昭和48年

年次世界経済報告

新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)

昭和48年12月21日

経済企画庁


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第1章 72~73年の世界経済

4. 世界貿易の動向

(1) 1972~73年の世界貿易の動き

(世界貿易の拡大続く)

先進国経済の記録的な拡大を映じて,世界貿易は現在大幅な増加を続けている。

72年は名目ドル建てで輸出が前年比18.4%増(71年は11.8%増),輸入が同16.7%増(71年は12.1%増)を記録し,輸出入ともに前年の伸びを大きく上回った。とりわけ72年第4四半期以降増勢を強めており,第4四半期は輸出が前年同期比で22.6%増,輸入が19.5%増,73年上半期は輸出25.3%増,輸入26.9%増の大幅な増加を示している。

世界貿易は,70年の停滞のあと71年も同年8月のアメリカのドル交換性停止とこれにつづく戦後初めての総フロートによって先行き不安感が台頭し,停滞色をかなり強めた。しかし,12月のスミソニアン合意の成立は企業の先行き見通しを好転させ,また各国の積極的な景気刺激策もあって,先進国の景気が回復に向い,世界貿易が再び拡大テンポを速めることになった。

国際通貨面では,73年3月以降再び総フロートに移行したが,前回の経験があること,先進国景気が異常な拡大テンポにあることから,前回みられたような問題は表面化せず,貿易の拡大テンポは一層強まりをみせている。

世界貿易の伸びは数量でみてもかなりの伸びを示しているものの,ドル価格の上昇率がとくに著しい(第1-4図)。

以下,数量と価格にわけて72~73年の世界貿易の特徴と当面する問題を検討することにしよう。

(数量でみた貿易動向)

数量ベースでみた世界貿易(共産圏を除く)は,72年の輸出が9.8%増(70年7.6%,71年5.5%),輸入が9.7%増(70年8.9%,71年6.6%)とそれぞれ前年の伸びを上回った。

72年以降の動きを半期別にみると,前年同期比で輸出が上期8.4%,下期11.0%,73年上期9.4%と高い伸びを続けている。

先進国,発展途上国別でみると,72年の伸びは先進国が輸出9.0%,輸入9.9%,発展途上国が輸出7.7%,輸入8.4%であった。数量指数でみる限りこれまでほとんど先進国が後進国の伸びを上回ってきたが,72年もこの例外ではない。先進国は73年上半期輸出15.2%,輸入15.5%増,一方,発展途上国は第1四半期輸出14.0%,輸入21.5%増となっており,発展途上国の輸入の伸びが著しい。

こうした世界貿易の拡大を支えた要因として,次の点が指摘される。

第1は,先進国景気の同時的な急上昇である。

第2は,国際流動性の急増である。国際流動性の増加テンポは主としてアメリカの国際収支の大幅赤字から68年以降73年8月までに約2.4倍に増加し,貿易の伸びに比べ著しく高くなっている。また,一次産品市況の急騰から各国で買急ぎがみられた。

(急騰する貿易物価)

数量ベースでみた貿易の拡大に加えて,貿易物価が著しく高騰したことが72~73年にかけての大きな特色といえる。

世界の輸出入価格(ドル建て)は68年頃まで安定していたが,69年から上昇テンポが高まり,72年には輸出価格が8.5%,輸入価格が7.6%上昇した。

輸出価格について商品別にみると,全商品8.5%高(60年代は1.2%),一次産品18.0%高,工業製品8.9%高と,とくに一次産品価格の上昇が著しい。

また,地域別にみると,72年は先進国が輸出9.2%,輸入7.6%,発展途上国は輸出4.3%,輸入2.0%の上昇となっている。

こうした価格上昇は,ドル建てで計ったものであるので,ドル減価分と世界的なインフレーションの影響による部分が重なっている。物価上昇分のうち,それぞれどれだけ寄与しているかは正確にとらえがたいが,OECDの推計によると73年のOECD諸国の輸入の場合,前者が約2/3,後者が約1/3とみられる。

貿易物価の大幅な上昇の理由としては次の点が指摘される。

第1は一次産品価格の高騰である。72年前半からまず農産物が,後半に入って鉱産物など工業用原料の価格上昇が加わって急騰に転じた。また,石油価格が産油国の攻勢が強まって大幅に引上げられた影響も少くない。

第2は世界的インフレーションの相互波及である。72年央以降,輸入需要が各国で急増したため世界的に需給がひっ迫し,この結果,各国とも輸出価格が高騰した。また,今回は物価安定の国がなくなったことから,輸出価格が上げやすいという面もある。

その他,ドルの切下げがインフレーション促進的に作用した点や,スミソニアン合意以降の度重なる通貨不安,過剰流動性の存在は,需給のひっ迫見通しから一次産品の投機を招き,価格を高騰させる一因となっている。

こうした世界貿易物価の高騰は,各国の物価上昇を促進するという悪循環をもたらし,さらに世界的な資源の適正配分をゆがめ,国際通貨面,貿易面での不安定度を高める原因となろう。

(農産物貿易の拡大と輸出規制)

農産物貿易の拡大も72年から73年における世界貿易の特徴の一つである。

国連食料農業機関(EAO)の推計によると,72年の主要農産物の世界貿易額は約15%増で,前年の伸びに比べ倍増した。ただし,これも価格高騰によるところが大きく,実質では7%程度の伸びと見込まれている。価格高騰の原因は,72年に異常気象などで世界的に農産物収量が減少し供給不足となったためで,73年6月アメリカが国内物価対策から輸出規制に踏切るとこれが世界各国に波及した。農産物の輸出規制が,73年のような規模で実施されたのは戦後の混乱期を除けば初めてのことであり,世界経済に深刻な問題をなげかけた。こうした問題は第3章で詳しく検討する。

(拡大ECの発足と域内貿易の拡大)

世界貿易の伸びを商品別国別にみると,先進国間でしかも工業製品の伸びが著しく高まっている。これは先進国は所得水準が高く,1人当り所得の伸びが高い一方,工業製品の所得弾力性が高いことによるが,同時に水平分業が一段と進むためといえる。

水平分業は,経済が同質的でかつ関税同盟によって域内関税が撤廃されたEC域内の貿易量を大幅に伸ばしている。

72年におけるEC域内間(フランス,西ドイツ,イタリア,ベネルックス3国)の貿易取引(輸出)は,前年比25.1%増大し,ECの世界に対する輸出増加率23.8%を上回った。輸出に占める域内取引のシェアーも71年の49.3%から49.8%に増大した(ECが結成されて2年後の1960年は34.5%)。

72年における先進国の工業製品輸出をみると,ベルックス28.4%,フランス26.4%,オランダ21.3%,イタリア20.2%,西ドイツ18.7%,日本20.0%,アメリカ10.5%,カナダ10.2%増となっており,日本を除けばEC各国の伸びがとくに高い。EC域内貿易の拡大は,域内関税など多くの貿易障壁を除去することによって水平分業進展の基礎を強化したことになる。66,67年に行われた域内関税引下げによってEC域内間の貿易取引は15.0%(全体で4.8%)増大したという試算がある(EFTA事務局)。

こうした中で,73年1月1日からECにイギリス,デンマーク,アイルランド3国が新たに加わり拡大ECが発足した。

拡大ECの経済規模は,自由世界全体のうちGNP(70年)が25%(アメリカの64%,日本の3.1倍),輸出額(72年)は42%(アメリカの3.1倍,8本の5.4倍)も占め,人口(70年)は1億9千万人(アメリカ2億1千万人,日本1億人)と非常に大きなものとなる。

4月1日に旧EC加盟国と新加盟国との間で行われた20%の関税引下げによってイギリス,西ドイツ,フランスなどの域内間貿易は一層活発化している。EC域内貿易の拡大は,一面域外国との貿易を阻害するのではないかと指摘されているが,72年については域外国からの輸入が13.1%増大し域内間貿易の伸びには届かないものの大幅に拡大した。

(アメリカの貿易収支は不均衡拡大から均衡へ)

世界貿易が拡大を続けるなかで,主要国の貿易収支はスミソニアン通貨調整にもかかわらず,72年中は不均衡が一層拡大した。

主要国の貿易収支は第1-17表にみられるように,レートを切上げた日木や西ドイツの黒字が71年にくらべ一層拡大する一方,切下げたアメリカでは赤字幅はさらに拡大した。イギリスも6月のフロートによって実効レートがかなり切下げとなったにもかかわらず再び悪化した。

こうした動きは,①為替レート調整に伴う交易条件の変化が切上げ国では黒字拡大的に,切下げ国では赤字拡大的に作用したほか,②為替レート調整の効果が現われるには,ある程度の時間を要すること,また③アメリカ,イギリスが景気拡大政策を続行したことによる。

しかし,73年に入るといくつかの注目すべき動きが現われている。第1は,切下げ国アメリカとイギリスのうち,アメリカの貿易収支が急速に改善してきたのに,イギリスでは貿易収支がさらに悪化している点である。第2は,西ドイツで73年に入って2回マルクが切上げられたにもかかわらず,輸出の伸びがさらに高まり,貿易収支の黒字幅が拡大している点である。

72年後半以降各国経済とも同時的にブーム状態にあるのに,なぜこうした一見不可思議なことが生じてきたのか,各国の貿易構造と関連づけながら,次に検討することにしよう。

(2) 貿易構造と通貨調整の影響

切下げ国としてアメリカ,イギリス,切上げ国として西ドイツをとりあげる。

(アメリカ……貿易収支は改善)

① 一次産品と資本財に強いアメリカの輸出構造

まずアメリカの貿易構造の特徴をみることにしよう。

71年の場合,輸出では豊富な資源を背景に食料飼料が15.7%,原燃料が10.2%を占め,一次産品全体では25.9%達している。また工業製品では高い技術水準に支えられて一般機械,航空機を中心に資本財(43.1%)が大きな割合を占め,消費財は9.5%,生産財は17.5%となっている。一方,輸入では食料関係(12.8%),原燃料(15:5%)の割合が低く,耐久消費財(20,1%)と生産財(22.5%)を中心に工業製品の比率(66.8%)が高い。

また地域別にみるとカナダ,日本など特定の国との結びつきが強い反面,西欧諸国の比重が相対的に小さい構造をもっている。

② 貿易収支は73年初め以降顕著に改善

貿易収支(通関ベース)は71年末のスミソニアン調整後かえって悪化,72年中は月平均5億ドル以上の大幅赤字を続け,年間では63.5億ドルにのぼる史上最高の赤字を記録した。しかし73年にはいると第1四半期月平均2.8億ドルの赤字に縮小したあと,4月には黒字約2億ドルと19カ月振りに黒字となって第2四半期(黒字2,300万ドル)にほぼ均衡し,第3四半期には月平均2.6億ドルの黒字と,著しい改善を示した(第1-5図)。

このような貿易収支の動きの背後には輸出入両面における顕著な基調の変化があった。まず,輸出は,スミソニアン通貨調整によってドルの実効切下げ率は7%以上に達したが,輸出数量は72年上期に前年同期比4.2%増と微増にとどまり,切下げ効果はほとんど現われなかった。しかし下期(13.9%増),とくに第4四半期になると西欧日本の急速な景気拡大もあって,原材料と農産物を中心に増勢が強まり,73年上期には24.6%増と増加テンポは一段と高まった。一方,輸入数量は72年上期,下期とも前年同期比で各々13.2%増,13.8%増と他の西欧諸国より一歩早い景気上昇を反映して71年の増加率8.6%を大幅に上回り,輸出同様切下げ効果は全く現われないかの感を与えた。だが73年上期には7.8%増と伸びが半減,国内景気の急上昇にもかかわらず輸入の増勢は目立って鈍化した。

③ ドル切下げ効果を増幅させた特殊要因

このような輸出入の基調変化,貿易収支の改善には,通貨調整の効果だけでなく,輸出面では72年末からの世界的な農産物需要の急増と海外景気の同時的な急拡大の影響が,また輸入面では日本の対米輸出抑制努力の影響が大きく作用したと考えられる。例えば73年1~8月の輸出金額でみると,輸出全体の10%ずつを占める食料と原材料がそれぞれ106%増,75%増を記録,両者の輸出増加寄与率は48.2%に達した。だが輸出全体の7割を占める工業製品も前年同期比28.1%増を示し,とくに機械輸送機械(72年の構成比43.8%)が72年の10.1%増から26.3%増に加速していること,また数年来輸出引合いのなかった資本財産業に,73年の夏以降西欧諸国からの受注が相次いでいるなど,ドル切下げの効果も月を追って顕著に現われてきている。

ドル切下げ効果は輸入面により鮮明に現われている。例えば,72年に急増しアメリカ商品の国際競争の弱さの象徴とされた自動車やテレビが,日本の貿易管理令の発動など輸出抑制努力が大きく作用したこともあって73年1~7月には数量ではほぼ横ばいになっている。また,輸入金額でみて73年1~8月に総額では前年同期比24.5%増と,国内景気の急上昇にもかかわらず,前年(21.9%増)をやや上回る伸びにとどまっている。とくに輸入全体の2/3を占める工業製品は,20.9%増と72年の増加率24.1%を下回っている。この間ドル切下げや世界的インフレーションによる価格上昇分があるので,数量ベースでみると73年上期はわずか7.8%と72年実績の13.4%を大幅に下回り,著しいドル切下げ効果を示している。

④ 交易条件の悪化は小幅

貿易収支好耘に寄与しているもう一つの要因は,交易条件がドルの切下げにもかかわらず,イギリスほど悪化していないことである。交易条件は71年第4四半期の96.0から低下を続け,73年第2四半期には87.1とスミソニアン調整時よりも6.4%低下しているにすぎない。これには輸入価格がドル切下げを反映して72年初から急速に上昇し続けたのに対し,輸出価格も一次産品価格の高騰を中心に72年第4四半期から急上昇したからであり,ここでも貿易構造の特質が有利に作用した。

このようにアメリカの貿易収支の著しい改善には輸出入両面にわたるドル切下げ効果が現われているだけでなく,一次産品の大輸出国であるという貿易構造上の特質が,折からの世界的な景気急上昇と農産物需要急増とを背景に数量,価格の両面で大きな効果を発揮し,ドル切下げ効果を増幅させているといえよう。

(イギリス……貿易収支は悪化)

① 原料,食料の海外依存度が高い輸入構造

イギリスの商品別貿易構造はアメリカとは対照的である。輸出では一次産品比率がわずか9%弱と極端に低く,逆に工業製品は資本財(40%),生産財(30%)を中心に85%を占めている。輸入では食料関係(23%),原燃料(24%)が大きな割合を占め工業製品は51%を占めるにすぎない。

このように,商品別にみるとかなり典型的な加工貿易型構造を,また地域別にみると歴史的なつながりのために西欧以外の諸国に大きく依存する構造をもっている。

② 貿易収支赤字幅は73年に入ってから一段と拡大

イギリスの貿易収支は,スミソニアン調整直後の72年第1四半期から赤字に転じたあと,同6月のポンド単独フロート,73年3月の主要国通貨の総フロートを契機に,ポンドの実効切下げ率が大きくなっていったにもかかわら,ず,赤字幅はかえって拡大している(第1-6図)。

③ 交易条件悪化と工業品輸入の急増

アメリカに比ベイギリスの貿易収支の悪化が続いている要因は,次の2つが考えられる。

第1は,交易条件が急速に悪化していることである。例えばポンド建て輸出価格は,72年上期以降前年同期比で7~8%とほぼ同じ騰勢を続けているのに対し,ポンドの実質的切下げ幅の急激な拡大と海外一次産品価格の高騰から輸入価格が急騰し72年上期以降4.9%,8.0%,22.2%と急激に上昇している。その結果交易条件は73年8月にはフロート移行時より14%も低下し,輸出数量の増加率が輸入のそれを大きく上回らなければ赤字幅の縮小が達成できない状況を招いている。

第2は,73年以降数量ベースでも輸入が輸出を上回るペースで伸びている点である。73年上期には数量ベースの輸出は前年同期比11.6%増とポンド切下げ効果の著しかった68年の伸びに近づいているが,輸入の伸び(15.9%)は輸出を上回っている。とくに工業製品輸入は72年上期16.5%増,下期27.1%増,73年上期25.9%増と全体の増加率(同8.8%,12.7%,15.9%)を上回っている。

なお,イギリスが73年1月より拡大ECに加盟した結果,西ドイツやフランスなど旧EC諸国からの工業製品輸入が急増している点は見逃せない。

④ 輸入価格の高騰が切下げ効果を相殺

このようにイギリスにおける通貨調整の効果はこれまでに関する限り輸出面に現われ始めただけで,輸入面には,まだほとんどみられない。これはイギリスが原燃料や食料を輸入して工業製品を輸出する典型的な加工貿易国であるために,ポンドの実効切下げ幅が拡大しても,これが,輸入価格を高騰させまわりまわって輸出価格にはねかえるなど切下げ効果が減殺される面があるからであろう。また,工業製品輸入の増勢が国内景気の上昇とともにむしろ加速している点は,これまでのストップ・ゴー政策が災いして国内供給余力が乏しいことのほか,工業製品では非価格的競争要因が作用しているとみられる。

(西ドイツ……再度のマルク切上げにもかかわらず貿易収支の黒字幅拡大)

① 資本財中心の輸出構造

西ドイツの商品別貿易構造はイギリスと同様,輸入では食料,原燃料のシェア(17%,20%)が高く,輸出では工業製品の比率(90%)が大きい加工貿易型構造である。しかし,イギリスと比べると,輸入面では一次産品のシェアーが約10%程度低く消費財を中心に工業製品が7%程度高い。また輸出面では,ECの中心的な工業国として資本財を中心に工業製品のウェイトが圧倒的に高い。地域別にみると工業国とくにEC諸国との結びつきが強いところに特徴がみとめられる。

② マルクを切上げても輸出は続伸

切上げ国である西ドイツでは72年の初めから黒字幅がほとんど縮小せず,むしろ世界的な景気の急上昇のなかで輸出急増,黒字幅の一層の拡大というパターンが続いている。すなわち貿易収支は72年上期に95.8億マルクの黒字を記録したあと下期に105.8億マルク,73年上期には142.5億マルクへと黒字幅を拡大している(第1-7図)。

このような黒字幅拡大には5つの要因が考えられる。第1は,相次ぐマルクの切上げにもかかわらず,72年来輸出数量が海外景気の上昇によって増勢が加速されたことである。これは輸出に占める資本財,生産財のウエイトが高いため,海外が設備投資ブームになると,これらの財の輸出が急増する。

なお,73年にはイギリス等がECに新たに加盟して低関税の輸出市場が拡大したことも見逃せない。第2は,食料や原燃料の輸入国であるにもかかわらず,ある程度の自給もできること,また,インフレーション抑制のため強い引締め措置から原材料輸入が鈍化した等の事情もあって,輸入数量が72年下期,73年上期の景気上昇期にもそれぞれ8.2%増,9.7%増と71年の増加率10.9%を下回り,しかも輸出数量の伸びを下回ったことである。第3は,マルクの実効切上げ幅拡大が世界的な物価上昇等による輸入価格の上昇を大幅,に緩和する反面,マルク建て輸出価格が極めて安定的に推移した結果,交易,条件が73年第2四半期までの1年半の間にわずか3.4%低下しただけですんだことである。第4に,西ドイツの景気拡大テンポが73年央以降他国に比べ緩やかで,相対的に供給余力があったことも見逃せない。第5に,西ドイツ製品は品質の良さ,デリバリー期間の正確さ等非価格面での競争力がつよいことである。

このように西ドイツは,資本財を中心とする工業製品輸出に特化して,E C等先進工業国との間に水平的な国際分業を広範に行う貿易構造をもっているため,マルクが相次いで切上げられても直接的には輸出減,輸入増につながらず,かえって高騰する輸入価格を抑制する方向に作用して黒字幅拡大を招いているといえよう。

以上のように,通貨調整の効果は短期的には各国特有の貿易構造や経済政策の方向,個々の商品特性に根ざした非価格要因の大きな作用,さらにはその時点での内外の景気情勢等様々の要因に大きく規定される。

(3) 新国際ラウンドの開始

73年9月東京で開催されたガット(関税及び貿易に関する一般協定)閣僚会議において,新たな国際貿易に関する多角的交渉一新国際ラウンドーの開始,その目標,交渉原則などを内容とする東京宣言が採択された。その目的は「世界貿易の拡大と一層の自由化および世界の諸国民の生活水準と福祉の改善を図る」ことにある。

近年主要貿易国における地域主義や保護主義の台頭によって,ガットの自住・無差別の原則がそこなわれる事態が増えているおりから,その原則の再確認,ガット体制の維持強化について参加各国の合意がみられたことは,世界貿易の将来について重要な意義をもつものである。

交渉妥結の目標は1975年中とされているが,検討されるべき事項には通貨と貿易の関連,発展途上国に対する特別配慮,非関税貿易障壁の撤廃,農産物交渉等多くの問題をかかえており,交渉には多くの困難が予想される。

新国際ラウンドにおいては,ケネディ・ラウンドで主導的立場にあったアメリカに同様な役割を期待できなくなっている現在,主要先進国が協調の精神によって新国際ラウンドを成功に導いていく決意が重要であろう。