昭和48年

年次世界経済報告

新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)

昭和48年12月21日

経済企画庁


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第3章 強まる資源の制約

2. 過剰から不足へと急変した食料事情

(1) 食料危機の強まり

(価格の高騰)

約1年間暴騰を続けた一次産品市況の中で,とりわけ穀物の高騰は著しかった。72年6月以降73年11月までに小麦3.7倍,米約2倍,飼料穀物(とうもろこし)約2倍,食肉1.5倍に達している。食料品は直接市民生活にひびくものだけに,先進国,発展途上国を問わず大きな影響をもたらしている。

先進各国の最近1年間の消費者物価上昇率のうち食料品の値上りによる部分がほぼ50%に達しており,物価対策の上からも食料品価格の安定化はきわめて重要なこととなっている。

発展途上国への影響は単に価格面にとどまらず,西アフリカ,インドでは干ばつによる飢饉が心配されるなど一部の国では社会不安をかもしだし一層深刻なものとなった。このため,各国ともその対策に多大の努力を傾けているものの,需給はいぜん逼迫を続け価格の高騰が続いている。

(輪出規制の広まり)

今回の価格高騰は,72年の穀物生産が異常気象により世界的な規模でかなり減少したところに,ソ連・中国の大量穀物買いから需給が一層逼迫したことによるところが大きい。

しかし,73年央以降価格上昇をさらに加速化させ,危機感をあおったのは輸出規制の世界的な広まりといえよう。

輸出規制はまず72年10月にペルーでアンチョビ(カタクチイワシの一種)の不漁による漁粉が,次いで,73年3月にニュージランドで一部飼料,フィリピンで全穀物,5月にECで域外向けの米,6月にはタイで米の各輸出禁止措置が採られた。そして6月13日こは農産物の最大の輸出国であり,農産物についても自由貿易主義を唱えていたアメリカにおいて,国内物価対策の一環として主要農産物の輸出規制が示唆され,ついで7月に入って大豆等の規制が実施された。これは,アメリカからの輸入にこれまで頼っていた国々に大きな衝撃を与え,これらの国はやむを得ずカナダ,ブラジル,アルゼンチン等と,より狭められた市場に殺到したため,それらの国々も6月末から8月にかけ相次いで輸出規制冬実施した。その後,輸出規制の動きはインドネシア,パキスタン,オーストラリアと短期間のうちに世界的な広がりをみせた。

このような世界的な輸出規制の動きは過去の食料不足時期にはみられなかったことであり,今回の食料不足の著しい特色をなしている。

食料生産は70年当時においては,むしろ過剰が心配されていたくらいで,価格も低迷していただけに,最近1年余りの変ぼうはあまりに大きいといえよう。

世界の食料需給は急速に変わりつつあるのだろうか。

本節では,まず食料需給が72~73年にかけてなぜ異常な逼迫を示したかを分析するとともに,世界各国がこうした異常事態に対し現在どのような対策を進めつつあるか,その姿を観察し今後の食料問題について考えていくことにしよう。

(2) 不安定度を増す食料需給構造

(戦後の穀物生物動向)

世界の穀物生産は過去約20年間(48/52年平均~72年)に年率2.8%の成長を遂げ,生産高は692百万トンから1,267百万トンへと約8割増加した(第3-4図)。

このうち,小麦は171百万トンから342百万トン(100%増),米は168百万トンから297百万トン(77%増),飼料穀物は353百万トンから628百万トン(78%増)へと増加している。

(食料需給の不安定性)

戦後の世界穀物生産が年率2.8%と同時期の人口増加率(1.9%)を上回る成長を遂げていながら,世界の食料事情は戦後しばしば不足と過剰を繰り返し,その時々において悲観論と楽観論が交互に唱えられてきた。

それは次のような農業生産及び農産物の特殊性からくるものである。まず供給面では,①生産が自然条件に大きく左右され,豊凶の変動幅が大きいこと,②一般に零細多数の農民によって生産される部分が大きいこともあって生産の調整が難しいこと,③貯蔵性に乏しいこと,④生産が需要に即応できないこと。

次に需要面では,食料が人間の生存に直接かかわる必需品であり,需要の価格弾力性が著しく小さいことなどの特徴がある。

こうした供給面と需要面の特殊性のからみから往々にして過剰生産による価格の暴落,あるいは逆に需給の遍迫による価格高騰をくり返している。こうした関係は穀物生産と貿易の関係によってさらに増幅されている。すなわち,穀物生産は国民の食生活に占める基本的な重要性を持っていることから多くの国においては国内の需要の大半を自給し,一部の過不足分だけが貿易に回っているのが一般的で生産量のかなりの部分を輸出に振向けている国はごく限られている。世界の穀物輸出量の生産量に占める割合は,71年実績で8.6%であるが,主要作物別にみると小麦15.8%,飼料用穀物8.4%に対し米は2.5%にすぎない。また穀物の貿易構造をみると,各作物とも数カ国の主要輸出国の占める割合が大きく,米を除けば先進国の比重が高い。これを71~72年の実績でみると,小麦についてはアメリカ,カナダ,オーストラリアの3国で世界貿易量の7割を占め,飼料用穀物ではアメリカ,アルゼンチン,カナダ,オーストラリア,南ア,及びタイの6カ国で75%,米についてはタイ,アメリカ,日本,ビルマ,エジプトの5カ国で7割弱を占めている。このように貿易量比率の小さいことと,輸出量が数カ国に集中していることは,これらの国における生産の比較的小幅の豊凶変動によっても貿易量の大きな変動をもたらし,世界貿易市場における食料需給の逼迫の度合を強めることになる。

(くり返す過剰生産と食料不足)

このような食料需給にみられる不安定性のために,戦後の需給動向をふりかえってみると過剰と不足を何回かくり返していることがわかる。

これを年代別に区分するとほぼ次のようになる。

このような推移のなかで,世界的に食料不足が特に騒がれた時期は,終戦直後の混乱期を別にすると,④60年代初めの共産圏における大不作時と,⑤65~67年にかけてのインドの大凶作など東南アジアを中心とした食料不足期を挙げることができる。これを1人当り食料生産指数(61~65年平均100)でみると,④の場合は62年から63年にかけてソ連,東欧ではそれぞれ100から96に落ちこんだ。しかしこの時は64年になると103へと短期間で生産をとりもどしている。次に⑤の場合,東南アジア生産は64年に101だったものが65年には97,67年には95と連続して低下し,64年水準まで復帰するのに5年もかかるなど影響は大きかった。しかし,食料問題はそれ程深刻な形で表面化していない。これはアメリカの余剰農産物がかなり援助としてふりむけられたためである。

アメリカでは戦時中の農業に対する高い価格支持政策が戦後も引き継がれ,これが農産物の増産を刺激し,一貫して過剰生産となり,過剰在庫が累積し財政を圧迫した。このためアメリカ政府は過剰生産に対しては作付制限等を実施し,また,54年には「農産物貿易促進及び援助法」(公法第480号,通称PL480)を制定した。このPL480は余剰農産物を外国へ援助の形式で放出することによって,国内の農産物過剰を緩和するものとして制定された。

過去20年間,このPL480による援助は慢性的食料不足状態にある発展途上国の食料事情の緩和に大きな役割を果してきた。なかでもアジア各国はアメリカの食料輸入に大きく依存しているが,そのうちPL480によるものの占めるウエイトは過去20年間の累計で,インド91%,パキスタン87%,インドネシアはほぼ全額と圧倒的部分を占めいる。

65~66年のインドの大飢饉の際,65/66年の1年間に小麦のみで約7百万トンをアメリカはインドに輸出したが,そのほとんどがPL480によるものであった。

(今回の食料不足問題の背景)

以上のように戦後いくたびも,食料不足が問題とされた時期があったにもかかわらず,現在と比べるといずれも価格がそれ程上昇していないし,世界的な輸出規制の広がりといった深刻な影響はみられなかった。

それでは,72~73年にかけての食料不足が戦後でも前例をみないほど深刻な事態を招いたのはなぜであろうか。これには種々の要因が考えられる。①72年の農業生産が天候不良のため世界的な規模で減産に見舞われたことを主因にその他,②ソ連,中国の大量買付け,③食料在庫の減少,さらに構造的要因として,④先進国における畜産物需要の増大,⑤発展途上国における人口圧力等の要因が重なったためとみられる。

以下順をおってこれらの要因を検討してみよう。

① 異常気象による世界的な規模での食料の減産

72年の穀物生産量は1,267百万トン,前年比3.6%の減産であった( 第3-2表 )。これを地域別にみると先進国3.0%減,発展途上国2.8%減,共産圏4.8%減,また品目別では小麦3.1%減,米3.9%減,飼料穀物3.6%減となっている。

このように各地域とも,また,主要品目にわたって生産減少がみられた例は戦後でも初めてである。

② ソ連,中国の大量買付け

72年の穀物生産が世界的な規模で減産したなかで,ソ連,中国が国際市場で小麦,飼料穀物の大量買付げにまわった。ソ連は72年7月に米ソ穀物協定(3年間で7.5億ドル相当の飼料穀物を輸入する)を結び,72~73年中にアメリカから小麦を約1,100万トン,飼料穀物を約700万トン買付けており,同年の小麦の買付け量は合計1,855万トンに達したと推定されている。また中国も23年振りにアメリカ産小麦(50万トン)の買付け成約を行っており,カナダ等からの買付けを含めると530万トンの小麦を買付けた。

世界の小麦貿易量は72/73年の場合70.9百万トンであるので,ソ連,中国の買付けは実に34%に相当する巨大な量である。戦後,ソ連では46年と63年に大不作に見舞われたが,63年の場合はアメリカから175万トンの小麦を輸入したものの,国際貿易市場にそれほど影響を与えなかった。こうしたソ連の大きな変化の背景としては次のような事情が指摘されている。ア.ソ連では「ソ連の食料政策」で後述するように第9次5カ年計画(71年から)で消費生活優先がかかげられ,国民の食生活向上が重視された。このため家畜用飼料穀物の需要が急増し,今回の小麦買付けも飼料需要の増大と深い関係があるとみられている。イ.こうしたソ連国内の事情に加え,72年以降,ニクソン米大統領の訪ソ,訪中によって東西緊張の緩和がすすんだ点が大きい。

③ 世界穀物在庫量の減少

これまで食料不足の時期に需給を緩和する役割りを果たしてきたアメリカ,カナダなど主要な穀物輸出国の過剰在庫は,生産抑制,過剰在庫処理対策が徐々に効果を表わしてきたところに世界的生産減少とソ連等の大量買付けが相まって払底した(第3-5図)。

たとえば,アメリカにおける小麦の過剰在庫はピーク時(1960/61年)に38.4百万トンあったが,72/73年(見込)には11.8百万トンと約1/3に減少している。

また,カナダでも小麦の輸出不振から67年頃から在庫が急増し,70年には27.4百万トン(国内消費の5~6年,総需要の2年分担当)に達した。このため政府は9割減反方針を打出し,大幅に作付面積を縮減した結果在庫は急速に減少している。このように,これまで緩衝機能を果してきた在庫が急減したことから今後の食料生産の動向しだいでは緩衝機能を果す在庫がなくなったことによって重大な危機に見舞われるのではないかという危機感をあおった。

④ 先進国を中心とする食生活の向上

近年先進国において,国民生活水準の向上に伴い食肉への需要が伸長し,これが飼料穀物への需要を急速に高め穀物全体への需要増加要因となっている。

戦後各国で所得水準が向上するなかで食生活も徐々に向上しながら変化を見せてきたが,これは所得弾性値の高い食肉部門に向けられ,欧米諸国においては各国とも戦後一貫して穀物の摂取量が減少している反面,食肉の摂取量が増大していることに現われている(第3-6図)。

また,ソ連,東欧諸国においても,穀物摂取量はほぼ頭打ちであるのに対し食肉の摂取は増大しており,ソ連が第9次5カ年計画において食肉の生産高を3割増としていることからもうかがわれるように,今後は,東欧諸国においても食肉摂取量は大幅に増大していくものと考えられる。

こうした背景下で世界の食肉生産も48/52年には約40.7百万トンであったが,71年には81.5百万トンとこの20年間に2倍,年率で約3.5%の増加となり,穀物生産の増加率(年率2.8%)を上回る伸びを示している。なかでも共産圏ににおける食肉生産の増加は著しく,この約20年間に7.4百万トンが20.1百万トンへと年率5.1%の成長をみせている。73年のソ連の大量穀物買付けも,直接的には国内の穀物の減産によるものであるが,その背景にはこのような飼料作物の需要の急増という事情があったのであり,これらの諸要因が相まって世界の飼料穀物貿易の急増をもたらし,今回の穀物需給逼迫の一因となったものである。

同一カロリーを摂取するとして,穀物を飼料とした食肉を食べる時と穀物を直接食べる場合では,前者が7倍の穀物を必要といわれるので,先進国での食肉需要の急増は,大きな穀物需要要因になるといえよう。

⑤ 発展途上国の人口増加と生産の停滞

発展途上国の農業生産はこれまで先進国とほぼ同じ成長テンポを示してきたが,人口増加率において先進国が年率1.1%であったのに対し発展途上国は2.5%の大幅増であったことから,1人当り食料生産指数(61~65年平均100)でみるると両者間に相当のへだたりが生じている。先進諸国においては1人当り食料生産指数は戦前(34~38年平均)78であったのが72年には111と42%の増加であったのに対し,発展途上国の場合の同期間に98から100へとほとんど増加をみせていない(第3-3表)。こうしたなかで発展途上国は食料生産が2年連続減産したため,もともと外貨保有に乏しく,購買力の弱い各国では深刻な食料危機を招いた。

さらに発展途上国の食料不足はアメリカの穀物輸出がPL480による援助ベースから商業ベース輸出へと切換えられつつあること(アメリカの農産物輸出に占めるPL480の割合,62年28.7%→72年11.0%),KR食料援助(国際小麦協定に基づく食料援助)や延べ払い輸出として緩和された条件で輸出されていた日本の余剰米が73年度でほぼ底をついてしまったこと,さらには購買力の弱い発展途上国にとっては,食料不足時に穀物が先進国の飼料と競合し,高価格のため購買できなくなることなどの事情によって,前途はなお多くの困難をかかえている。

また,発展途上国の農業は一般的に

    ア. 農民は一部富農と大多数の小作人から成り立っており,農業に意欲的に取り組む階層が少ない。

    イ. 灌漑,排水その他のインフラストラクチャー部門の整備が非常におくれているため,農業生産は天候の影響を受けやすい。

    ウ. 小農が多く所得水準も低いため機械化が遅れ,肥料の使用も少なく生産性が低い。

    エ. 流通部門や情報網がおくれており,政府の農業政策も末端までなかなか行きわたらず病害虫に対する対策なども遅れがちである。

等早急には解決しがたい多くの問題点がある。

発展途上国,なかでも東南アジアにおいては68年代後半から緑の革命といわれる米,小麦の多収穫品種が急速に普及し,68年以降は好天候にささえられ生産は順調に伸びていた。しかし,今回の2年連続減産によって緑の革命の効果に疑問と反省の声がでている。これは,緑の革命が灌漑用水の適切な供給管理,肥料や農薬の十分な投与があって始めて効果をあげうるものであり,これらの条件に欠けている発展途上国において緑の革命の成果をあげるには基盤整備の進展など,なおかなりの年月を要するものと思われる。

以上にみられるように今回の食料危機には,従来みられなかった注目すべき新しい変化も現われつつある。

主要輸出国の過剰在庫の減少とソ連,中国など共産圏の国際市場への参加によって穀物市場の不安定さは今後も続くものと思われる。

こうした中で,先進国で高まっている食生活の高度化による飼料用穀物の著しい需要増加,また世界人口増加,ことに発展途上国における人口増加という食料需要の増大にどう対処していくかが今後の大きな課題といえよう。

(3) 主要国の食料政策

72~73年にかけて世界の食料需給が逼迫し,異常な価格高騰を示しているなかで,各国はどのような食料対策をとりつつあるのだろうか。

世界の食料生産ならびに国際貿易の動向に重要な影響を及ぼすとみられる次の諸国をとりあげ,各国の基本的な食料政策の方向とそれが具体的にどのような形で進められつつあるかみることにしよう。

    ① アメリカ,カナダ……世界最大の食料輸出国

    ② EC………………食料自給をめざす

    ③ ソ連,中国……………世界の食料市場に新しく登場

(アメリカ)

① 農業政策の基本姿勢

アメリカはOECD諸国の農業総産出高の約40%を占める大農業生産国であり,世界農産物輸入の約20%(とくに小麦28%,大豆94%,とうもろこし56%)を供給する最大の農産物輸出国である(第3-7図)。他方ではアメリカは国内において穀物を中心に農産物の慢性的過剰生産に悩まされ,それに伴う巨額の財政負担の恒常化を余儀なくされてきた。したがってアメリカの農業政策は,これまで一貫してこのような現実をいかに調和させるかという視点に立って立案・運営されてきた。

アメリカの農業政策は一方において生産調整によって過剰生産を抑制するとともに他方において価格支持によって農業者に最低の所得を保証し,農産物を海外に輸出することを目指してきた。これはアメリカ農業政策の基本的特質として今日まで継承されている(第3-8図)。

1970年以降の農業政策も,基本的にはこの線に沿うものではあるが,若干の変化がみられる。

すなわち70年農業法において,農業者が自主的な判断と責任にょって,内外市場の需要動向をみながら,農産物の生産と販売を行う範囲を拡大し,これによって内外の農産物市場の拡大をはかり,政府による介入はできるだけ抑制して,その財政負担を軽減せしめようとする方向-いわゆる市場指向型農業-を鮮明に打ち出している。73年8月に成立した1973年農業及び消費者保護法(74~77年に適用)においては上記の政策を一層徹底するとともに,世界的農産物需給の逼迫に対処し,農産物輸出・貿易収支改善に一段と役立たせるため,過剰在庫を増やさない範囲内で増産する方向を明確にしている。

市場指向型農業の中心的な制度は70年から導入された「セットアサイド」(set-aside,耕地隔離,強制休耕)の制度である。セットアサイド制度は,アメリカの主要生産穀物である小麦,飼料穀物,綿花を対象としており,一定の比率の耕地を休耕することを条件に,残る耕地については農民が自由に自らの選定した作物を作付けすることを認め,しかもその生産物のすべてについて価格支持の恩典を与えるものである。それまで生産調整の主要な手段であったのは作付面積割当制度であった。セットアサイド制のもとにおいて農業者は小麦や飼料穀物の市場動向について自ら判断して有利とみればセットアサイド制に参加しないこともできるし,また,セットアサイドの適用をうけて最低の所得保障を受けながら,休耕対象外の農地に自らもっとも有利と判断する作物を作付けすることもできる。

政府はこれによって農業者の自主的な判断による生産性向上と市場拡大を狙うとともに,他方,財政負担の軽減をもはかろうとしている。

② 増産対策

以上のように従来のアメリカの農業政策は,作付面積を減らして農産物の供給を需要にみあうよう調整することに重点が置かれてきたが,72年12月に内外における農産物需要急増に対処するため方向転換され,73年3月には72年時点では全体として6,200万エーカーあったセットアサイドを解除することによって,また,73年8月制定の1973年農業及び消費者保護法によって思い切った増産対策がとられるに至った。

第1の増産対策は小麦,飼料穀物に適用されていたセットアサイドのうちプログラム参加者に対する必要休耕分が解除ないし削減され,合計4,200万エーカー(1,720万ヘクタール)が穀物生産に向けられたことである。74年においては残存のセットアサイド面積1,900万エーカーを全面的に解除した。例えば,73年7月発表の74年小麦プログラムでは残りのセットアサイド(1,000万エーカー)を全面的に解除し,その結果,従来国内消費量だけに基づいて決められていた全国作付面積(73年当初プログラムでは1,870万エーカー)が新たに輸出見込量をも織込んで5,500万エーカー(最近年の小麦総作付面積4,500~5,000万エーカーの10~20%増に相当)に大巾に拡大された。飼料穀物についても72年12月発表の73年度プログラムでは必要セットアサイド量が基準面積の30%とされていたのを73年3月には10%に引き下げられ,74年度の生産計画ではセットアサイドをゼロとした。米の作付面積も72年度よりも21%増加させた。

第2に,価格支持についても,CCC(商品金融公社)を通じて行われる小麦,とうもろこしに対するローンレート(CCCの融資にょる価格支持制度で生産物単位当り融資額を基準として,農業者の選択により融資又は買い上げを行なう)が増額されたほか,各農業プログラム参加者に対して保障されていたパリティー価格による価格支持を廃止して74年からは新農業法により目標価格制が導入され,支持水準が下げられた反面で,価格支持対象範囲を大幅に拡大し国内消費向けに限らず輸出向けをも加えた結果,全体として農業者の増産意欲を刺激するものとなっている。目標価格制は,例えば小麦についてはその平均市場価格(7~11月の平均価格),が目標価格を下回った場合に政府が割り当てた面積分についてはその差額を政府が支払うものであるが,目標価格は74,75年について小麦ブッシェル当り2.05ドル,とうもろこし1.38ドル,綿花はポンド当り38セントに決められた。ローンレートも小麦はブッシェル当り1.37ドル,とうもろこし1.10ドルと73年よりもそれぞれ12セント,2セント上積みされた。もっとも,これらの支持価格水準は73年11月末現在市場価格を大きく下回っており,また一農家に対する政府支払限度額も従来の一作物当り5.5万ドルから各作物合計で2万ドルと政府の保証水準が大幅に引下げられたこともあり,政府予想どおりの増産量が作物によっては確保されない可能性も生じている。

また,思い切った増産対策にもかかわらず,過剰在庫の発生には政府・農業者とも引続き強い警戒心を持っており,とくに政府は過度の財政支出を伴うような在庫を持ちたくないとしている点は注目されよう。

なお,政府は73年6月27日インフレ対策の一環とし大豆,綿実等の農産物輸出停止を発表して内外の厳しい批判を浴びた。この農産物輸出規制は,73年秋の各産物の好収穫がほぼ確実となった9月8F31ほぼ全面的に解除され,9月末にはすべての輸出許可制も廃止された。また,72年まで小麦,小麦粉,タバコおよび米についてCCCを通して米国内市場価格と世界市場価格とのギャップに対して支払われていた輸出支払補助制度も,72年12月輸出価格の高騰により停止された。

(力ナダ)

カナダは農産物の主要輸出国であり,とくに小麦はカナダ農業の代表的商品であって,72年の輸出額は92百万ドルと輸出の第5位を占める。カナダもアメリカと同様,その高い生産性から生ずる穀物の過剰生産に悩まされてきた。

カナダの穀物政策は,一農業者が経済条件の変動に応じて自発的に生産を調整することを基本としているが,政府は主要穀物生産地帯である平原3州の穀物が輸出の約80%を占めるという重要性にかんがみ,穀物管理局及び小麦局を設置している。小麦局は,穀物の州間及び輸出取引については,その秩序の維持を目的とし,小麦,大麦,燕麦の販売を独占し,生産者に出荷量の割当てを行い,農家の手取価格も小麦局の販売価格(主として輸出価格)によって決定している。

67年度以降カナダの小麦の過剰在庫が急増したため政府は過剰在庫対策として,70年2月に1年分の在庫を削減するため“オペレーション・リフト”(あすの在庫をより少なく)という9割減反方針を打出した。その内容は,24百万エーカーを対象として,1エーカー当り新規休耕地には6ドル,新規牧草地には10ドルの補償金を支払うという小麦作付面積の削減の補償措置と,制限措置に協力する程度が大きい農家ほど在庫をより多く出荷できるという作付面積削減に関連づけた出荷割当方式の変更を2本の柱としており,そのためこれを約1億ドルの予算措置を講じた。このような措置がとられた結果,70~71年度の作付面積は12.5百万エーカーと前年度の25百万エーカーの約半分にまで減少するという成果を収めたのであった(第3-9図)。

しかし,72年度以降において輸出需要が急増し,今後もその増加が予想されることから,小麦局は本年度の作付時に出荷割当については制限を緩和した。73年10月のカナダ統計局の発表によれば,カナダの73年産小麦の作付面積は24.8百万エーカーであり,これは前年の作付面積より3.4百万エーカー多い。他方,農業者は過去のような,過剰在庫を持ちたくないという考え方が強く,当面は増産意欲が強いが,将来の需要の見込みには慎重な態度をとっている。

なお,小麦局所管以外の主要農産物については,農産物価格安定法に基づく支持価格制度がとられている。法律に定めている対象農産物ば牛,豚,羊,チーズ,バター,卵及び小麦局所管以外の小麦,大麦,燕麦であるが,このほか政府が必要と認めた農産物を随時指定できる。

(EC)

① 共通農業収策

ECは,世界の農業生産に占める地位は大きく,農業政策としては独自の政策を推進して,保護的色彩の強い域内自給策をとっている。

ECの基礎は,工業製品の関税同盟と共通農業政策にあり,経済,通貨同盟の進展に比較して先行している。共通農業政策は,基本的には価格制度に立脚した共同体の市場組織を通じて行われており,その特色は,市場の単一性(共通価格制度による域内自由流通)域内優先買付(域外との価格差は主として課徴金により調整),共同体財政制度(財源は欧州農業指導保証基金)の3点にある。

② 域内の需給動向と対策

共通価格は域内最大不足地帯の価格を基準としているので,国際価格よりもきわめて高い水準にあった(71年の実績でみると小麦,米等は国際価格のほぼ倍の水準である)。したがって,生産性の高い農民に対しては増産意欲を刺激し,自給率の向上によって過剰在庫は減少してきている。このように域内の農産物需給の過不足は主として共通価格水準の変動によって調整されてきた(第3-10図)。最近の状況をみると,73年7月頃から穀物価格が暴騰したため(小麦は72年の7月トン当り56ドルが73年8月には150ドル)8月4日硬質小麦,6日には普通小麦について輸出規制措置をとるに至り,さらに8月15日からは,普通小麦,大麦,とうもろこしについて輸出課徴金制度を実施した。

③ 価格政策

73~74年度農産物共通価格は,73年5月1日の理事会で決定されたが,委員会が提案した一率平均2.76%の価格引上げは,域内農産物の需給状況を勘案し,また加盟国の利害を調整したうえで穀物価格の1%引上げ,牛肉10.5%引上げ,バター5.4%引下げ等の価格調整,山地農業等における牛肉生産のための補助金交付,乳牛11頭以上所有する農民に対し肉牛転換奨励金の交付等に改定された。

また,農産物共通価格は計算単位(UC,平価変更前のドルと等価)で表示されているため,71年5月以降,農民の所得を補償するため国境調整を行なってきており,事実上共通価格はフランス,西ドイツ,イタリア,ベネルックスの4圏に分断されている。この市場の単一性回復は将来の検討事項として残された。

④ 増産の見通し

ECにおいては,今後飼料穀物を中心とする農産物の需要増大が見込まれるが,価格の高騰を背景に,共通価格の高水準自体が増産意欲に刺激を与えることによって,域内の自給体制(現在,穀物の自給率は約9割)がさらに強化されよう。

(ソ  連)

現在のソ連の食料政策の中心課題は,食料の消費構造を改善するということにあり,食料消費のなかで畜産品や生鮮食料品を増加させることに重点がおかれている。これは,ソ連の食料消費が1日当り3,000カロリー余と西側先進国とほぼ同水準にあるにもかかわらず,動物性蛋白の比重が小さいことによる。第9次5ヵ年計画(1971~1975年)でも,1人当り摂取量で穀類が減少する一方,肉類その他の摂取量の増加が予定され,飼料の需要増が見込まれる。

したがって,農業計画においても穀物の増産が依然として主要課題といわれ,71~75年平均生産量は先行5ケ年に比べ22.8%増と綿花(15~18%増)などより大幅な伸びとなっているが,その重点は飼料の確保におかれており,それを基礎として畜産の増大(5ケ年平均で肉が23.3%増,卵が30.4%増)が意図されている。そして穀物増産の主力は作付面積の拡大ではなく,単位面積当りの収量の引上げ(65~70年平均の1ヘクタール当り1,370kgより少くとも400kg引上げ)で,そのためには機械化とならんで「化学化」(肥料,農薬の増投),土地改良,品種改良,適切な輪作,多収穫作物の導入,収穫ロスの削減など,農業の工業との結びつきの強化,集約化と効率化が必要とされている。また畜産では,家畜頭数と能力の増大はもちろん,立遅れた機械化と専門化(大規模畜産場の創設)を促進するとともに,かなりな比重を占めるコルホーズ農民などの個人経営も支援することが,増産策の中心とされている。

このような農業,畜産増産計画は,72年の穀物減収によって後退を余儀なくされた。西側から大量の穀物を買付けたにもかかわらず,引渡しが遅れたこともあって,とくに穀物飼料が不足し家畜頭数が減少した。牛の頭数はなお微増しているが,その他の家畜とくに回復の容易な豚の頭数は大幅に削減された。これと関連して,73年の農業生産計画も,農産物では5ヵ年計画による当初予定の水準が維持されているのに対して,畜産では卵を除いて下向き修正が加えられている。

72年の穀物減収に対する当面の対策としては,穀物を中心に73年収穫の播種面積の拡大が行われ,とくに前年の干ばつ地帯では作付の転換や未利用地の活用によって減収の回復がはかられた。また収量の引上げと干ばつ対策として適切な輸作,優良品種の選択・導入,合理的な施肥など技術上の改善が不可欠なことが強調された。これに加えて,播種作業の機械化や優良種子の確保,適期刈取り及び刈取期間の短縮,収穫ロスの削減など,一貫した増産策が立てられ,いわゆる「社会主義競争」によって賞金を賦与することも決定された。

こうした増産策は,好天に恵まれたこともあって実を結び,73年の穀物収穫は記録的水準に達するものかと予想され,西側からの買付契約量も減少している(第3-11図)。

しかし,今後も穀物飼料の心要量が増大することは確実である。とくに重大な問題は,機械化の遅れや家畜能力の低さからくる畜産の高原価である。かつて原価を割るものもあった農産物の国家買付価格は,増産を刺激するため50年代半ばから一貫して引上げられ,とくに畜産物の場合は大幅であった。他方,国定の小売価格は政策的に据置かれているため現在でも畜産品の国家買付価格と小売価格は逆ざやとなっており,財政の補給金が支出されているが,穀物の輸入価格の動きとも関連してその先行きが注目される。

(中  国)

中国は戦後穀物純輸出国となったが,50年代末に発生した未曽有の農業災害によって,60年代から穀物純輸入国となった。その後食料増産対策の効果もあって,穀物輸入量は漸減を示し,主として米を輪出し小麦を輸入するという比較生産費の観点と備蓄需要のために輸入が行なわれてきたが,72年の農業災害によって,ふたたび穀物輸入量が増大し,72年および73年の穀物輸入契約量(小麦,とうもろこし,大豆をふくむ)は従来の年間輸入量を上回った(第3-12図)。しかし基本的には食料自給化を目ざしており,農業増産の効果があらわれるにつれ,食料輸入は次第に縮小しよう。

中国の農業増産対策は,「農業は大寒に学ぶ」というスローガンのもとで展開されている。その意味するところは,資本,農業用資材,化学肥料の供給が不十分でも,自力更生,克苦奮斗の精神によって,与えられた条件のもとで農業増産をかちとることである。

しかし,大寨学習運動は思想運動だけを主張しているわけではない。伝統的農業技術にみられる機械化水準の低さ,集団農業の物質的基礎の弱さ,人民公社間の不均等発展と格差の拡大を卒直に認めて,これからの農業増産の方途として,農業近代化の必要性をも強く主張している。

中国が指向する農業近代化の方向は,ソ連あるいはアメリカの大規模機械化方式をそのまま踏襲することで.はなく,中国の自然条件に密着して伝統的農業技術を生かしながら,それを補完するものとして,近代化を進めようとしている。

農業近代化の基本的なねらいは,土地集約化による農業増産である。そのなかでも土地利用率の上昇を目的とする作付転換が,土地集約化の決定的手段とみられている。中国では反収の大きい米作を中心とする多毛作化が重点的に取りあげられてきた。

この政策は気象条件,水不足あるいは農民が,新しい作付方法に早急に適応できなかったなどの理由により,50年代末以降失敗を重ねてきたが,約10年間の試行錯誤の結果,作付体系の改変にともなう技術的基礎条件はほとんど完成した。残る問題は作付体系の改変に必要な化学肥料,灌漑排水用設備,電力,石油など追加的資源の確保と改良品種の育成である。

(4) 当面の食料需給と国際協力の展望

(当面の食料需給)

主要穀物輸出国の生産状況をみると,アメリカ,カナダ等では73年に入ってから積極的な増産対策を講じつつあり,また,ソ連,中国でも73年はかなりの豊作が予想されている。こうした増産体制にもかかわらず,国際市況はいぜん高水準を続けており,当面こうした状況が続くとみられている。これは穀物輸出国の在庫が20年来の低水準にあるので,在庫補充が必要とされていること,また多くの発展途上国では食料需要がいぜん強いとみられていることによる。

(今後の展望と国際協力)

73年においては,過去の過剰時代には予想もされなかったような生産国による輸出制限が実施されるなど,世界の食料貿易が不安定度を増すなかで,先進国を中心とする飼料需要増加や,人口急増が続く発展途上国の需要増大が大きな問題となっている。他方,増産体制にあるアメリカ,カナダにおいては過去のぼう大な過剰在庫の反省から極力過剰生産をさける方針にある。

こうした世界の食料需給の構造的な変化に対処するとともに,適正な価格で安定的な供給を確保していくためにば食料の輸出国,輸入国ともに市場の多角化や長期買付契約等新しい対応を迫られることになろうが,それとともに,以前にもまして国際協力を推進していくことが大切であろう。

なお,こうした観点から重要とみられる点としては,次のようなことが考えられる。

    ① 不測の事態に備えて各国が国際的協力の一環として適正な在庫水準の確保を検討していくことが望ましい。

    FAO(国連食料農業機構)では,世界食料保障(world food security)に関し次のような提案がなされている。

    「世界の穀物を中心とする基礎食料について,必要最低限を維持できるよう加盟国政府が適正な在庫水準を確保し,もって世界の緊急時における食料供給の安定性及び発展途上国に対する食料援助の有効性を高める。」

    ② 価格の安定を図るために国際商品協定の整備を図ることも検討する必要があろう。

    去る9月のガット東京閣僚会議において,ECは酪農品を含む主要農産物の需給安定を図るため,価格帯とそれを保証するための在庫等を伴った商品協定の締結を提案しており,今後ガットの多角的交渉の場で討議されることになっている。

    ③ 世界の需給動向を適確に把握するための情報収集能力の強化を図る必要がある。

    ④ 不安定度の高い発展途上国に対しては,先進国としても農業基盤や流通機構の整備などに対する資金・技術協力や生産物に対する一定の買付けの保証などの可能性を検討してみることも必要であり,これはまた,発展途上国の経済にとっても非常に有効なものとなろう。