昭和46年

年次世界経済報告

転機に立つブレトンウッズ体制

昭和46年12月14日

経済企画庁


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第3章 根強い先進国のインフレ

1. 景気停滞下のインフレ持続

68年以降加速化した世界的な物価上昇は,69年,70年とその速度を早め,71年に入ってからも国による程度の差こそあれ,全般的に根強い動きを続けている。これをOECD全体のGNPデフレーターの上昇率でみると,68年3.5%,69年4.7%,70年5.5%となっている( 第3-1図 )。71年については,現在のところ四半期データのある5カ国についてみるほかないが,日本,カナダの上昇率はやや弱まっているものの,アメリカ,西ドイツでは,上昇率はほぼ変らず,イギリスではむしろ上げ足を早めている。すなわち,日本では,70年の6.6%に対し,71年上期の前年同期比上昇率は5.0%,カナダでは,70年の4.1%に対し71年上期は同2.6%とやや鈍化しているが,アメリカ,西ドイツでは,70年のそれぞれ5.3%,7.2%上昇の後,71年上期も前年同期比上昇率で5.3%,7.1%となっているし,イギリスでは,70年の7.3%の後,71年第1四半期の上昇率は実に10.4%に達している。

昨年度の年次世界経済報告は,68年から70年前半までの状況を以下のような三つの特徴でとらえている。第1に物価上昇が先進国で同時的に進行していること,第2に卸売物価の大幅な上昇がみられたこと,第3に貿易価格の騰貴速度が高まっていることである。ところが,その後の70年央から71年央にかけての世界インフレの動向に焦点をしぼって特徴を跡づけてみるとやや・ニュアンスが異なってくる。すなわち,第1に先進国全体として70年~71年と景気鈍化がみられたにもかかわらず根強い物価上昇が続いていることである。第2に消費者物価が依然として強い騰勢を続けているのに対し,卸売物価は,先進国の景気が鈍化したことから,70年後半からややその騰勢の衰え,をみせている。第3に貿易価格については,69年から70年初めにかけて強い騰勢をみせた一次産品輸出価格が,急速な下落に転じた反面,工業品輸出価格は根強い上昇を続けている。

(1) インフレと景気停滞の併存

先進国の景気情勢は,アメリカが69年末から景気後退をみせたのをはじめとして,70年全体として景気鈍化ないし後退をみせた。その結果,先進国の需要圧力は69年をピークとして,70年から71年にかけて全般的に低下したとみられるが,インフレの速度は衰えていない。 第3-2図 は,主要国について,その需要圧力を表わす指標として実質成長率を横軸にとり,インフレ遺度の指標としてGNPデフレーターの上昇率を縦軸にとったものである。主要7ヵ国全体の成長率は,65~68年の平均が5.1%であったが69年は4.8%,70年は2.3%と落ち込んでいる。これに対し,GNPデフレーターの上昇は65~68年3.0%,69年4.7%の後,70年は5.7%とむしろ高まっている。これを各国別にみると,アメリカ,カナダでは70年に成長率が低下し,かなり明瞭な形の景気後退がみられたにもかかわらず,デフレーターは引続き上昇を続げている。71年にはいってからアメリカは成長率の面で,カナダは物価上昇画でやや改善をみせているものの,それは期待されたほどではない。イギリス,イタリアについてみると,70年はストの影響もあって停滞を続けたにもかかわらずデフレーターの上昇率はむしろ大幅に高まっている。とくにイギリスは71年に入りますます悪化している。70年のドイツ,フランス,日本は過熱的な景気が鎮静化する過程にあって成長率は低下したが,GNPデフレーターの上昇率は,ドイツ,日本ではむしろ高まり,フランスでは,69年の異常な騰勢に比べれば落着いたがなおその水準は高い。日本では71年に入ってから大幅な成長率の低下がみられるが,物価上昇率は低下はさほどではない。

このように70~71年の先進国経済は,程度の差こそあれ共通して,インフレと景気停滞の併存という現象がみられた。それでは,景気停滞ないし需要圧力の低下は,物価に全く影響を与えなかったのであろうか。そこで次に一般に景気動向をより敏感に反映するとみられる卸売物価と低生産性部門のウエイトが大きく景気動向よりもむしろ賃金,所得の動向に影響されるところの大きい消費者物価に分けて70~71年の物価動向を分析してみよう。

(2) 消費者物価の上昇と卸売物価の騰勢鈍化

1)騰勢続く消費者物価

先進国の消費者物価は第3-3図にみる如く71年に入っても概して強い騰勢を続けている。イギリス,ドイツなどでは大幅に加速化がみられる。アメリカ,日本ではやや鈍化した程度であり,唯一の例外はカナダで70年以降上昇率がかなり低下している。

各国の消費者物価上昇の内訳をみると,各国とも食料,財貨の上昇寄与度が大きい。アメリカと日本ではこれに加えてサービスの上昇寄与度が大きい。

70年後半から総合指数の騰勢鈍化がみられたカナダ,アメリカでは,食料品価格の上昇寄与度が落ちたことが大きく影響している。カナダでは,70第1四半期には,食料品価格の上昇は,総合指数を1.7%上昇させたが,71年第2四半期には逆に0.1%低下させている。アメリカでも70年第1四半期には総合指数の上昇率のうち,1.6%が食料品価格によって説明されていたものが,71年第2四半期には,0.6まで低下している。日本でも同じ期間に4.5%から2.0%まで低下している。しかしながら,これらの国においても,食料品を除けばその騰勢鈍化は必ずしも明らかでない。食料品を除く総合指数でみるとカナダでは70年上期の前期比(年率)で4.2%,下期が3.4%の後71年上期も3.4%となっている。アメリカでは同じ期間に6.0%,6.2%の後,4.2%とやや鈍化しているが,日本では,6.8%,7.2%,8.0%とむしろ高くなっている。

2)卸売物価の騰勢鈍化

消費者物価が相変らず強い騰勢を続けているのに対,卸売物価を騰勢を弱めている( 第3-1表 )。カナダ,日本は,70年第1四半期のそれずれ対前年同期比3.5%,4.8%の上昇から71年第1四半期のマイナス0.9%,0.1%に低下,フランスは,70年3月の5.1%から71年6月の3.4%へと鈍化している。アメリカ,は71年の第2・四半期になってやや戻している惑があるが70年第1四半期から71年第1四半期にかけて鈍化している。西ドイツも70年後半から鈍化している。イギリスを唯一の例外として他の国の卸売物価は軒並み騰勢鈍化しているが,これはいうまでもなく,70~71年の先進国の景気の鈍化ないし後退を反映したものである。

その内訳をみるととくに原材料価格の低下が大きく響いている。 第3-1表 にみる如く,イタリアを除けば,主要国すべてについて70年第2四半期以降原材料価格の低下が著しい。これは68年から70年年初にかけて砂糖,ゴム,非鉄金属など一次産品価格の上昇がマルク切上げとともに主要国の輸入価格を上昇させ,コスト面からの輸入インフレとして先進,国の卸売物価上昇を加速化させていたのと顕著な対照をなしている。原材料価格の下落を一次産品市場の輸出価格の動きでみると,70年は工業国の輸入需要が鈍化したのを反映して,69年の9.7%の上昇に対して,2.3%の上昇にとどまった。これを四半期データでみると,70年第1四半期の対前年同期比8.0%の上昇か,ら,71年第1四半期の同4.2%の下落に転じている( 第3-4図 )。

このように70年央から卸売物価の騰勢鈍化には,原材料価格の下落が大きく響いているが,原材料を除く卸売物価については騰勢鈍化は必ずしも明らかではない。例えば,第3-1表にかえって最終製品の価格の動きをみると日,本を除いて70年末から71年上期においても概して根強い騰勢を続けている。

3)消費者物価と卸売物価の乖離

68年から70年前半にかけての世界インフレの特徴の一つは,卸売物価の大幅上昇がみられたことであったが,70年央から卸売物価の騰勢が鈍化したことから,その特徴は消え逆に一部の国では消費者物価との乖離現象が目立つようになってきた。とくに日本では,景気停滞から卸売物価の弱含み状態が続く反面,消費者物価が強い騰勢を続けているため乖離は顕著である( 第3-5図 )。

第3-2表 は1960年から70年の年平均の物価上昇率をみたものである。いずれの国も消費者物価の上昇率が卸売物価のそれを上回っている。これは再物価のウエイト構成の差によるもので,卸売物価が生産性の上昇しやすい部門のウエイトが大きいのに対し,消費者物価は,サービス等の生産性の上昇しにくい部門のウエイトが大きいためである。とくに日本の両物価の乖離幅が大きいのは,日本では高度成長が続いており,それが部門間の大幅な生産性上昇率の格差を伴っていたためである。すなわち生産性上昇率の高い部門での大幅な賃金上昇が昭和30年代後半からの労働需給のひっ迫化を背景に,生産性上昇率の低い中小企業部門サービス部門等に波及したが,そこでは折からの所得上昇に伴う旺盛な消費需要に支えられて,賃金コストの上昇を価格に転嫁できたため,消費者物価の大幅上昇がもたらされ,両物価の乖離が生じたのである。反面,成長率が低く構造変化も激しくない欧米諸国では,この乖離の程度は小さい。

第3-5図 にみるように,69年から70年前半にかけて卸売物価の大幅上昇がみられ,とくに西ドイツ,フランス,イタリアなどのヨーロッパ諸国では,消費者物価の上昇率を大きく上回った。これは①68年末から70年央にかけて一次産品を中心に先進国の輸入価格が上昇し,原材料価格の上昇を通じて,卸売物価により強く影響したこと,②ヨーロッパ大陸諸国はいずれも設備投資ブームの状態となり,投資財価格が急騰したことによる。これに対し,70年後半からは,先進国の景気が停滞局面に入ったことから,景気動向をより早く,かつ敏感に反映する卸売物価にいち早く騰勢鈍化がみられたわけである。しかしながらこの騰勢鈍化の局面においでも,一次産品価格の低下による原材料価格の下落の影響が強く,それを除けば(日本を例外として)かなり根強い騰勢が続いていることは先にみた通りである。

(注)

(3) 貿易価格の推移

第3-6図 は,国内物価の指標としてGNPデフレーターを,また貿易価格の指標として世界輸出単価指数をとったものである。68年まで輸出価格は常に国内物価を下回る上昇率を示し,国内物価に比較して安定的な動きを続けてきた,ところが69年以降加速化し,70年にはついに国内物価を上回る上昇率を示すにいたった。これは,アメリカの大幅な輸入増に基く急激な輸出増加に引張られて68年から69年にかけて主要先進国が一斉にインフレ的な拡大局面に入ったからである。各国とも相互にインフレ的な対外環境に助けられて,国内の物価上昇を輸出価格に転嫁しやすい状況が創出され,それがインフレの国際波及を招いたというわけである。

さらに,68年末以来の先進国の輸入増加から一次産品価格の急騰したこと,そして69年10月にマルク切上げがあったことが大きく影響していることは前に述べた通りである。

1)一次産品価格の下落

しかしながら,世界輸出価格は70年第2四半期以来の一次産品価格の急速な落着きを主因に70年後半からやや騰勢の衰えがみられる。すなわち,前年同期で第1四半期4.7%高,第2四半期5.6%高,第3四期6.5%高と高い上昇率を続けた後,第4四半期は,3.6%高,71年第1四半期4.5%高第2四半期3.5%高にとどまっている。

一次産品価格は非食料農産物,鉱物・金属を中心に顕著な低下傾向を示している。イギリスの国立経済社会研究所(NIESR)の指数でみると ( 第3-3表 ),70年第1四半期の前年同期比8.0%から,71年第1四半期の4.2%の下落まで急速な落着きをみせている。その内訳けをみると,食料は,コーヒー,小麦,植物油等の重要商品の生産見通しが悪化したことなどから70年中上昇を続けたが,羊毛,硬質繊維,ジュート等の非食料農産物,銅,スズ,亜鉛等の非鉄金属を中心とする鉱物・金属は,工業国の輸入需要が強まったことから急速な下落を示した。

2)工業品輸出の根強い上昇

第3-7図 にみるように世界工業品輸出価格は,68年は前年水準横ばいと非常に安定していたが,69年は2.8%上昇し,70年央までは前年同期比で6~7%の高水準で推移している。70年第4四半期から前年同期比でみると(69年第4四半期に急騰がみられたため)上昇率がやや鈍っているようにみえるが,水準でみれば70年以来の強い騰勢が続いていることがわかる。これを主要工業国別の輸出物価指数でみると,70年後半においてドイツ,日本にやや鈍化の兆しがみられたが,71年に入ってからは各国ともむしろ加速化しているようにみられる。 (第3-8, 3-9図) とくに西ドイツは5月の変動相場制移行に伴う実質的な切上げによりドル表示の輸出物価は第2四半期に急騰を示している。このように70年から71年にかけて先進国の景気が鈍化したにもかかわらず,工業品貿易価格が卸売物価を上回る騰勢を続けているのは,主要国の卸売物価が原材料を除けば概して根強い上昇を続けていること,西ドイツの変動相場制移行の影響があること,さらにとくに輸入価格についてはOPECによる石油価格の引上げがあったことなどが影響しているとみられる。

(注)

第3-10図 主要国の輸入物価