昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第2章 先進国におけるインフレの高進

2. インフレの原因

今回のインフレの特徴は,先にみたようにかなりの速度で先進国において同時的に進行し,しかもそれが消費者物価はもとより,卸売物価から貿易物価にまでその範囲を拡大したことであった。これらの現象はもとより単独で起ったものではなくそれぞれ相互に密接かつ複雑に関連しあっていたものとおもわれ,こうした現象の間のつながりを明らかにすることなしには,今回の世界的なインフレの原因を究明することはできない。

以下に検討するごとく,各国についてみればもちろんそれぞれ固有の原因はあろうが,今回とくに目につくのはいわゆる輸入インフレといわれるもので海外要因によって誘発され,加速化された面が大きかったということである。また視点をかえインフレの原因を需給要因とコスト要因にわけてみると,その基本的原因が前者にあることに変りないが,コスト要因が次第に大きくなってきていることが各国の間に共通にみられるのである。

(1)インフレの要因とその背景

インフレの原因を究明するにあたりとくに重要とおもわれるのは,卸売物価の急騰である。すなわち,今回,卸売物価が大幅な一国によっては消費者物価の上昇率を上回るほど大幅に一上昇を示したが,これは朝鮮動乱以来はじめてのことであり,ここにこれまでとは違ったインフレの大きな要因が潜んでいるのではないかとおもわれる。それは卸売物価の上昇が輸入インフレの影響を大きく受けていたのではないかということである。すでに,前節で述べたように,卸売物価上昇中に占める輸入原材料の寄与割合が各国とも著しく高いことや,一次産品市場の輸出価格が急騰を示していることなどをみても,卸売物価の上昇が輸入価格の上昇の影響を強く受けていることは明らかであり,これは前節第42表の輸入価格と卸売物価との関係の推移からも首肯できよう。さらにまた,需要面からも後述するように,各国のアメリカ向け輸出の大幅な増大によって,国内需給がひっ迫したこともインフレ圧力を強めたと考えられる。こうしたアメリカ向け輸出の急増も一因となって1969年以降各国の景気上昇局面が一致し,これが互いにインフレを輸出しやすくするような環境を作り出しインフレの国際波及をこれまでにないほど激しくさせたのである。換言すれば,輸入インフレという触媒が,各国に内在していた様々の要因を反応しやすくさせると同時に,そのプロセスで卸売物価の上昇率を大幅にさせ,それがさらに大きな相乗作用を果して,各国が同時的にインフレを加速化させてきたと考えることができよう。

一方,最近のインフレには60年代を通じて各国でとられてきた高成長,高雇用政策のもたらした根本的な要因のあることを忘れてはならない。すなわち,多くの主要先進国において完全雇用がほぼ達成され生産力,労働力などの供給力が余力を失って需給がひっ迫しやすくなっていることである。いいかえると,60年代後半にはいって主要国の需給ギャツプは縮少してきており,わずかの需要の増加でもすぐに超過需要をもたらしやすい。また景気の後退局面でも景気の大幅後退,大量失業を招くことはできないという政策上の問題もあって,景気後退幅は小さく,需給ギャツプは均衡点に非常に近いところで留まっている(第37図)。

そのうえ生産余力の大幅な減退は,景気上昇局面での生産性の上昇テンポを低下させる要因でもあり,最近の労働力需給のひっ迫とあいまって賃金コストの上昇を招きやすく,コスト面からのインフレ圧力も強まっている。

他方企業の管理価格や政府の支持価格の影響も加わって物価の下方硬直性が強まっていることも無視できなくなっている。

このように60年代を通じて各国の経済自体がイフンレを起しやすい体質に変化してきたために,経済政策のわずかの破綻や,海外経済の動向いかんでは,すぐにでもインフレをひき起こすこととなり,その影響も単に一国内に留まらなくなっているのである。

(2)インフレの同時化

それでは今回のインフレが各国で同時的に起ったのはなぜであろうか。この原因としては長期的なものと,短期的なものが考えられる。前者は,1960年代を通じて,各国の貿易依存度の増大など国際的な経済交流の進展の結果,海外経済の影響を相互に受けやすくなっていることである。後者は68年以降各国の景気上昇局面が一致していたことであり,今回のインフレの原因としては,この面が非常に大きな要因となっている。゛

1)景気上昇局面の一致

主要先進国の景気上昇局面が一致していたことは,今回のインフレの顕著な特色であるが,こうした局面の一致をもたらしたのはアメリカの経済動向によるところが大きい。アメリカ経済は1967年前半のミニリセツションをのりこえて,いち早く拡大に転じ,国民総生産は,68年には名目で9.0%,実質で4.7%の成長をとげた。これに伴い68年の輸入は前年比23.7%という大幅増を記録し,その他の諸国の輸出を刺激して世界的な経済拡大をもたらすこととなった。67年第4四半期ないし,68年第1四半期以降の各国の輸出増加額に占めるアメリカ向け輸出増額の寄与率は,それ以前の時期ときわだった対照を示している(第44表)。とくにイギリスにおいては67年下期のポンド切り下げにもかかわらず輸出の減少を示していた68年第1・第2四半期に既にアメリカ向け輸出は増加しはじめ第3四半期になるとイギリスの輸出増加の半分以上がアメリカ向けの増大によるもので占められるに至った。またフランスの5月危機の当時も,全体として輸出の減少をまねいた中で,アメリカ向けだけはわずかながら増加しており,さらに西ドイツでも68年第1四半期からアメリカ向け輸出は大幅な増加となり,とくに第2四半期には全体としての輸出増加が小幅だったこともあって,80%もの寄与率を示している。この間日本も67年第4四半期から,アメリカ向け輸出の寄与率は著しく高く.なっている。第45表は68年の各国のアメリカ向け輸出が60~67年の伸び率のすう勢よりどれくらい上回っていたかを示したものである。これによると,西ドイツや日本では,そのすう勢からの乖離が非常に大きかったことがわかる。このようにアメリカ向け輸出が大幅に増加したために,西ドイツや日本の68年の成長率は,そうでなかった場合よりかなり高くなったとみられる。いま,かりに輸出の波及効果をヒツクマンの財政支出の波及乗数を用いて考えてみると(西ドイツ,日本の初年度の乗数は各々1.32,2.06),アメリカ向け輸出の大幅増加によって,両国の名目成長率はそれぞれ0.6%,1.0%ていど高まったものと推定される。

第38図 主要国の鉱工業生産指数

とくに西ドイツでは,このことが67年に戦後最大の不況に見舞われながらも比較的速やかに景気が回復したことの大きな要因となったといえる。

このようにアメリカの景気拡大が各国の需要に大きな刺激を与えたこともあって,68年秋頃からこれら諸国の景気は同時的に上昇局面を迎え,多くの国で需要超過の傾向さえ示すようになった。

2)海外要因によるインフレ

アメリカの経済拡大に主導されて,各国が68年秋頃からそろって景気上昇局面にあったということは,各国が相互にインフレを輸出しあうに好都合な条件であった。こうした輸入インフレにはコスト面を通ずるものと,需要面を通ずるものとがあり,輸入原材料価格などの上昇を通じて国内物価に影響を与えるものが前者である。これに対して輸出価格自体の上昇を通じて国内物価に影響を与えるとか,海外需給のひっ迫が輸出を促進しこれが国内需給をひっ迫させるとか,輸出超過が国内通貨供給量の増大を招き有効需要を高めるとかいう場合が後者である。

いまこうした輸入インフレの推移を考えてみると,各国に共通していえることは,先にみたようにアメリカの経済拡大に伴って,その他諸国の輸出需要が増大して,国内の需給ひっ迫に一層拍車をかけたこと,一次産品価格の高騰が各国の物価上昇に加重的に作用したこと。輸入価格の上昇に伴って卸売物価が急騰してきたことがあげられる。一次産品価格の高騰をもたらした原因も,つきつめていえば,アメリカの景気拡大による需要増加を反映するものであるから,今回の同時的インフレの端緒は,輸入インフレを通じたアメリカのインフレの波及によってひき起され,その後は相互に影響を深めあいながら物価上昇を加速化させてきたといえよう。さらに,このような同時的インフレ下にあっては,各国とも,輸出価格を引下げようとするインセンテイブがうすれ,益々輸入インフレを助長することとなったのである。

a)コスト面の輸入価格インフレ

前述したように輸入価格の上昇は,1968年以来一次産品価格の急騰もあって,大幅な上昇をみせているが,これが各国の物価上昇にどれくらいの影響を与えているだろうか。物価関数の試算結果によると,西ドイツではマルクの切上げの影響もあって,この面からの上昇圧力はみられない(第40図)。また日本の場合もその影響は小さく,今回(65IV~69IV)が前回(62IV~64III)より,とくに高まっているとはいえない。これは,先にみたようにイギリスの輸入価格が68年から急騰したのに対し,西ドイツや日本の輸入価格は68年{こはむしろ低下し69年になってからようやく上昇するというような形をとったためであって,69年に限定してみれば西ドイツではマルク切上げまでの期間相当な影響を受けており,フランス,イタリア,日本でも69年第2四半期以降こうした面からの輸入価格インフレ傾向がではじめている(第42表)。

b)需要面の輸入インフレ

イ)輸出増大と国内需給のひっ迫

輸出需要の増大から,国内需給をひっ迫させる場合には,海外の需給ひっ追によるものと,海外の価格の上昇によるものが考えられる。そこで輸出関数を用いて,これらの要因が各国の需給にどのような影響を与えたかを試算してみよう(第46表)。

イギリスの場合,1968年第1四半期から69年第4四半期までの間に,世界物価の上昇によって増えた輸出は165百万ポンドであり,すう勢以上に世界需要がのびたことによる輸出増は185百万ポンドであった。これらのGDPに対する波及効果は416百万ポンドであったとみられるので,こうした輸出増大がなかったとすれば69年第4四半期の実質GDPは31,744百万ポンド(実際は32,160百万ポンド)に留まって,需給ギャップ率も2.5%(実際は163%)となっていたと考えられる。同様な試算を68年上期から69年下期までの西ドイツについて行なってみると,世界物価の上昇によって増えた輸出は213千万マルクにすぎないが,世界需要の大幅な増大によって増えた輸出は533千万マルクとなり,GNPに対する波及効果を考えると,1,071千万マルクに達する。したがってこうした輸出の増大がなかったとすれば,69年下期の需給ギャツプ率は-1.5%(実際は-4.3%)となっていたとみられ,西ドイツの場合輸出増大の国内需給に与える影響が非常に大きかったことがわかる。

さらにこれを前回の景気上昇局面と比較してみると,イギリスの場合にば今回は前回よりその影響が若干大きくなっているのにすぎないが,西ドイツの場合には今回の方がはるかに大きな影響を受けている。すなわち,西ドイツでは63年上期から65年下期までの間に,こうした輸入インフレによって,需給ギャツプ率を1.7%ひっ迫させたにすぎなかったが,今回ではそれが2.8%もひっ迫させることとなったのであり,この面での最近の輸入インフレの影響は西ドイツにかなり大きく現われていたことが推察されよう。

ロ)通貨面からの輸入インフレ

輸出需要の増大や短期資本流入などによる国際収支の黒字は,国内の通貨供給量の増大を招き,総需要を拡大させて国内の需給をひっ迫させる要因となる。このような傾向はいうまでもなく国際収支の恒常的な黒字国である西ドイツに端的に現われている。 第39図 に示したように西ドイツの通貨供給量は1967年第412g半期以来マルク切上げにいたるまで急速な増加を示したが,その主たる要因は貿易収支の黒字幅拡大やマルク切上げを見越した短資の流入などの海外要因によっている。通貨供給量の増加率に対する対外資産の寄与割合をみても,68年第3四半期以降30%を越える大きなものとなり,マルク切上げの直前には通貨供給量の増大の約60%が対外資産の増加によってもたらされている。

このような資本流入による大幅な流動性の増大は,これまでに例をみないもので,前回のマルク切上げの際にも短資流入はみられたが,国内通貨供給量をこれほど大幅に増加させたことはなかった。ただこれには先にみたような西ドイツの輸出価格自体の上昇が影響を与えていたことも見逃せない。世界的なインフレの進行の中では,西ドイツの輸出価格の上昇も,主要貿易相手国の物価上昇率がより大きかったので輸出増加率を低めるまでにはいたらなかっただけでなく,貿易収支の黒字幅拡大に寄与していたと考えられる。

このような流動性の増大は,後述するようにインフレ対策としての金融政策の効果を打消すこととなり,インフレ加速化の大きな要因となったのである。

このように,需要面,コスト面の両面からみてくると,輸入インフレは,今回の世界的なインフレの非常に大きな要因の一つであり,長期的に60年代を通してみても,この要因は強まってきているとみることができよう。

そこでつぎに,こうした輸入インフレも含めた各国の国内的要因について,さらに長期的,構造的な面から検討を加えてみよう。

(3)需要インフレとコストインフレ

1)需要インフレからコストインフレヘ

物価上昇の原因には,一般に総需要が総供給をこえる場合に起る需要インフレと,生産物単位当りの費用の上昇によって起るコストインフレに分けられる。しかし,この両者は,実際には,同時的に進行しているのが普通で,たとえば個人消費増大の主因となっている賃金上昇は,単に需要増大要因としてだけでなく,供給側のコストアツプ要因ともなっており,両者をはっきりと区別することはむずかしい。

コスト要因と需要要因とどちらが強いかを,いま,ハロツドの定義に準じて検討してみよう。ハロツドはコストインフレ指標=個人所得の増加率一実質国民総生産の増加率,需要インフレ指標=法人所得の増加率(配当を除く)一名目国民総生産の増加率として,傾向的にどちらの要因が強いかを分析している。

この指標はインフレ指標であるため,物価上昇期に限定して考える必要がある(第47表の枠で囲った部分がおおむねそれである。)が,これによると,需要の増加がなく全く賃金コストの上昇によってひき起される特殊な場合(イタリアの1963~64年など)を除き,各国とも物価上昇の初期段階には需要インフレ的であり,次第にコストインフレ的なものに移って行く傾向がある。これは物価上昇期が,景気上昇期と平行していることから,景気回復の初期段階には需要が強く,生産性上昇テンポが早いが,景気上昇の後期には生産性上昇テンポは鈍る一方,物価上昇を背景に賃金上昇圧力が強まるとともに,インフレ対策としても総需要抑制策がとられるからであろう。今回のインフレをみても,アメリカ,イギリス,西ドイツでは,はっきりとこの傾向が読み取れる。すなわち,アメリカでは68年には需要指標が強かったが,69年になると需要の減退が明確になり,賃金コストの上昇から60年代としては非常に高いコストインフレ指標となっている。イギリスでは,経済自体の特質から60年代を通じてほとんど常にコストインフレ的色彩が濃いがそれでも68年には需要インフレ的要素もかなり強かったようである。しかし,69年になると,需要インフレ指標はマイナスに転じ代ってコストインフレ指標が非常に大きくなっている。また西ドイツでは,アメリカ,イギリスと違って,68年の需要インフレ指標は60年代を通してみても著しく高くなっており,今回のインフレが,非常に強い需要インフレから始まったことを示唆している。しかし,69年になるとコストインフレ指標が強まっていることがはっきりとわかる。フランスでは69年になってもまだ需要インフレ的な面が残っているが,68年からコストインフレ的な面も強い。

イタリアの場合は,68年に需要インフレの芽生えがみられ69年になってコストインフレ的な動きを示しているもののまだそれ程強くない。これは賃金の大幅上昇が69年末から70年にかけて行なわれたためである。一方,日本の場合には,69年になって若干コスト的要因が強まっているとはいっても,欧米諸国に比較すれば,その動きはまだかなり弱い。

このように,各国とも概して,今回のインフレでは,69年になって,需要要因から,コスト要因へと,その要因が変化しているようにおもわれる。とくに,アメリカ,イギリスにおいてはこの傾向は強く,69年からコストインフレ的色彩を濃くしていることは注目される。

他方,長期的に物価上昇の要因を賃金コスト,需給ギャツプ率,輸入価格を説明変数とする各国の物価関数によって試算し,各要因の寄与割合がどのように変化したかをみてみよう(第40図)。物価関数の性質上,それが表わす数値そのものが,絶対的水準であるとはいえないが,これを長期的,傾向的にみれば,物価上昇の要因の変化を見出すことができるとおもわれる。また,景気の局面が違っている場合には,一概に比較することはできないので,今回のインフレと局面をあわせるため各国の景気上昇局面をとって比較してみよう。

アメリカの場合には,前回の景気上昇局面では,物価上昇に占める賃金コストと需給ギャツプ率の寄与割合は,前者が2に対し後者が1ぐらいであったものが,今回はこの傾向がさらに強まって,ほとんど賃金コストによって物価上昇がひき起されているといえよう。

西ドイツでは,アメリカとくらべて需要要因が強いが前回に比してその割合は,とくに変化していない。これに対して,賃金コストの要因が,若干高まっている点は注目される。日本の場合も賃金コストの寄与率が前回に比して高まってはいるが,まだ欧米諸国ほどではなく,それよりも需要要因の増加寄与率が高まっていることが今回の特徴といえよう。

このように,とくに欧米諸国の場合は,前回に比して賃金コストの寄与割合が大きくなってきていることが今回のインフレの特徴であるが,このような推移は需要要因とコスト要因の動きを対比させた第41図によっても明らかである。とくにアメリカでは完全雇用が達成された66年以降は,傾向的にみても賃金コストの動きが物価上昇の非常に大きな要因になっているようにおもわれる。完全雇用水準に達した他の諸国でもこれと同様の動きを示しているとみられるが,イタリアの場合にはまだ完全雇用水準に達していないため一時的,爆発的に起る賃金の大幅な上昇による賃金コスト上昇が物価上昇をひき起しているといえよう。

このように物価関数の試算結果によると,今回のインフレはコストインフレ的色彩がかなり強くなっているが賃金コスト自体が需給の変動によって影響を受ける面やタイムラグ的な面もかなりあるため,この結果だけから,最近のインフレがコストインフレであるとは一概にいえない。しかし,後述するような,最近の労働功勢の高まりからみて,コストインフレ的な面が強まっていることは否定できず,この関数の試算結果が賃金コストの寄与割合の増加傾向を示していることは無視できないであろう。

2)賃金・生産性・賃金コスト

主要先進国の賃金は,1969年以来急激な上昇をみせているが,生産性の上昇テンポは日本を除き,かなり低下しており,賃金上昇率が生産性上昇率を上回るという傾向が定着した感がある。このような傾向が最も早く現われたのは,イギリスであって,60年代を通してほぼ一貫して,賃金上昇率が生産性上昇率を上回ってきた。またアメリカでも65年を境にして,この傾向は強まっている。これまで比較的生産性の上昇率の高かった西ドイツ,イタリアでも最近は大幅な低下を示している。60年代を通じてみても,両者の上昇率の差はアメリカが0.7%,イギリス2.5%,西ドイツ2.5%,フランス1.9%,イタリア1.7%と賃金上昇率の方が高い。これに対し日本はこの間生産性上昇率11.7%,賃金上昇率11.0%と前者が上回っており,欧米諸国と対照的である。

生産性の上昇テンポが低下してきているのは,前述したように,完全雇用政策の結果,生産力に余力がなくなってきたことが大きな原因である。とくにアメリカの場合,65年以降の生産性の伸びは60年代前半に比して,大きく低下しており,主要6カ国中最低の伸びとなっている。

また賃金上昇をもたらした要因としては労働力需給のひっ迫と労働攻勢があげられ,アメリカやイギリスでは賃金抑制のために一時所得政策を導入したほどで,労働問題は新しい局面を迎えるにいたっている。とくに最近の労働問題の特徴は,組合の交渉力が強まると同時に,下部からの突上げが激しくなっていることであり,一部の国では労働力不足から外人労働者がふえたこともあって組合の統制力が失われつつある。そのうえ最近の物価上昇傾向を見込んでの交渉から,組合の賃上げ要求は大幅にならざるを得ず,ストは長期化し,山猫スト的様相を濃くして,過激な闘争手段がとられ,収拾のためには政府経営者も譲歩を余儀なくされるようになっている。

したがって,いきおい賃金コストの上昇は価格に転嫁される可能性が強くなるとみられ,コストインフレ的色彩は益々強くなることが予想される。

第48表 賃金,生産性の上昇率

第49表 労働争議発生状況

(4)管理価格と支持価格

一般に管理価格のある場合には,価格の伸縮性は小さく,景気の変動があって需要が減少しても価格は必ずしも下らない。さらに生産性が向上してコストが下ってもそれを反映して価格が下るというコストと価格の因果的な関係がみられないといわれている。このことは先に出された,アメリカのインフレ警報の中でも指摘されており,最近のインフレの原因の一つとして,集中度の高いタイヤ・タバコなどの産業では,賃金コストの上昇を越えた便乗的な価格上昇がみられることが述べられている。

また,F.T.Cの調査によれば集中度の高い産業では強い製品の差別化を行っていることも指摘されている。イギリスにおいても物価所得庁の発表によれば紅茶やウイスキーなどについて最近,プライスリーダー的な管理価格が強まっており,もしこうした動きがなければ,値上げ自体を避けられたかも知れないと結論づけている。

農産物の支持価格については,第51表に示したように,アメリカでは小麦,綿花,トウモロコシ,米,タバコ,落花生などで,EEC諸国では共通農業政策として,ほとんどの農産物に適用されている。支持価格は,生産者と消費者の双方の利益のために価格の過度な変動を防ぐことが本来の目的であるが,実際には農業者の所得を確保するための政策として機能していることが多い。しがって,支持価格も一部の品目を除き,下る傾向がみられないばかりか,ほとんど常に上昇傾向を示している。そのうえ,余剰農産物問題についても,その解決をはかるべく色々な生産調整政策が考えられてきたが,全体としてあまり効果をあげたとはいえない。

支持価格のある農産品価格の上昇が,卸売物価上昇にどれくらい影響を及ぼしているかを試算してみると,アメリカや西ドイツでは最近それがとくに高まっているとはいえないが,上記の事情を背景に下方硬直的に作用していることがうかがえる。たとえば,西ドイツの場合も,問題になっている乳製品をみると,1967~68年に卸売物価全体に対する寄与率は最近やや高くなっており,下方硬直的な面が強まっているといえよう。

日本の場合も,米の卸売物価上昇に対する寄与率は,第50表のように,かなり高くなっていることは注目に値いしよう。

このように企業の管理価格や政府の農産物などに対する支持価格は,それ自体物価上昇の直接的要因であるとは一概にいえないが,これらが物価の下方硬直性を強めている大きな要因であることは否めないであろう。