昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第2章 先進国におけるインフレの高進

1. 1960年代の物価動向

先進国における1960年代の物価動向を顧みると,60年代前半はアメリカの物価は安定的に推移していたが,65年央より騰貴速度が高まった。一方,ヨーロツパ諸国の物価の動きについては,60年代前半はアメリカよりも相対的に上昇率が高かったが,66年から67年にかけてやや落ち着きが見られ,ヨーロツパの物価上昇率は,アメリカの上昇率を下回るに至った。しかし,アメリカにおいて,インフレが高進して行くのに伴い68年以降はヨーロッパでも物価の上昇率が高まり,欧米の同時的インフレーションとなった。

今回のインフレの特色は第1に物価上昇率が平時としては特に大きいものであるとともに,先進国で同時的に進行していることであり,第2に卸売物価の大幅な上昇が見られたことであった。また第3の特色としては貿易価格の騰貴速度が高まったことがあげられる。

(1)世界的なインフレの高進

こうした世界的規模のインフレーションは,第二次大戦直後と朝鮮動乱の時期および1955年から57年にかけての時期とこれまで3回あったが,今回のインフレーションでは前回のそれを上回る上昇率が見られ,朝鮮動乱以後で最も著しくかつ広範なものとなっている(第31図)。しかも,今回の場合は69年上期から70年上期にかけて,ほとんどすべての主要先進諸国で5%以上(GNPデフレーター)の上昇が見られ,物価の比較的安定していた60年代初期と比較すると2倍以上の上昇率となっている。

こうした物価の動きを主要国の景気上昇局面について検討しても,やはり最近の景気上昇期に物価の上昇率がエスカレートして来ていることが分る。しかも,どの主要国においても最近は卸売物価の上昇率が高まって来ている点が注目される(第32図)。

ことに68年から69年にかけてフランスやイタリア,西ドイツでは卸売物価の上昇率が消費者物価の上昇率を上回るといった従来余り見られなかった現象が生じて来ている。また,日本では60年代前半には消費者物価の大幅な上昇と卸売物価の安定という凧離現象が顕著に見られたが,とくに68年に入ってからは卸売物価と消費者増加とが並行的に上昇するようになった(第33図)。

(2)卸売物価と輸出入価格の大幅な上昇

1)原材料価格の急騰

こうした卸売物価の大幅な上昇の特徴を見るために,消費者物価と卸売価格を商品別,用途別に調べてみよう。

消費者物価も,1968年ないし,69年から騰貴速度が高まっており,ことにアメリカでは70年第1四半期には,6.2%と60年代前半と比較すると5倍近い上昇率が見られる。しかし,消費者物価を商品別に調べてみると,従来と上昇のパターンは余り変っておらず,サービス価格や賃貸料の上昇率は,財の価格の上昇率よりも相対的に高くなっており,また供給側の変動による大きな変化を受けやすい食料品の価格は,最近はアメリカ,フランス,日本で騰貴が激しくなっている ( 第38表 )。

一方,これに対し卸売物価の騰貴速度は,先に述べたようにどの主要国においても著しく高まっており,最近では70年第1四半期の前年同期比でみると,フランス11.0%,西ドイツ6.2%,イタリア8.7%,イギリス5.6%といずれも消費者物価の上昇率を上回っている。また従来卸売物価が比較的安定している国でも日本のように4.8%と上昇率がエスカレートして来ている。

こうした卸売物価の急騰を用途別に調べてみると,とくに原材料価格の顕著な上昇が,各国に共通して見られる(第39表)。ことに,アメリカでは,69年では6.7%(前年比)と騰勢を強め,70年第1四半期には8.3%(前年同期比)にまで達した。イタリアは例外的に原材料価格の上昇幅は小さかったが,生産財の価格は,ドイツ,日本と同様に大幅な上昇が見られた。

原材料価格の急上昇を一次産品市場の輸出価格について見ると,68年から69年にかけて工業国の強い需要を反映して,63年以来最大の約10%の大幅上昇が見られた(第34図)。商品別には,砂糖,ゴム,非鉄金属の上昇が激しい。鉱産物,金属は,69年には17.1%(前年比)と大幅な上昇が見られピークに達した。この急上昇の原因としては,工業国の景気拡大に伴う需要の急増があったことの他に,国際通貨不安が国際商品に対するおもわく筋の投機を誘発したこと,および67年から68年にかけてアメリカ,チリでの産銅ストやザンビアの鉄道スト,さらに69年にはアメリカの港湾ストなどがあったために,ニツケル,錫,銅などが供給不足になるという特殊な要因があった。

次に商品別に卸売物価の上昇に対する寄与率を見ると,原材料価格の急騰を反映して金属,鉄鋼,燃料,木材の寄与率が大きい。また国によっては加工食品や食料品の寄与率の大きい国もあるが,最近は工業製品の方が寄与する.割合が高くなってきている(第40表)。アメリカ,フランスでは金属製品の寄与率が70年第1四半期にそれぞれ28.1%,26.3%と大きく,日本では非鉄金属,鉄鋼の寄与率が高い。

2)輸出入価格の急上昇

今回の世界的インフレのもう一つの特色は,これまで比較的安定的に推移していた輸出入物価にまでインフレが波及したことである。

ドル価格表示でのOECDの輸出価格は,1960年から68年にかけて年率の0.8%の上昇であったのに対し,69年の下期以降は5%以上の異常な上昇がみられた(第35図)。この上昇率は,国内のGNPデフレーターの上昇率とほぼ同じである。

従来輸出価格が国内価格よりも上昇率が低かった理由としては,主に①比較的生産性の伸びが小さいサービス部門や建設部門は輸出物価指数に含まれていない。②国内市場よりも国際市場の方が競争が激しい。という2つの点が考えられるが,今回のインフレの場合には貿易に比較的関係の深い商品のウエイトが高いと考えられる卸売物価の上昇がはげしく,またインフレが,先進国の間で同時的に進行していることによりこうした要因の働く余地が少なかったようである。

輸出価格を商品別に調べると,上昇の激しいのは金属製品,非鉄金属,鉄鋼,機械機器などであり,輸入価格では原材料,国によっては食料品であって卸売物価の場合と同じ傾向が現われている。とくに,日本,イギリスでは金属,西ドイツでは,鉄鋼,非鉄金属の上昇率が高く寄与率も大きい(第41表)。これは第2の特色である卸売物価の急上昇と密接な関係があるのではないかと思われる。

卸売物価の急上昇と輸出入価格の急騰とはいずれも69年から始まっているが,卸売物価の上昇に対して輸入価格の上昇がどの程度の影響を与えているか調べてみよう。ここでは,各国の輸入依存度を輸入価格の上昇率にかけて,それが卸売物価の上昇の何%に当っているかをみることにした。これでみると,いずれの国も69年に入ってから輸入価格の卸売物価に与える影響が大き区なっているようである.輸入依存度の高いイギリスの場合には他の諸国に比して,その影響が大きいが,なかでもポンド切り下げ後の68年にはこの値が著しく高くなり,その後もあまり衰えていない。西ドイツでは69年の第3四半期まで一時的にかなりの影響がみられたが,マルク切り上げ後は落ち着きを取戻している。フランス,イタリア,日本でも69年第2四半期以降やや輸入価格インフレの傾向が出はじめているようである(第42表)。

(3)景気後退下のインフレ

アメリカでは,財政金融引締政策の実施により,1969年の秋以来超過需要を取り除いたものの,景気後退とインフレが共存するという現象が現われている。1955年から57年にかけてのインフレの時にも同様の現象が見られたが,今回の場合はとくに物価の上昇が激しい(第36図)。

主要国の景気後退期をとって比較してみても最近は物価の下方硬直性が強まって来ていることが分る(第43表)。たとえば,日本の場合にも,60年代の前半までは,卸売物価の下落がかなりはっきり見られたが,60年半ばの景気後退期からは下りにくくなって来ているようである。先進国でこうした物価の下方硬直性が強まっている要因としては,①完全雇用政策下で景気の変動幅が小さくなってきていること。②同時に賃金コスト圧力が従来より強くなってきていること。③管理価格,支持価格が強まっていることなどが考えられる。

なかでもアメリカにおいて特に顕著に見られるコストプッシュ的要因の強まりは,69年秋以来の労働功勢の激化以来他の先進国にも現われ始めており,インフレ対策も困難さを増すことになると予想される。