昭和48年

年次世界経済報告

新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)

昭和48年12月21日

経済企画庁


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第1章 72~73年の世界経済

2. 東南アジアの経済動向

(1) 明暗わかれる東南アジア経済

国連の「第二次国連開発の10年の開発戦略」によれば,70年代にエカフエ(国連アジア極東委員会)地域の目標成長率は6%に置かれている。しかし,最近の実績をみると69年の6.5%をピークに,以後70年6.1%,71年5.6%へ低下し,72年には5.5%と低下してきている(エカフェ事務局推計)。

だが,72年後半から先進国の景気が急拡大するにつれて東南アジア各国の輸出の増勢が強まり,これにつれて韓国,台湾など工業の比重が大きい国では生産活動が活発化してきた。

一方,インド,パキスタン,バングラデシュなど南西地域では72年来の干ばつや8月にパキスタンを襲った洪水による農作物の被害が甚大で,経済発展に大きな影響を与えるとともに,食料不足を一層深刻化させている。こうした中で,各国ともに食料品の値上りを主因にインフレに悩まされており,一部の国では社会不安の高まりもみられる。

そこで,以下こうした問題を個別に検討し,東南アジア諸国が当面している諸問題とその解決の方向を考えることにしよう。

(2) 輸出と工業生産の伸長

(先進国の景気上昇と一次産品価格の高騰により輸出は増大)

1972年の東南アジア全体の実質成長率は5.5%にとどまった。これを国別にみると,台湾,韓国など工業化の進んだ国はおおむね成長率は高いが,前年より高い成長を達成したのはパキスタン,スリランカの2カ国のみで,おしなべて伸びが鈍化している(第1-9表)。

72年の経済停滞の主因は,異常気象に伴う農業不振によるもので,工業生産そのものについては一部の国を除き,おおむね順調といえる。

東南アジア諸国の工業生産は,貿易を通じて先進国の景気動向に左右される度合が大きい。まず,先進国の景気拡大により,東南アジア諸国の輸出が増加し,対外準備も増加する。この結果,東南アジア諸国の経済が活発化し,やがて輸入が増加する。従って輸出と輸入ではその変動にほぼ一定のタイムラグが認められる。72年の貿易動向をみると,まず全体として名目べ一スで輸出は22.1%,輸入は11.0%増加し,前年の輸出11.1%,輸入12.0%増に比べ輸出の増勢が強まり,輸入は逆に増勢が鈍化している。ただし,輸入も72年の後半から増勢が強まり,73年第1四半期には輸出が36.1%,輸入が17.5%(前年同期比)増大している。

このうち,韓国,台湾,香港,シンガポールなどは輸出志向型の工業化推進により,またタイ,インドネシア,マレーシアなどでは一次産品市況の高騰もあって輸出が増大した(第1-10表)。

(通貨調整による影響は軽微)

71年8月以降のフロートとその後の主要国における通貨調整は,当初ドル切下げによる対外準備の実質的購買力の低下,円切上げによる輸入価格の上昇など東南アジア諸国に甚大な被害をもたらすのではないかと懸念された。

しかし,その後の推移をみると,輸出が好調でほぼ一様に輸入の伸びを上回っており,また,外資の流入も順調であったため,対外準備状況はビルマを除き軒並み改善している。東南アジア全体では71年末(58.9億ドル)から73年8月(97.9億ドル)までに39億ドル増加した。73年3月以降の総フロート状態においても,東南アジア諸国の対応のしかたは様々であったが,それほど大きな動揺はみられない。

(輪出増にけん引された工業の伸長)

鉱工業生産は,貿易の拡大にけん引されて活発化している。72年の伸びを国別にみると,台湾(26.0%)と韓国(14.6%)が頭抜けて高く,これにインド(7.0%),フィリピン(4.8%),シンガポール(製造業4.7%),パキスタン(製造業3.0%)などが続いている。

韓国では,72年第3四半期まで沈滞していたが,輸出増大に支えられ,繊維,電気機器を中心に工業生産が急増し,73年に入るとさらに増勢を強めている。

香港は電機機器,雑貨を中心に輸出が増大(地場輸出,上期17.0%増)し,工業生産も総じて順調に推移している。

(3) 農業不振に見舞われ,食料問題は深刻化

(異常気象により農業生産は停滞)

貿易と工業が比較的順調に拡大しているなかにあって農業は全く不振であった。

東南アジア経済はいぜん農業を基盤に成り立っており,国内総生産に占める農業のシェアーは徐々に低下の傾向にあるとはいえ,バンクライデシュ55%,インドネシア45%から低いところでも韓国,タイ,フィリピンが約29%,マレーシアが25%,特殊な香港とシンガポールを除けば各国とも農業部門が相当部分を占めている。

こうしたなかにあって各国は72~73年にかけて軒並み異常気象(フィリピン→洪水,タイ,インド,インドネシア→干ばつ)の影響をうけ,東南アジアの1人当り農業生産指数でみると,70年に前年比3.0%の増加をみたあと71年が2.0%減,72年が6.0%減と2年連続の減産となっている(第1-11表)。

68年から70年にかけ東南アジアの農業は天候が良好であり,「緑の革命」と呼ばれる米,小麦の多収穫品種の開発と好天候により著しい成長をとげた。70年にはインドネシア,フィリピン,マレーシア,インド,パキスタン諸国は食料の自給に近いところまで到達したが,この2年連続減産により東南アジアの食料事情は再び悪化した。

(国別農業生産の動向)

タイでは国内総生産の約3割を占める農業が千ばつにより,72年は前年比2.1%の減少となった。なかでも輸出商品である米は前年比14.2%の大減産であった。しかし,米の輸出は近隣諸国の不作により,72年210万トンと史上最高を記録した。73年に入っても米の輸出は衰えず1月から6月初旬までに約61万トンを輸出して在庫が払底し,国内では食料品価格が急騰して大きな社会問題に発展した。このため,政府は6月13日戦後初の米の輸出禁止措置をとった。

73年の農業生産は一部で干ばつに見舞われたものの,その後持直し作柄は良好の見込みである。

インドでは71/72年度に対前年度比3.5%の減産の後,72/73年度の生産は未発表ながら干ばつの影響でさらに減産し,生産量は1億トンを割ったものとみられている。なお,73/74年の農業生産は概ね順調である。

パキスタン農業は比較的順調で72年の穀物生産は前年比約6.7%増であった。しかし,73年8月以降インド亜大陸を襲った大洪水はパキスタンにとっては建国以来最悪のもので,主な穀倉地域を中心に被害は相当額にのぼるとみられる。

フィリピンは72年央にルソン島を中心に大洪水に見舞われ,農作物被害のみで5~6千万ドルにのぼっている。フィリピン政府は自国農業立て直しのために,72年9月の戒厳令布告とともに農地改革を行なう旨宣言し実行に移している。

(4) 急騰する物価

(インフレの進行)

近年比較的安定していた南東アジア各国の物価は72年後半から騰勢が強まり,73年に入ってからはさらに加速化の傾向にある。

73年1~最新月の各国の消費者物価上昇率(対前年同月比)をみると,香港15.9%(うち食料20.8%),シンガポール18.1%(同26.7%),インド12.6%(同16.5%),インドネシア26.8%(同41.0%),タイ10.7%(同14.4%),南ベトナム40.0%(同43.5%)といずれも2桁台の大幅な上昇で,なかでも食料品の高騰が目立っている。こうしたなかで近年2桁の物価上昇を続けていた韓国とフィリピンがそれぞれ3.0%(同2.3%),5.9%(同△0.1%)とインフレ抑制にかなり成功している点が注目される(第1-12表)。

(インフレの原因)

インフレの進行の理由として次の点が指摘されている。第1は異常気象による農業不振である。なかでもアジア諸国民の主食である米の生産は各国とも減収で,食料品を中心に物価を押し上げる要因となった。また,6月にはいってアジアでも最大の米の輸出国であるタイの米の輸出禁止措置,日本の余剰米処理の進展から,フィリピン,インドネシア,シンガポールなどこうした面に頼っていた国々にとって輸入が困難となり,国内物価上昇が一層加速化している。

第2は輸入価格の上昇である。インドネシア,フィリピン,韓国等東南アジア各国は自国通貨をドルにリンクしており,貿易衣存度の高い日本やヨーロッパ諸国の通貨がフロートに移行し,事実上切り上がっていることから輸入価格が大幅に上昇し,これが国内物価を押し上げている。

また,先進国のインフレが輸入価格の高騰をもたらしている点もみのがせない。

第3にマネーサプライの増加である。従来からの財政赤字に加え輸出急増によるマネーサプライの急増がインフレ傾向に拍車をかけている。

(インフレ対策)

こうした東南アジア各国における最近の急激な物価上昇は政治経済に大きな影響を与えている。なかでも,インドでは食料不足とインフレに抗議するデモや暴動がひん発し,クメール,インドネシアでも抗議デモが起っている。このため各国は各種の物価対策を進めている。まず,きびしい物価対策により,72年以降物価が著しく安定化している韓国,フィリピンからみることにしよう。

韓国は60年代の工業化重点政策により急成長をとげてきたが,一方で2桁台の大幅な物価上昇,農工間所得格差増大と経済のひずみが顕在化してきたため,70年から安定成長を目指している。物価対策としては72年3月に物価凍結を行なったが効果が少なかったため,同年8月経済緊急措置を実施し,先の物価凍結で除かれていた農水産品を含め全面的物価凍結を実施し,また政府放出米の値下げや賃金規制などの物価抑制を図っている。さらに,通貨のフロート移行による輸入物価上昇が著しく,先行き物価に対するはねかえりを懸念し,本年4月,物価安定法を制定した(品目別最高価格指定,買占め・売惜み行為の取締)。

フィリピンも72年夏の大洪水による財政危機,2割近い物価上昇に対処するため,72年9月戒厳令を布き物価統制委員会が価格を規制した。なお,同国も農業不振から食料不足に悩まされているが,本年3月,全ての穀物及びその副産物の輸出規制を行ない,8月には米,とうもろこしの流通(卸,小売)を政府の管理下におき配給制を実施している。

次に物価上昇の激しい国々についてみると,本年6月,タイは米の輸出増大がインフレ加速要因になっているとして米の全面輸出禁止(7月未に一部解除)を行なった。

この影響でインドネシアもとうもろこし,カソサバの輸出禁止(7月)を,パキスタンが穀類,肉類,野菜等の輸出禁止(8月)を実施した。また各国とも米価格統制の強化,買占めや売り惜しみの取締を強化したが,インドでは72年4月米,小麦の卸売業を国有化,インドネシアではジャワ島内の省間の米移動禁止,政府備蓄米の放出を増加(72/11月,73/3月)等の措置をとった。しかし,インドでは穀物卸売業連合会の反対により混乱を招いており,また各国の買占め等の取締りも必ずしもスムーズには行なわれていないようである。

輸入物価上昇の対策としては,73年6月にマレーシア,シンガポールが変動相場制を採用し,事実上ドルに対する切上げを行い,またタイが7月平価を4%切上げた。

さらに国内物価を抑制するためマレーシア,シンガポール,パキスタンにおいては一部輸入品目の関税を撤廃している。

金融政策では,公定歩合がインドで5月に(6→7%),パキスタンで8月に(6→8%)それぞれ引上げられ,シンガポールでは,アジア・ダラーの国内通貨への転換抑制措置と国内貯金準備率の引上げが実施されている。

なお,香港では地代家賃の騰勢が強いため,6月に入り半年間に限り家賃を一部凍結した。

(5) 石油危機の影響

石油危機は東南アジアにも大きな影響を及ぼしている。産油国であるインドネシアを除いて他の東南アジア諸国は原油の約8割を中東から輸入しており,その依存度は極めて高い。この中でマレーシアは回教国という理由で最恵国待遇の扱いを受けている。またインドネシアは産油国として逆にその立場が強化され,同じ東南アジア諸国でも明暗が際立っている。

今回の中東における石油減産によって,大きな打撃を受けたインド,クィ,フィリピン,南ベトナム,韓国などでは原油,灯油,ガソリンの価格が大幅に引上げられたほか,供給制限に備えてガソリンの配給制,官公庁の勤務時間短縮,自動車の使用規制,米軍への給油停止などの措置が講じられた。また,世界有数の石油精製基地に発展したシンガポールでも政府と精製業者の間で消費規制が検討されている。

こうした当面の問題に加え,各国ともに石油価格の上昇および量的規制は貿易収支の悪化,原燃・材料の不足などをもたらし,今後の開発計画達成に大きな制約条件となることが憂慮される。その一方,インドネシアの場合同国で生産される原油は量的にはそれほど大きくない(世界生産量の2%)が,硫黄分含有量が少いため海外からの需要が強く,有利な立場にある。

(6) 東南アジア経済開発の方向

72~73年にかけて,東南アジア諸国の経済は,各国の産業構造ならびに資源賦存量の差異によって格差が拡大している。今後,東南アジア諸国が経済開発を推進する場合も自国の経済社会環境に即した政策を進めていくことが必要であり,同時に先進国による経済協力等もこうした面からなされるのが望ましい。

    ① 韓国,台湾,香港,シンガポールなどは輸出志向型の工業化を推進することによって,高度の経済成長を達成してきた。しかし,これらの国では労賃等の上昇から輸出競争力が低下し,後発国によって追い上げられている。今後低賃金を武器とする労働集約的産業に依存するだけでなく,技術,資本集約的産業の育成を図ることが重要な課題となっている。

    ② インドネシア(石油,木材),マレーシア(錫・ゴム),フィリピン(鉄鉱石,銅,木材)では豊富な資源を有しており,最近ではこれを加工製品化して付加価値を高め,より多くの外貨を獲得する方向を目指している。

    タイでは第三次五カ年計画(1972~76年)によって農産物の生産を促進し,その加工および製品の輸出を目的とした工業化を図るという経済開発が進められている。インド,パキスタン両国は重化学工業化を強力に推進し,一応の成果は収めてきたが,反面,農業生産が停滞し深刻な食料不足を招いた。また,対外債務残高が累積し(71年末,インド86億ドル,パキスタン36億ドル<バングラデシュも含む>),その債務救済が大きな問題となっている。

    以上のような東南アジア諸国の経済にとって,農業の果す役割は大きい。今後,同地域において均衡のとれた経済開発を推進するには,灌漑施設の整備,流通機構の整備など農業開発の基盤形式が必要となっている。

    ③ ベトナム,ラオスについては停戦後,インドシナ復興援助に各種の提案がなされている。しかし,現在のところ,南北両ベトナムの調整など多くの問題が残されている。


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