昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
第2部 世界の福祉問題
第4章 共産主義国―消費生活の充実を進めるソ連・東欧と精神面を重視する中国―
ソ連・東欧の経済政策は,これまで一貫して重工業優先政策がとられてきた。それは国有・国営セクターである工業部門を拡大することによって,社会主義経済制度を固めるとともに,東西緊張のもとで軍備と経済力を強化するためである。
しかし,工業化にともない工業雇用が増加し,都市人口が膨張して,消費財に対する需要が増大する反面,軽工業や農業の生産は相対的に立遅れた。このため,1950年代に入ると消費財生産の振興が次第に重要な問題となってくるが,50年代は国際緊張や東西経済競争が打出されたため,本格化するにはいたらなかった。しかし,60年代後半になると,経済成長率の鈍化,東西緊張のいっそうの緩和を背景に,生活水準の向上と労働生産性の上昇をともなった「バランスのとれた成長」に対する志向が強まって,伝統的な重工業優先政策から消費財優先政策への転換が経済政策の主要課題として浮かびあがった。政策転換は,ソ連では第8次5カ年計画(66~70年)後半の68年から行なわれ,第9次5ヵ年計画では5ヵ年全体を通じて消費財生産の伸び率の優先が予定されている。また,東欧諸国でも71年から始まる5ヵ年計画で,多かれ少なかれ消費財生産が強調されている(第4-1図)。
ソ連における第9次5ヵ年計画の著しい特徴は,国民福祉の向上のための具体策が「社会的施策の広範なプログラム」として計画課題の最先端にあらわれている点で,次のような内容がもられている。①実質個人所得増大のための施策―最低賃金の引上げ,消費財の供給量の増加と品質の改善,品種の多様化,固定小売価格の安定保持と一部の価格引下げ,個人生活サービスの増大,②労働面の施策―労働力の効率的利用,手労働,重労働,単純労働の削減,労働条件の改善,労働保護の徹底,③国民生活関係の施策-住宅条件の改善,電化,ガスの普及,家事労働の軽減,飲食業,交通,通信など都市サービスの改善,④都市と農村の生活水準の接近のための施策-コルホーズ(共営農場)農民の労働報酬をソフホーズ(国営農場)労働者の賃金に近づけること,農村の文化,生活用サービスの拡大,若年層への農業専門知識の普及,農村道路,バス路線,テレビ網の発展などである。
以上のようにソ連・東欧でかつての先進資本主義国との経済競争と成長第一主義から「バランスのとれた成長」,すなわち,消費財生産の優先,国民福祉の向上を強調するようになったことは,政策意識の転換を示すものとして注目されよう。
ソ連・東欧の現行5カ年計画(1971~75年)は過去5カ年に引きつづき,消費生活の改善を予定している。このことは第4-2図にもみられるように,各国の実質賃金の伸びをみてもわかる。ただソ連・東欧のような中央集権的計画経済体制のもとでは,消費生活の問題は,あとで述べるように,西側先進国と性格を異にしている。
ソ連・東欧では社会保障,社会福祉については「社会主義」の「たてまえ」からいって,一応基本的な水準は整備されている。国民が受ける各種の社会保障,社会福祉,いわゆる「社会的消費ファンド」からの支出は,無料の医療,教育,年金,奨学金,無料ないし割引料金によるサナトリウム,保養施設の利用などからなっており,この支出額は1人当りにして労働者平均賃金の35%ていどに達している。
ソ連の社会保障制度についてみると,これは国家社会保険(労働者,職員),国家社会保障(一般市民),コルホーズ国家社会保障およびコルホーズ内社会保障,国営医療機関による保健制度からなっている。給付の一例として老令年金をみると,男子が労働年限25年,60才以上,女子が労働年限20年,55才以上で退職時賃金額の50~100%を支給し,さらに加給が勤続年限(15年以上で10%),扶養家族(1人10%,2人以上15%)極地勤務について行なわれている。
ソ連・東欧の水準を国際比較してみると,まず,社会保障支出については(第4-1表),絶対額は西欧諸国にくらべ,かなり遜色があるが,国民所得や個人消費に占める比率など相対的な重要性においては,国際的にも一応の水準にあるといえる。教育,医療についても,ほぼ西側先進国なみの水準が確保されている(第4-2表)。とくに幼児の保育,教育は重視され,ソ連では幼稚園,保育所(全国で10万,幼児数900万),夏のキャンプ(参加者880万),技術・博物・公園などの施設(5,000ヵ所),音楽,芸術学校(4,500校,生徒数76万)などが整備されている。
これにくらべ,個人消費水準は西側先進国に比較して,まだかなり低く,また消費財の供給や対個人サービスの提供においても解決さるべき問題が多い。
ソ連・東欧諸国の消費生活の現状は,たとえば食料消費(第4-3図)や,家庭電器の普及率(第4-3表)からみても西側先進国にくらべかなり低いようである。また消費財の供給面についてみると,衣料など非耐久消費財の供給は量的に一応充足されたものの,品種や品質など供給の内容が問題となってきた。また所得水準の向上にともない乗用車,電気機器など耐久消費財の需要が急増しているにもかかわらず,これの供給がともなわないという問題が深刻となっている。このほか小売業,飲食業,修理,その他の個人生活サービスを含めたサービス機関の不備については,しばしば指摘されているとおりである。もともと中央集権的計画経済のもとでは,消費財の供給,対個人サービスの供給,個人消費の全体としての枠ならびにその内容がすべて政府とその経済管理機関によって決定されるのであって,資本主義国のように市場メカニズムを通じて消費者の需要によって決められるものではない。消費財と対個人サービスについての以上のような問題は,いずれもこの点から生じているといえる。
こうしたことから,「ゆたかな個人消費生活」の実現がソ連・東欧の福祉向上にとって当面もっとも緊急とされている。そして,これに応えようとするのが各国の現行5ヵ年計画(1971~75年)である。いま,ソ連の第9次5ヵ年計画について若干の指標をあげてみると,耐久消費財が1.8倍(工業全体では1.47倍),乗用車が3.7倍(目標126万台)。個人サービスが2倍(うち,自動車修理が7.5倍)となっている(なお,75年の家電普及率は第4-3表参照)。
東欧諸国でもほぼ同様の傾向がみられる。テレビ,洗濯機,冷蔵庫などは,すでに比較的後進的なブルガリアやルーマニアを含めてすべての国で自国生産が行なわれており,乗用車も東ドイツ,チェコはもちろん,ポーランド(フィアットと提携),ルーマニア(ルノーと提携)で生産されている。
これらの耐久消費財の大幅な増産が新5カ年計画で予定されているようである。
工業化の進展にともない,ソ連・東欧でも,都市問題の解決や公害の防止が次第に重要な問題になりつつある。住宅については,ソ連では50年代後半から,東欧では60年代に入って国費による相当規模の建設が行なわれてきた結果,最近ではかなり改善されている。しかし,モスクワでは人口の流入によって現在717万人(70年)の大都市に達したことから,1990年までの長期の都市計画が決定され,人口増加の抑制(現在の700万を20~30年間で800万までの増加に抑える),都市再開発(8地区に分けてそれぞれ人口60~100万を容する都市機能をもたせる),新都市開発(都心から100キロの地帯に工業,文化センターを作る),緑地化(全面積の3分の1まで拡張)などを予定している。
また,ソ連では,化学工業,パルプ工場が集中しているボルガ河,カスピ海,バイカル湖などで水質汚濁が進んできたために政府の環境対策が講ぜられており,最近,保健法(69年),水利法(70年)に環境保全の規定が設けられた。また,72年9月に最高会議(国会)が「自然保護と天然資源の合理的利用」に関する決議を行なった。
ソ連・東欧では西側先進国の後を追って,耐久消費財の供給増を中心とする消費生活の向上を目標としている。しかし,真の「ゆたかな国民生活」には,なお社会的,精神的側面がある。それは,余暇の活用や労働に対する刺激の問題に現われている。
ソ連では,70年現在で工業部門の週労働時間40.7時間,週5日制(67年実施)となっているが,その余暇をいかに利用するかが問題となっている。元来,ソ連では余暇は自由時間と呼ばれ,休息を除けば学習,社会活動など「人格の発展」に利用すべきであるとされていたが,現実には調査によって示されているように,休息と気ばらしが余暇時間の大半を占めている。しかも余暇が増す反面でその活用のための施設が不十分なため,飲酒などの悪影響が広がりつつある。
中央集権的な管理のもとで出来高払いとかボーナス制度などの「物的刺激」が重視されており,60年代半はからは西側でいう利潤導入の経済改革によって労働者の報奨制度が強化されてきた。しかし,それだけでなく,ソ連で70年末に共産党のいわば緊急措置として「経営者の規律,労働者の規律の強化」が強調され,企業内部の作業に対する共産党の「政治的指導」が次第に強まってきている。ソ連の首脳者は物的刺激に加えて「精神的刺激」の必要についてもしばしば言及している。
以上のように,ソ連・東欧諸国では今日消費生活の向上が,福祉向上のためにもっとも緊急な課題とされている。それは国民生活に「はり」を与える問題でもある。しかし物質的な問題は経済成長の過程で次第に解決されていくであろう。したがって,今後は参加と創意などによる精神的側面の充実の問題がますます重大になっていくものとみられる。