昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
第1部 通貨調整後の世界経済
第2章 遅れる通貨調整の効果
これまで,通貨調整の影響を,国際収支などの面から眺めてきたが,これを福祉という点からみるとどうなるであろうか。サミュエルソン教授はアメリカが昨年までドルの過大許価を続けてきたことによって次のような利益をえてきたとみている。
① アメリカの消費者は価値の低下したドルを以前のままのレートで使用することによって,外国産品をそれだけ安く買うことができた。つまり,それだけより多くの効用を得ることができたし,より高い福祉を享受していたことになる。
② 外国へ進出しうる能力のある企業は価値の低下したドルで,外国の企業や資産を買いまくることができた。そこから得られる収益はアメリカに送金されて国民所得の引上げに役立っている。
アメリカがこういったことを長年の間続けることができたのは,国際通貨の発行権を握っているのに等しいからである。1国経済の申で考えても,政府は通貨発行権を行使して通貨を鋳造すると,通貨価値と鋳造コストの差がまるまる政府収入として入るが,同様に国際通貨の面では,アメリカの国際収支赤字分だけ他国からアメリカヘ実質資源の移転が生じ,アメリカの消費生活を豊かにしてきた。したがって,アメリカの福祉はドル切下げによって一つの試練を受けるというきびしい見方が出ている。
アメリカが無制限に国際収支赤字を続けられなかったのは,国内に立脚している産業が競争に負け,労働者が仕事を失うのを見過すことができなくなったからである。失業の増大によるロスが,ドルの過大評価からもたらされる消費者効用の増加を相殺するのでは,福祉を引上げることにはならない。71年8月15日のニクソン演説は労働者に仕事を与えることがその対外政策のねらいの一つであることを明らかにしている。
西ドイツでは,切上げごとに海外旅行がさかんになっているが,これは切上げが直接的に消費者の効用増大につながった例であろう。サミュエルソン教授が指摘した第2の点については,西ドイツの側でも以前からアメリカ企業がペーパー・ドルで西ドイツの資産を買いまぐる状況を憂慮する声があったのである。切上げによって,貴重な労働や資産のドル建価額は増加したわけである。
しかし,過去2回ともそうであるが,西ドイツの産業界は切上げ反対の立場をとった。産業界への影響も一様でなく,技術革新の余地があり生産性を伸ばしうる産業は切上げ後,しばらくすると競争力を回復するが,そうでない産業は競争場裡から脱落せざるをえないといわれている。
産業が弱体化しては国民生活の水準を長期的に引上げていくことはできないこともたしかであって,切上げもこういった面で複雑な影響をもっている。
× × ×対外均衡から遠く離れていては国内の経済福祉も最大値を得ることができないことはもちろんである。ここに妥当な国際収支黒字はどの程度のものであるかが,慎重に問われなければならない。わが国の経常収支は72年に入ってもいぜん大きな黒字を続けている。これまでも,わが国は,国際収支均衡のための諸対策を実施してきたが,今後も国際的協調の上からも,対内的にも,経常収支の黒字を適度の幅にまでせばめるために,輸入を増大させ輸出を適正化する措置をいっそう促進する必要がある。