物(2億2,250万トン,32.3%増,従来の記録は70年の1億8,680万トン),綿花(770万トン,従来の記録72年の730万トンを4.9%上回る)など農作物は記録的豊作となった。畜産部門も,牛乳4.8%増,卵6.1%増と72年の記録を上回ったが,飼料不足を憂慮された食肉の生産は輸入飼料の受入れによって微減にとどまった(従来の記録72年を0.7%下回る)。
国民所得(注)の成長率は6.8%と低成長(4%)の72年はもちろん,73年の年次計画(6%)をも上回った。この成長の回復に寄与したのは,農業生産の著増と並んで工業の伸びが7.4%と,低目に定められた年次計画の5.8%をかなり上回ったことである。これは労働生産性の5%の向上と設備の稼動開始の促進によるところが大きい。ただ,農産原料に依存する消費財部門では,前年の不作の影響もあって5.9%(72年は5.7%)と依然として不振が続いた。
消費関連指標である個人所得(1人当り実質)は5%,小売売上げは5.3%増加し,73年年次計画(それぞれ4.5%と5%)をいくぶん上回った。しかし,国民生活の向上を中心課題の一つとする第9次5カ年計画は,年平均で個人所得5.5%,小売売上げ7.2%の増加を予定しているのに対して,71年以来の実績はこれを下回り,5カ年計画の本来の目標からは立遅れた。
74年の経済計画はかなりの拡大を予定している。国民所得の成長率6.5%,工業6.8%,農業6.4%の伸びは73年の実績より小幅である。しかし,工業の計画は超過達成を見込むことがほぼ常態とされることもあり,農業生産の伸びも,減産から回復した73年のあととしてはかなりの率といえる。また,工業のうちで,消費財生産の伸びは7.5%と生産財生産の6.6%を上回り,消費財生産のテンポを生産財生産より早めるという5カ年計画の方針に沿っている。 74年にこれらの計画目標が完全に達成されたとしても,5カ年計画の予定より遅れることになる。あと1年を残して,75年に終る第9次5カ年計画の達成には,いっそうの努力が必要とされている。
74年に入ってからの工業の伸びは,1~9月に前年同期比8.2%と,74年計画のテンポ(年間で6.8%)を上回ってほぼ順調に推移しているが,軽工(業(1~9月は前年同期比わずか4%増)など一部の業種は依然として不振を続けており,最近には全体としての工業生産の伸びも,6月に前年同月比6.4%に低下し,7月に8.6%に戻った後,再び8月6.4%,9月8.9%(1.労働日当りでは6.3%)となるなど,鈍化の兆候が現われた。
また農業部門では,穀物収穫が春まきと収穫期に悪天候に見舞われたものの,73年の記録2億2,250万トンに次ぐ1億9,000万トンの水準には達する見込みである。しかし,当初の政府の目標(2億560万トン)をかなり下回り,また,昨年に引き続き輸送,貯蔵,加工の設備が不足で,ロスの発生が懸念される。
畜産部門(72年に生産量で肉と牛乳の34%,卵の47%を占めたコルホーズ農民の私経営を除く統計)では,1~9月に肉の生産は前年同期比10%と増勢を回復し,また,牛乳7%,卵12%と近来にない伸びを示したが,西側の専門家によれば,なお飼料の不足は免れがたいとされている。しかし,当面72~73年ほどの穀物の大量輸入(アメリカ,カナダからの穀物輸入は72年は1,550万トン,73年2,390万トン)はないものとみられている。10月上旬,アメリカ業者との340万トン(トウモロコシ240万トン,小麦100万トン)の輸入契約はアメリカ政府の要請により破棄され,その後米ソ間で220万ト4ン(トウモロコシ100万トン,小麦120万トン)とすることに合意をみた。そのほかオーストラリア(小麦100万トン),アルゼンチンから穀物を買付けた。
73年の貿易は,輸出158億ルーブル(215億ドル),輸入155億ルーブル(211億ドル)と,72年の5億7,000万ルーブルの大幅赤字からわずかながら黒字に転じた。これは発展途上国に対する黒字(輸出29億4,000万ルーブル,輸入17億4,000万ルーブル)によるもので,共産圏(輸出91億2,000万ルーブル,輸入92億2,000万ルーブル),先進国(輸出37億5,000万ルーブル,輸入,45億9,000万ルーブル)に対する赤字は72年より減少したものの,なお大幅であった。
輸出入合計の総貿易額は前年に比べ20.3%の大幅増加となったが,実質では14.1%増で,貿易価格の上昇はルーブル建で輸出8.7%,輸入2.4%と交易条件は有利となった。この輸出価格の上昇が対先進国輸出の53.6%の著増(輸入は33.4%増),ひいては72年の10億ルーブルから73年の8億4,000万ルニブルへと赤字の減少に寄与したのであるが,そのうち石油の先進国向け輸出価格は年間の計算で(ソ連の貿易関係データは年間のみ)72年比75%の上昇であった。
先進国からの輸入では,アメリカ2.2倍,西ドイツ32.4%,フランス28.3%,イタリア29.1%のそれぞれ増加を示し(日本からの輸入はプロジェクト輸入の一巡もあって14.2%減),アメリカからの輸入額は10億ルーブルとなって,先進国中第一位に進出した。74年に入ってからの動きをみると(OECD貿易統計による),前年同期に比べ日本(1~6月)61.6%,西ドイツ(1~5月以下同様)55%,イタリア76%,フランス10%の増加に対しアメリカからの輸入は52%減となった。他方,第1四半期のデータでみるかぎり,ソ連のOECD諸国向け輸出が前年同期比73.2%の著増を示した半面,輸入は17.6%の増加にとどまったため,先進国との貿易尻は黒字に転じている。
これは,石油その他非鉄鉱石などの値上り(日本のソ連原油輸入cif価格は,1バーレル当り73年9月3.27ドル,12月5.23ドル,74年7月12.89ドル)による交易条件の有利化によるところが多いとみられ,さらに金価格の上昇もあって,先進国に対する対外決済ポジションは,過去におけるよりも好転するであろう。
各国との経済協力は引続き拡大している。日本との間では懸案のシベリア開発の6プロジェクトのうち,南ヤクート原料炭開発に続いて,第2次森林開発協定(1975~79年,第1次は69~73年)が調印された。また,73年以来最近までに西ドイツ,フランス,イギリス,アメリカ,イタリアとあいついで10カ年の経済,産業,技術協定が結ばれ,西ドイツとの天然ガス供給協定も成立した。さらに2年来の懸案であったアメリカの対ソ連最恵国待遇および輸出入銀行借款供与は,ソ連からのユダヤ人出国というアメリカ議会が問題視した案件で,米ソの了解が成立したため74年中には解決の見通しが立った。しかし,輸出信用供与にはなお一定の制限が加えられることになる模様である。
東欧諸国の経済は73年も前年に引続いてほぼ順調に推移した。73年の工業生産をみると,ボーランド,ルーマニア,ブルガリアがいずれも10%を超える伸びを示し,また,チェコを除いて伸び率が大幅となり,各国とも5カ年計画の平均を上回った(第1-48表)。このような生産の増大は労働生産性の向上によるところが多く,その寄与率は労働不足の深刻なチェコで88%にのぼっているのをはじめ,東ドイツ87%,ハンガリー82%,ブルガリア79%,ポーランド73%となっている。
農業部門では,ポーランド,ハンガリー,チェコで穀物収穫が記録的水準に達した。全休としての農業総生産額の伸びは東ドイツ6.8%,チェコ4.2%,ハンガリー5%,ポーランド7.8%,ブルガリア3%となっている。
このような工業および農業生産の動きを反映して国民所得の伸び率は,チェコの場合を除いて多かれ少なかれ拡大した(第1-49表)。経済の伸び率の拡大を背景として消費水準の向上のテンポもいくぶん早まった。これを所得面からみると,1人当り実質個人所得の増加率は小幅なところでチェコ6.2%(名目,72年は5.5%),ハンガリー4.5~5%(72年3.5%)であり,コメコン諸国としてはかなり大幅になったのが,ポーランド10%(実質賃金,72年は6.3%),ブルガリア7.9%(72年4%)などである。
74年に入ってからの工業生産はチェコ,とくにブルガリアで伸び率が低下した半面,他の諸国で拡大テンポが加速化している。
東欧と西側との貿易は73年,74年第1四半期と引続いて拡大している。O ECD統計でみると,73年には東欧全体のOECD向け輸出67億ドル,輸入63億ドル(東西両ドイツ地域間の取引を除く)で,72年に比べそれぞれ37.6%,50.5%の著増であり,また,74年第1四半期にも前年同期比で輸出41.9%,輸入61.2%と増加を続け,東欧側の赤字も倍増している。とくにポーランドの赤字は73年が前年の5倍,74年第1四半期が前年同期比63%増,チェコがそれぞれ34%増,56%増と3カ年続いて赤字となる形勢である。このような先進国に対する大きな貿易赤字は,ソ連と異なって決済手段の不足な東欧諸国にとって困難な問題となっている。
また,東欧諸国はルーマニアを除きソ連からの石油の輸入によりほとんど需要をまかなっている。しかし小部分ながらソ連以外の供給源に依存している諸国は,OPECの原油値上げによりかなりの影響を受けている。さらにコメコン域内の貿易価格は原則として5カ年間の協定期間中は据置かれるが,ソ連の石油をはじめ鉄鉱石などの原料品も,次期5カ年計画(1976~80年)にソ連から値上げの要求が出されるならば,東欧諸国の経済は大きな影響を受ける可能性がある。
なお,ソ連と東欧諸国およびモンゴル,キューバを加盟国とするコメコン(注)の域内貿易総額は71~73年に34%,73年だけでは前年比11%増加している。
コメコンは,域内の経済統合を進ある一方, ECとの接触を強める動きを示してきた。過去においてコメコンはECとの統一的な通商交渉を行う用意を示していなかったが,73年に入ってその態度を緩和し,8月にはコメコンとECの当局者の非公式接触が行われた。さらに74年コメコン側の招請でEC委員会の当局者が11月に正式に会談し,コメコン諸国に対し経済協力を含む通商協定案を提示することになった。
また,10月の国連総会では,コメコンはECとともにオブザーバーとして参加する資格が与えられ,総会との共通問題の討議に加わる途が開かれた。