昭和48年

年次世界経済報告

新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)

昭和48年12月21日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1章 72~73年の世界経済

1. 先進国の経済動向

70~71年にかけて停滞を続けた先進国経済は72年後半から戦後まれにみる急速かつ同時的な経済拡大を記録した。

この結果,多くの国で深刻な問題であった失業はかなり解消されたものの,他方で新しい困難な問題解決にせまられることになった。

第1は,速すぎた成長そのーものがインフレ圧力を強め,異常気象による食料不作と相まって,朝鮮動乱時にせまる高率の物価上昇になったことである。すべての先進国にとって物価上昇の克服は今や最も重要な政策課題となっている。

第2は,石油など資源の制約が強まり“もの”不足が深刻化しつつある点である。これは物価上昇を一層加速させる懸念がある。先進国の経済政策は従来の需要管理政策に加えて,より総合的な対応を必要としよう。

以下,72~73年の経済動向を回顧し,当面の景気情勢の推移をみるとともに,先進各国が当面する問題について,わが国との関連をふまえつつ検討することにしよう。

(1) 先進国経済の急速かつ同時的な拡大

先進国経済は,70~71年の景気停滞期のあと71年末のスミソニアン合意による国際通貨不安の一応の収束と各国政府の積極的な景気刺激策ないし引締め緩和措置により,おおむね72年はじめ頃から景気回復に向った。そして同年秋以降から73年春にかけて各国ともまれにみるブームを現出した。

いま実質GNPの動きでその間の動向をみると,OECD諸国全体の実質成長率は70年2.5%,71年3.4%(最近10年間平均は5%)と低い水準で推移したあと,72年には5.8%へ高まり,さらに73年第1四半期は多くの国が異常ともいえる急拡大をみた。

(主要国のブーム局面の同時化)

景気回復の時期は,国によって必らずしも一様でなく,まず北アメリカが時期的にやや先行し,西欧および日本がそのあとに続いた形となった。

72年全体の実質成長率を国別にみると(第1-1表),アメリカとカナダが6%前後という拡大を示したのに対して,西欧ではここ数年間順調な成長を続けてきたフランスを除けば,西ドイツ,イタリア,イギリスの成長率はいずれも3%前後で,主要西欧諸国の景気上昇の出遅れがうかがわれる。

しかし,72年秋以降,どの国も力強い上昇局面に入った。73年上期についてみると,日本の13.9%をトップに主要国の成長率はおおむね6%以上の高成長となっている。とりわけアメリカ7.1%,カナダ7.3%およびイギリス6.4%の高所長が目をひく。イタリアも最近数年間にわたる停滞から脱却して本格的な上昇局面を迎えつつある。第1-1図は戦後の主要国の景気循環を図式化したものであるが,現在と似たような事例をさがすと,戦後では55年のときだけである(OECD成長率7.2%)。この時は欧米とも旺盛な投資ブームの年で,成長率もアメリカ7.6%,西欧6.3%となり,今回とほぼ同じようなブームのシンクロナイゼーションがみられた。その後68年には,アメリカが先行し,西欧と日本がそのあとを追ってともに好況局面となったが,今回ほど力強い上昇はみられず,OECD全体の成長率も5.7%にとどまった。

(同時的高成長をもたらした要因)

① 積極的な財政金融政策の展開

先進国の同時的な高成長が何によってもたさらされたかといえば,その原因の第1は,先進各国が70~71年にかけて一斉に景気停滞の見舞われたあと,各国政府が71年から72年にかけて程度の差こそあれ財政金融上の景気刺激措置をとったことにある。とくに70~71年の停滞期に大量失業を出したアメリカ,イギリス,カナダなどは金融緩和のほかに,財政面から積極的な景気振興策をとった。

アメリカでは,71年8月の新経済政策の一環として,①自動車物品税の廃止,②個人所得税減税の1年繰上げ実施,③新規国産設備財に対する投資減,税などの措置がとられた。それが刺激となって同年秋以降,個人消費を中心に景気回復に向い,72年の個人消費は実質で約6%(前年は4%)増となった。こうした個人消費の増加が,金融緩和に支えられた住宅建築の活況と相まって景気の回復をリードし,やがて設備投資も活発化して本格的な上昇局面を迎えることになった。

イギリスにおいては,69年以降ひきつづく景気停滞と高い失業により71年に各種の景気刺激策(仕入税引下げ賦払信用条件緩和など)が講じられたが,即効的な効果をあらわさなかったので,72年3月の新予算では5%成長をめざして,①戦後最大の12.2億ポンドの所得税減税,②設備機械の自由償却など積極的な景気刺激措置がとられた。このうち所得税減税は,大量な賃上げと相まって,消費者の購買意欲を刺激し,自動車や耐久消費財を中心に個人消費が盛りあがり,輸出が秋以降大幅に増加,さらに73年にはいると,次第に企業の投資意欲が盛りあがりをみせてきた。

② かなりの遊休設備の存在

第2には,積極的な拡大政策と,それに誘発された需要の増加を供給面から可能にした要因として,アメリカ,イギリス,カナダ,イタリアなどにおいては,景気回復の初期段階でかなり大きな遊休能力があったことが指摘されよう。アメリカでは,新経済政策採用の時点(71年8月)の失業率は6%で,従来完全雇用水準といわれていた4%を大きく上回っていたし,製造業稼動率も73.6%で,これまた60年代後半の平均88.6%を大きく下回っていた。ちょうどケネディ大統領が61年はじめにニュー・フロンティア精神をかかげて高成長政策にのり出した当時の情勢(失業率6.7%,製造業稼動率77%)とよく似ていたのである。

イギリスでも,72年はじめの失業率は3.8%で,戦後最高であり,また製造業稼動率も62年不況時のそれに近い水準にまで落ち込んでいた。

③ 軽減された国際収支の制約

第3には,積極的な拡大政策を可能にした他の要因として,国際収支面の制約が大幅に軽減されてきた点が指摘できよう。その一つは69年以降のアメリカ国際収支の大幅な赤字によって各国の対外準備が潤沢になり,国際収支の天井を高めたこと,他の一つは為替の弾力化である。イギリスは従来のストップ・ゴー政策から積極的な拡大政策に転じたが,こうした中で72年6月に大量のポンド投機が生じた。しかし,イギリス政府はこれまでのように成長政策の軌道修正はおこなわず,ポンドをフロートに移した。このため大幅な国際収支の赤字にもかかわらず深刻なポンド危機もおこらず,最近まで基調的に成長政策を追求できた。同じような事情は73年2月にフロートに移行したイタリアについてもみられる。

このように従来なら国際収支面の制約からある程度成長を犠牲にさせざるをえなかった国が,今回はフロートにより積極的な景気刺激策を継続できたことが,各国景気の同時的拡大をもたらした1つの要因になっているといえよう。

④ 貿易を通じた相互波及性の増大

近年貿易や資本の自由化など開放体制の進展から水平分業は一層高まりをみせ,各国経済の相互波及度が高まっているが,72~73年にかけては次に述べるようにアメリカ,西欧,日本の各主要因の輸入需要の急増により景気を相互に刺激しあう形で,同時的に加速させる要因になったといえよう。

(2) 需要動向と供給の遅れ

(個人消費と住宅建築が先導した景気上昇)

アメリカ,イギリス両国の例でもみられるように,今回の先進国の景気上昇過程には,需要面でほぼ共通のパターンがみられる。それは,景気上昇の比較的初期では,金融緩和や財政上の刺激措置もあって個人消費と住宅建築が拡大の主柱となったが,その後は主要国のブームの相互波及と遊休設備の縮小や利潤増加などにより輸出と設備投資に拡大の主柱が移行したことである。

住宅建築はがんらいリーディング・セクターであり,設備投資はこれにくらべ遅行するので,両者が時期的にすれ違うことは過去の循環局面においてもしばしばみられたが,今回も例外ではなかった(第1-2表,第1-3表)。在庫投資はイギリスや西ドイツで景気上昇にある程度の役割を果したが,アメリカではそれほどではなかった。これは一つには売行き好調のせいもある。在庫率はアメリカ,イギリスなどでは過去の水準からみて低い。

輸出の役割は今回はやや異なっていた。従来はアメリカの景気上昇が時期的に先行し,アメリカの輸入需要の増加が,西欧や日本の輸出を増やす形で,景気回復の起動力になるというパターンがしばしばみられた。とくに前回の景気回復期(68年)にそれが顕著であった。だが,今回はそうした現象はあまりみられなかった。

この点は,アメリカの輸出と輸入の数量変化を示した第1-4表からも明らかであって,68年にはアメリカの輸入数量は鉄鋼スト見越しによる鉄鋼輸入の大幅増加,ストによる銅の輸入増加などもあって21.2%も増加し,西欧や日本の輸出を大きく伸ばした。これに対して,72年の輸入数量の伸びは12.8%,73年上期は7.9%にとどまった。73年,73年とも,68年より高い成長率をみせたにもかかわらず,輸入の伸びが比較的低かったのは,日本の対米輸出の自主規制もあるが,やはりドル切下げによる競争力の強化が大きいといえよう。この点はとりわけ鉄鋼や自動車など,従来アメリカ市場のシェアーを食っていた商品についてみられ,アメリカの鉄鋼輸入(数量)は72年に3.4%減少,73年上期も3.9%増にとどまった(60~71年間は平均16.6%増)。

以上のように,今回はアメリカの輸入増加が世界景気をリードするというよりは,むしろ主要国が相互に好況を輸出し合うというパターンがみられた。とりわけ73年に入ってからは,アメリカの方が西欧や日本の好況の影響を強くうげたといえる。73年上期のアメリカの輸出(サービスを含む)は前年同期比20.4%増(実質)で,実質GNPの伸び(7.1%)に対するその寄与率は20.4%に達し,設備投資のそれ(17%)を上回ったのである(72年の実質GNPにしめる寄与率は,設備投資10.6%,輸出7.1%)。その重要な原因の一つは,共産圏向けの大量農産物輸出にあったが,非農産物の輸出も大幅に伸びており,これには西欧や日本の好況に加えドル切下げの効果があったことはいうまでもない。

(供給の遅れ)

このように各国景気の同時的な急拡大とこれによる各国の輸出の急増がみられたため,73年に入ると,とくに供給弾力性の小さい基礎資材部門で供給の遅れが目立ち,需要の基調は根強いにもかかわらず,これが経済成長を抑える要因となった。

供給側のおくれは,とくにアメリカにおいて顕著にみられた。2年にわたって高成長を続けるアメリカの製造業全体の稼動率は,今回の経済拡大過程で上昇してきたけれども,その水準は73年第3四半期現在でまだ83.4%と比較的低かった。しかし,基幹産業(鉄鋼,アルミ,セメント,合板,合繊,石油精製など12業種)の稼動率は94.4%(71年8月の時点では83.7%)と,51年第2四半期以来の最高となった(第1-2図)。これは内外需要の急増によるところが大きいが,同時に供給側においても69~71年の不況期に,利潤の減少と環境問題のために基幹産業の設備能力の拡張が少なかったという事情がある。このため戦後ほぼ平行的に動いてきた製造業稼動率と基幹産業稼働率は,70年以降はほぼ10パーセントもの開きをみせるようになった。

アメリカほどではないが,ヨーロッパでも供給面の制約や熟練工を中心とする労働面のネックが,生産拡大の隘路となりつつある。

イギリスでは,鉱工業生産の上昇率が第1四半期の前期比15.6%増から第2四半期には1.8%増へと大幅な鈍化を示しているが,最近のフィナンシャル・タイムズ紙の企業動向調査によれば,設備,労働力,原料不足などが生産鈍化の主要因とする企業が増加していることを示している。

フランスでも最近のアンケート調査などによると,生産能力不足や原料が確保しにくくなっていること,熟練労働力不足などから,資本財を中心とした受注の増大にもかかわらず,これまでのような生産拡大はかなり難しくなっているとみられている。

(3) 異常な物価上昇と世界的な高金利の再現

(朝鮮動乱以来の物価高騰)

先進国の景気上昇が続くなかで,各国は朝鮮動乱時にせまる物価高騰に直面し,物価対策の強化を迫られることとなった。先進国の物価は,70~71年の景気停滞期にも上昇をつづけ,いわゆるスタグフレーションとよばれる事態を現出させた。その後景気回復のはじまった72年上期には,多くの国で物価の上昇率に鈍化傾向がみられたが,この鈍化傾向が十分にすすまないうちに,各国で失業を解消する必要から景気拡大が急がれたため72年央以降再び高まりはじめ,とくに秋以降は急テンポとなった。73年にはいって物価上昇はますます加速化し,春以降は多くの国で消費者物価が10%前後もの高率となり,物価の安定化が先進国共通の重要な政策課題となった(第1-5表)。しかも物価上昇が先進各国で同時に加速しているのが大きな特徴である。

この異常な物価騰責にはさまざまな要因がからみ合っているが,基本的にいえば,長期的,構造的要因のうえに,次にのべるような一時的循環的要因が重なったためといえよう。欧米先進国の物価問題については第2章で詳しく分析するので,ここでは簡単な指摘にとどめる。

(物価騰貴の原因)

第1の要因は,異常気象などによる食料価格の高騰である。72年以降の物価上昇加速化の最初のキッカケとなったのは食肉その他の食料価格の急騰であり,物価上昇の大きな要因となった。食料品価格の高騰は,72年下期の物価上昇率の加速化に大きく影響し,73年に入っても食料品価格の上昇はつづいた(第1-6表)。

この食料価格の異常な高騰が,今回の物価上昇を過去のそれと区別する一つの重要な相違点である。

第2の要因は,主要先進国のブームの同時化である。国内的には急速な景気上昇と需要の急増が,コスト増の価格転嫁を容易にし,また多くの国で基礎資林を中心に需給のひっ迫から価格が急騰した。

また,好況が相互に輸出されると同時に物価上昇も国際的に波及した。需要の急増ば,国際的には各種工業原料の品不足を招き,国際商品相場の朝鮮動乱時を上回る高騰をひきおこしたが,チリの銅鉱山のストなどによる供給側の隘路もそれに拍車をかけた。こうして工業原料品を中心として各国の輸入価格が急上昇し,とくにイギリスや日本のように原材料の輸入依存度の高い国では,この面からの物価上昇の加速効果が大きかった。

今回の物価上昇過程で,多くの国の卸売物価が消費者物価を上回る上昇率をみせたのも,こうした輸入原材料の高騰や国内の一部商品の供給不足によるものである。

以上二つの基本的な要因のほかに,それを増幅した要因として,過剰流動性の形成,インフレ心理の定着,国際通貨不安などを背景とする投機的な買急ぎがひろく内外にみられことも今回の物価上昇を加速させる大きな役割を演じた。

最後に制度的な側面についていえば,平価切下げやフロート移行により実質切下げとなった国(イギリス,アメリカ,イタリア)ではこれが輸入価格の上昇に拍車をかけた。他方,西ドイツ,日本のように,実質切上げとなった国では物価抑制要因として働いたが,消費者物価の上昇を著しく抑制するほどの効果はなかった。また73年に付加価値税を導入した国(イギリスやイタリアなど)では,付加価埴税を導入を見越した買急ぎや,導入に伴う便乗値上げもみられた。また物価統制緩和後の反動として物価の急上昇が生じた例としては73年春のアメリカなどがあげられる。

(物価対策の強化と世界的な高金利の再現)

こうした物価上昇に対して,各国は各種の物価対策を進めてきた。とくに70~71年のスタグフレーションの経験もあって,景気回復にあたって多くの国で財政金融面の景気刺激策とあわせて直接的な物価統制が採用された。アメリカでは71年8月から賃金物価の90日間凍結と,それに続く強制的な賃金物価統制がとられた。イギリスでは,71年7月からCBI(イギリス産業連盟)による物価自主規制,その後72年11月の賃金物価凍結のあと4月から強制的な賃金物価統制がとられている。フランスでは71年9月から「物価抑制契約」制度が導入され,72年4月からは「年間価格計画」制度,さらに73年4月からは「年間価格管理計画」制度を導入している。イタリアも73年7月に物価凍結を導入した。今や先進国で直接的な物価統制を何も実施していない国は西ドイツと日本のみとなっている。

しかし,先進各国の景気が72年秋以降上昇テンポを早め,需給が遍迫化するにつれ,こうした直接的な物価統制の運営が次第に難しくなってきた。このため主として73年に入ってから,直接的な物価統制を採用していない国はもちろんのこと,直接的な物価統制に頼っていた国も,総需要抑制政策をとるようになった。とくに西ドイツでは春以来きびしい金融引締めを実施している。今回の金融引締めの実施状況をみると,過剰流動性の吸収と通貨量膨張の抑制に重点がおかれているのが特徴である。他方,財政政策は,西ドイツで73年2月と5月に安定化計画が策定され,増税や安定国債の発行など,きびしい財政面からの引締め政策がとられているほか,フランスでは付加価値税の引下げ,景気調整基金への繰入れ,長期国債の発行などがとられているが,その他の国ではあまり活用されていない。これは福祉政策の遂行などから財政支出削減の余地が乏しいためである。

この結果,金融政策への負担が重くなり,金利が大幅は上昇することになった(第1-3図)。主要国の金利は69年を上回る世界的な高金利状態になっている。現在(11月)の公定歩合の水準をみると,イギリス13%,フランス11%,アメリカ7.5%などいずれも戦後の最高である。こうした高金利は,金融政策偏重という理由のほか,異常な物価上昇に伴い金利水準がそれだけ底上げとなったという面もみのがせない。また現在のような開放体制下においてはフロートにより以前より弱まってはいるものの金利は国際的に波及しやすく,一部の主要国が金利をあげれば,他の諸国も資本流出阻止のために金利引上げに踏みきらざるをえない。例えば,7月下旬にきびしい金融引締め政策により西ドイツの金利が異常に上昇したため,イギリスは公定歩合にあたる最低貸出金利を11.5%へ引上げることを余儀なくされた。

(まだ残る失業問題)

アメリカ,イギリスなど70~71年の景気停滞期にかなりの失業がみられた国では今回の景気拡大過程でかなり吸収されて,雇用情勢が改善された。しかしその他の諸国では,失業率はそれ程変らず,多くの国が現在なお程度の差こそあれ失業問題を抱えている(第1-7表)。

アメリカの失業率は景気回復の初期段階ではさして改善されず,71年8月の6%から72年5月の5.8%へ低下した程度であったが,その後は失業率が比較的順調に低下して,73年10月には4.5%となった。

またイギリスでも,72年秋から急速な雇用の改善がみられ,失業率は72年春の3.8%から73年10月の2.3%へ低下した。カナダの失業率は73年に入ってようやく低下しはじめ,72年末の6.7%から73年9月の6.0%へ低下した。だが,この3国とも,現在の失業率は過去の好況期にくらべるとまだ高い。

他方,欧州大陸諸国では,雇用情勢はさほど改善されていない。最も失業者の多いイタリアでは71年の失業率3.1%に対して72年3.6%へと高まったが,73年春以降景気上昇につれてやや減少して7月には3.1%(前年同月3.7%)へ低下したものの,まだかなり高い水準にある。その他の国でも失業率はあまり低下していない。オランダでは71年の1.6%に対して72年2.7%,73年8月2.4%(前年同月2.4%)と変わっていない。また,フランスでも失業者数は70年以来一貫して増加傾向にあり,73年はじめに一時減少したあと,最近再び増加傾向をみせ,9月の失業者数ば42.7万人で前年同月を8.4%上回った。

72~73年にかけて高成長が続いているにもかかわらず,失業があまり減らず,一部の国では逆にわずかながら増大傾向をみせている理由は,①女子や若年労働力の増加といった労働市場の変化,②地域的な労働力移動性の低さ,技能の不適合などのような構造的要因のほかに,③賃金コスト圧力の増大から企業の合理化投資がすすんでいることなどにあるようである。③の点は特に製造業についていえることで,アメリカやカナダを除けば,今回の景気上昇過程で製造業の雇用数はどの国でもあまりふえていない。このことは,72~73年の高成長が主として生産性の大幅上昇で達成されたことを示唆するものである。

したがって失業問題については,単に景気政策だけに頼ることなく,これに併せて分働力政策を強力に進めていくことが必要である。これはまた物価対策としても重要なことといえよう。

雇用問題と関連して,最近西欧諸国で外国人労働者の問題が経済的,社会的理由から問題となっている点が注目される。西欧諸国では戦後完全雇用政策を追求する過程で労働力不足におちいり,60年代はじめ頃から欧州の後進地域やアフリカなどから労働力移入をはかり,それによって比較的高い経済成長を実現することができた。現在主要国についてみると,外国人労働者の数は西ドイツ240万人(雇用者総数の11.6%),フランス150万人(同10%),スイス70万人(同26%)に達し,その他の小国でも雇用者総数の5~8%に達しており,経済活動の維持のうえで不可欠の存在となっている。

しかし外国人労働者の数がふえるにつれて,言語や習慣の相違のほか,一部は人種問題もからんで,種々の社会問題をひきおこしている。経済的にも住宅その他の社会施設の面で,負担となる面が意識されはじめた。早くから外国人労働者の多かったスイスでは,数年前から移入制限措置をとってきたし,比較的リベラルだった西ドイツでも最近は若干の規制措置が講じられつつある。今後の西欧諸国の経済成長とも関係するだけに,この問題の推移には注目を要しよう。

(4) 景気の現局面と今後の政策課題

これまで72年から73年上期にかけての先進国の経済動向を,その主要な特徴に重点をおきながら概観してきたが,それでは景気の現状はどうであろうか。

(73年春以降拡大テンポは鈍化)

先進国の経済が急拡大するなかで生じた供給面の制約と引締め政策の浸透から,73年第2四半期以降,多くの国で拡大テンポが鈍化している。

73年上期全体として各国が高い成長を達成したことは既述のとおりだが,これを四半期別にみると(第1-8表),たとえば実質成長率(前期比)の動きをみると,アメリカは,第1四半期の2.1%から第2四半期の0.6%へと1/3足らずへ鈍化したし,イギリスも3.8%からマイナス%0.1へ,西ドイツにいたっては6%からマイナス2%へと様相を一変している。これには第1四半期の成長率が特殊要因もあって(イギリスでは4月からの付加価値税導入で消費者の買急ぎがあり,西ドイツでは年初の好天候で建築活動が異常に活発であったなど)異常に高かったことに対する反動という面もあるが,基調的には経済の拡大テンポが鈍化に向いはじたことを反映するものであり,この点は第3四半期のGNPや鉱工業生産の動きからも明らかである。

このように先進国における72年秋以降の急成長局面は,73年春頃におわり,その後はゆるやかな上昇局面にはいったとみるべきであろう。

(注目される設備投資の成行き)

アメリカ,西ドイツなどでは金融引締めの浸透により,金利に敏感な住宅健築が減少しつつあるし,在庫投資にも若干の影響が出はじめている。従って今後の景気動向の推移は多分に設備投資の動向に左右される。主要国の設備投資調査や資本財受注などの指標でみると,いまのところ企業の投資意欲にかげりがでてきたのは,西ドイツだけで,アメリカ,イギリス,フランス,イタリアなどでは設備投資意欲はまだかなり強いようである。西ドイツでは,設備投資の抑制(11%の投資税など,第2章西ドイツの物価対策参照)そのものが目的とされているが,多くの国では設備投資はようやく盛り上りをみせはじめたばかりであり,今後も伸ばしていこうとしている。イギリスが5月に公共支出の削減措置を決めたのも,スウェーデンで投資準備金制度が活用されているのもこうしたねらいによる。これは最近賃上げが大幅となっているので長期的な物価対策の見地からも生産性向上が重要なこと,また,失業問題が依然残されており,持続的な成長にも配慮しなければならないこと,さらに今回のブームで供給面の立ち遅れがめだち物価上昇を加連したこと等の事情による。しかし,現在のような異常な高金利が続けば設借投資へも,その影響が現われてくるとみられる。長期的な要請と物価対策という短期的要請をどう調和させていくか難しい局面といえよう。こうした中で最近,アメリカの金利が頭打ち傾向をみせている点は注目される。プライムレートは9月の10%から11月末には9.75%になっている。

(賃上げ圧力強まる)

経済の拡大テンポが鈍化するなかで,物価はいぜん根強い騰勢を続けている。

今回の世界的インフレは,一国の政策だけでは完全に対処できない側面(食料や原燃料価格の急騰,国際的なインフレの相互波及性)があるものの,これまでのところ各国の物価政策はまだみるべき成果をあげていない。

こうした中で,これまで,比較的抑えられてきた賃金の上昇テンポが,異常な物価上昇によって再び強まっている点が注目される。

景気上昇期には,まず企業利潤が増大して,設備投資を活発化させるが,賃金の方は時期的にやや遅れて上昇する。そのため景気の拡大テンポが鈍化し,生産性の伸びが鈍くなる段階で,賃上げ圧力が強まる傾向がある。その結果,景気は鎮静化に向いつつあるにもかかわらず,物価上昇はなかなかおさまらない場合が多い。70~71年の景気停滞期に先進国でスタブフレーションとよばれる事態が現出したのもこうした面によるところが大きい。

今回は,アメリカ,イギリスをはじめ多くの国が何らかの直接規制を採用して,スタグフレーションの再現を回避しようとしているが,アメリカにおいてもイギリスにおいてもインフレの進行により労組の直接規制に対する不満が強まっており,賃上げ圧力は今後増大するものとみられる。直接規制を何も採用していない西ドイツにおいては,73年はじめの賃上げ率は比較的穏健(約8.5%)であったが,その後の物価上昇加速化で労組の不満が高まり,最近は15%余の賃上げ要求も出されている。

経済拡大テンポが鈍化に向うなかで,賃金コスト圧力の高まりにどう対処していくか,これが今後の物価対策で重要な課題の一つになりつつある。

(石油危機の影響)

73年10月の中東戦争を契機として起きた石油危機は,先進国経済が困難な時期にあっただけに,今後の影響が懸念される。事態がいぜん流動的であり,また時間もたっていないこともあって,その影響をはっきりとは予測しがたいが,石油供給削減により,現在多くの国で基礎資材を中心に生じている供給面の制約が一層強まり,成長を減速させる,とともに,インフレ圧力を強めることになろう。国際収支面の負担もかなりになるとみられる。

石油危機が国別に及ぼす影響については,石油の供給削減状況,アラブ産柚国に対する依存度,産業用と民生用石油消費比率の差,エネルギー需要に占める石油の割合などの違いから,先進国の中ではアメリカが比較的軽度なのに対し,フランス,イギリス,西ドイツがこれに次ぎ,オランダ,スイス,日本は比較的大きな影響を受けることが予想される。

このように先進国が受ける影響が国によって異なることから,今後の世界景気や,各国の国際収支,為替レートに新しい問題をもたらす可能性がある。

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72年来央以降,記録的な高成長を続けてきた先進国経済は,その過程で生じた物価上昇や供給不足に加え,石油の供給削減というこれまで経験したことのない新しい問題の解決を迫られることになった。今後適正な経済成長を難持し,物価を安定させるとともに,資源制約の中で国民の福祉向上をはかっていくためには,財政金融政策の弾力的かつ機動的な運営など多面的なとりくみが必要であり,エネルギー資源節約型の産業構造への転換を進めていかなければならない。

これらの問題は第2章以下で改めて検討することにしよう。