昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
第1部 通貨調整後の世界経済
第3章 岐路に立つ多国籍企業
アメリカでは雇用を中心に,ふたたび多国籍企業の功罪がやかましく論ぜられるようになった。国際収支への影響が焦点であった60年代とのちがいがここにある。
戦前の海外進出が,植民地進出を中心としたものであったのに対し,戦後のそれは技術及び経営能力上の優位性を武器としている点に特徴がある。
多国籍企業とはいいながらその大半はアメリカ国籍の企業である。アメリカ経済が多国籍企業の育つ土壌となっている理由についてアメリカ商務省は「多国籍企業」(1972年)の申で大要次のように述べている。
「大きな人口と高い個人所得をもつアメリカは,新製品にとって世界最大の市場である。企業は本来市場から刺激を受けて新製品を創りだすが,さらに市場の近くに所在することによって製品が標準化されるまでの期間,すなわち生産技術が急速に変化している間,顧客や原材料供給者との接触費用(コミュニケーション費用)を最小にするという利点を享受することができる。このようなわけで,ほとんどの新製品がアメリカ企業によって育成され,そして,国内向けにとどまらず輸出からさらに,海外生産にのり出すようになると,アメリカの生産シェアは低下しはじめ,さらに,外国の輸出が増大するにつれて,アメリカの輸出シェアも低下する。製品が技術的に完成の域に入ると,競争が激化しコストが重要な意味をもつようになるが,そのために市場防衛的な海外投資はいちだんと活発になる。」民間の海外直接投資の新規流出が国際収支を一層悪化させるとの見地からジョンソン大統領はドル防衛の一環として1965年2月正式にこれを規制した。一時的ということで発足したこの規制はしだいに強化されたあと,ニクソン政権になってから部分的に緩和された。直接投資による資本流出は60年以降67年を除いて毎年増大しているが,65年に枠がはめられてからは,資金調達はヨーロッパ資本市場での社債や転換社債の発行によってまかなわれるようになった。
対外直接投資はまず投資資金の流出となって国際収支にマイナスの影響を与えるが,その後,配当,ローヤリティーといった形で果実が還流する。この2つだけを考えればアメリカの場合,流入は流出を上回っていることからアメリカの政府,財界は海外投資を国際収支のプラス要因と考えている。しかしこうした明白な影響のほかに,有力企業が外国における現地生産をはじめることによって国内に残留する企業の国際競争力は弱まり,投資国向けはもとより第3国向けのアメリカからの輸出が代替されたり,生産された財がアメリカに逆輸入されている点は国際収支にとってマイナスである。しかしこれに対しても,海外子会社への半製品や設備の輸出増,さらに投資をしなかったならば投資収益さえも生じなかったであろうと考えると,対外投資はやはり国際収支にプラスであるともいいうる。たとえ,マイナスとわかっても,既存投資に対する新規送金が禁止されれぱ,これまでの投下資本の効率が悪化し,国際競争面で不利になるという主張も出ている。また関税障壁を潜る手段として現地生産の必要性が強調されている。
71年7月発表されたウイリアムズ委員会報告(ウイリアムズ氏は,I BM財務委員会委員長)はこういったもろもろの理由から対外投資規制どころか,今後3~5年中に資本規制を廃止すべしと勧告している。
これに対して,労働界は多国籍企業による対外直接投資は職を輸出するとして72年対外貿易投資法案,いわゆるバーク・ハートケ法案にみられる直接投資規制を支持している。66年と69年の間に50万人の職が輸出されたといわれている。しかし,アメリカ政府の意見に近いハーバードビジネススクールはケース・スタデイによってこれに反論している。即ち対外直接投資がなかったとすれば,子会社向けの輸出はありえないし,輸入はさらに増大したであろう。実際は,こういったことによって,25万人の仕事が直接投資によって確保されているはずである。このほか,多国籍企業の本部で25万人の雇用増があったし,その他を合わせれば60万人の仕事が確保されたことになるというのである。
結局のところ,対外投資のアメリカ経済に与える影響についての判断は多国籍企業の対外投資の動機をどのようにみるかによって決まってくる。たとえば,多国籍企業はアメリカ国内で生産をふやすことによって市場を確保できるにもかかわらず外国に投資しているとみれば,輸出の減少を通じて国際収支にも,雇用にもマイナスの影響を与えたといえよう。
海外投資がアメリカの仕事を奪ったかどうかはさておき,この論争自体が仕事をふやしているという皮肉がでるほどに,最近ますます議論が白熱化している。労働側もAFL-CI0(全米労働総同盟産別会議)が強く海外投資を批判しているのに対して,UAW(合同自動車労組)は自動車,宇宙,農業機械の3つの産業から構成されているため,海外投資規制に批判的である。ともあれ,72年大統領選挙戦のひとつの論争点となったほど,この点をめぐって資本と労働との利害が対立していることは注目されよう。